吾妻
2023-05-19 18:48:06
16139文字
Public アークナイツ
 

FIRST OPERATION

■女ドクター、俺設定、ドクターの髪の色と長さ程度の容姿描写を含みます。ロドスに入職直後くらいで、まだドクターの顔を見たことのなかったテキーラくんが初めて直接指揮を受ける話です。甘さはなく、捏造が激しい。多分テキーラくん、頭のいい人がめちゃくちゃ好きだと思う。


0:19 A.M. 天候/晴れ
ロドス本艦 ガレージ

 無事にロドス本艦に辿り着いたのも束の間、女性陣は慌ただしく病人と怪我人を医療部へと搬送していった。
 備品である車両の状態を点検していたテキーラは、最後のタイヤを確認し終えて立ち上がったところで、ガレージの片隅に人影を発見した。
 壁際に寄せられた小型のコンテナに腰を下ろし、手元の端末に視線を落としているのはドクターだ。見間違えるはずがない。あんな奇抜な格好をしている人間は、ロドスには一人しかいない。
 最前の戦闘を経験する以前のテキーラならば、声を掛けるのを躊躇っただろう。しかし、作戦中から続いていた現実味のない高揚と、窮地を脱した安堵感が、振る舞いを大胆にさせた。
「ドクター、お疲れ様。部屋に戻らなくていいの?」
 声をかけつつ、歩み寄る。
 呼びかけに、ロドスが誇る戦術指揮官は、手元の端末から顔を上げた。
 度が過ぎた仕事人間であるらしいのは、ロドスに所属してさほど経っていないテキーラの耳にも届いているが、今日は朝から提携企業との会合に臨み、患者の迎えに地方都市に出向いた上に、先程のトラブルだ。いつもよりも疲れているだろうに。
「ブレイズがまだ戻っていないから」
 端末をコートのポケットにしまい込みながら、ドクターが答えた。
「彼女ならまず間違いなく無事だとは思うけど、私は君たちの命を預けて貰っている立場だからね」
 可能な限り、最後の一人が帰還するまで待機する。
 それが、命を預けて貰うことへのせめてもの誠意のようなものだ、と。
 あれだけ無茶振りをしておいて、妙にしおらしいことを言う。
……正直、こんなにうまくいくとは思わなかったよ」
 奇妙な高揚が、まだ消えずに残っている。
 あんなに思い通りに事が運ぶとは、想像していなかった。
 おかげで、常に平常心を心がけている自分でさえ、浮つきを抑えられない。
 たった一戦指揮を受けただけで、これほどの万能感を味わうことになるなんて。よく効く薬とドラッグは紙一重だ。頼りすぎると、思考をやめてしまいそうになる。
「本当にうまくいくと思ってた?」
 浮つきに任せて、訊いた。
 平時なら絶対にしない問いかけだ。
 上司に――それも、戦術指揮の専門家に対して、勝算はあったのかと問うのはあまりに礼を失している。
 けれど今、目の前にいるこの指揮官は、そんなことで怒ったりしないのではないか。問いには答えをくれるのではないか。確証はないが、予感があった。
「君たちが個々のポテンシャルを十全に発揮できれば、問題なく成功すると確信していた」
 予感の通りに、答えがあった。
 随分と力強い返答だったが、部下が抱いているであろう不安や疑念を拭い去るために、わざと強い言葉を使っているのだろうと察しがついた。
 お前たちなら絶対に成功すると信じていた。真正面からそんなことを言われたら、よほどのひねくれ者でもない限り、悪い気はしないだろう。
(この人、案外――
 外見のとっつきにくさに似合わず、人心を掴むのが得意なのかもしれない。
 少なくとも、相手が今何を求めているのかを察して、適切な言葉を口にできる。洞察力が優れていなければ不可能な芸当だ。
 もっと機械じみた人かと思っていたけれど、認識を改める必要がありそうだ。
「ただ、そのためには個々の役割を果たしてもらう必要があった。アーミヤやススーロは比較的、私の突拍子もない指示に慣れているし、ラ・プルマは細かく指示を出せば従ってくれるだろうと思っていたけど、君はそうじゃないからね」
 少々風向きが変わってきた。その口ぶりでは、まるで自分が言うことを聞かない問題児のようではないか。確かにテキーラは、作戦が終了するまでドクターの指示を盲信していたわけではない。どちらかといえば疑問を感じていたかもしれない。まさかそこまで察しがついていたとでも?
「そんな不確定要素にあんなアドリブさせたわけ?」
「だからだよ。だからこそ君には、面倒な役割を演じてもらったんだ」
……理由を訊いてもいい?」
 にこにこと営業用の笑顔を浮かべて流してしまうこともできた。
 だが、食い下がった。
 ロドスが誇り、数多のオペレーターが信頼を寄せる指揮官の目に、自分がどんなふうに映っているのか。知りたくなってしまった。

「君が、自分で考えて行動できる人間だからだよ」

 さも当然といった様子で、ドクターが言った。
 言葉の意味を飲み込みかねて、テキーラは数度まばたきをした。
「君は頭の回転が早いし、場数も踏んできているから、おそらくは私の指示が突拍子のないものに聞こえただろう。詳しく説明すれば納得してもらえたかもしれないけど、生憎そんな時間もなかったしね。だからこそ、最前線で状況を見てもらった。そうすれば私の意図が伝わるだろうし、そうならなかったとしても、君なら状況に応じて最善の判断ができると思ったんだ」
 寡黙だと思いこんでいた相手から怒涛のように言葉を浴びせられて、テキーラは返す言葉も見つからないまま、追加でもう二回ほどまばたきをする。
 言われたことを全て素直に受け取るならば――急にべた褒めされたことになるのだが。
「結果として、君には危ない橋を渡ってもらうことになってしまった。その点に関しては申し訳ないと思っている」
 頭部はすっぽりとマスクに隠されていて表情は読み取れないが、指揮官の声には言葉通りの申し訳なさが滲んでいるように聞こえた。それすら演技や建前の可能性もあるけれど、不思議と疑う気分にはなれなかった。
……ドクターはいつも、そんなふうにオペレーターを信じてるの?」
 自分の口から零れ落ちた問いかけに、テキーラは自分で驚いた。
 深い意図のある質問ではなかった。ふと思いついただけで、そのまま飛び出しただけの。
 だからこそ、純粋な問いだった。
 ドクターは、マスクに覆われた頭をわずかに右に傾けた。首をかしげたらしい。
「理由もなく信じているかと訊かれれば、答えはノーだよ。私は別に聖人君子じゃないし、性善説の信奉者でもない。でも君たちは、どんな事情があるにせよ、決して簡単ではないテストを通過してオペレーターになり、危険を顧みずに各々の戦闘技術を提供してくれている。つまり、私に命を預けてくれているわけだ。だったら私も、相応の覚悟で向き合わなければフェアじゃない」
(だから、ほとんど関わったこともないオペレーターの特性や得手不得手を頭に叩き込んでるって?)
 ドクターは先の作戦において、テキーラには臨機応変を、ラ・プルマには細かい指示の遵守を求めた。
 それは、個々人のスキルや性質を理解していなければできない采配だ。
 オペレーターはひとりやふたりではない。ブレイズのようにロドスの中核を支えるエリートオペレーターもいれば、テキーラやラ・プルマのように、入職以降ほとんどドクターと関わりを持ったことのない者たちもいる。
 そのようないわゆる“末端”のプロファイルまで仔細に把握しているのだろうか?

――奴に関しては言語化が難しい。まぁ、端的にまとめるとしたら……“変なやつ”だな。

 不意に、チェンの言葉を思い出した。
 確かにこれは、とんでもなく『変なやつ』かもしれない。

「幸い、覚悟を持って示した“信頼”に、背かれたことはないしね」
「じゃあ俺も、及第点くらいの行動はできたってことかな?」
 実に誇らしげな口ぶりに、軽い調子で乗っかったら、
「もちろん」
 一切の迷いなく肯定されて、面食らってしまった。
(参ったな……
 指揮官に親愛を抱く人々の心情が、今ならばわかる気がした。
 この人、実は相当の人たらしかもしれない。
 たった一日を共に過ごしただけでこの有様とは。吊り橋効果とやらを差し引いても、恐ろしい手管だ。

 話の切れ間を察したかのように、ドクターのポケットから電子音が鳴り響いた。
「アーミヤ? どうし――
《ドクター、今どちらですか!?》
「どこって、まだガレージに」
《ガレージですね! そこにいてくださいね!》
 やけに切羽詰まったCEOの声が聞こえたかと思うと、一方的に通話は切られた。
 まもなくパタパタと軽い足音が近づいてきて、廊下とガレージをつなぐ扉が勢いよく開け放たれた。
「ドクター!」
「アーミヤ、一体何……
「患者さんたちの手当ては終わりましたから、次はドクターの番ですよ!」
「は? 私は何も……
「さっき、クロスボウの矢がマスクにかすっていましたよね? 怪我してないかちゃんと確認しないと……!」
 小走りに駆け寄ってきたアーミヤは、ドクターの真正面に立ち、躊躇いなくフードを下ろしてマスクに手をかけた。
「かすっただけでなんともないから! こら、アーミヤ……!」
「ダメです! ちょっとした怪我でも、見過ごしたら大変なことになるかもしれません!」
 普段の温厚さが嘘のような強硬な態度で、とうとうアーミヤはドクターの防護マスクを奪い取ってしまった。
 色素の薄い髪が肩のあたりまで零れかかったのを見て、テキーラは思わず息を飲んだ。
 入職してからというもの一度も見たことのなかったドクターの素顔を、まさかこんな形で目にすることになろうとは。
 ――と、いうか。
 小柄なコータスの、指輪が嵌った両手に捕らえられ、念入りに検分されているその顔は。
 つくりものかと思うほど整った、若い――
(女……?)
 顕になったのは、確かに若い女の顔だった。
 性別すらわからない格好をしているとは思っていたが、あの防護服の中身が空っぽかもしれないと考えたことこそあれど、女性かもしれないと想像したことは一度もなかった。
 日頃の言動から、勝手に男性だとばかり。
 完全に想定外の事実に直面して、思考がフリーズする。できることといえば、CEOに頭をもみくちゃにされているドクターの渋面を見つめるくらいだ。

「あっ、お兄ちゃん、こんなところにいた。ドーベルマン教官が、お兄ちゃんにもさっきのこと聞きたいって――……
 アーミヤが開け放ったままの扉から、ひょっこりと義妹が顔を覗かせた。ふわふわとした足取りで兄に歩み寄ろうとしたラ・プルマは、何気なしに部屋の片隅で行われているCEOとドクターの攻防に視線を投げかけ、二度見の末に立ち止まった。
「うーん、怪我のほうは大丈夫そうですね。でも、マスクには小さいですが裂け目ができてしまっているので、すぐに直してもらいましょう」
 傷のできていそうな箇所を入念に確認し終えたアーミヤが、ようやくドクターの頭を解放する。ドクターは、嘆息しつつ、乱れた髪を手櫛で整えた。
「えっ、ドクター? おんなのひとだったの……?」
 兄と同様にフリーズしていたラ・プルマが、ドクターの素顔を凝視したまま、兄の心情を丸々代弁する。
……ん? 話してなかったっけ? 別に隠していたわけじゃないんだけど……。業務には直接関係のない話だから、今後も気にしなくていいよ」
 口調は普段通りながら、表情が見えているだけでやたらと人間味を感じる。特に口元が顕になっているのが物珍しくて、かすかな笑みを含む形の良い唇から目を逸らせない。
「ドクター、ブレイズさんがそろそろ帰艦するみたいです。ケルシー先生が今回の事後処理をどうするか相談したいと仰っていましたから、こんな時間で申し訳ありませんが、一緒に作戦室まで来ていただけますか?」
……わかった」
 アーミヤの言葉に頷いて、ドクターはコンテナから立ち上がる。破損した防護マスクはアーミヤの腕に抱えられたままで、どうにも落ち着かないのか、剥き出しの首周りを手のひらで撫でたあと、仕方なくフードだけを引き上げて被った。

「おふたりとも、今日は本当にありがとうございました」
 すっかりCEOの顔つきに戻ったアーミヤが、事の成り行きを呆然と見守っているオペレーターを二人を振り返って、深々と頭を下げる。
「お疲れだと思いますから、今日はゆっくり休んでくださいね」
 こちらこそ、ドクターたちがいてくれて助かったよ、とか。オペレーターなんだから当然だよ、とか。
 本来出てくるはずの言葉が全く言い出せなくて困った。愛想笑いを浮かべることさえ難儀しているテキーラの前を、もう一度会釈をしたアーミヤが通り過ぎる。
 その小さな背に続いたドクターが、フードを被った頭をオペレーター二人に向け、
「不測の事態にも関わらず、君たちの助力のおかげで無事に切り抜けることができた。感謝している」
 と、労いの言葉をよこした。
「お疲れ様、おやすみ」
 遮るもののない剥き出しの瞳で二人を順繰りに眺めてから、指揮官は白銀に近い髪をなびかせて歩み去ってゆく。
 言葉を発することを忘れてしまった義兄妹は、フード姿の背中が扉の向こうに消えてしまうまで、呆然と見送ることしかできなかった。
……ドクター、きれいなひとだったね」
 廊下へつながる扉が閉まった音でようやく解凍した義妹が、ぽつりとつぶやいた。
「そうだな」
 義妹と並んで、上司の去った扉を見つめたまま、相槌を打つ。
「頭がよくてきれいで、お兄ちゃんのタイプじゃない?」
「なんだよ急に、変なこと言うなって」
 探るような義妹の視線に嘆息を返して、テキーラは扉へと歩き出した。同郷の教官が探しているというのなら、早めに顔を出さなければ叱られてしまう。
 更に管理部に車の状態を報告しつつキーを返却して、その上で今日の報告書の作成が待っている。余計なことを考えている暇はない。

(そうだ。『余計なこと』だ)

 義妹が言うように、得体の知れなかった謎多き上司が、その能力も容貌も抜群に好みのど真ん中だったとしても。
 だからといって、何をどうするわけでもない。
 優秀な上司の下で働けるのをラッキーだと感じる程度で、これまでとこれからが、別段変わるはずもない。
 ただ――

――君が、自分で考えて行動できる人間だからだよ。

 彼女が自分の何を見て、そう判断したのかを知りたいと思った。
 あの人の目には、自分が、そしてこの世界がどんなふうに映っているのだろう。

 もっと傍で、彼女の視線の先にあるものを見てみたい。
 そんな欲求に駆られる自分を馬鹿らしいと思いながら、テキーラは廊下へとつながる扉を開いた。


【終わり】