しお
2026-07-19 00:50:04
15901文字
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神父×吸血鬼

新規絵みて好き放題に書きました。もろもろの設定を勝手に捏造しまくっています。
登場キャラは吸血鬼三人(寂雷、盧笙、十四)と簓のみ、ほんのり零の存在の匂わせ程度。
7/20 2ページ目に簓視点の続きを追加。

 天井の高いホールに神経質な足音が反響する。壁を跳ね返った自分自身の苛立ちを全身に浴びせられたように感じて、盧笙はさらに眉を吊り上げた。大股でホールを突っ切り、一番奥の木製のドアにたどり着く。
 ドアは遠目からでは質素に見えるが、近寄れば全面に多種多様な植物の装飾が繊細な浮き彫りで施されているのがわかる。この城の主らしい、華美ではないが細部までこだわりぬいた代物だ。その扉を潜るため、盧笙は思わず力任せに押した。蝶番の軋る音が高く歪に響き、それを耳にしてようやく、盧笙は自身の無作法に気づいた。
「あっ、ろ、盧笙さん……
 ドアを抜けた先の広間には、既に先客がいた。闇色の髪に月の光の色を混ぜ込んだ、まだ少年らしさの残る面差しの青年は、動揺したように視線を揺らしながら盧笙の名を呼んだ。
「すまん、驚かせてもうたか?」
「いえっ、そんなことは!」
 無作法を詫びながら盧笙が意識的に笑みを浮かべると、青年はぷるぷると小動物めいた仕草で首を振り、それから安堵したように表情を和らげた。
「十四くんの方が先やったか。もうちょい早く着くはずやったんやけどな」
 軽く口にしただけで、抑え込んだはずの怒りが再び込み上げてきた。脳裏を、盧笙の予定を乱した原因が過ぎっていく。あいつのせいで、と喉の奥が苦くなる。
「自分もちょうど今着いたところっす。途中でトラブルがあって、ちょっと遠回りしなきゃならなくって……
「トラブルて、それ……
「二人とも、よく来てくれましたね」
 朗々とした声が広間に響き、盧笙は質問の途中で口を閉ざした。振り返ると、いつの間にか広間の奥の扉が開いており、城の主である寂雷が姿を現わしていた。
「寂雷さん!」
 訪問者二人は声を揃えて主の名を呼び、居住まいを正した。その姿を見て寂雷は苦笑を零す。
「そんなに畏まらないで。二人とも、楽にしてください」
「お言葉に甘えさしてもらいます」
「はいっす!」
 思い思いの言葉で礼を口にして、盧笙と十四は肩の力を抜いた。寂雷も微笑みを浮かべたが、すぐにその顔に翳りが差す。
「二人とも、ここへ来る道中で何かあったようですね」
 はい、と答える声が再び重なり、盧笙と十四は互いに顔を見合わせた。盧笙は視線で十四に先を譲ると、十四は軽く頷いてから話し始めた。
「自分の住んでるところからここに来るまで、いつもと同じ北周りのルートを通ろうとしたんすけど、今回はやけに頻繁に天使の姿を見かけて……。見つからないで通るのが無理そうだったんで、途中でルートを変更したんす。そのせいで着くのが遅れちゃったけど、たぶん、なんとか見つからないで来れたと思います!」
「それはよかった。無事だったのなら、何よりです。盧笙くんはどうですか?」
 寂雷に尋ねられ、盧笙は緩く首を振った。
「すんません、俺は、神父の格好をした男に見つかってしまいました」
「えぇっ!? 盧笙さん、大丈夫だったっすか!? 怪我とかは!?」
 寂雷が反応するよりも先に、隣に立つ十四が矢継ぎ早に質問を繰り出した。今にも飛びついてきそうな十四の勢いが、心配から来るものだと盧笙は理解している。落ち着かせるために十四の肩を叩いて、口角を吊り上げて笑みを作ってみせた。
「何かされる前に逃げたから平気や。怪我もない。……けどそいつ、気配からして、最近俺のまわりをうろちょろしとるやつや。向こうの動きが活発になってきとるんは、どうも間違いなさそうです」
 後半は、寂雷に向けた報告だった。それを受けた寂雷は、重々しい動作で頷く。
「どうやらそのようですね。私の血族の中にも、彼らと遭遇したものが数名います。幸い、私の血族はみなすぐに逃げ出すことができましたし、住処を暴かれた者もいませんが、この状況ではそれも時間の問題でしょうか……
 憂う寂雷の呟きを耳にして、十四が肩を震わせた。
「うっ、うっ、……うぇ~ん!!」
 俯いた十四は、唐突に嗚咽を漏らし始める。盧笙はぎょっとして、慌てて十四の顔を覗き込んだ。
「どっ、どないした!?」
「だって、だって、このままじゃ自分たち滅んじゃうっすよ~! 人間に血を分けてもらわなきゃ生きていけないのに、人間に近づこうとしたら天使に捕まっちゃうなんて、八方塞がりっす、お先真っ暗っす~!」
 十四はぽろぽろと大粒の涙を零しながら嘆く。盧笙はなんとか慰めようとしたが、十四の言うことは飛躍はありつつも間違いとは言い切れず、反論する言葉が見つからない。
 人間の守護者である天使と、そちら側につく神父や騎士たちにとって、人間に害を為す存在である盧笙たち吸血鬼が敵であるのは事実だ。長い歴史の中でたびたび衝突し、争ってきた過去がある。今、天使たちが吸血鬼を包囲するかのように頻繁に姿を見せるのは、過去の歴史を再び繰り返そうとしているに違いない。
 何をきっかけとして向こうが動き始めたのかはわからないが、盧笙たち吸血鬼とて、易々と滅ぼされるわけにはいかない。生き残るため、どうにかして対抗策を見出す必要がある。盧笙は、自分と十四の胸に飾られた蝙蝠の羽のブローチに視線を落とした。
「そうかもしれません。ですが、そうならないために我々はこうして集まっている。そうでしょう、十四くん、盧笙くん」
 穏やかな声が盧笙と十四を包み込むように響く。十四はまだしゃくりあげながら、それでも顔を上げた。盧笙も十四の見上げる方を振り返る。そこには、山のように泰然と佇む寂雷がいた。
「我々吸血鬼は、伝統的に血の繋がりを重んじてきました。そのため、血の交わらない相手とは同じ吸血鬼同士であってもほとんど交流を持ってこなかった。しかし、再び天界との関係が緊張しつつある今、己の血族の安全だけを考えていては苦境を切り抜けることはできません。活路を見出すために、血の垣根を越え、吸血鬼みなで協力すべき時です。そのために我々は、これを身に着けることにしたのではないですか」
 寂雷は自身の胸に手を当てた。そこには盧笙と十四と揃いの、蝙蝠の羽のブローチが留められている。
 このブローチは、『交渉役』であることを示している。状況を打破するために、血族のコミュニティを越えて協力することが決まったものの、元来個人主義の強い吸血鬼たちは集団で協力する方法を知らなかった。そのため、主だった血族から交渉役を一人ずつ選出し、交渉役同士で集会の場を設けて情報交換や協議を行うこととしたのだった。
 しかし、それが頓挫しかけているのもまた事実だった。本来なら交渉役は十数名いるはずだが、他の血族を見下して参加しない者、天使との遭遇を恐れて自分の住処に引きこもる者などが現れ、今夜に至ってはこの三名しかいない。これでは、統率の取れた天使に対抗する未来など見えようはずもない。
 だとしても、自らの、血族たちの、同族たちの命を諦めるわけにはいかない。
「じっ、自分たちは、どうしたらいいっすか……?」
 服の袖口で濡れた頬を拭いながら、十四が尋ねた。思案に耽りながら寂雷は答える。
「報告してもらった天使たちの動向を考えると、単純に我々を根絶やしにすることを目的としているようには思えません。何か、別の思惑があるはず。それを突き止められれば、未来の展望が見えてくるはずです。ただ逃げ回るばかりの状況はもどかしいですが、しばらくは情報収集に専念しましょう」
 月並みな言葉ではあった。しかし、寂雷の口から語られるだけで、それは北極星のように揺らがない導きの光のように感じられた。不思議と勇気づけられ、将来に希望があると信じられる。盧笙は顔を上げた。隣に立つ十四からは、もう嗚咽は聞こえない。
「集約して整理した情報をうまく使えば、ゆくゆくは他の種族とも協力関係を築くことができるかもしれません。引き続き、頑張っていきましょう」
「はい!」
「はいっす!」
 そうして互いの志が同じであることを確かめた後、さらにいくらかの情報交換をしてから三人は別れることにした。
 挨拶を済ませた盧笙が城を出る直前、背後から寂雷が呼び留めた。
「盧笙くん。帰る道中は、特に気を付けてください」
「はぁ、それはもちろんですが……
「君が出会ったという神父服の男の話ですが、やはり少々気にかかります。遭遇した状況からはこちらを探していたと思われるのに、追跡を諦めるのが早すぎる」
「さっき仰ってた、『思惑』っちゅうやつですか」
「ええ」
「わかりました。用心します」
 盧笙は深く頷いて、今度こそ寂雷の城を後にした。


 帰路、盧笙は寂雷に言われた通りに細心の注意を払った。しかし、天使の姿を見かけるどころか気配のひとかけらすらも感じることなく、自分の城に帰りつくことができた。あまりの手応えのなさに拍子抜けするほどだ。
 もしかしてあの時、向こうは盧笙に気づいていなかったのではないだろうか。遭遇した時の状況を思い返してみる。あれは日の暮れかけた街道で、人通りに紛れるため盧笙も魔力を抑え、頭からボロを被って顔を隠し、人間の振りをしていた。
 土埃を頭から深く被ったような色彩を纏う人々の中で、純白の神父服を身に着けた男は異彩を放っていた。白地に新緑の色の縁取りがあるその服は、装飾の多さで位の高さを表しているに違いなかった。雑踏の中、柔和な笑みを浮かべるその男と確かに目が合った気がした。咄嗟に踵を返して逃げ出そうかと思ったが、そんな目立つ動きをしては返って怪しまれると考え、踏みとどまった。息を殺し、心持ち早足になりながら、何事もない振りをしてその横を通り過ぎようとした。
 それから、と記憶を辿り、続きを思い出した。すれ違いざま、あの男は盧笙の肩を叩いたのだった。何やら話しかけられそうな気配があったが、盧笙は気づかなかった振りをして通り過ぎた。人波に乗ってその場を離れ、十分な距離を取ってから振り向くと、男は追ってきていなかった。どうやら撒いたらしいと安堵して、そこからはさらに慎重に歩を進めることにしたのだが、そこからどうにもあの男に触れられたあたりから、じわりと滲むような不快感が続いていた。寂雷の城に着いた時は、持続する不快感に苛立ちが積もりに積もっていた。
 思い返すと、未だ右肩から右胸にかけて燻るような違和感が残っているのに気づいた。もしかするとあの時、何かしら術など施されていたのかもしれない。改めて確認しようと盧笙が己の身体に意識を向けた時、城の扉が強引にこじ開けられた。
「こんばんはぁ、邪魔するでぇ!」
 闇夜に似つかわしくない、溌剌とした声が耳をつんざく。慌てて振り返ると、そこにはつい今しがた思い返していた、あの神父服の男が立っていた。驚きに目を見開く盧笙の顔を見て、その男は嬉しげに顔を綻ばせた。
「やぁ、夕方ぶりやなぁ! 会いたかったで!」
「な、なんや貴様! どうやってここがわかった!?」
 身構える盧笙の前で、神父は開いた両手を頭の高さに掲げた。敵意がないことを示しているようだが、口元には笑みが浮かんでいる。敵地に単身で乗り込んでいるとは到底思えない余裕ぶった振る舞いに、盧笙はむしろ警戒を強めた。ぎりりと神父を睨みつける。しかし神父は、盧笙の視線の鋭さになど気づいていないかのように、自分の左胸をぽんぽんと軽く叩いてみせた。
「自分のこの辺、見てみたらどうや? たぶん、そのブローチの裏側あたりに引っかかってると思うんやけど」
「ブローチの、裏……?」
 神父の言葉通りに動くのは癪だったが、そうも言っていられない。盧笙は神父から目を離さないまま、手探りでブローチを外そうとした。裏の金具に指をかけようとしたところで、指先にちりりとした痛みが走る。
「なっ、なんや!?」
 咄嗟に手を払った。するとブローチと外套の隙間から、鉄色に輝く小さな金属の欠片がぽろりと零れ落ちる。硬質な音を立てて床を転がるものに、盧笙は目を凝らした。それは、鞘から抜かれた剣の形をした小さな装飾だった。
「なんやこれ。アミュレットか……?」
「せやで。銀の十字架の上に鉄を被せて、形も剣に偽装しとるけど、正真正銘天界で作られたアミュレットや。よう出来とるやろ? いや~、あんたが期待通りの強い個体で助かったわぁ! 弱いやつやったら、それに近づいただけで苦痛にのたうち回るはずや。あんたが抵抗してくれたおかげで、こうしてアミュレットの気配を辿ってここまで来られたんやからな。ここまでうまく行くとは思うてへんかったけど、ほんまラッキーやわ!」
「っ、あの時か!」
 得意げにぺらぺらと喋る神父の声を聞きながら、盧笙の脳裏に神父とすれ違った時の記憶が蘇る。おそらくあの時、このアミュレットを忍ばされたに違いない。盧笙にとっては不運、神父にとっては幸運なことに、人間に紛れるためのボロを取り払った時にもアミュレットは衣服に残り、とうとう城まで運んできてしまった。
 これで動向を窺われていたのだとしたら、帰路があまりに容易かったことにも説明がつく。盧笙が気配を察知できない程度の距離から観察されていたに違いない。おそらく寂雷の城では、吸血鬼が三体いたため手を出さずにいた。ここで盧笙が独りになったのを確認して、ようやく姿を現したのだ。
 盧笙はハッとした。自分がこんなものを身に着けていたせいで、寂雷の城も敵に知られてしまっている。独りになったところを襲ってきたのであれば、盧笙と十四が発った後の寂雷の城も同様に、天使の手の者に襲われている可能性がある。
「お前! まさか、寂雷さんに手を出してへんやろな!?」
「寂雷? ああ、あんたが訪ねていったあの吸血鬼のこと? へぇ、あいつそういう名前なんや」
 聞き返されて、盧笙は己の迂闊さに歯噛みした。寂雷は盧笙よりも遥かに強い力を持つ吸血鬼だ。敵対者たちにも名が知れ渡っているほどの。だからこの神父の狙いは寂雷だったと早合点してしまったが、反応を見るに、どうやら違ったらしい。むしろさっきの問答で、いらぬ情報を相手に与えてしまった。
「安心してや。俺の目的はあんたや。追跡の途中でその寂雷ゆう吸血鬼の居場所もわかってもうたけど、そっちには何もせん」
「敵の言うことなんぞ、信じられるか」
 苦々しく吐き捨てると、心外だと言わんばかりに神父は眉を下げた。
「信じてやぁ、神父は嘘なんてつかへんって。っちゅうか、ここに来たのもあんたを倒すためやない。お近づきになりたいからや。ほら、こうして手土産も用意してきたんやで?」
 神父はそう言って、どこからともなく小さなビンを取り出した。どうやら、何枚も重ねた服のどこかに忍ばせていたらしい。神父が掲げたビンを左右に振ると、中で液体の跳ね回る音がかすかに聞こえてきた。
「なんやそれ?」
「ふふん、気になる? 結構上等なんを見繕ってきたんや」
 そう言って神父は、ビンの口に嵌まったコルクを抜いた。途端、ビンからは華やかな葡萄の香りが溢れ、風のない室内を広がって盧笙の元まで漂ってくる。香りだけでもくらりと酔いそうなそのワインは、確かに神父の言葉通り、かなり上質なもののようだ。
 しかしその芳醇な香りの中に、ほんのわずかに異物が紛れ込んでいた。それに気づいた瞬間、盧笙は緩みかけた眉間に再びしっかりと皺を刻んだ。
「おうコラ、エセ神父。そんなもんを吸血鬼の城に持ち込むやなんて、一体どういう料簡や?」
「ん? 何の話?」
 恫喝めいた唸り声をあげる盧笙を見て、神父は不思議そうな顔で首を傾げた。その仕草が盧笙の目にはいかにもわざとらしく映り、語気を強めてさらに追及する。
「とぼけんなや。そのワイン、人間の血が混じっとるやないか」
「えっ!?」
 神父は心底驚いた、という顔をして、ビンと盧笙の顔を交互に見た。
「この距離で、匂い嗅いだだけで分かるん!?」
「吸血鬼が血の匂いに気づかんはずないやろ。っちゅうか、そないな反応するってことは、お前知っててやっとるんやな」
「当たり前やん。これ、俺んやもん」
……は?」
 目を瞠る盧笙に向けて、神父はもう一度、ゆっくりと同じ言葉を放った。
「せやから、こん中に入っとるの、俺の血やねん。夕方にあんたとすれ違って、その後手土産にするためにワイン手に入れて、ついでに血をちょーっとだけ垂らしてみたんや。その方が、吸血鬼には気に入ってもらえるんちゃうか思てな」
 ぺらぺらと、まるで世間話かのように、神父は身振りを交えて話す。血を垂らして、と口にした時に掲げられた神父の右手の指には、確かに白い布が巻きつけてあった。
 盧笙は額を押さえた。神父の得体の知れなさは、いよいよ募ってきた。俄かに頭痛がしてきたような気がする。眩暈を堪えながら、神父に尋ねた。
「それ、俺への手土産やって言うたな?」
「おん、せやで!」
「ほな受け取ったるから、俺が許可するまで絶対に身動きすなよ。怪しい真似しよったら殺すで」
 殺す、とは言ったものの、それが容易でないことは既にわかっていた。神父の言動はよくわからないが、強いことには間違いない。戦うのなら、全力を出す必要がある。
 神父の方も、盧笙の力のほどはおおよそ察しているはずだった。しかし神父は、聞きようによっては自信過剰とも取れる盧笙の発言を揶揄することもなく素直に頷いた。それどころか、捧げるような格好で恭しく、コルクを填め直したビンを差し出してきた。
 盧笙はじりじりと神父に近づき、手の届く距離まで来ると、差し出されたビンを受け取った。間髪入れずに神父に右手を掴んで引き寄せ、ごくわずかな時間だけそこに顔を寄せる。知りたいことが確認できるとすぐに神父の手を解放し、自らも即座に数歩後ろに下がって距離を取った。神父は突然の接触に驚いたのか、呆けたように遠ざかる盧笙をただ眺めている。
「ほんまにお前の血やないか……
 ひどくなった眩暈に襲われながら盧笙が呻くと、神父ははっとしたように表情を取り戻した。
「せやから、神父は嘘はつかんのやって」
「嘘であった方がありがたかったわ。一体どういうつもりなんや、神父の癖に自分の血を吸血鬼に捧げるなんて。向こうを裏切るつもりやないやろ?」
「もちろん。俺は、あんたにお近づきになりたくてきたんや。——あんたら吸血鬼と、俺ら。協定を結べへんやろか?」
 絶えず人好きのする笑みを浮かべていた神父が、ふと真顔になった。途端に浮ついた軽薄さは鳴りを潜め、背筋を伸ばした立ち姿だけで威厳すら感じさせる雰囲気を纏う。
「協定やと?」
 聞き返す盧笙に頷く、その簡単な動作すら、神父の振る舞いは重々しい。
「俺らかて、できれば争いは避けたい。せやけど、一部の魔族は好き放題に人間たちを傷つける。それを見過ごすことは出来へん。そこで、や。あんたらみたいに不必要に人間を襲うことなく、慎ましく暮らしとる連中と手を組みたいねん。落としどころを探そうや。そうしてくれたら、俺らは共存する意思のない、悪意を持った連中とだけ戦えばええっちゅうことになる」
 盧笙は目を細め、じっと神父を見た。神父はまっすぐに盧笙を見つめ返す。先ほどはあれほど余計なことをつらつらと述べていた癖に、今は言葉を付け足そうとはしない。盧笙はふと、息を吐き出した。
「出来るんか? お前ら、潔癖なんやろ。人の生き血を啜るような汚れた存在との共存なんぞ、耐えられへんのとちゃうか」
「望んでそう在る存在やったら、耐えられへんやろな。せやけど、吸血鬼はそういう在り方を望んでるんとちゃうやろ。そう生まれついてもうただけのことや。せやったら、それは罪やない」
「誰も彼もがそう思とるんか?」
 神父はゆっくりと首を振った。
「残念やけど、ちゃう。穢れた魔族は根絶やしにするべきやって意見の奴らもおる。それは事実や」
「ほな、無理やろ。共存なんて」
「今すぐにはな。せやけど、道を模索することに価値はあると思うねん。それに協力して欲しいんや。……その、蝙蝠の羽のブローチ」
 とん、と神父が自らの左胸を叩いた。
「交渉役の証なんやろ? 吸血鬼っちゅうのは血の繋がらない他人に興味がないはずやのに、そこを越えて団結しようとしとる。そういう考え方を持つあんたなら、この誘いに乗ってくれるんちゃうかと思うたんや」
……よう知っとんな。ブローチの意味なんて、吸血鬼の中にも知らんもんがおるくらいやのに」
「情報通やねん。ま、頑張って情報集めとるんは俺やないんやけど」
「そうか。まあ、そんなんは何でもええか」
 呟くように返して、盧笙はおもむろにビンのコルクを引き抜いた。そのまま口元に運び、二、三度喉を鳴らして飲み下す。聖職者の血の混ざりこんだワインは、脳が痺れるほどに甘美な味がした。ビンを口から離す時、ぷは、という声が自然と漏れた。
 盧笙は口元を拭いながら、神父を見据えた。
「お前の提案、乗ったるわ。俺に何がどこまで出来るか、その約束は出来へん。せやけど、お前の言う『道の模索』っちゅうやつは一緒に手伝ったる。……それでええか」
 盧笙が返事を告げると、神父の真面くさった顔にみるみるうちに喜色が広がった。あっという間に元通りの笑顔に戻った神父は、さっきまでの静謐な雰囲気が嘘のように、大仰な身振り手振りで感謝を示し始めた。
「ほんま!? おおきに、めっちゃ嬉しい! これから一緒に頑張っていこうな!」
 神父の振る舞いのせいで、周囲の空気もがらりと変わる。盧笙は思わず苦笑した。
「急に騒がしいやっちゃな……。まだ何もしてへんのに、そないに喜ぶほどのことか?」
「喜ぶに決まっとるやん! さっき言いそびれてもうたけど、俺、あんたに一目惚れしてもうてん! 惚れた相手とお近づきになれて、喜ばん男はおらんやろ?」
……は?」
 神父の言葉の意味が理解できず、盧笙は低い声で聞き返す。ドスの利いた低音にも一切怯むことなく、神父は満面の笑みを浮かべ、朗らかに宣言した。
「最終目標はお付き合いやけど、まずはお友達からやな。どうぞよろしゅう!」