吾妻
2023-05-19 18:48:06
16139文字
Public アークナイツ
 

FIRST OPERATION

■女ドクター、俺設定、ドクターの髪の色と長さ程度の容姿描写を含みます。ロドスに入職直後くらいで、まだドクターの顔を見たことのなかったテキーラくんが初めて直接指揮を受ける話です。甘さはなく、捏造が激しい。多分テキーラくん、頭のいい人がめちゃくちゃ好きだと思う。

23:08 P.M. 天候/曇天
荒野

 ヘッドライトが闇を裂き、前方を僅かに照らす。
 舗装されていない道だ。もはや道と呼べるのかも怪しい。安全運転の範囲内で走行していても、車体は時折傾き、浮き上がり、揺れる。しっかりと整備の行き届いた最新鋭の四輪駆動車でこれなのだから、一般車両ではもっと酷い揺れに悩まされていただろう。
「ごめんなさい、テキーラさん。運転をお願いすることになってしまって……
 後方から申し訳なさそうな少女の声がする。
 バックミラー越しに後部座席を見れば、小柄なコータスの少女が眉を八の字に下げて運転席を見つめていた。
「大丈夫、気にしないで。これでも不測の事態の対応は慣れてるんだ。同行してもらうはずのトランスポーターと会えなかったんだから仕方ないよ」
 ミラー越しに微笑を返してから、前方に視線を戻す。若すぎる最高経営責任者の隣では、テキーラの直属の上司に当たる戦術指揮官が微動だにせずシートに埋まっていた。
 全身を防護服で包み、頭には防護マスクまで装着し、体格も顔の造作もはっきりとはわからない。この明らかな不審人物を、ロドス・アイランド製薬――前職を罷免されたテキーラが義妹と共に身を寄せた新たな職場――は、最高位の指導者として戴いている。
 人々から『ドクター』と呼ばれるその人物への評価を、テキーラは未だ定められずにいる。
 ロドスに入職してまだ日が浅いせいもある。それでも、CEOとして立ち回るアーミヤや、医療部門のトップであるケルシーは、各々のスタンスや能力が目に見えやすく判断材料が多いため、ある程度の評価はすぐに定まった。たとえそれが表面上のものに過ぎなかったとしても、雇用主と職員として接する分には不都合はないだろう。
 だが――
 もう一度、バックミラー越しにドクターの様子を窺う。先程から指先の一本も動かしてないように見えた。
 戦術指揮官。いち製薬会社が抱えるにはいささか強大すぎる軍事力を、指先一本で動かすことのできる人物。
 全身を覆い隠し、年齢や性別さえ容易に推し量れない人間を、ロドス所属のオペレーターたちは深く信頼している。もちろん、個々人が抱く感情には温度差があり、誰も彼もが純粋な好意を寄せているわけではないのだろうが、少なくともドクターと関わりを持つ者たちは皆、その能力を高く評価している――ように、テキーラの目には映る。
 人を見る目には、ある程度自信があるつもりだ。
 持ち前の勘の鋭さを駆使して、空気や時流を読み、ここまで生き抜いてきた自負もある。
 それでも、見定めることができない。あのフードの中には、本当に生きた人間が入っているんだろうか?
 背は高すぎず、低すぎず。声はどちらかと言えばハイトーンだが、抑揚に乏しい。若干猫背気味で、よく上着のポケットに両手を突っ込んでいる。とぼけたり、皮肉めいた言い回しが多く、慌てた姿を見たことがない。
 これが、テキーラが知る『ドクター』のすべてだ。
(チェンさんも、もうちょっと詳しく教えてくれれば良かったのにな)
 ふと、ロドスに推薦状を書いてくれた人物の顔が過ぎる。
 彼女――チェン・フェイゼとは、テキーラが職を失うきっかけとなった事件で知り合った。
 テキーラが父親と共に計画したクーデターを、彼女と彼女の昔馴染みが圧倒的暴力によって完膚なきまでに打ち砕いたのだ。
 結果、父は獄中の人となり、テキーラは食い扶持を失い、義妹と共に路頭に迷いかけた。住み慣れた街を離れ、漠然とどこかへ行こうとは思ったが、どこへ行けばいいのか見当もつかなかった。そんなテキーラに推薦状を持ってきたのがチェンだった。
 チェンはお世辞にも愛想が良いとは言い難いが、面倒見がよかった。ロドスに加入する際の基礎知識として、様々な事柄を教えてくれた。
 年若いが責任感の強いCEOのこと。驚嘆に値するほど多岐に渡る知識を有した女医のこと。それから――
『あとはドクターについてだが……。奴に関しては言語化が難しい。だが、一目見ればすぐにわかるだろう。まぁ、端的にまとめるとしたら……“変なやつ”だな』
 前述の二人に比べてあまりにざっくりとした説明に、戸惑ったのを覚えている。
 しかし、実際にドクターと対面して、テキーラはチェンの態度が腑に落ちた。アレは確かに“変なやつ”以外に形容が難しい。
 わかりやすい狂人や変人の類ではもちろんない。そのほうがまだ判断がしやすい。しかし、そうではないのだ。あの人はまるで、常に霧を連れて歩いているようなものだ。実態が掴めない。得体が知れない。
 ドクター指揮下での戦闘をまだ経験していないからかもしれないが、アーミヤやケルシーに比べて、その能力が見えづらい。
 ロドスの人々が当たり前のように向ける強固な信頼と、祈りにも似た憧憬。その行きつく先にいる、掴みどころのない正体不明の人物。二つの事柄を、うまくイコールで結べない。
 手っ取り早く『ドクター』を理解したいなら、実際に戦場を共にするのが一番かもしれない、と考えもする。
 もちろん、暴力に訴えかけるような事態が起こらないに越したことはない。だが、いつまでもこの調子でいるのも居心地が悪い。何より――
 助手席に視線を移すと、共にロドスへやってきた義妹が、夜闇と砂塵に霞む荒野をぼんやりと眺めていた。
 彼女 ラ・プルマもテキーラも、水準以上の戦闘能力を買われて入職している。大勢に紛れてもある程度立ち回れるテキーラに比べて、ラ・プルマは内向的な性格だ。特に本物の父親のように慕っていた義父と離れ離れになってからというもの、義兄であるテキーラとの間にも少々ぎこちない空気が流れている。
 彼女のストレスを思えば、早くロドスでの一定の立ち位置を築けたほうがいい。
(とはいっても、具体的にどうすればいいかなんて、わからないんだよな)
 ここしばらく、ずっと同じことを考えている。だが、いくら考えても堂々巡りで先に進めない。せめて、時間が解決してくれる類の問題であればいいのだが――

……でも、行方不明になったっていう患者さん、大丈夫かな」
 静まり返っていた車内に、女性の声が響いた。
 アーミヤを挟んでドクターの反対側に座っていた小柄なヴァルポの女性だった。ロドスの代表としてドッソレスシティにも訪れていた医師だ。
「鉱石病を理由にトランスポーターと一緒に街を追い出されちゃうなんて……。もう少し早く迎えに来られればよかったね」
「そうですね。ほとんど入れ違いだったという話なので、それほど遠くまで行ってはいないと思うんですが……夜が明けたらクロージャさんに頼んで、ドローンで付近を探してもらいましょう」
 今日の任務は、ロドス本艦に受け入れる予定の患者のピックアップだった。
 ちょうど近くの都市で提携会社との会談があり、それを終えたドクターとアーミヤを本艦まで護衛する道すがら、途中の街で患者とトランスポーターを拾って帰る想定だった。
 しかし、いざ現地に辿り着いてみると、合流予定だった患者とトランスポーターは鉱石病を厭う住民に追い出され、街から姿を消していた。
 元々この一帯は鉱石病への偏見が強い地域ではあるものの、追い出されたのは市民にも人気の高い市長の娘だ。いくら鉱石病の感染者となったとはいえ、暴動を起こして追い出すというのはいささか過敏な反応に思われた。どうにもきな臭い。
「ススーロさんもすみません。せっかく一緒に来ていただいたのに」
「アーミヤが謝る必要ないよ。こうなることなんて、誰にもわからなかったんだし……
 ススーロの言葉を遮るように、耳障りな電子音が鳴り響く。アーミヤが弾かれたように音の出どころを振り返り、ドクターがコートのポケットから小型の端末を引き摺り出した。

……テキーラ」
 ドクターは、しばらく画面に目を走らせたのち、防護マスクの内側から硬質の声音で部下を呼ぶ。

「車を停めてくれ」

 不穏な気配を感じつつ、テキーラはブレーキを踏んだ。