無窓居室
2023-09-13 22:51:07
5531文字
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アンファン・テリブル

フォロワーさんの手芸のぬいぐるみを見ているうちに可愛い話を書きたくなったのですが、自分に可愛い話なんて書けるわけなかった。
😈👹未満のむず痒い話になります。

アンファン・テリブル Ⅰ


 今日も実習生のさとしが保育室に入ると、ブラックはアカネを避けて部屋中を逃げ回っていた。アカネが一緒に動画を撮りたがるのがよほど煩わしいらしい。
 アカネが目にも止まらぬ早さで机や椅子を乗り越え、黒い体を捕まえそうになる。するとブラックは背中の羽を広げて空中へと逃げてしまった。天井近くまで飛び上がったブラックに小さな手は届かず、アカネは一瞬ぽかんとした後で猛然と怒りだす。今しがた足蹴にした机と椅子を積み上げてよじ登り、どうしても逃す気はなさそうだ。それを見たブラックが羽をはばたかせて窓から外へ出ようとしたので、はずみで羽の先に当たった蛍光灯が割れ、破片が降り注いだ。

「二人とも!もうやめなさーい!!」

 地獄のような有様になった保育室の真ん中で、さすがのさとしも大声で叫んだ。


 お昼休み。アカネはひとまずブラックから気を逸らして他の子とボール投げをして遊んでいた。
 ブラックの方は遊具に腰かけ、力加減を誤ったアカネのボールがコンクリートの塀を粉々に砕くのを眺めている。追われれば逃げるわりにアカネのしていることには興味があるようなそぶりだ。
 さとしは、今度は驚かせないように正面からブラックに歩み寄った。

「アカネちゃんすごいね、ボール投げが得意なんだね」
「おにのパワーは魔界一ですから。あのくらいとーぜんですよ」

 なぜか誇らしげな口調にさとしは微笑んだ。どうやらアカネのことが嫌いなわけではなさそうなので、率直に訊いてみることにする。

「アカネちゃんと仲良くするのは、どうしても難しそう?」

 ブラックはズボンのポケットからスマホを取り出して画面へ目を落とした。さとしとアカネ、両方から視線を逸らすように。

「仲良くも悪くもないですよ。アカネさんはおれちゃんなんか好きでも嫌いでもないんですから。ただ、おれちゃんみたいなどうがが撮りたいから追いかけてくるだけで
「そんな風に思ってるの?」

 意外な展開にさとしは目を丸くする。ブラックは画面から顔を上げない。

「アカネさんは、おれちゃんのこと楽しいものがいっぱい詰まってるおもちゃ箱かなにかだと思ってるんです。つかんでひねればガシャポンみたいに、それが自分のものになるって。おれちゃんだって面白いどうがを作るために頑張ってます。いっぱいかんがえたり、いろんなことを試したり
「ブラック……
「おなじYouTuberをめざしてるアカネさんには分かってほしいのに、ぜんぜん気づいてくれないんです」

 拗ねたような口ぶりには、さとしにも覚えのある感情が宿っているように思えた。そばに腰を下ろし、声をひそめて尋ねる。

「アカネちゃんのこと好き?」

 ブラックの目元が柔らかくなる。子どもながらに底知れなかった鉄面皮が心なしかほどけて、頬は仄かに染まっていくように見えた。

「はい……じつは、とくべつなみりょくを感じてます」
「そっかあ」

 さとしは、自分もひとりでに笑顔になりながら少し反省もしていた。この子にも年相応の恋心があるんだな。大人びた、人を食ったような印象ばかりに囚われずに、これからはそういう所も見てあげないと

「カカカ……

 感慨に耽るさとしの隣で、ブラックは歯を剥き出し不穏な笑みを露わにしていた。いつの間にかスマホのカメラ機能をONにして撮影をしている。
 カメラが向けられた先ではアカネが崩れた塀とは別の方向へボールを蹴ったところで、ぶつかった園庭の木が二つに裂けた。

「本当にみりょくてきですねぇ〜!あのしんたいのうりょく!!おまけに単純でどんな企画にものってきてくれそうですし、リアクションのインパクトもあるときたら!」
「ブ、ブラック?」
「やっぱりあの素材、おれちゃんのまねごとでおわらせるのは惜しすぎます!アカネさんのみりょくをさいだいにバズらせる企画がきっとあるはず……
「魅力を感じてるってそういう意味なの!?」

 素材を撮り終えたブラックは、悠々とスマホをしまいながら唖然としているさとしに向き直る。

「ただちょっと業界のじょうしきに欠けていてコラボしづらいんですよねさとしせんせい、頼みましたよ」
「幼稚園児が業界語るな!!てか何?アカネちゃんにYouTuber界の常識を教えるの俺の役目なの!?」
「せんせいでしょう?しかもYouTube好きですし、適任ですね!」

 無邪気そうな笑顔を向けてくるブラックにさとしが猛抗議していると、それを聞きつけたのかアカネがこちらへ駆けて来た。さとしは思わず身構える。

「さとしせんせい、ブラック、楽しそうだな。アタシとどうが撮る気になったのか?」
「ちょうどいいところへ。さとしせんせいがサッカーやろうって言ってましたよ」
「言ってなーーい!!」
「いいじゃないですか、社会のルールを知るはまず親睦をふかめること。ゲーム形式もゆうこうです」
「業界の話だったよね!?」
「おにとにんげんのデスサッカー!まずはこれでいきましょう!!」
「とりあえずの企画で俺を殺すな!この悪魔ーーー!!!」

 二人のすったもんだをよそに、サッカーと聞いたアカネは満面の笑みでもうボールを足の前に構えている。
 のどかな午後の日差しが降り注ぐ園庭に、さとしの悲痛な叫びが響き渡るのだった。


 2023/09/05