吾妻
2023-05-19 18:39:29
8011文字
Public アークナイツ
 

エル・ディアブロ

■ドッソレスにある事務局からロドス本艦へ向かう鉱石病の患者さんの護衛任務にきたテキーラくんの話。人畜無害で温厚そうな好青年の顔を見ていると、多分あんまり強そうには見えないんじゃないかと思って、外側からオンオフのギャップを書きたかった。ほぼほぼモブ視点で話が進みます。

2.

 良い報せと悪い報せを同時に聞いて、私は神妙な面持ちで後部座席に埋まっていた。
 駐車場に停められていたのは、小型だが頑丈そうな装甲車だった。このあたりでよく見かける軍の払い下げ品などではなく、しっかりと整備の行き届いたきれいな車体。備品にちゃんとお金が回っている企業だ。これなら不意の襲撃にも多少は耐えられるだろう。それがよい報せ。
 悪い報せはというと――
 運転席に座っている人物。濃紺と青緑色の制服を着た、どちらかといえば小柄な男性を盗み見る。
 車で待っていた男性は自分を「運転手」だと名乗った。長年トランスポーターをしていたから、このあたりの地理には明るいのだと。つまり彼は護衛ではない。
 ということは。
 つい、と。私の隣で窓の外をぼんやりと眺めている若者に目を移す。
 私の命は、この笑顔が最大の武器と思われる青年に懸かっている、ということだ。
 視線に気づいたのか、テキーラさんがこちらを振り向いてにこにこと笑う。私は口元が引きつらないように気をつけながら、作り笑いを返した。とてもではないが、ドライブを楽しむ気分ではない。
「このまま街出ちまうけど、いいのか?」
 運転席から声が掛かった。
 車はメインストリートを抜けて、街の外へと向かっている。
 当たり前のように眺め続けてきた人工海ともしばらくお別れかと思うと、急に寂しさが湧いてきた。
「地元だろ? 挨拶するやつとか、寄りたい場所とかないのかよ?」
(地元……?)
 運転手はバックミラー越しにテキーラさんを見ていた。思わず私も隣に顔を向けた。彼は、この街出身ということだろうか?
「そういうのは、ちゃんと休暇を取ってやるからいいよ。今は大事な仕事中だからね」
 窓の外に広がる海は、傾きかけた日差しを浴びてキラキラと輝いている。砂浜を駆け回る人々を眺めるテキーラさんの眼差しは、正直故郷を懐かしんでいるようには見えなかった。
「あ、でもドクターにお土産買うの忘れちゃったな。コーヒー買ってくるって約束したのに」
「あーあ。拗ねられても知らんぜ。楽しみにしてるだろうに」
「うーん、困ったな。すぐそこの検問所の近くに観光客向けの土産物屋があっ――
 テキーラさんの言葉を遮るように、突如前方でけたたましい爆発音が上がった。
 間を置かず、戦闘音が響き始める。
「な、なに!? えっ、なにこれ!?」
「頭を低くして。車の中にいれば大丈夫」
 パニックになる私の体を、先程までにこにことお土産の算段をしていた青年が抑え込んで伏せさせる。
 ドッソレス生まれのドッソレス育ちだから、それなりの治安の悪さには耐性があるほうだと思っていた。ギャング同士の抗争も日常茶飯事だし、大乱闘大会の時期は特に街中が物騒になる。でもそれは、画面の向こう側で起きている騒ぎだった。自宅は高級住宅街と呼ばれる場所にあって、セキュリティも万全で、危険な目に遭うはずもなかったから。
 まさか自分が、一歩間違えば死んでしまうかもしれない場所に居合わせるなんて、欠片も想像したことさえなかったのだ。
「爆発したのが例の土産屋かぁ?」
「そのへんっぽいね。例の武装勢力と検問の警備隊が衝突した感じかな」
「残念、ドクターへの土産はおじゃんだな。どうする、迂回して別の出口から出るか?」
「それだと遠回りになりすぎて、ロドス本艦とのランデブーポイントに定刻には着けない可能性が高いよね。もちろん、患者さんの安全が最優先だから、あんまり無茶はできないけど……
 この緊急時に、頭の上で飛び交う会話はあくまで落ち着き払っていて、逆に混乱した。
 この人たち、どうしてこんなに冷静なんだろう? 私なんて今にも、心臓を口から吐き出しそうなのに。
「逃げ遅れた人たちもいるかもしれないし、ちょっと様子を見てくるよ」
 座席の下に押し込んでいた剣を拾い上げて、テキーラさんがドアの取手に手をかけた。
 嘘でしょ!? 外に出るって、本気!? 迂回するのじゃダメなの? 一刻も早くここから立ち去りたくてたまらないのに。
 縋る思いで、ドアを開けようとするテキーラさんの腕を掴んでしまったら、場違いに穏やかな笑顔が返ってきた。
「大丈夫、すぐ戻るよ。できるだけ座席の後ろとかに隠れててね」
「で、でも……!」
「貴方を無事に本艦に送り届けるって約束してるから。“あの人”との約束だけは、絶対に破らないようにしてるんだ」
 約束? 誰とだろう? ぼんやりとそんなことを考えているうちに、テキーラさんは必要最低限に開いたドアの隙間から、怒号が飛び交う車外へと出ていってしまった。
「心配しなくても平気さ。すぐに終わる」
 運転席からやけに呑気な声が飛んでくる。
 運転手はというと、強化ガラスを信頼しているのか、体を伏せることもせず、シートにもたれかかって首の後ろで腕まで組んでしまった。
「並の盗賊風情じゃ、相手にもならんよ」
 やがて、フロントガラスの向こう側に、和やかな笑顔を浮かべて両手を挙げたテキーラさんの姿が見えた。
 ここからでは声は聞こえないけれど、武器を構えた連中相手に何かを語りかけている様子だった。「まぁまぁ、落ち着いて」とでも言っているような気配に、正気を疑う。問答無用で建物を爆破して警備隊と小競り合いを始めるような連中に、話が通じるはずなんてない。
 案の定、武装集団は何事かを怒鳴り返して、威嚇するように何発かクロスボウを放つ。そのうちの一矢がテキーラさんの顔の横をかすめて、頬に傷を作った。
 勢いで切れた頬から、顎に向かって細く血が伝う。テキーラさんは驚くでもなく、恐怖に震えるでもなく、諦めた様子で大袈裟にため息をついてみせた。
 その、次の瞬間。
 目の前から、テキーラさんの姿が、消えた。
 低く構えて駆け出したのだと気づいたのは、独特な形状の刀身が賊の構えたクロスボウを半ばで切り裂いたあとのことだった。
 何が起こったかわからず呆然とする男の腹部を蹴り飛ばし、検問所のフェンスにめり込ませたかと思えば、加勢に群がってきた複数名を横薙ぎに斬り伏せる。
 そうして、五分も経たないうちに、その場に立っているのはテキーラさん一人になっていた。
「相変わらず、オンオフの激しい奴だな」
 称賛と呆れを混ぜた笑みを浮かべて、運転手がシートに預けていた体を起こした。
 周囲に重篤な怪我人がいないのを確かめると、テキーラさんは小走りに車に戻ってきた。入れ替わりに、警備隊の増援が駆けつけてくる。
「今のうちに街を出よう。警備隊に捕まると、長くなっちゃうから」
「あいよ」
 未だ混乱する路上を滑るように駆け抜けて、装甲車はドッソレスシティを出た。


            *


「やりすぎちゃいないだろうな?」
「大丈夫だよ。正当防衛の範囲内だから」
「どうだかな……
 車内の空気は既に出発時に戻っていて、私だけが混乱から立ち直れずにいた。
 言葉を失ってシートに沈んでいる私を見て、先程まであれほど獰猛な立ち回りを演じていたペッローの青年が出会ったときと同じ人好きのする笑顔を浮かべた。
「怖い思いさせちゃってごめんね。流石にもう何もないはずだから」
 彼の頬に矢がかすった傷痕さえなければ、すべてが夢だったと思えるのに。
 合流地点までもうすぐだからね、と語りかけられても、私はぎこちなく頷くことしかできなかった。

 いつも傍にあった海岸線が、ギラギラとした喧騒が遠のいていく。
 やっと私は、自分が生まれ故郷を去るのだと実感した。
 欲望と娯楽に満ちた街。いつ終わるともわからぬ争いに沈んでいるボリバルで、毒々しく輝く太陽の都。
 ふと、いつも自信満々な市長の顔が思い浮かんだ。
 数年前に父の付き合いで出席したレセプションパーティで挨拶したこともあるけれど、何を考えているのかわからなくて、ちょっぴり怖い人だったな。
(あ……
 隣に座る若者に感じていた既視感が、ようやくピントを結ぶ。
(もしかして、あの場にいた……? いや、まさかね……
 市長の部下ならば、ドッソレスシティでは出世頭といってもいい。そんな人物が職を手放して街を離れ、いち製薬会社のオペレーターをしているなんて、そんなことがあるはずがない。きっと気のせいに決まっている。
 迷いを振り払うように深呼吸をしてシートに体を埋めたら、急に眠気が襲ってきた。
「疲れたよね。合流地点に到着したら起こしてあげるから、寝てても大丈夫だよ」
 気遣いの鬼か何かなのかな。周囲の微妙な変化を目ざとく察知し過ぎではないのか。
 少々薄ら寒くなったものの、眠気には勝てそうもない。お言葉に甘えることにして、ゆっくりと目を閉じた。