kanaco
2026-07-03 22:17:13
10805文字
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【四信】眠れる恋人と六匹の猫

《四信》成立済み四信。十二とケンカをした四仔が、気持ちを落ち着けるため信一とお昼寝をしていたら……というお話。不憫な四仔、悪戯っ子な十二、マイペースな信一。可愛いお話を目指しました。※なお、カッコいい四仔はいません。※(追記)7/10、2ページ目を追加しました。


 四仔が諦めから、無我の境地へと突入する覚悟を決めた時だった。

 「んん……

 小さな声が隣からする。気がついた四仔が首を回すより早く、二人の間にいた黒猫が体を起こした。眠そうなトロトロとした足取りで信一の方へ向かうと、一度止まってゆっくりと伸びをする。四仔はチラリと視線を横に投げた。一瞬だけ、目と目が合う。四仔の気持ちを理解したのか、関係がないのか。黒猫は「なぁん」と鳴くと、再チャレンジと言わんばかりに信一の頬に額を擦りつけた。

 それに応えるようにして、のそっと信一が上半身を起こす。両腕をのばし、甘える黒猫を自分の胸に納めてしまうと、クルリと振り向く。黙って自分を見守っている四仔が目に映ると、五秒ほどボーっとした。そして急に目をクリっと丸くした。


「え?何、ごめん。どういう状況?」


 信一の問いに答えたのか、四仔の口を肉球で封じていたボス猫が「やれやれ……」と言った風にその手を外した。次に一鳴きすると、足元にいた猫たちも身じろぎ始める。それからボス猫は、隣で丸まっている子猫を大事そうに口に咥えて、四仔の上からも丁寧に下りた。困りものの重さと、離れるのは惜しい温もりが無くなる。とはいえ、危機感を持っていた四仔はやっとホッとした気持ちになり、上半身を急いで動かした。

「ちょっと待ってろ」

 簡潔に言って部屋を出て行った四仔に、信一が腕の中の猫を撫でながら、不思議そうに首を傾げた。
 


 ****************



 四仔が部屋に戻ってくると、信一はベッドに腰かけていた。信一の周りを猫たちが囲んでいる。みながリラックスをしているようで、思い思いの恰好をしながらも信一にくっついていた。こうして見ていると、猫たちにはぞれぞれ個性がある。しかし、共通していることが一つ。信一が猫に愛されていることだった。信一が猫を可愛がっているのか、猫が信一を可愛がっているのかは定かではないが。いずれにしてもその光景は、なんとも平和で穏やかな雰囲気だ。

 四仔がドアの前で立ち往生しているのを見て、信一が「何してんの?」と声をかけた。たくさんの目がいっせいに自分の方を見る。優しい空気に水を差したようで、四仔は少し気まずい気持ちになった。そうして入口に立ったまま、これまでの大まかな経緯を口にした。
 
「そりゃ、災難だったな」

 話を聞いた信一は、まずは「あー……」と考えを巡らせた後に、無遠慮にケラケラと笑った。信一が屈託なく笑うと、周りの猫たちもつられたように「にゃぁにゃぁ」と声を上げる。お昼寝しただけで悪気はないんだ、と言わんばかりの主張は、合唱の圧力はあれど可愛いことに変わりはなく、四仔は呆れたように肩を竦めた。

「仆街黒社会」
「ははっ。そりゃ、言う権利がある。十二は随分と上手く奇襲を決めたみたいだな」
「今度診療所に来たら、体に良いが地獄を見るほど苦い漢方をヤツの口に突っ込む」
「いいね、その時は俺も呼べよ」

 面白いから、と信一が今度はコロコロと笑った。機嫌の良さそうなところを見ると、疲れは癒されたのだろう。睡眠は勿論のこと、アニマルセラピーというのは実際よく効くらしい。四仔がそんな風に分析をしていると「それで、結局、お前はなんでそこに立ってるの?」と信一が声をかけた。
 
「坊ちゃんのマネ?お前も猫を連れてくるつもり?」
……いや、そうではなく」

 お前たちが一塊になって仲良くしているから、少々入りづらい。……という正直な言葉を言うのは憚られて、四仔が言葉に詰まった。気にし過ぎか、子供染みた拗ね方か。そんな風に捉われかねない気もするし、実際そうなのかもしれない。

 もともと感情の起伏がそれほど大きくはない四仔が、もたもたするのは珍しい。信一が察したように苦笑いをした。

 すると、黒猫が信一の腕からポンと飛び出して、四仔の方までトコトコ歩いた。体を擦りつけるようにして四仔の足元を二回ほどぐるぐる回ると、頭突きをするようにしてコンコンとふくらはぎを押してくる。小さな動きに導かれて、足を前に進めれば、信一が左手を差し出した。それを右手で取ると、信一は嬉しそうにして握り返してくる。猫たちが動いて、信一と四仔が隣り合うように場所を空けたので、四仔は手を繋いだまま腰を下した。猫たちは今度は四仔と信一を囲むようにして、自分の居場所を作り始める。

「本当に優しいやつだなぁ、四仔。さっきも遠慮しないで、起こせばよかったのにさ」
……気がひけただけだ」
「ふふ、そんな気難しい顔して言わなくても。こいつらも四仔だから、安心して寝ちゃったんだよ」

 四仔が優しいのが、分かるからさ。

 傍にいると心地いいんだ、と信一が言う。

「俺と一緒」
「お前?」
「そう」


 俺も、アンタの隣にいると落ちつく。


 「小言は時々うるせーけどなぁ」と陽気に言った信一は、四仔がムッとするよりも前に、頭をコトリと四仔の肩に乗せた。信一の髪がふわりと頬に優しく触れて、心地よい重みが乗ってくる。すっかり馴染んでいる信一の匂いが鼻をくすぐった。先ほどまで寝ていたためか、繋いだままの手はいつもより温かい。周りの猫たちのぬくもりも合わさって、空間そのものが緩やかな温度を保つ。四仔は時間がゆっくり流れているような気がさえした。


 こんなにも気持ちが和らいで。
 落ちつくのは誰のおかげかなんて、明白で。


 その存在は、自分も四仔にとって同じ存在であることなど知らぬように、無邪気にお喋りを続ける。

「まぁ、そこをうまく十二に突かれたな」

 信一はまた愉快そうに笑った。四仔の弱点は信一である、と十二に断定されたような気がして眉を顰めた。四仔がまた不満そうな顔に戻りそうになると、四仔の膝に乗っていた子猫が大きな手の甲を舐める。そちらに気を取られて目線を落とした時。

「四仔」

 名前を呼ばれて顔を上げると同時に、頬に柔らかな感触。

 ふに、と押し当てられた幸福を確かめようと、四仔が横を向けば、目の前に綺麗に笑った恋人の顔。

 
「起こさないでくれて、ありがとう」


 大好き。
 

 そう、愛を伝えるのが得意な青年は微笑んだ。
 愛を言葉にするのがそれほど得意ではない青年は、代わりに幸せな微笑みを静かに返す。

 そうして四仔は隣の腰に腕を回してもっと引き寄せ、
 お返しの頬キスをくすぐったそうにする信一と瞳を合わせると──。

 
 どちらからともなく唇を重ねた。

 
 そして猫たちはそれを祝福するようにシッポを揺らしたのだった。

 

 
 ……なお次の日、何事もなかったかのようにケロリとした顔で診療所にやってきた十二は。

 「なーんもしてない。俺、猫を運んだだけだもん。寝る場所を決めたのは猫たち」


 四仔ってホント人気者だよなぁ。
 こんなに不愛想なのにさぁ!
 あ、怒んなよ、俺は褒めてんの!!

 俺もお前のそういうトコ、好き。


 ニヒヒと悪気無さそうに笑い、失礼なことを調子よくノンキに宣ったが。

 架勢堂の漢方薬専門店から、手に入りにくい薬草を手土産にやってきたので、四仔特製の『地獄を見るほど苦い漢方』については無事免れたのであった。