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吾妻
2022-08-28 00:01:52
10478文字
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GOD EATER
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奈落を泳ぐ
弊アナグラの無印本編開始直前くらいの話。無印からRまでの弊アナグラの小話をまとめたいと思い、ちまちままとめつつ書き下ろしています。
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3
2.
《目標ポイント上空です!》
機体がホバリング飛行に入ったと同時に、リンドウが機体側面のキャビンドアを開け放った。
眼下には、廃墟同然の建物が闇の中にうずくまっている。外部居住区の建物はいずれも廃材を寄せ集めて作られたような質素なものばかりだが、それでもここのものよりは遥かにマシに見える。無惨に食い荒らされ、ろくに修繕もされていないと思われる建築物たちは、どちらかといえば、装甲壁の外、人類が放棄せざるを得なかった旧時代の残骸に近い。
未だ宵の口。それでも最低限の街灯もなく、明かりが点いている建物もほとんどない地上は、“奈落”の呼び名に相応しく、不気味なほど暗く、静まり返っていた。
「アラガミの反応は
――
」
リンドウの言葉を遮るように、開け放たれた扉から見て前方の方向で、ドンッと鈍い衝撃音が上がり、一瞬遅れて土埃が舞い上がった。
《アラガミ反応検知! シユウ種です!》
「
……
大型じゃないだけラッキーだが、飛び回られちゃ面倒だな。サクヤ、お前はこのままここで待機。必要に応じて上空から援護!」
「了解!」
「ソーマ、お前は俺と下に降りて
……
」
《リンドウさん!》
「どうした! 今忙しい
――
」
《シユウの付近に生体反応!》
リンドウが怒声をしまい込む。告げられた情報が何を意味するのか。深く考えずともわかる。
《すぐそばに民間人がいます!》
応戦する手段を持たぬ者が、荒ぶる神に喰い殺されそうになっている。
その事実を認識した瞬間、体が動いた。
現場責任者であるリンドウの指示も待たずに、ソーマは自身の神機ケースを掴む。開け放たれたキャビンドアの下方、斜めに崩れたビルの屋上へ躊躇いなくケースを投げ落とし、それを追うように中空へ身を踊らせた。
おい、と呆れと苛立ちの混ざったリンドウの声が聞こえたような気がしたが、構っている暇はない。崩れかけの屋上に着地するなり、傍らに転がっているケースを引き寄せて神機を引っ張り出し、地上へと飛び降りる。
乱雑に瓦礫が積み上がり、地面は至る所に補修されないままの穴が空き、道らしい道はない。少なくない人間が生活をしているだろうに、皆息を殺しているのか驚くほど静かだった。
ヘリから投げかけられるサーチライトも、更に上空に鎮座する月の光も、地の底を克明に照らし出してはくれない。
それでも、迷わなかった。
鋭すぎる聴覚と、生まれ持った悪寒にも似た予感が、バケモノの居場所を正確に感知する。
同じ穴の狢の“匂い”を、的確に、嗅ぎ分ける。
「おい、ソーマ!」
遅れて降りてきた部隊長の怒号を背中で聞きながら、感覚がより不快な反応を示す方角へ駆け出した。短い付き合いではないから、言葉がなくても伝わるはずだ。ソーマが誰よりも鋭敏なセンサーを有していることぐらい、リンドウだって知っている。
上空から前方へ向けて一条のレーザーが発射され、数秒置いて耳障りなアラガミの苦悶の声が上がった。サクヤの正確無比な射撃は、アラガミを牽制しつつ、獲物の居場所を伝える役割も担う。
(もう手遅れなんじゃないか?)
自分であって自分でない誰かの声が、心の表にぽこりと浮かび上がり、弾けた。
今日の任務で殉職した偵察兵のように。
これまで救えなかった数多の命のように。
息せき切って駆けつけたところで、食い千切られた骸が転がっているだけじゃないのか?
この手が何かを救えるなんて、まだ信じているのか。
祈りと呪いを手放せず、未練がましく引きずって、今もまだ。
無様に手を伸ばし、掴みたいものは何だ?
――
本当に救われたいのは、誰だ?
不意に、視界が開けた。
建物と建物の間にぽっかりと開いた空間に、それはいた。
上空から投げかけられるサーチライトを専用の舞台照明の如くに浴びながら、鋼鉄の扇じみた翼を両腕から生やした異形が、立っていた。
「クソッ!」
口をついて、悪態が落ちた。
シユウは、片腕を高く掲げていた。その掌は、まるで幼子が人形遊びをするかのように、人間の首を鷲掴みにしている。
首を支点に宙吊りにされているのは、若い女だった。アラガミの襲撃のせいか、それとももとからなのか、衣服は無惨に裂けて、生白い肌が覗いている。
無造作に伸ばされた長い金髪も、両腕も両足も、だらりと下方に向かって垂れているのを目の当たりにして、焼けるような怒りと同時に、空虚な諦念が湧いてくる。
やっぱり、手遅れじゃないか。
こうなってしまえば、後はいつもと同じだ。怒り任せに神機を振るって、アラガミを切り刻み、それで終わり。ありふれた、繰り返し。
自分の神機ならば、どこを狙えば一番効果的に無力化できるか。意識がそちらへ向きかけた、そのときだった。
「
……
ろ、す」
聞こえすぎる耳が、かすかな声を捉えた。
だらりと体の横に垂れ下がったままだった女の腕が、動いた。
アラガミに立ち向かうにはあまりに細く、無力な腕が、自分の首を握るアラガミの巨大な手にかかった。
「
……
ぶっ殺して、やる
……
っ」
か細く、掠れ、途切れ途切れの。
それでも、煮え滾る怒りが籠もった声だった。
苦悶に顔を歪めながら、女がうっすらと瞳を開く。
乱れた髪の隙間から、まるで射殺すかのような憎悪を宿す瞳が、アラガミを睨んだ。
血よりも赤いその双眸を目の当たりにした瞬間、弾かれたように体が動いた。
抵抗する力などかけらも持っていないはずの。
あと少しでもアラガミが力を込めれば、容易く首をへし折られてしまうほど、脆弱な生き物の。
あまりに無力で無謀な、癇癪じみた怒り。
だがそれは、紛れもなく、彼女が生きている証だった。
女を宙吊りにしているのとは逆の翼腕を、シユウが振り上げる。
それが女の体を引き裂くよりも早く、横合いから力の限りに振り下ろされた黒いバスターブレードが、女の首を掴むシユウの翼腕を半ばで両断した。
切断された腕から先が、女の体ごと地面にドサリと落下する。
襲撃者の姿を補足しようと、ソーマの方に向かって動くシユウの頭部を、上空からのスナイパーの一射が的確に射抜いた。一撃で頭部の結合が弾け飛び、意思のある生き物じみた動きでシユウが頭を押さえる。
「生きてるか!?」
追いついてきたリンドウが、鋭い声を投げかけてくる。
短い言葉だが、意味は通じる。襲われていた民間人は、無事なのか?
「生きてるんなら、安全な場所に運んで救護要請出してこい! こっちは俺だけで十分だ!」
リンドウは、返事を求めていなかった。
やたらと派手な音がするロングブレードでシユウの注意を引き、即座に戦闘に入る。
部隊長の言葉に偽りはない。手負いの中型如きに、リンドウが遅れを取るはずがないのだ。
ならば今、ソーマのすべきことは一つしかなかった。
シユウに背を向け、地面に仰向けに倒れている女の体を片腕で肩の上に担ぎ上げた。
女が苦悶の呻きを漏らす。その体が想定以上に軽かったことも含めて一瞬たじろいだが、浅い呼吸を聞いて我に返った。
触れた場所から伝わる鼓動。他人の体温。
――
まだ、生きている。
たったそれだけの事実が、ソーマの心に奇妙な漣を立てた。
これまで救えなかった命を思った。
夢にまで現れては怨嗟を吐く亡霊たちのことを思った。
伸ばした手が掴むものは、いつだって絶望ばかりだった。
それでも、今。
まだ、命を掴めるのだとしたら
――
強張る足に力を込めて、駆け出した。
まずは戦線を離脱して、安全な場所を見つけなければ。
幸い、辺り一面瓦礫の山だ。身を隠す場所ならいくらでもある。
闇を、奈落を、泳ぐように駆ける。
たとえどれほど暗くとも、息がうまくできなくとも。
どんなに無様でも。
背負った体が鼓動を刻み続けているように、ソーマ自身もまだ生きていた。
どうしようもないほどに。
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