吾妻
2023-05-19 18:39:29
8011文字
Public アークナイツ
 

エル・ディアブロ

■ドッソレスにある事務局からロドス本艦へ向かう鉱石病の患者さんの護衛任務にきたテキーラくんの話。人畜無害で温厚そうな好青年の顔を見ていると、多分あんまり強そうには見えないんじゃないかと思って、外側からオンオフのギャップを書きたかった。ほぼほぼモブ視点で話が進みます。

3.

「ただいま、ドクター。患者さんの護衛任務、無事に終わったよ」
 尻尾を振る勢いでドクターの執務室を訪ねると、コーヒーの香りが漂ってきた。
 執務机で書類の山に囲まれているドクターは、休憩中だったのか、防護マスクを外している。手元には淹れたばかりらしいコーヒーカップ。香りからしておそらくインスタントだろう。土産のコーヒーを買いそびれたことを思い出してしまった。
……無事に?」
 ドクターが小さく首をかしげる。含みのある訊き返し方だ。嫌な予感がする。
「えーと、途中でちょっとトラブルはあったけど、職員にも患者さんにも怪我はなかったし、無事に任務完了の認識なんだけど……もしかして、ドッソレスからなにか連絡があった?」
「大したことじゃない。サンチェス市長から『検問所付近で武装勢力と警備隊の衝突があって、第三者の武力介入によって制圧された』という意味合いの一報が入っただけだよ」
「あー……
 その様子だと、カンデラさんには俺の仕業だってバレてそうだな。あのまま警備隊の連中と顔を合わせるのも気まずくてさっさと帰ってきちゃったけど、ロドスに迷惑がかかる可能性もあるのか。
……ごめん。民間人が巻き込まれてるかもと思ったら居ても立ってもいられなくて。面倒事になりそう?」
 ドクターに迷惑がかかるのは本意ではない。自然、しょんぼりと尻尾が下がる。
 神妙な顔でデスクの前に立ち尽くしていたら、ドクターの口元が小さく笑みを含んだ。
「別に、向こうからはそれ以上の抗議や要求はないよ。君が挨拶もせずに帰ったから、寂しがっていたんじゃないのか?」
「それはないでしょ。今更、どの面下げて挨拶に行けって?」
「今回の任務、君が適任だと思ったけれど、あの街に戻るのは負担だった?」
「いや、別にあの街にそこまでの感慨はないよ。懐かしいと感じるほど長く離れてたわけでもないしね。ただ――
 言葉を切ったら、ドクターが今度は反対に小首をかしげた。その仕草が可愛らしくて、思わず笑いがこみ上げてくる。
……今は、ロドスにいるほうが気楽かな。ここにはドクターもいるしね」
 早く帰ってきたかったのも、早くドクターに会いたかったからだよ。そう付け加えたら、呆れ顔でため息をつかれてしまった。嘘じゃないんだけどな。
「報告ご苦労さま。明日は休んで構わない。追加で休暇が必要なら申請を出すように」
「了解。ドクターは、まだ仕事?」
 時刻は21時過ぎ。もちろん、とっくの昔に定時は過ぎているはずだ。
 しかし、ドクターの手元にはまだ書類が積み重なっている。すべてが今日中の締め切りではないだろうが、まだまだ先は長そうだ。
「この山を片付けたら、明日は少しゆっくりできそうなんだ。日付が変わる頃には終わるんじゃないかな」
「いつものこととはいえ、大変そうだね。手伝おうか?」
「大丈夫。君は早く医務局に行って、頬の手当てをしてもらって。かすり傷でも、油断しないように」
 ああ、そういえば頬の傷のこと、すっかり忘れていた。血も止まって、傷口も乾いているけれど、確かに放置しておいて化膿でもしたら大変だ。
「お言葉に甘えて、手当てしてもらってくるよ。シャワー浴びたり、腹ごしらえもしたいしね。それが済んだら――部屋に行ってもいい?」
 書類をめくるドクターの手が止まる。
 だって、ドクターが言ったんだよ。『仕事が無事に片付けば、明日は少しゆっくりできる』って。そんな有益な情報を俺に漏らしたらどうなるのかくらい、わかってるはずだけど。
 互いを探るような沈黙の後に、ドクターが柔らかい笑みを浮かべた。
 俺の勝ち。しばらく予定が合わなかったから、今日は久しぶりに一緒に寝れるかも。
 喜びの予感に尻尾をはたはたさせていたら、
「お土産のコーヒーを持ってきてくれるなら、考えなくはないけれど」
 予想外の言葉が飛んできて、揺れていた尻尾がぴたりと止まった。
……あー、ええと……その、ごめん……ごめんね。ちゃんと憶えてたんだけど、いろいろあってお土産……買えなくて、その……
 まずは大きな瞳がきょとんと見開かれて、そのあとで胡乱げに細められて、更には唇が尖っていった。
 ホールドアップして、降参の意を示す。盗賊連中に囲まれたときよりも焦っていた。
 本当にごめんってば。どうしようもなかったっていうか。そんなに楽しみにしてるなんて知らなくて。知ってたら絶対に買ってきたのに。
「許してよほら、ぎゅーってするから」
 情に訴えかけて有耶無耶にする作戦に出ることにした。
 挙げた両腕を大きく広げて、ドクターの傍まで歩み寄って、思いっきり抱きつこうとして。
「エルネスト・サラス」
 冷ややかな声でフルネームを呼ばれて固まった。
「早く手当てしてもらってきなさい」
……う」
 おかしい。だいたいいつもはこの作戦でなあなあにできるのに。そこまで楽しみにしていたとは不覚だった。
「返事は?」
……はい」
 仕方ない。少し時間を置いて、怒りが収まるのを待つしかないか。
 手当てをしてもらって、腹ごしらえや身支度を済ませて、それから。
 日付が変わる頃合いに、彼女の部屋を訪ねてみよう。
 ドアが施錠されていないのを、今は祈るばかりだ。

【終わり】