【可惜夜廻】序

『「すみません、よくわかりません。」』現行未通過×
※夜廻パロ






紅葉が舞い、点々と地面が赤く染まった無人の駅。空も赤く溶け始めた頃、キャリーバッグを引いた男は停車した電車からそこへ降り立つ。二時感と少しの間ずっと電車に揺られていた彼は、凝り固まった身体をほぐす為にぐんと背伸びをする。

プシューなんて空気の抜ける音と共に、男の背後で扉が閉まる。鈴を鳴らしてから、ここまで男を運んだ電車は駅から遠ざかっていく。男はそれをしばらく眺めていたが、やがて興味を失ったように歩き出す。切符を差し込み改札を抜け、駅から町へと出る。


ようやく着いたな」


男がそう、ポツリと呟く。眼前には、四方を山に囲まれた村と言うには発展した町。短い商店街、並んだ田んぼ、民家の群れに、小さな学校。まさに田舎の町と呼ぶに相応しい景色。

ここはキユウ町。この男、神風 蒼月 カミカゼ ソウゲツの生まれ故郷である。彼の足がこの町の地面を踏むのは実に十年振りだが、町は変わらず出迎えてくれる。
ソウゲツは多くの懐かしさと少しの新鮮さを味わいながら、目的の場所へ向かう。値の張るキャリーバッグを引き、ガラガラと音を発てながら歩く姿はやはり目立つ。とはいえ、彼に話しかける者はいない。いや、そもそも出歩いている町人がいない。
そのことに少し寂しさを覚えながら、ソウゲツはただ歩く。田んぼに挟まれた道を抜け、住宅街から外れた道を行く。何度か立ち止まり周囲を確認しながらも、その足が迷うことは無い。人里から離れ、山を登る。

そうしてソウゲツか辿り着いたのは、ひっそりと建つ山奥の屋敷である。まだ新しさを感じる屋敷は、まだ若い年齢であることを伺わせる。あちこちに貼られた札のような紙は、きっと老朽化を抑えるためのものだろう。
ソウゲツが呼び鈴を鳴らせば、そう間を空けずに中から「はぁい」という男の声が返ってくる。直後、ドタドタと落ち着き無く走る音が近付いてくる。ガラッ!と勢いよく開いた扉から、ソウゲツめがけて誰かが飛び込む。


「ソージ!!」

「おっと……久しぶりだな、カンジ」


金髪の男大笑 莞爾 タイショウ カンジを難なく受け止めたソウゲツは、その懐かしさと愛おしさに頬を緩ませる。久方ぶりに感じる彼の体温と香りで、ようやく故郷に帰った実感が湧く。

カンジは一度、ソウゲツと共に町の外へと出てた過去がある。しかし彼は夢を諦め、故郷へと戻っている。それはソウゲツも知ることであり、また彼を酷く心配する要因でもある。しかし想像よりも元気そうな姿を見れて、ソウゲツは表に出さないまま安心する。


「よう、ソウゲツ。おかえり」

「久しぶりだね」


そう言葉をかけながら現れたのは、佐久田 英 サクタ ヒロ百川 旭 モモカワ アサヒという二人の男。町長の一人息子であるヒロは微笑ましそうにし、町一番の読書家であるアサヒはマスクで表情を隠しながらもクスクスと笑う。昔から仲の良い幼馴染たちとの再会に、ソウゲツは心の内にあたたかな幸福が宿るのを理解する。


「久しぶり。ヒロとアサヒも元気にしてたか」

「ぼちぼちってところかな。ああ、立ち話も気まずいよな。入れ入れ」

「助かる」

「オレこれ持つで! 部屋に運んどくな!」


ソウゲツの返答を待つまでもなく、カンジはキャリーバッグを抱えて屋敷の奥へと走っていく。変わらない落ち着きのなさ、そして人の良さにソウゲツは何度目かの懐かしさに襲われる。しかしここで棒立ちしていても仕方がない。家主らしいヒロの案内で、ソウゲツは奥へ通される。

ふと、玄関を通る瞬間に違和感を覚える。まるで薄い膜を通ったような、あるいは何かの線を通り越したような、漠然とした奇妙な感覚。しかし言及するにはあまりにも薄いそれを、ソウゲツはすぐ無視することに決めたのだった。