しお
2026-07-19 00:50:04
15901文字
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神父×吸血鬼

新規絵みて好き放題に書きました。もろもろの設定を勝手に捏造しまくっています。
登場キャラは吸血鬼三人(寂雷、盧笙、十四)と簓のみ、ほんのり零の存在の匂わせ程度。
7/20 2ページ目に簓視点の続きを追加。


 待ちに待った夜の訪れに、簓はうきうきと教会を飛び出した。背後からは同僚たちの揶揄やら何やらが飛んできているようだが、そんなものはどこ吹く風だ。何せ今夜は、盧笙から正式に城に招かれているのだから。
 盧笙と出会ってから数ヶ月。何度も城に通い、少しずつ信頼を獲得して名前も教えてもらったが、これまでは簓のアポなし訪問ばかりだった。それが今夜は、前もって日時を指定しての招待を受けている。その内容が別の吸血鬼を紹介したいというものであったとしても、つまり最初から二人きりでないのが確定しているとしても、どうしたって浮き足立つ。
 訪れた城で、簓を迎える盧笙の様子もまた普段とは異なっていた。いつもは呆れながら、来てしまったものは仕方ないと言わんばかりの態度でなんとか入れてくれるのが、今夜は最初から客として応対してくれる。口調は気安いものながら、丁重な身振りで応接間まで案内してくれる盧笙の後ろをついて歩きながら、板についた城の主としての振る舞いに胸が高鳴る。
 その上機嫌も、導かれた先の応接間で予定通り別の吸血鬼と引き合わされた時、さすがに困惑が上回った。
「そなたが、我が同胞の新たな友となった天の御遣いであるか! 今宵、そなたのような稀人と相見えられること、嬉しく思うぞ。我が名は14th Moon! 新緑の輝きを頭に戴く稀人よ、さあ、そなたの名を我に聞かせるがよい」
 開いた口を閉じることを忘れ、ぽかん、と簓は数秒、目の前に立つ吸血鬼を見つめた。
 すらりとした痩身に黒の衣装を纏い、盧笙と同じデザインの蝙蝠の羽のブローチを彼は左胸に留めている。盧笙よりいくらか身長が高いようだが、そこまで大柄という印象を受けないのは、繊細な顔立ちによるものだろうか。黒い髪のところどころに金色の房が混じる、不思議な色合いだ。うなじ辺りの髪だけが長く伸ばされ、背中を半ばまで覆っている。
「ほら、簓。名前聞かれてんで」
 呆気に取られたまま、長い手足を組み合わせて複雑な姿勢で立ち続ける吸血鬼を観察していると、見かねたように盧笙が声をかけてきた。
「すまん、自己紹介の前にちょっと、作戦会議させてもろてもええ?」
 長身の吸血鬼が鷹揚に頷くのを確認するとすぐ、簓は盧笙の手を引いて十数歩ほど遠ざかった。口元に手を当てると、察した盧笙が首を傾けてくれたので、盧笙の耳元に顔を寄せて囁く。
「これ、どういうことなん? 盧笙以外の吸血鬼ってみんなこんなもんか? っちゅうか、吸血鬼って名を偽れへんのとちゃうかった? あれ絶対本名やないやろ?」
「こんなもん、っちゅうのが何を言いたいんかはよくわからへんけど、まぁ彼の個性やと思うてくれてええで。名については本人がああ言ってる以上、俺からは何とも言えん」
 簓に合わせて盧笙も囁きで返してくる。しかし、答えの中には有益な情報はない。
「そんなぁ……
「気になることは自分で直接聞きや。今夜は、あの子とお前が話すんが目的やろ。俺も出来る限りフォローはしたるから、な」
 なおも縋ろうとする簓からあっさりと身体を離し、盧笙はもう一人の吸血鬼の方へさっさと戻って行ってしまう。
「すまんな、せっかく来てもうたのにこっちの話で待たせてしもて」
「気にすることはない、同胞よ。元より此度の邂逅は我らが願ったもの。こうして宴への招待を受けたことだけでも、身に余る幸甚である」
「そんなんお互い様や。天界と手を結ぶなんて一大事、どうやってみんなに広めたらええんか俺も途方に暮れとったとこでな。君がこうして、こいつに会うてくれるだけでも大きな一歩や」
 平然と受け答えをこなした盧笙が、未だ遠ざかったままの簓を振り向いた。
「ほら、簓。ええ加減にしぃ」
 叱るような口調でそう言われては、腹を括るしかない。簓は短く息を吐いてから、元の立ち位置に戻って吸血鬼を相対した。難儀そうな姿勢を維持し続ける吸血鬼が、服装を検めるかのように簓を見下ろす。その目の中には純粋な興味と好奇心が強く、品定めをするような含みのないことは救いだった。
「ええっと、ほな、フォ、14th Moon……くん?」
「如何にも」
 重々しく吸血鬼が頷く。簓は顔には出さないように気を付けながら、内心ではがっくり肩を落とした。聞き返せば、もう少し口にしやすい呼び名を教えてくれるのではないかと期待したが、少なくとも初対面の今夜はこれで通すつもりらしい。
 やりづらいことこの上ないが、そうなってしまったものは仕方ない。簓は気持ちを切り替え、顔を上げた。
「俺は白膠木簓っちゅうもんや。一応人間の神父やけど、天界直属の教会に仕えとって、天使に知り合いもおる。俺自身の権限はほとんどないようなもんやけど、多少の口利きくらいなら出来るかもしれへん。俺の素性についてはこんなとこや」
「相分かった」
「ほな、今度は君の話を聞かせてや」
 簓が促すと、吸血鬼は言葉に過剰なほどの装飾を織り交ぜながら、時に身振りを交えながら彼自身の血族が見舞われている問題について朗々と語った。時折、簓が呆気に取られた顔をすると、横合いから盧笙が合いの手のように注釈を入れてくれる。そのお陰でおおよその事態は掴むことができた。
 彼の一族の住んでいる地域において、最近人間の居住地が広がってきたらしい。そのせいで、以前と同じ生活をしていても人間と遭遇してしまうことが増えた。彼ら一族は人間の行動圏を避け、別の土地に移ることを検討しているが、吸血鬼は土地との結びつきが強い。住処を変えるには、それなりの時間をかけ、儀式的な手順を踏む必要がある。一族の移住が完了するまで、人間と不用意な接触が起こってしまった場合には、天使や神父に折衝役として間に入って欲しい、というのが彼らの望みだった。
「なるほどな。ようわかったわ」
……如何であろうか、天の御遣い殿。いささか身勝手な願いであるとは理解しているが
、しかし……
 語り終えた吸血鬼は、不安げに簓の様子を窺ってくる。彼を安心させようと、簓はとびきりの笑顔を向けた。
「そんなに畏まらんとってや! それに、身勝手なわけないやん。そういうのこそ、俺が盧笙と組んでやりたいことやねん。絶対うまくいくようにしたるから、大船に乗ったつもりで安心しぃ!」
 そう言って胸を叩いてみせると、吸血鬼は強張っていた頬を緩め、かすかに微笑んだ。表情が変わった途端、その吸血鬼はまるで幼い子どものようにも見え、簓は瞬く。簓が驚きを飲み込むよりも前に、窓の外でバタバタと騒がしい音がした。盧笙が顔を上げ、鬱陶しそうに表情を曇らせる。
「すまん、誰かの使い魔が来たみたいや。相手してくるから、二人は気にせんと話を続けてくれ」
 それだけ言い置いて、盧笙は応接間を出て行った。広い室内に二人きりで残されると、ベールのように沈黙が下りる。簓はさきほどまで饒舌に話していたはずの吸血鬼の顔をちらりと見上げてから、殊更に明るい声を出した。
「話しとけって言われても、なぁ? 君の話はもう仕舞いやんな?」
 こくり、と吸血鬼が頷く。どこか稚い仕草を見て、簓はわざとらしく首を傾げてみせた。
「ほんならせっかくやし、おしゃべりしとこか? せや! せっかくやし、盧笙がおったらでけへん話するっちゅうのは、どない?」
 いたずらを持ちかけるように誘うと、吸血鬼は戸惑ったように視線を泳がせた。
「えっ、でも、……じゃなくて! だがしかし、我らは城に招かれた身。なれば、主に仇なす行為は慎むべきであるかと……
「いやいや、陰口叩こうとかとちゃうって。ちょっと昔話とか聞いてみたいだけやねん。君、……盧笙の初恋とか、知ってたりせぇへん?」
 語尾を跳ねあげ、いかにも幼気ないたずら心だと思われるように、簓は愉快そうに吸血鬼に尋ねた。しかしその視線は、如何なる反応も具に読み取ろうと、ひたと吸血鬼に据えられている。簓の心臓は早鐘のように鳴り響き、初対面の吸血鬼との面会直前よりも、今の方が緊張しているくらいだった。
 盧笙との協力関係を結んだ日、簓は同時に胸のうちに芽生えたばかりの恋心までも伝えていた。以来、顔を合わせる度に思いつく限りのアプローチをしてきているのだが、仕事方面での信頼は着実に得られている一方で、そちらの方は一切の手応えを感じられない。
 もちろん、数ヶ月前までは敵同士であった身なのだから、すぐに靡いてくれるなどとは思っていなかった。しかし、これほどまでに無反応だとも予想していなかった。もしや吸血鬼と人間とでは恋愛方面のアピール方法が異なるのではないか、と思いつくまでは至ったものの、吸血鬼の文化風俗など、神父の簓は知るよしもない。途方にくれかけていたところへ、今回の話が持ち上がったのであった。まさしく、渡りに船だった。
 こういう背景を一人で抱え、今夜簓は盧笙の城へと乗り込んだ。つまりこの雑談めかした会話も、簓にとっては今夜の主題の一つだった。我知らず、ごくりと唾を飲み込む。
 簓の、鋭さを巧妙に隠されたまっすぐな視線を浴びる吸血鬼は、しばし虚をつかれたように呆けた顔をした。それから彼は、唐突に噴き出したかと思うと声を立てて笑い出した。
「ぷっ……、ふふ、あはははっ!」
「へっ?」
「し、神父さんって、面白い人っすね!」
 笑ったことで肩の力が抜けたのか、吸血鬼はがらりと様変わりした。不自然な姿勢はリラックスした立ち姿となり、表情は柔らかく少年のような伸びやかさを感じさせるものとなった。声色も、先ほどまでの勿体ぶった大仰なセリフ回しに合わせた低いものから、軽やかな笑い声に似合う高いものに変わっている。
 あまりの変わりようを目の当たりにした簓は、言葉を失う。なんとか褒め言葉への礼だけを吐き出した。
「え、えーと、おおきに……?」
 吸血鬼はそれからもなお笑い続け、このままでは何も聞き出せないまま盧笙が戻ってきてしまうのでは、と簓が危惧し始めた頃に、ようやく深く大きく息を吸い込んで、笑い声を収めた。口を閉じてもなお、彼の表情は少年に近いそれのままだ。
「神父さん、ありがとうございます。自分があんまり緊張してるから、冗談で解してくれたんっすよね。おかげで気分が楽になったっす!」
「お、おお……。君、ほんまにさっきまでの子と同じなんやな? 何かの術で別人と入れ替わったりしてへんよな?」
 口を開けば、言葉遣いもまるで違う。驚きのままに尋ねると、吸血鬼はおかしそうに笑った。
「ちゃんと同一人物っすよ。我こそは14th Moon、又の名を、四十物十四と申す者。……気安く、十四って呼んでくださいっす」
 改めて、吸血鬼は名乗りを上げた。簓は、おお、と再び感嘆を漏らす。
「やっぱりあれ、本名やなかったんやな!? 吸血鬼は偽名を使えへんって聞いとったのに、不思議な名前を名乗るからどういうこっちゃと思てたんや!」
「あはは……、すみませんっす。神父さんは盧笙さんのお友達だし、信頼できる人だとは聞いてたんっすけど、いきなり本当の名前を教えるのは少し怖くって。つい、二つ名を使っちゃいました」
「二つ名?」
「はいっす。確かに自分たち吸血鬼は、偽りの名前を名乗ることはできないっす。けど、本当の名前から少し形を変えた程度のものなら使えるんです。文字を入れ替えるとか、読み方をちょっと変えてみるとか、その程度っすけど」
「ほへぇ~! そんなルールがあったなんて、知らんかったわ!」
 素直に感心してみせると、十四と名乗った吸血鬼は気を良くしたようだった。にこにこと微笑んで、再び口を開く。
「それにしても、神父さん。神父さんには吸血鬼の年齢がよくわからないのかもしれませんけど、」
「ちょい待ち!」
 簓が片手を上げて制すと、十四はぴたりと言葉を止めた。
「せっかく仲良うなれたんや、神父さんやのうて『簓さん』って呼んでや。な、十四くん」
「! はいっす、……簓さん!」
 十四は満面の笑みを浮かべた。うんうんと頷く簓に、気を取り直したように十四が続ける。
「それで、さっきの続きなんすけど。簓さんに自分がどう見えるかわからないっすけど、自分、そんなに子どもじゃないっすよ? 確かに盧笙さんよりは年下っすけど、もう『初恋』なんてお伽噺では喜ばないんですから」
 簓は首を傾げた。二度ほど十四の発言を頭の中で繰り返し、やはり簓にとっては馴染みのない単語の並びであることを確認する。
「なぁ、十四くん。ちょっと教えて欲しいんやけど、初恋がお伽噺っちゅうのはどういう意味?」
「どういうって……、そのままの意味っすよ。恋なんて、お話の中にしか存在しないじゃないっすか」
 ゆっくり、時間をかけて十四の答えを飲み込んだ簓は、危うく後ろにひっくり返るところだった。なんとか踏みとどまり、逆に前のめりの姿勢になって十四に半ば食ってかかる。
「えっ!? するやろ、恋! せぇへんの!?」
「えっ!? しませんよ!?」
「マジか!? 吸血鬼ってそうなん!? ほな結婚は!? それもせぇへんの!?」
「結婚はしますよ! 当たり前じゃないっすか!」
「えぇ!? ますますどういうこっちゃ! 恋愛せぇへんくて、どうやって結婚相手決めんねん!?」
「そんなの、血筋に決まってるっす!」
「血筋やてぇ!? ……げほっ、ごほっ!」
 驚きのあまり簓の声はひっくり返り、さらに鋭く息を吸い込んでしまったためか、激しく咳き込み始めた。腰を折って咳を吐き出す簓の前で、十四は心配そうにおろおろする。なんとか咳を収めた簓は、安心しろと言うように手を振りながら腰を伸ばした。
……ふぅ、すまん。あんまり驚いてもうて」
「さ、簓さん、大丈夫っすか?」
「平気や。落ち着いたとこでもっぺん確認さして欲しいんやけど、吸血鬼って、ほんまに血筋だけで結婚するもんなん?」
 十四の顔にはまだ動揺が残っていたが、それでもしっかりと頷いた。
「そうっす。吸血鬼にとって結婚っていうのは、二つの血族の血が交わる大事な儀式っす。だから、どの血族の誰が誰と結婚するかは、数代前まで家系図を遡った上で、血族の総意で戦略的に決めるものなんっす。もちろん本人同士の相性も少しは考慮しますけど、相手を決めるまでがものすごく大変なんで、ちょっと仲が悪い程度で取り止めになることはないっす」
「は、はへぇ~、そうなんやね……
 簓は気が遠くなりそうだった。内容はもとより、十四の口振りが最も精神に響いた。太陽が東から昇り、西に沈むことを子どもに教えるような、内容に少しも疑問を抱くことなく、揺るがない事実と捉えている口振り。その態度が、これが吸血鬼にとっての常識なのだということを、なにより雄弁に告げていた。
 同時に、簓の脳裏では次々と納得が襲ってきていた。最初に一目惚れだと告げた時。折に触れ、盧笙の容姿を褒めた時。冗談めかしながら何度か好きだと伝えてみた時。どれも盧笙は首を傾げながら、ああ、と曖昧に返事をするのみだった。今の今までただ素っ気ないだけだと思っていたあれらの態度が、恋愛を現実世界に存在しないものと認識しているがゆえのものだと考えると、悲しいかな、すとんと腑に落ちてしまう。
 しくり、と胸が疼き、無意識に簓は心臓の上を手で押さえた。
「簓さん? そこ、どうかしたっすか?」
 不思議そうに尋ねる十四の前で、簓は大袈裟に胸を両手で押さえ、背を丸めて呻き声を上げながら十四に縋った。
「いたたたた! 痛い痛い! 十四くん、助けてぇ!」
「えっ、ええっ!? だ、大丈夫っすか!? 自分、どうしたらいいっすか!?」
「なんや、ちょっと見ん間にずいぶん仲良うなったやないか」
 応接間に入ってきた足音は、真っ直ぐに互いを掴み合う簓と十四に近づいてきた。それから、迷いなく簓の脳天に鉄槌が下る。
「あいたぁっ!? 酷いやんか、盧笙!」
「十四くんを困らすからや。十四くん、気にせんでええで。これはこいつの悪ふざけや」
「わ、悪ふざけ? なら、どこも悪いところはないんすね?」
「強いて言うなら、頭とか根性とか、その辺が悪いかもしれんわ」
「辛辣やな~……
「ええから、早よしゃんと立ち」
 盧笙に促され、簓は十四から手を離して背筋を伸ばした。少し上を向くと、城の主があきれ果てた、といった表情を簓に向けているのと、正面からぶつかる。その中にある、鮮やかな色彩の瞳を見た。その瞬間、心臓がきりりと引き絞られるように痛む。
「あいたたたぁ~……
「まだ言うか」
 簓の胸は、脈打つ度に確かにじくりじくりと痛んでいる。しかしどれほどそれを訴えても、痛みを生む源が何であるかを知らない吸血鬼には、伝わらない。
 簓には、痛みなど存在しないかのように、全てを冗談だったことにしてまとめて笑い飛ばすことしかできなかった。