吾妻
2023-05-19 18:48:06
16139文字
Public アークナイツ
 

FIRST OPERATION

■女ドクター、俺設定、ドクターの髪の色と長さ程度の容姿描写を含みます。ロドスに入職直後くらいで、まだドクターの顔を見たことのなかったテキーラくんが初めて直接指揮を受ける話です。甘さはなく、捏造が激しい。多分テキーラくん、頭のいい人がめちゃくちゃ好きだと思う。


23:26 P.M. 天候/曇天
荒野

「ちょこまかと逃げ回りやがって! やっと捕まえたぜ」
「やめろ! 望み通り街を出ただろう! これ以上私たちにどうしろっていうんだ!」
「うるせえ、トランスポーター風情が、黙ってろ!」
 鈍い打撃音の後に、低いうめきと、人が地面に倒れ伏す音が続く。
 テキーラはそれを、少し離れた岩場の陰で聞いた。
 地元 ドッソレスでもよく耳にした類の雑音だ。暴力に物を言わせて要求を通そうという人間は、どこにでもいるらしい。
(本当にこんなんでうまくいくのかよ)
 足元には、誰かが捨てたであろう空き缶が転がっている。うっかり蹴り転がしでもすれば、高らかな音を立てるだろう。

――君は、情報屋のふりをして連中に近づいてくれ。

 先刻、車内で告げられた指示を反芻する。
 周囲の岩場に姿を隠して奇襲するのがセオリーだろうと想定していただけに、拍子抜けをした。
 こちらは無勢だ。敢えて姿を晒すより、相手の不意をついたほうが有利に思えるのだが。
……おい、必要なのは娘だけだ。そいつはとっとと始末しろ」
 物騒な言葉に、武器を構える物騒な物音。どうやら迷っている場合ではなさそうだ。
(軽い調子で、無茶振りしてくれるよなぁ)
 わずかなトチりも許してくれない観客の前で即興劇を演じろと言われているようなものだ。
 だが、既に幕は上がっている。
 半ばヤケになって、テキーラは足元の缶を勢いよく蹴り転がした。
「誰だ!」
 即座に期待通りの怒号が返ってくる。
 流石にわかりやすくて笑いそうになったが、まだ出番は終わりではない。
「おい、見てこい」
 リーダーらしき男の声のあとで、荒々しい足音が近づいてくる。
 深呼吸をひとつ。意識を集中させる。
 求められる役割を演じるのは、それなりに得意なほうだ。賽が投げられてしまったなら、やるしかない。
 やがて、岩場を回り込んで、“いかにも”な人相をした男が二人、姿を現した。
「何してんだ、テメエ!」
 ギャングのお手本のようなスーツを着た男が、テキーラの襟首を問答無用で掴み、岩場から引きずり出す。
「いたた、ちょっと、暴力はよくないよ」
 わざとらしく情けない声を出して、見せかけだけの抵抗をした上で、潔くホールドアップする。
 さも怯えているような顔で、素早く周囲を見渡した。
(ドクターが言ってた通り、数は大体十五)
 誰も彼も、暗い色のスーツを着用し、思い思いの得物を携えている。量産型のギャングたちの向こう側に、地面に倒れ伏したトランスポーターと思しき男と、怯え切った顔で座り込んでいる若い女が見えた。あのふたりが救助対象だ。
「テメエ、何モンだ? ここで何をしていた?」
「あはは、決して怪しい者では」
 その言い草が余計に怪しさを助長することくらい百も承知だ。だからこそ、敢えて口にした。ドクターに求められたのは“迂闊な情報屋”という役割なので。
「うるせえ! 余計なことはいい、何をしてたか言え!」
「何って……仕事の仕入れをちょっと……
「ふざけてんのか!? こんなところで何を仕入れて……
「いやぁ、ほら、情報も大事な商品だからね」
「チッ、情報漁りのハイエナか……
 こんなに頭の悪そうな情報屋が実在するはずもないと思うのだが、思いの外相手は乗ってきた。向こうもさほど賢くはなさそうだ。
……何を嗅ぎ回っていやがった、情報屋」
 やたらと重厚な声音が、群れの向こう側から響いてきた。
 似たり寄ったりのスーツ連中をかき分けて、葉巻を咥えた恰幅のいい男が進み出てきた。一目でわかる。この男がチンピラどもを束ねているリーダー格だ。
「近くの街で起きた暴動について、ちょっとね。……あれ? そこにいるのってもしかして、市長の娘さん?」
……
 リーダー格の男の眼差しが途端に鋭くなった。どうやら痛い腹を探ったらしい。

――おそらく連中は、街で起きた暴動に関与している。

 ドクターの声に、抑揚は感じられなかった。焦燥も、混乱も、もちろん興奮も。ただそこにある事実を、淡々と読み上げているかのように静かで、冷ややかだった。

――市長は、この一帯を根城にするギャングたちに対して厳しい政策を取り続けている。連中の目的は、市長への報復と脅しだ。

 暴動を扇動して市長の一人娘を街から追い出し、更に捕らえた娘を使って脅迫する。筋書きは大体そんなところだろう。非常にわかりやすい、陳腐な脚本だ。
 おそらく、今日暴動が起こったのも偶然ではないだろう。いずこからか娘が製薬会社に引き渡されるという情報を仕入れて、その前に奪取を試みたのだ。

――君にしてほしいのは、陽動と時間稼ぎだ。

 正直なところ、荒くれどもを無力化するだけなら、奇襲をかければそれで済む。数はこちらが不利ではあるものの、相手はただのチンピラの集団であって、個々の戦闘力も部隊としての練度も、さほど高そうには見えなかった。自分たちの実力を過信するわけではないが、不意打ちのアドバンテージがあれば、まず負けはしないだろう。
 だが、今回はただ勝てばいいというわけではない。
 居並ぶゴロツキの向こう側、片や負傷し、片や恐怖で自失している民間人を救出しなければならないのだ。
 非戦闘員を庇いながらの作戦行動は、通常の戦闘とは勝手が違う。この場合は、相手がただのチンピラだからこそ厄介で、大局よりもその場の感情を優先するような連中を下手に刺激すれば、助け出す前に救出対象を殺害されかねない。

――連中は、市長の政敵の後ろ盾を得ている。その証拠を握っていると仄めかせば、彼らは君の話に耳を傾けずにはいられなくなるだろう。

 要するに、場を整えるための前座を務めればいいわけだ。台本など用意されているはずもない、完全なアドリブを求められているので、気分的には「マジかよ」が本音ではあるが、

――君は土壇場の対応力に優れているとチェンから聞いているんだ。

 防護マスクの奥からまっすぐに見つめてくる瞳は、このまさに土壇場において不敵な輝きを湛えていた。バイザー越しとはいえ初めてまともに向き合った双眸を見て、テキーラはようやく防護服の内側が空っぽではないことを実感した。
 目の前にいるのは、確かに生きている人間なのだ、と。

「白々しい態度は感心しねぇな。その口ぶりだとわざわざ俺たちをつけてきたんだろ? 何が狙いだ? 口止め料か? そんなもん、はいそうですかと払うとでも?」
 リーダー格の男が顎をしゃくり、隣に立つ部下がクロスボウを構えた。鋭い鏃は、的確に心臓に狙いを定めている。
「俺が戻らなければ、相棒が証拠を持って市長のところに駆け込むだけだよ。そんなことになったら、君たちの後見人は困るんじゃないかな?」
 もちろん相棒なんているはずがない。口から出まかせのでっち上げだ。
 だが、ハッタリに必要なのは尤もらしさではない。余裕を絶やさないことだ。不安やぎこちなさを気取らせてはいけない。
「テメェ、どこまで知って……! まぁいい、とっ捕まえて吐かせりゃいいだけだ。楽しみにしてな、拷問のフルコースでおもてなししてやるぜ」
 クロスボウから放たれた矢が風を切る。その音を合図に身を翻し、テキーラは駆け出した。男たちに背を向け、来た道を引き返す。
 向かう先には巨大なアーチ状の岩場があり、まさに今そのてっぺんから、仕込みを終えた義妹が飛び降りるのが見えた。
「追え! 逃すな!」
 リーダー格の男の怒号に続いて、複数の足音が入り乱れる。半分くらい釣れれば御の字なのだが。

――ある程度気を引いたら、逃走をするフリをして連中を分断する。この近くにアーチ状の巨大な岩場があるから、その側まで追っ手を引きつけてくれ。

 アーチの向こう側には、ここまで乗ってきた車が停まっている。天然のアーチをくぐり、車まで駆け戻ったところで、背後で爆発音が上がった。
 激しい崩落音と、男たちの悲鳴。アーチのてっぺんに仕掛けられた爆弾を、ラ・プルマが爆破したのだ。
 アーチは見事に崩れ、哀れにも罠にかかったチンピラどもが立ち往生している。

――引きつけたギャングたちがアーチを通過したあと、三秒置いてから爆破するんだ。

 ドクターはラ・プルマに対してやけに具体的な秒数を指示していた。そのおかげか、ゴロツキどもは崩れ落ちた岩の下敷きになることもなく、右往左往している。
 その死角から、大鎌が袋の鼠を急襲し、昏倒させた。
 命を奪う必要はない、しばらく動けなくすればいいだけ、という命令を義妹が的確に守っているのを横目に、テキーラは運転席のドアを開け、車内に滑り込む。
「アーミヤさんたちは?」
「アーミヤとススーロは、予定通り患者たちの救助に向かっている」
 エンジンをかけ直しながら問い掛ければ、後部座席から声が返った。指揮官の手の中にある端末が、暗い車内に朧げな光を放っている。
「君たちのおかげで半数以上を無力化できた。残り程度ならアーミヤで対処可能だ」
 端末の画面には、周辺の地理情報や生体反応などの、戦術指揮に必要な情報が表示されているはずだ。盤面遊戯のように戦術を指揮すると揶揄する者もいないわけではないが、戦場では情報が何よりも重要な武器になる。
 それが、的確な判断を下せる者の手に握られるなら、なおのこと。
「終わったよ、ドクター!」
 命じられた役割を果たし終えた義妹が、得物をトランクに素早く仕舞い込み、助手席のドアを開いた。その声にいつものふわふわとしたあどけなさはなく、緊張感とわずかな高揚が感じ取れた。
 ラ・プルマがドアを閉めると同時に、テキーラはアクセルを踏み込む。崩れた岩場を迂回して、先程離れたばかりの、患者たちが捕らわれている場所を目指した。
 前方には、黒と赤の光を帯びたアーツが空を裂くのが見え、男たちの悲鳴が上がっている。
「アーミヤ」
《問題ありません。患者さんたちは無事保護しました》
「わかった。君たちをピックアップして、この場を離れる」
《了解しました》
 通信が終わるか終わらないかのうちに、車は小柄なコータスの少女の傍らに滑り込む。
 ゴロツキたちのほとんどは倒れ伏しているか、一目散に背を向けて逃げ出しており、まともに立っている者は見当たらない。
「ドクター、ドアを開けて! 怪我人を先に――
 小柄な体で負傷したトランスポーターを支えつつ、ススーロが後部座席のドアに歩み寄る。内側からドアを開けたドクターが、今にも崩れ落ちそうな男の体を引き受けようと手を伸ばし、次の瞬間。
「伏せろ!」
 鋭い声を上げて、ススーロとトランスポーターの頭を抱え込むように伏せさせた。
 風を切る音が間近に聞こえ、闇に紛れて放たれたクロスボウの矢が、カンッ、と硬質の何かに当たって跳ね返る。
「ドクター!!」
 少し離れた場所で、アーミヤが悲痛な叫びを上げて振り返った。
「大丈夫、マスクにかすっただけだ。アーミヤも早く!」
 至極冷静に声を投げ返し、ドクターはトランスポーターと患者とを車内に運び込む。続いてススーロが、最後に駆け戻ってきたアーミヤが乗り込んで、慌ただしく扉が閉められた。
「テキーラ、2時の方向に直進してくれ。本艦と合流する」
「了解!」
 指示された方角へハンドル切り、アクセルを踏み込む。闇に包まれた荒野を、定員オーバーの人員を乗せた車が土埃を上げて疾走を始めた。
「ドクター、すみません。あの場にいた人たちはほとんど無力化できたのですが、おそらく救援を呼ばれてしまいました。付近に別の部隊がいたみたいで……
「ドクター、大変! あいつら、追ってきてるよ!」
 開けっぱなしの窓から顔を出して後方を確認したラ・プルマが、後続の車を発見して声を張り上げた。素早くバックミラーに目をやったテキーラの視界には、3対のヘッドライトが見える。
 このあたりを根城にしているだけあって、オフロード特化の車種のようだ。徐々に差が縮まり、眩い光が近づいてくる。
 このままではいずれ追いつかれる。応戦するにはいささか分が悪い。
「大丈夫」
 張り詰めてゆく車内の空気などどこ吹く風で、ドクターが口を開いた。

もう、我々の勝ちだ ・・・・・・・・・

 抑揚の感じられない声だった。淡々と、さも当然の事実を読み上げているかのような。
 虚勢でも、トチ狂ったわけでもない。これから間違いなく起こるであろう出来事を告げているだけ。まるでそれは――予言に聞こえる。

 やがて、進行方向からプロペラ音が聞こえてきた。
 みるみるうちに接近してきた一機の輸送ヘリが、ロドス一行を乗せた車とすれ違う。
「あれは、まさか……
「ケルシーとの通信から、そろそろ三十分が経過する。君たちが時間を稼いでくれたおかげでね」
 後方を振り返ったアーミヤがリアウインドウ越しに見たのは、輸送機から降下する人影だった。
 人影はそのまま、ギャングたちが駆る先頭車両のボンネットに、狙いすましたかのように着地した。
 派手な衝突音に、ガラスが割れる音。耳をつんざくようなブレーキ音。
《ねぇ、ドクター。最近私って、こんな役回りばっかりじゃない?》
 ドクターの端末越しに、場違いに明るい女の声が聞こえてきた。
《これって、ちゃんと特別手当出るよね? まぁ、ウサギちゃんを抱き締めさせてもらえるだけでもいいんだけど!》
「命の恩人には相応の対価を支払うさ」
《オッケー! さっさと片付けちゃうから、みんなは先に本艦に戻ってて!》
「あまりやりすぎないように頼むよ、ブレイズ」
《私を呼んだんだから、少しぐらいは大目に見てよね!》
 あとはチェンソーの唸りと、情けない男たちの悲鳴しか聞こえなかった。