傘がぽつり、ぽつり音立て、木の本ぽつり、男がポツリ。深い深い緑の上より、滑った雫がまたぽつり。白くも可憐な花にあたって、またぽつり。
男は見上げた。雨水に頭を垂らし、その美しさを眼前におろす木を。夏の気配の先駆けに、喜ばしげに咲いた花を。
じっと、男は見つめる。5枚の白い花弁、ふっくらと持ち上がる黄色。そして男は視線を向ける。ぽとりと落ちた、花の色。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
いつか友が吟じたふるいふるい詩。世の流れは留まるを知らず。わずかな水面のさざ波に、また花がぽとり。男はすいと拾い上げた。花は樹上での姿のまま、美しいまま。ふと寄せてみれば、なお香る。
おおい、どうしたんじゃ。背より近づく男の友もまた、傘をさしては寄って来た。…あぁ、そうか。もうこんな時期か。友は笑う。男は俯く。どうした、浮かない顔をして。友は尋ねるが、けれど男は黙ったまま。
はて、どうしたものかと友は首を傾げた。男は落ちた花を拾い、手のひらの上に並べていく。すると不意に口を開いた。花は、咲いてないと花なのか、と。おうおう、まぁた哲学的な問いかけか。友は僅かに肩をすくめては、樹上に咲き誇る白を見上げた。
花は花じゃろう。咲いていようが、落ちていようが。咲いた花を見る人がいる。落ちた花を見る人が居る。それだけじゃろうて。友は男の手のひらの花をひとつ、つまみ上げた。なぁにを考えていたかは知らんが、落ちた花もまた侘び寂びがある。散った花の吹雪が風の輪郭を捉えて、美しいとも思うだろう。蕾がほころび咲くその瞬間に、見惚れることもあれば、道端の名前も知らない花がどうにも心に残ることもある。…花は花じゃ。
友の声に、男は顔を上げた。お前らしいな、と。そりゃあどういう意味じゃ。友はまた笑った。いや、変なこと考えてた自分が馬鹿々々しくなっただけだ。男はまた、木を見上げた。
夏の先駆け、雨の季節だけに花をつけ、1日で花を落とす。…いいじゃねぇか、ノスタルジックで、メランコリック。そしてまた季節が廻れば木だけが残って、来年もまた、花を咲かせる。男はしゃがみ、いくつかの花をまた、手のひらにのせ、友に見せた。友は、なお笑う。お前はここのがずっと咲くのを楽しみにしていたじゃろうが。花を愛で楽しむも、花を待ち楽しむも、それもまた花じゃろう。
友の言葉に、男は頷いて、笑った。そうだな、と。…さぁ、帰るか。あいつらも待ってるし。あぁせっかくだ、乾かして押し花にでもしてやろう。
男が木に背を向けて歩きだせば、友は小さく、息をついた。全く。なあ、花よ。
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