吾妻
2022-10-06 23:47:58
10884文字
Public GOD EATER
 

恋とは、斯くも

弊リーダーに遅れてきた思春期のはなし。いつものソマ主♀、GEB以降~RBぐらいの時期想定


2.

「残念だけれど……それは『恋』ね」
 まるで不治の病を宣告するような面持ちで、雨宮サクヤは言った。
「『恋』……
 同じくらい真剣な顔をして、ルイは告げられた“病名”を鸚鵡返しにする。サクヤの隣に座るアリサ・イリーニチナ・アミエーラも、難しい顔をしている。

 場所は、サクヤの私室。
 時間は、ルイが咄嗟にラボラトリ区画を逃げ出してから数十分後。
 居住区画についたエレベーターをふらふらと降りたところで、ちょうど連れ立って歩いていたサクヤとアリサに出くわしてしまったのだった。

『ちょっとあなた、なんて顔してるの』

 「久しぶり」、「いつ戻ってきたの」、「元気にしていた?」などの前置きもなく、サクヤは一瞬でルイの異変を見抜き、険しい顔をした。
 体調が悪いとか、寝不足だとか、お腹が減っているとか、いつもならいくらでもごまかせたはずなのに、今日ばかりはうまくいかなかった。
 更に、ルイが押し黙っているのを怪訝に思ったアリサに「妙ですね」と顔を覗き込まれれば、何でもないとは笑えなかった。
『アリサ、捕まえて』
『了解です』
 流石、同じ部隊で幾度も死線をくぐっただけのことはある。
 抜群のチームワークで捕縛されたルイは、為す術もなくサクヤの私室へと連行されたのだった。


……そんなわけ」
 反論を試みて、口ごもる。
 ルイにとって、恋という感情はあまりに新しいものなので。
 三年前、神機使いになって。数多の苦境の果てに、初めて見出した概念なので。
 むしろそれ以前の自分なんて、人のカタチをした獣同然だったから、普通の人間が懐く感情の全容を把握しきれているとは言い難い。
 『恋』がどういうものなのか。自分が今持て余している感情の奔流が、その定義に当て嵌まっているのか、踏み外しているのか。判別がつかない。
 それでも、ちょっと違う気がしているのだ。いや、違っていてほしいのかもしれない。
 もっとキラキラしていて、眩しくて、素敵なものだと信じていたい願望が、おそらくは自分の内に棲んでいる。
「だってルイは、やきもちを妬いたんでしょう?」
 幼子を諭すように優しく、サクヤが言う。
 やきもち。その言葉を口の中で転がして、ルイは渋い顔をする。奇妙な苦さを感じた気がした。
 やきもちってもっとこう、可愛いものじゃないんだろうか。
 相手の意志や尊厳を無視して、自分の思い通りにしたいと願う。果たしてそれが、やきもちで済まされる話なんだろうか。
「あなた昔っからやきもち妬かない子だったから、ちょっと心配だったんだけど、なんだか安心したわ。……当の本人は納得いかなそうな顔してるけれどね」
 渋い顔をして黙り込んでいるルイを見て、サクヤは困ったように笑って見せる。
「だって……
 困っているのはこちらのほうだ。想定と全然違うのだから。
 確かにこれまで、もてはやされているソーマを見ても、こんな気持ちになったことはなかった。周囲からは余裕の表れだと思われていたようだが、別にそういうわけでもない。
 ただ純粋に、ソーマのまわりに人が増えてゆくのが嬉しかった。
 あんなに優しくて誠実な人間が、本人の意思と関わりなく背負わされた業のせいで遠ざけられるのは理不尽だと感じていたからだ。
 不器用に他者を跳ね除ける必要がなくなったのなら、きっと良いことに違いない。
 だからにこにこしていられた……のだと思う。
 自分が他人より優位に立っているとか、絶対の自信があるとかではなく。
 好きな人の幸福を無邪気に喜んでいただけ。
 薄暗い路地裏で、動くものを見れば敵と考え、その日を生き延びるのに精一杯だった野良の獣上がりにしてみれば、ようやく人間らしい情緒を獲得できたのではないかと、にこにこ笑いながらちょっぴり誇らしくもあった。
 それなのに、どうして急にこんな、自己愛まみれの感情が顔を出してきたのか。
 やきもちなんて可愛い言葉で片付けていいものなのか。
 全然わからない。困ってしまう。
「理不尽で、自分勝手で、自分の意思じゃコントロールできない。……そういうものなのよ」
 深々と溜息をつくサクヤの口元には、どこか寂しげな笑みが浮かぶ。
 サクヤがそういうからには、きっと一般的な『恋』とはそういう類のものなのだろう。
 神機使いとしてだけではなく、女性としても先達に当たる彼女のことを、ルイは手放しに信頼しているのだ。
「恋ってもっと、すてきなものだと思ってたのに……
 途方に暮れて、拗ねた子供のようにソファの上で両膝を抱える。
 無条件に相手の幸せを祈っていられた頃のほうが、心が安らかだった。
「ちょっと思ったんですけど……
 抱えた膝に額を押し付けて、全身の空気を抜くように深い溜息をついていたら、今までずっと黙っていたアリサが口を開いた。
「ルイがソーマのことを好きで、独占したいと思ったり、やきもち妬いたりしたら、ソーマは幸せになれないんですか?」
……え?」
 伏せたばかりの頭を上げて、ルイはまっすぐに妹分の顔を見た。
 目から鱗とは、きっとこういうときに使う言葉なのだろう。
「少なくとも、私にはそうは思えないんですけど……。そんなこと言い出したら、ソーマなんてやきもち妬いてばっかりじゃないですか」
……そうかな」
「そうです!」
「ルイは、ソーマのやきもちはワガママで自分勝手でサイテーだって思うの?」
………………思わ、ない……です」
 これは、二対一でやりこめられるパターンだ。分が悪い。ルイは思わず手近なクッションを手繰り寄せて盾にするように抱え込んだ。
「こういうのは結局、当人次第なんだから、迷惑かどうかなんて本人に直接聞いてみないとわからないわよ」
「うう……
 弱りきった獣のようにうめいて、ルイは抱え込んだクッションにぽすんと顔を埋めた。たしかにふたりの言い分はもっともだ。しかし、あんな逃げ方をしてきてしまったのに、今更どの面を下げて会いに行けばいいのだろうか。
 そもそも、事の次第を説明するためには、素直に「やきもちを妬いてしまいました」と白状しなければならないわけで、その告白は「好き」だと伝えるよりもずっと難しい気がした。恥ずかしすぎて、顔から火が出そうだ。
 しばらくクッションを抱いたまま唸っていると、誰かの携帯端末が鳴り出した。
 耳障りな召集アラートではないので、ただの電話だろう。着信音の出どころからして、自分のものではなさそうだった。
「はいはーい」
 サクヤが気軽な調子で応答する。ルイと同様に世界各地を転々としている彼女の夫だろうかと耳を済ました瞬間、雷に打たれたようにルイは硬直した。
 よく聞こえる耳が、聞き慣れた通話相手の声を拾ってしまった。
「ああ、うん。“ここにいるけど”?」
 サクヤが横目でちらりとルイの顔を見る。その含みのある眼差しに、ルイはごくりと息を飲んだ。
……そう? オッケー、わかったわ。……うん、じゃあね」
 短い会話ののち、サクヤは終話ボタンをを押す。
 にこにこと自分の方へ向き直る彼女の表情を見て、ルイはすべてを察した。
「ソーマ、今から迎えに来るって」
 語尾にハートマークでも付きそうな声音で、人生の先輩は野良上がりの後輩に死刑宣告をした。