kanaco
2026-07-03 22:17:13
10805文字
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【四信】眠れる恋人と六匹の猫

《四信》成立済み四信。十二とケンカをした四仔が、気持ちを落ち着けるため信一とお昼寝をしていたら……というお話。不憫な四仔、悪戯っ子な十二、マイペースな信一。可愛いお話を目指しました。※なお、カッコいい四仔はいません。※(追記)7/10、2ページ目を追加しました。

 その日、四仔は不機嫌であった。

 原因は分かっている。ちょっとしたことで十二と諍いになったためだ。

 それは珍しいことだった。十二という男は一見、人懐っこくて感情表現も素直に見える。しかしその実、喜や楽の感情はともかく、負の感情エネルギーについては引き際が早い印象があった。親しい間柄であれば……という前提がつくが、信一なら売り言葉に買い言葉で少々派手な口論になるし、洛軍であれば言い返しはしてこないが、ムッとして黙り込んでしまう。いずれも主張が分かりやすい。

 では十二はというと、めんどうだ、相容れない、不愉快だ。そんな先見の明を察知すると、ニコニコしているうちにサッと引いてしまうか、ピシャリと遮断してしまう。彼の陽気な表情は、時に能面のようなものだ。だから四仔は十二が誰かと姦しくケンカしているのは、彼の幼馴染である信一相手でしか見たことが無かった。

 ところが今日、十二が放置したケガについて咎めると、めずらしく突っかかってきて少しの口論になった。派手にはならなかった。それでも十二はあからさまに怒ってますといった様子で、イライラしながら診療所を出て行った。何度注意しても聞かず同じ怪我を繰り返す十二に、四仔も少し口調が強く、嫌味っぽくなったのは自覚していた。でも事実であるし、四仔だって親切で言ったのだ。反発するような態度を取られるのは納得がいかない。

 ケンカの理由は引きずるほどのものではなかった。
 それでも、ムカムカは治まらない。


 しばらくして。
 
 そんな四仔を訪ねてきた信一は、訳知りのように顔をニヤニヤとさせていた。

「坊ちゃんとケンカしたんだって?」

 明らかに面白がっている。そんな声色。四仔の不機嫌さをものともしないのは、自分が現れたことで、四仔の機嫌が上向きになったことを見取ったからだろう。そういう機微を読み取るのが四仔の恋人は意外と得意だった。それは厄介な時も、助かる時もある。声をかけても四仔がしかめっ面であるのを、やはり信一は気に留めず「十二も色々と重なってたところがあるんだ、勘弁してやってくれ」と肩を竦めた。

「どうしてお前が謝る」
「まぁ、ちょっと噛んでるとこもあって」
「なんで少し、嬉しそうなんだ」
「いや、十二がケンカするとか珍しいからさ」
……あいつは避けるだろう。そもそも腹の底が見えない」
「そりゃそうさ、あれでも黒社会の若頭だぞ。だからやるなら、一般人用のゼロか黒社会用のヒャクだ」


 でも、あの十二少が四仔に子供っぽい感情を晒したんだろ?だから、お前ら仲いいんだなって思ってさ。懐かれてる。


 信一が愉快そうに言って、四仔は少々ウンザリした顔をした。
 それはつまり。

「八つ当たりは御免だが」
「朝から兄貴にも怒られてさ。そこに四仔まで追撃したもんだから、拗ねちまったんだよ」

 俺からもちゃんと言っとくからさ、と信一が笑う。「お前はあいつのママか」と四仔が咎めると「そんなことを言うと、余計にへそを曲げるぞアイツ」と信一が苦笑いへと変えた。

「やっぱり言葉に棘があるぞ、四仔。機嫌直しに行こうぜ」
「は?なんで俺が」
「ちげーよ、お前の機嫌を、だよ」

 なだめるような声を出した信一は「今日、午前診療で終わりだったよな?」と続けて、クイっと親指を立ててドアの方をさした。四仔が視線を向ける。

 それを確かめて信一は満足そうに笑うと、「俺の部屋に行こうぜ」と言った。

 
**********
 
 
「で、なんだこれは」

 背中をグイグイと押されるようにして、強制的に場所移動させられた四仔は、急展開に困惑をして口を開いた。今や四仔も馴染みの場所となっている信一の自室。その端に置かれたベッドにて、四仔は大人しく天井を見上げていた。

 信一に連れてこられて、そのままベッドに押し出され、戸惑いつつも体を横にした時には、四仔もさすがに(機嫌を直すってそういう……)と艶めいて不埒な考えが浮かびはした。しかも信一は部屋の電気をどうしてかつけない。昼間から何を……と思われるかもしれないが、恋人同士である。何も悪いことはないだろう。

 ならばマスクを取りたいが……と思っていたところで、信一が「もっとそっち寄って」と注文をつけた。四仔が素直に従うと、信一が横にゴロンと寝転がり、そのままピッタリと四仔にひっついた。そしてリラックスするように息をついて、体の力を抜いていく。何の言葉も発さず、何をするでもない信一に首を傾げる四仔へ、返ってきた答えは実に単純だった。


「怒りなんて、一回寝たら忘れちまうだろ?」

 
 だから、昼寝しようぜ。

 
 なんとも健全で、ピースフルな回答。
 四仔は拍子抜けをした後、眉間にしわを寄せた。

「お前……さては自分が寝たいだけだな?」
「はは、バレた?実は昨日徹夜でさぁ」

 悪びれない信一が笑うと、首筋にフワリと息がかかる。少しのくすぐったさに四仔は気が抜けた。ついでに毒気も消え去ったような気もして、どうにも気分が落ちついてきた。

(まぁ、一理ある)

 切り替えが大切であるが、時間が解決することもあるだろう。

 その上、自由人である恋人の添い寝付きだ。やれやれといった調子で、四仔は一度上半身を起こした。それからマスクを外すと、もう一度同じ場所に体をゆっくりと沈める。信一も再びいそいそと寄ってくると、やっぱり嬉しそうに密着をした。左側に感じる重みや体温。

まぁいいか……、と思った四仔はそのまま目を閉じたのであった。


**********


 次に四仔が目を覚ました時、部屋は静穏につつまれていた。

 耳をすませば、信一の健やかなる寝息だけが微かに聞こえてくる。ぼんやりとした頭のまま、首だけを動かして壁掛け時計を見る。部屋に来てから二時間ほどが経過していた。

 四仔が目を覚ました理由は至極明解だった。

 そこそこ感じる、尿意である。

 四仔はぼんやりした頭のまま、洗面所へ行きたいと考えた。ひと眠りしたために気は緩み切っており、不機嫌は消え去ってしまった。だから、今のこのリラックスした状態を中断するのは実に惜しい。とはいえ、当然ながらこのままの状態でいることもできない。

 ひとまずは体を起こそうとした四仔は、パタリと止まった。

 最初に動かした腕の揺れに「ん……」と信一が反応をしたからだった。

 四仔は首を信一の方へと向けた。すぐ横に、ぐっすりと眠っている信一がいる。誰もが羨む端正な顔にある、長い睫毛は綺麗に下がったまま。寝る前と同様に四仔にくっついたままだが、加えて抱き枕にするかのように、四仔の腕を抱きしめていた。

 その、あどけない、安心しきっている寝顔。

 信一は一見、軽薄そうな雰囲気をまとっているが、実際のところ真面目で忙しい男だ。やんちゃが過ぎるどころか黒社会の一員でもあるが、九龍城砦の住民にとっては頼れる気さくな兄ちゃんである。信一の周りは、いつだって目まぐるしい。だから本当に疲れていたのかもしれない、と四仔は思った。恋人をベッドに誘っておきながら、ただただ幸せそうに熟睡している様子は、何とも可愛らしくて無防備だ。それもきっと自分が隣にいるからだ、と思うと、愛しさや癒しが自然と湧き上がってくる。

 つまり。

 これを起こすのは、あまりにも忍びない。

 四仔はまた体から力をぬくと、どうしようか……と考えた。
 正直なところトイレにはいきたい。しかし、起こしたくはない。
 そっと出て行って、また同じ場所に収まるのがベストだ。

…………
 
 人体の生理現象と良心の呵責に苛まれていた時だった。
 
 
 信一の部屋のドアが、何の脈略もなく唐突に開いた。
 
 
 侵入者。


 そう四仔が僅かに身を硬くし、目線をドアのほうに向ける。

 すると。
 
 そこには、不機嫌そうな顔をした十二少が立っていた。

 
 四仔は十二と目が合って、相手がまだ怒りの籠った目をしていたために、かける言葉が浮かばず沈黙を貫いた。四仔の方は既に怒りもイラつきも沈静化している。ここで十二と再戦をするつもりはなかった。むしろ信一を当たり障りなく起こして、自分の膀胱を救出して欲しいほどだった。しかし、様子を見たところそうはいかないらしい。

 十二はベッドに寝ている四仔と目が合った後に、視線を少しだけずらした。普段は猫のような愛嬌ある瞳が、険しく危険を孕む虎の瞳と化したまま、信一も寝ていることを確認する。スヤスヤと気持ちが良さそうに眠っている幼馴染を観察すると、また四仔の方へ戻した。


 そして……しばらくの無音が続いた後、十二は鋭い目つきの怒ったような表情を、スン、と変えた。

 それは、感情を読み取らせない、無表情。
 
 十二はそのまま、ドアのところでジーッと四仔を見ている。
 四仔はどうしたものかと小さく狼狽した。
 信一だけが、部屋の重い空気など素知らぬ顔で平和そうに眠り続ける。


 気まずい時間が流れていた。
 
 ところが、十二が急にUターンをした。

 タタタッと軽快な音を立てて廊下の奥へと消えていく。

(おい……

 ドアが開けっぱなしなんだが。
 
 十二の行動の読めなさに、だんだんと四仔にも苛立ちが戻ってきた。しかしそのボルテージが上り詰める前に、四仔の耳に再びタタタッという軽快な音が聞こえてきた。十二がいなくなってからもドアから視線を外さなかった四仔は、十二がまたドアに戻ってきたのを見て、顔を顰めた。十二の行動は意味が不明だが、嫌な予感しかしないからだ。

 そして、さきほどと違う点。
 怖いほど無表情である十二が腕に何か抱えている。

 それは──。 

 首に青いリボンを巻いた、一匹の、黒猫。

 
 四仔はその猫を知っていた。九龍城砦に住んでいる野良猫の中でも、信一に懐いているお気に入りで、度々一緒に過ごしている姿を見かける。あの青いリボンも、信一が巻いたはずだった。

 四仔が思い出しているうちに、十二はしゃがみこむと抱えている黒猫をそっと離した。

 黒猫は床に下りたあと、ご機嫌にスタスタと歩きベッドに飛び乗る。次に信一の頬にスリスリと額を擦りつけ「にゃぁあん」と一鳴きした。

 四仔は期待をした。黒猫が信一を起こすかもしれない。

 ところがフワフワの毛並みの感触に、信一は嬉しそうに口を「むにゃ」とさせただけで、変化は無しであった。黒猫は信一に気を使うかのように今度は小さく「なぁん」と鳴く。そしてそのまま信一の体の上へ慎重に乗って歩くと、信一を通り越す。それから、四仔と信一の絡んだ腕の窪みを見つけて、スポッとハマるように寝そべった。

 黒猫の小さな頭がポテ、と四仔の肩に乗る。
 
(は?)

 え、寝た?

 
 そう思考を停止した四仔が、思わず十二の方を見る。十二は口を三日月にするように意地悪く笑うと、相変わらず何も言わずにUターンをした。また、タタタッという音が遠のく。すぐに、またタタタッという音が近づいてくる。

…………
…………

 嫌な予感の的中に焦燥を浮かべる四仔と、また無表情に戻っている十二の瞳が絡み合う。そうして十二は、しゃがみ込むと腕に抱えていたキジトラ猫をそっと優しく離した。

 二匹目のキジトラ猫は一瞬キョトンとしたが、すぐに「ここが本日のお昼寝会場ですか」と納得したかのように「みゃぁあ」と一鳴きし、迷うことなくベッドへ飛び乗った。四仔の体勢では、足元は見えない。しかしどこへ行ったかは分かった。四仔の左太もも辺りで優しい温もりが丸くなったからだ。

 タタタッ。

「おっ……

 おい、と声を出そうとして、四仔は息をつめた。大声で叫ばないと十二を呼び留められない。大声を出せば、信一と猫を起こしてしまう。イライラよりも、焦りが増してきた。それに比例するように、膀胱の存在感も増している。四仔はどうするべきか判断を急ぎながらも決めかね、また軽快な音を聞く。悪は急げとばかりに、十二少は容赦などしないのだ。

 
 タタタッ。
 三匹目、ブチ猫が「みやぁ」と右脇の下に頭を突っ込む。
 
 タタタッ。
 四匹目、サバトラ猫が「んにゃ」と右足の下の方で身を静かに落ちつける。
 
 タタタッ。
 五匹目。
 「みぅ……

 十二は初めてドアの前を離れ、両手で大事そうに抱えた白い子猫をベッドまで運んだ。四仔の腹に直接降ろされた子猫は羽のように軽く、それでも、たどたどしく胸元をよじ登ってくる気配だけは妙にはっきりとしていた。白い子猫は四仔の胸まで這いあがってくると、囁くような声で「みーみー」と鳴いた。四仔が滑り落ちないように思わず右手で支えてやると、感謝を示すように小さな舌がペロペロとなめて、手の中でクテ、と眠り始めた。
 

 おい、おい、おい。


 何だこれは。どうなってる。


 こんなにもトイレに行きたいと思っているのに、四仔の四肢は信一と猫たちによって丁寧に封印されていた。動く気配もなければ、物音一つしない。察するに、信一と同じように幸福な夢の世界へ旅立っているのだろう。

 ちょ……

 タタタッ。

 四仔の耳に、またあの恐ろしい足音が聞こえた。青ざめ始めた四仔が次にみた十二は、予想の通り猫を抱えていた。その猫も、四仔は見覚えがあった。

 控えめに言ってふくよかな、やけに貫禄のある灰色猫。

 でんっ、と異様なほどの存在感を放つその猫は、龍捲風とよく会話をしている場面を見かける、ここら一帯の猫を統べるボスだ。

 十二は大袈裟なほど恭しい仕草をして灰色猫を床に降ろした。猫は細めた目でチラリと十二を一瞥するとすぐに興味を失い、ノシノシとゆっくり床を歩いていく。それからその図体に似合わない軽やかさでベッドへ飛び乗り、悠々とベッドの端を歩いて、まずは信一の顔をのぞきこむ。スンスンと鼻で髪を撫でても起きない。それを確認した後、信一の頭上で優雅にターンすると、今度は四仔の方へと歩いてきた。

 それから。

 あろうことか、そのまま四仔の腹の上へと居座った。

「ちょ、おまっ」

 こいつっ、と四仔は初めて声を出した。先ほどの子猫は重さを感じないほど軽かったが、灰色猫の体重はダイレクトに下腹部を刺激する。あまりにも膀胱に直接的な打撃を受けて、反射で体を起こそうとしてピクリとした。しかし、信一と黒猫、子猫が同様にピクリとしたことで四仔は踏み留まった。予見していた下腹部の大波をやり過ごそうと息を詰めたところで、圧迫されていることは変わりがない。

 だが……

 
 四仔の体のいたるところで、自由気ままな寝姿を披露している、ふわふわの可愛らしい猫たち。
 四仔の体にぴっとりと寄り添って眠っている、ふわふわの愛らしい信一。


 …………

 
 これを蹴散らすように体を起こすなど……
 
 
「十二」

 四仔はついに、ドアの場所に佇んでいる十二に呼びかけた。寝転がったままの小声であるので、十二まで声は届かなかったかもしれない。しかしあの男、黒猫を連れてきた時、四仔が動けないことに対して笑ったのであるから、こちらの切羽詰まった状況を理解しているだろう。

 四仔がどうにかしろ、という覇気を全身全霊で飛ばす。

 
 それを受けた十二は。
 ケンカ中とはいえ友人に向けるものではない極悪な笑みを浮かべた。

 それから次の瞬間。
 悪魔のような悪い顔を即座に切り替えて、まるで天使みたいな無邪気な顔をする。
 
 唖然としている四仔に向かって。

 チュ!

 可愛げと愛嬌たっぷりの顔で、ウィンクと一緒に投げキッスを四仔に投げつけて。
 
 いつもの人好きするような笑みをパァッと浮かべると、ルンタルンタと効果音がついていそうなほどご機嫌に、スキップしながら部屋を去っていった。

「ぐっ……

 仆街黒社会っ!!とお決まりの罵倒も出せず、取り残された四仔は歯ぎしりをした。
 
 あんのっ、クソガキっ!!!

 猫を放つという謎行動でしてやられた怒り沸騰に、四仔が目くじらを立てて興奮しそうになった時。

 その刺激に触発をされたのか、何度目かの尿意が容赦なく押し寄せる。四仔は息を止めると、さすがに起きようと考えた。たしかに信一と猫たちには悪いが、粗相は全ての尊厳を失う可能性がある。というかその可能性しかない。しかもここは、信一のベッドである。

 しかし。
 

「せーじゃぃ」


 信一の鼻にかかったような甘えた声が耳に届いた。四仔が思わず首を横に向けると、四仔の腕を柔らかく掴んでくる信一が、依然として平和そうな顔をして眠っていた。どうやら、寝言らしい。どんな夢を見ているのか。でも名前を呼ばれたということは、自分が登場しているのだろう。その表情が何やらとても嬉しそうで、四仔の怒りはたちまち萎んでいった。その上。


「すき」

 
 むにゃ、と幸せそうにもう一度言う、信一の声が部屋に柔らかく響いた。

…………

 すぅすぅと二の腕にかかってくる信一の健やかな息。

 四仔は込み上がってくる癒しに打ち震えすぎて、時間が止まったように感じた。すると、黒猫が四仔を現実へ引き戻すかのように「みぃ」と鳴いた。信一と四仔の間にいる、ふわふわとして温かい生き物が、信一を起こしたらダメだよとでも言うように、シッポで四仔の手の平をスリスリと甘え擦る。

 (そんなこと言われても……

 現実に引き戻された四仔が逆にまたトイレを思い出し(十二への怒りはとにかく、これは人体の生理現象なので……)と困惑すれば、下腹部に乗って膀胱を沈めていた文鎮の灰色猫がのそのそと動き始めた。四仔の手の平の温かさによってぬくぬく眠る子猫の横も通り過ぎ、ぐんぐんと歩いてくる。

 それから。


 ぽすん。

 
 信一を起こすんじゃない。うちの猫たちもだ。

 そう言いたげに、ボス猫はしっとりとした弾力ある肉球を、四仔の唇に乗せた。

 肉球は温かく、ぷに、と柔らかい。

 
…………

 四仔は長い沈黙の後、ため息をついた。残念ながら灰色猫に口を封じられていたので、端から空気が少し抜けるだけであったが。

 そして四仔は、観念したように天井を見上げたまま体から力を抜いた。体のいたるところに、幸福のかたまりを感じる。


(足をクロスに……はまずい。足にも猫が二匹いる)
(骨盤底筋だ。骨盤底筋を使え)
(手のツボを……くそ、信一と子猫が……

(深呼吸は……副交感神経が優位になる。余計にまずい)
(できる限り気を逸らせ。信一と猫のことを考える)
(絶対に、膀胱のことだけは考えるな)
 
 自らの医学知識を総動員して時間を稼ごうとした四仔だったが、結局のところ最後に頼れるのは根性だけ。


 そしてその根性が、どれほど持つのかは、四仔自身にも分からなかった。