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ながひさありか
2026-06-21 06:27:52
25120文字
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STR-Phaidei
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MOONLIGHT MILE6
次で終わりです(すみません、R18パートは次だけです)。
つきあったあとのいちゃいちゃが別冊かwebのみで増えると思います。
1
2
3
着陸したのは、午後二時過ぎだった。
クレムノス発、オクヘイマ行き。二時間十分のフライトだった。乗客百八十二名、乗員八名。全員無事。定刻より七分早い到着だった。
ゲートに機体を寄せて、エンジンを落とした。副操縦士が手順を読み上げる声に合わせて、計器を確認する。チェックリストを全て終えると、少しの沈黙があった。
「お疲れ様でした、機長」
副操縦士が僕に言い、頷く。
「お疲れ様」
それだけだった。
ロッカールームで荷物を取り、着替えようとして、やめた。制服のまま空港を出る。
外は夕方に近い光だった。オクヘイマの船着き場が見える方向に、低い雲が流れている。八千フィートほど。風は南から。穏やかな空だった。
ポケットからスマートフォンを取り出し、連絡先を開く。連絡をするのは久しぶりだった。地上勤務に戻った際に一度だけオクヘイマの家に戻ったと伝えて、だけど、自分から「パイロットに戻ったらまた連絡する」と言って、以降、連絡をしなかった。完全な状態で会いに行きたかったからだ。だけど、そんな僕の決意を揺さぶる様に、モーディスからは時々、簡潔な近況報告が入る。流石に既読無視をするわけにもいかなくて、お疲れ様とか、スタンプだけだとか、簡単なやりとりだけはした。
緊張で指先が震えていた。長い時間をかけて、短いメッセージを打つ。
——
君に会いに行ってもいい?
少しして、返信が来た。
——
来い。
無言で、地図が送られてくる。多分、今の家の住所なのだろう。空港から一時間ほど。それだけだった。相変わらず示す行動に対して、何故か言葉がそっけないことがある。
かわってないなあ。そう小さく零して、スマートフォンをしまう。
*
職場に戻ったのは、休職から八カ月後だった。
辞令は地上勤務だった。運航管理部門でデスクワークが中心。フライトプランの確認、気象情報の整理、運航乗務員のスケジュール管理。
最初の一週間は、正直つらかった。窓の外で機体が動くのが見えた。エンジン音が聞こえ、燃料の匂いが風に乗って来ることもあった。全部知っている感触だった。それを、機体の中から見ていないことに違和感があった。でも、仕事を続けていると少しずつ気分が変わっていった。
地上から見る運航は、空から見るのと少し違っている。どの便がどの気象条件で飛んでいて、どのルートに問題が出ていて、どこで判断が必要になっているか。それをデスクから見ていた。自分が飛んでいた頃には見えなかったものが、見えた気がした。それは悪くない経験だった。
ヒアンシー先生とのカウンセリングは、地上勤務の間も続けた。月に一度、オクヘイマの出張所に顔を出すのに合わせて診察を予約し、一時間話した。もう定期的に通わなくて大丈夫だと思います。そういわれたのは、職場に復帰して半年後のことだった。
モーディスとは直接会うことはなかったけれど、時折、短いメッセージが来ることがあった。今は港町にいて、毎日泳いでいるだとか、地元の旬のフルーツがうまかったとか、そんな内容だった。休みを満喫している。微笑ましかった。
会いに行きたいと思うことは、何度もあった。だけど、まだ早いと思っていた。パイロットとしての制服を着て、飛んで、それから会いに行く。そう決めていた。
地上勤務を始めて九カ月ほど経った頃、シミュレーター訓練の話が出た。復帰に向けた技量確認で、産業医の許可が下りたということだ。書類にサインしながら、手が震えるかと思った。でも、震えなかった。
シミュレーターの中に入ったとき、最初に思ったのは、懐かしい、だった。計器の配置。操縦桿の重さ。シートに座ったときの視界の高さ。全部覚えていた。思考と同時に体が動いた。訓練で積み重ねてきたものは、僕の頭が一度壊れかけても、消えていなかった。
その夜、モーディスに短いメッセージを送った。
——
多分そろそろ、飛べると思う。
しばらくして返信が来た。
——
そうか。
それだけだった。でも、その簡潔な言葉をしばらく眺めていた。モーディスは必要であれば言葉を尽くしてくれるけれど、余計な言葉は絶対に口にしない。プレッシャーをかけて、上手く行かなかったときのことをきっと考えてくれているのだろう。
訓練から暫くして復帰の辞令が出た。
オクヘイマとクレムノスの往復便だった。モーディスと僕を繋いだ時と、同じ航路だった。
*
車に乗り込んで、駐車場をつかってもいいかモーディスに聞き忘れたな、と思った。今夜のところは近場の駐車場に止めさせてもらうことにしよう、とナビの行き先をモーディスの住む高級マンションから駐車場に変え、車を走らせる。
運転中、散々擦り切れるほど聞いたモーディスのアルバムを流していた。結局ライナーノーツを調べる気にはまだならなくて、いくつか疑問を持ったまま、繰り返し、お気に入りの曲を聞いていた。モーディスの声に何度救われたかわからないな、と改めて考えていた。激しくてノリのいい曲で無理やりテンションを上げているわけではなくて、声や音のもつ圧倒的な力が僕にはうまく刺さっていた。地上勤務の頃、仕事に行くのが辛いと感じた日は、モーディスの歌を聞いて、早く会いに行きたいんじゃなかったのか? と自分を鼓舞していた。
駐車場に車を下ろし、そこからは徒歩でモーディスの家に向かう。着替えの入ったカートを引いて。
オートロックのインターフォンを押すと、コンシェルジュに声をかけるようモーディスに言われる。場違いだ、と思いながら声をかけて、エレベーターを操作するためのカードキーを貰った。エレベーターにカードキーをかざし、目的の階を押す。心臓がどんどん早く脈打ち、本当にこれが現実なのか? と緊張しながら考えていた。
深呼吸を何度も繰り返してから、モーディスの部屋の前で、インターフォンを押す。
応答があった。
「鍵は開けてある。入ってこい」
嘘だろ、と数秒待ったが、足音は聞こえてこない。本当に?
恐る恐るドアノブに手をかけて、引く。
―
あっさりと、鍵が開く。
扉を開けると、「何故さっさと開けない?」と腕を組み、不満そうな顔をしたモーディスがそこに立っていた。記憶の中と寸分も違わない
―
いや、記憶の中よりもずっと、きらきらしているように見えた。二年間休むといっていた通り、きっとしっかり休めたのだろう。
村で会った時よりずっと魅力的に見えて、しばらく言葉がでてこなかった。本当に、僕のことを待っててくれたのか? 君が。
「気にはしないが慣れろといった筈だが、すっかり耐性をなくしてしまったようだな」
モーディスがうんざりしたようにため息をついて、制服姿の僕の全身をじろじろと値踏みするように見つめる。その顔がちょっとずつ、赤くなっていくのが分かった。ものすごく些細な変化ではあったけれど、僕には何故かそれがわかった。
カートから手を離して、モーディスにそっと近づく。
今更返事を返すなんて、待たせすぎだろ、と思った。だけど、待つとモーディスが言ってくれた。だから僕は今夜、ここにいる。
「また飛べた。上手く行った。何もトラブルは起きなかったし、前と同じように、前向きに自分の仕事に向き合えた」
モーディスは腕を組んだまま僕の言葉を聞き、また、僕の制服をじろじろと眺めている。ジャケットは暑くて置いてきてしまったし、制帽を持っていたらおかしいだろう。だからそれらは欠けていたけれど、それでも、僕がパイロットとして復帰したことは分かってくれるはずだ。
「着替える時間も惜しくて
―
って言うのは嘘で、君に見せたかったんだ。ちゃんと僕がパイロットに戻ったところを」
モーディスの手を取って、そっと指を絡ませた。拒絶はされない。モーディスは握られた自分の手を見下ろし、確かめるように、僕の手の甲を撫でている。少し緊張した様子に、知らない顔だ、と感じた。
じっと顔を見つめていると、段々と耳の先が赤くなってきて、ふい、と僕から視線を反らす。金色の瞳がじわじわと潤んでいくのが見え、胸がきゅう、と締め付けられる思いがした。
「待っててくれてありがとう」
手を離して、モーディスを抱きしめる。あの時は抱きしめ返せなかったから、はじめて自分から抱きしめたな、と思った。腕の中のモーディスの体はあの時と同じようにあたたかで、それから、いい匂いがした。村の地味な部屋には似合わない、都会的な品のある香りだった。
「
……
違う」
「違う?」
モーディスが僕の胸を押し、両手で顔を包む。赤い顔で、不満そうに鼻を鳴らすモーディスの瞳が熱っぽくとろけていて、部屋の照明を綺麗に反射している。
「足りていない」
「足りない?
……
あ」
モーディスの額に額を合わせて、ごめん、と口にする。モーディスが嫌そうに、そうじゃない、と拗ねた声を上げた。焦らしているわけじゃなかったけれど、謝罪もきちんとしておきたかった。
だって、二年も待たせたのは本当のことだったから。
「待っててくれてありがとう。
――
愛してる」
キスをしてすぐに離れると、おい、と拗ねた声がすぐに返ってくる。
不満そうに唇を尖らせるモーディスにもう一度キスをして、腰を強く抱き寄せた。体をすり寄せて来るモーディスへの愛おしさで、心臓が破裂してしまいそうだった。好きだ。愛してる。待っててくれてありがとう。その全部を何度も伝えたいのに、今はそれをしゃべっている場合じゃない。
モーディスは僕の体越しに腕を伸ばしてドアに鍵をかけると、そっと、胸に手のひらを置いた。
「今すぐお前と愛し合いたいのが本音だが」
赤く上気した顔で、モーディスが濡れた唇を舐めながら口にした。うわ、と思わず声が出て、モーディスが脛を蹴る。痛っ。
「久々のフライトで疲れているだろう。まずは風呂と食事だ」
腰を掴んでいた僕の腕を無慈悲にべりっと剥がし、モーディスが僕の手を引く。風呂場はそこで、と説明しようとしているモーディスの腕を振りほどき、後ろからもう一度抱き着いた。腹の前に腕を回してぎゅうっと抱き閉めながら、首筋に顔を埋めて何度もキスをしていると、話を聞け、とモーディスが興奮した声で僕を諫めようとする。腕をゆっくりと撫でられて、逆効果だよ、と思わず低く唸るような声が出る。
「
……
君が一緒に入ってくれるなら、言うことを聞いてもいいよ」
「っ
……
、ン
……
!」
耳朶を甘噛みしてねだると、モーディスの肩がびくっと跳ねて、悩ましい声が上がる。その声が直接腰に来て、思わず腰を押し付ける。モーディスの形のいいお尻に当てている事実にも、よくない興奮をしていた。最初の夜がああだったんだから、こんな真似をしても嫌われはしないだろうと言う謎の自信があった。
「先に汗を流せ!」
「いっ
……
!?」
思いっきり肘鉄をいれられ、息が詰まった。痛みに呻きながら酷い、とモーディスに文句を言おうとすると、モーディスは照れもせず、真剣な怒りを浮かべていた。それに、すんっ、と気分が落ち着く。まさか再会初日で喧嘩別れだなんて、シャレにならない。
「風呂と食事を済ませてからだ。いいな」
「はい
……
。ごめん、ちょっと、我慢しすぎて抑えが効かなくて
……
」
腕を組んで怒りを表明しているモーディスの服の裾を掴み、情けない言い訳を口にした。抵抗されないのをいいことに、頬に何度もキスをして甘えていると、「調子のいいやつだな」とモーディスが吐き捨てるように言った。
「さっさと会いに来ないからだろう。俺はその気になったらすぐにでもと言った筈だ」
キスは拒絶せずに、だけど態度だけつんつんしているモーディスを抱きしめて、体重をかける。重い。そう文句は零れたが、モーディスの体はびくともしない。
……
それは、ちょっとおもしろくなかった。
「それはそうかもしれないけど、だって、君にかっこつけたかったし」
「俺はそのままでいいと言った筈だ」
「うん。でも、僕が嫌だったんだ。君と対等に並ぶことは無理だけど、せめて君が周りの人に紹介できるようにはなりたかったから」
そう口にした僕の顔を、モーディスが片手でギュッと掴む。
「お前は余計なことを考えすぎだ。周りの人間は関係がない。俺はお前を認めている。例えお前がお前を否定したとしても。
……
ふん、結果的にはいい発破になったようだな」
モーディスは僕の顔から手を離すと、そこが風呂場だ、と指をさした。そのまますぐに風呂場に連れていかれるかとおもったけれど、僕の手を引き、リビングへと僕を連れて行く。
照明を抑えられた室内は、ちょっと、雰囲気がありすぎた。村で部屋に呼ばれた最初の夜のように。
大きな窓から月光を取り入れた室内は暗くはないが、それでも光は足りていない。
一人暮らしにしては大きすぎるテーブルの上には青い花のキャンドルが灯っていて、テーブルには色とりどりの花と綺麗なカトラリーが飾られている。急遽僕が会いに来たはずなのに、あまりにも準備が整いすぎていて、なにかがおかしい、と感じた。
「風呂に入って、食事を取れ。
……
お前のために用意したんだ」
「僕が今日会いに来るかどうかなんてわからなかったのに?」
「
……
お前が飛ぶスケジュールを知り合いから聞いていた。だから、今夜は連絡が来るだろうと思っていた」
「え」
「会いたかったのはお前だけだと思ったか?
……
お前が連絡を寄越さなければ、俺からお前に会いに行くつもりだった。明日は非番だろう。だから、泊まって行け」
「
……
今、悩んでる」
「何をだ」
「思ってたより本当に愛されてることに感動する気持ちと、権力使ったよな? で複雑に感じる気持ちがある」
「使えるものを使ってなにが悪い。
……
二年待ってやったんだ。もう我慢してたまるか」
乱暴な言葉だった。言葉を大事に使いたがるモーディスにしては、あり得ないくらい。だけど、その乱暴さがかえって余裕のなさを感じて、僕に強く響いたのも事実だった。
「モーディス、僕を待っててくれて、救い出してくれてありがとう。君に愛される資格のある人間でいられるよう、努力するよ」
僕の言葉に、はあ、とモーディスがため息を吐いた。
「そのままでいいと何度言えばわかる。
……
まあいい。お前のそういう所を、俺も愛している」
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