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ながひさありか
2026-06-21 06:27:52
25120文字
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STR-Phaidei
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MOONLIGHT MILE6
次で終わりです(すみません、R18パートは次だけです)。
つきあったあとのいちゃいちゃが別冊かwebのみで増えると思います。
1
2
3
モーディスが去って三ヶ月後の話だ。
「こんにちは、ファイノンさん。今日は随分と顔色がいいですね」
「そうですか?」
「はい! 前回よりずいぶん違います」ヒアンシー先生はいつものように眩しいほどの笑顔で言って、カウンセリングを始める。
「今は眠れていますか?」
「夢はたまに見るけど、起きた後の感覚が変わってきた気がする、かな。起きて絶望的な気分になることも最近はあまりなくて」
「それは大きな変化ですね。前回から、何か変わったことはありましたか」
「
……
関係あるかどうかわからないんだけど、その、多分恋人ができて」
「多分なんですか?
……
それって、多分じゃなくて恋人だと思うんですが
……
、どういった経緯でそうなったんでしょう」
「作り話みたいな話なんだけど、その、三年前の事故で、僕が救った乗客のうちの一人だったんだ。それで、お礼がしたかったらしくて、村に来てくれて
……
はじめはそんなの全然教えてくれなくて、ただ話してるうちに僕が先に好きになった。だけど、告白してきたのは向こうからだったんだ。話してるうちに、僕のことが好きになったからって」
「会いに来た」
「うん。自分も仕事をしばらく休むから、三年前、自分を救った人間にお礼をいうためだけにわざわざ僕を探して、ここまで。あ! 勿論合法的な手段だと思う。ええと、仕事の遠縁というか、そういう間柄ではあったから。僕は一方的に認識してるだけだったけど」
先生がそれってストーカーじゃないんですか? とでも言いたそうに眉を寄せたのが見え、慌てて情報を重ねておく。危ない。あやうくモーディスが犯罪者扱いされてしまうところだった。
「彼が村を去る時に言われたんです。
……
待ってるって」
「そこで返事をされたんですか?」
「
……
ちゃんとできなかった。驚いたし、彼に釣り合わないと思った。僕はこんな状態で、今は働いてもいないのにって。それからずっと、その言葉の意味を考えてた。どうして今の僕なんだろうって。あの時の僕は先生も知る通り、それほど状態が良くなかったから。いつ復職できるかもわからないし、戻れないかもしれなかった。そういう僕に、なんでそんなこと言うんだろうって。
……
ただ、考えているうちに、もしかすると理由は本当にないのかもしれないと思うようになった。僕は、彼を救った頃の僕に幻想を抱いているのかもしれない、と思ってたんだけど、彼は僕の今の状態と、自分の感情は関係がないって言ってくれた。僕がもし仕事に復帰できる未来が見えなくても、関係ないって。何を気にしているのかわからない、考えすぎだって。そんなおかしなことを言ったんだ。僕は一方的に彼のことを少し知ってたけど、彼は僕とは初めて村で会ったのに」
「確かに、かなり勇気のある発言かもしれません」
「まともに生活もできてないから釣り合わないってちゃんと言ったのに、それでも関係ないって言ってくれて、結局、二年待つから、気が向いたら連絡しろって村を去って行ったんです。それで、早く元気にならなきゃと思ったんです。その気になったら連絡しろって言われたんだけど、泣きつくのはカッコ悪いから、せめて仕事に復帰したらと思って」
「今、ご自身の状態がよくなっているのは、その方のおかげだと思いますか」
「
……
そう思う部分はあるよ。だけどそれはちょっとずるいというか」
「ずるい?」
「自分の問題なのに、誰かのおかげで楽になるのって、根本的な解決じゃない気がするんだ。本当に治ったわけじゃなくて、ただ気が紛れているだけかもしれない」
「村を去ったということは、その方は今そばにいないんですよね? 気持ちはどうですか」
「それは
……
大丈夫。さびしいなと思うことはあるけど、傍にいてくれないじゃないかと思ったりはしないというか」
「では、その方がいるから楽になったというより、その方との関係が、あなた自身を変えたのだと思います。その方がいる間だけ状態がよくなっていたわけではなくて、その方が村を去った後、あなたは彼の言葉をずっと考えていたんですよね? その間に、ファイノンさんの中で何かが変わったんだと思います」
「
…………………………………………
」
今日のカウンセリングで、初めて、長く考えた。
モーディスが去った後、孤独を感じた瞬間は何度かあった。それでも、戻ってきて欲しいとは思わなかった。麦畑の風の中で、祝祭の庭で、図書館で、あの言葉を何度も考えた。頭の調子が悪くなって、モーディスの音楽を聞きながら、泣いて眠った夜もあったような気がする。それでも、朝になると少しだけ、空が広く見えた。
「人が恢復するとき、必ず何かきっかけがあります。薬や、時間や、誰かの言葉。きっかけはなんでもよくて、それはずるいことじゃないですよ。あなたが恢復できる状態にあったところに、その言葉がうまく合わさった。そういうことだと思います」
「僕は、彼の言葉や存在に依存しているわけではない?」
「その方の言葉を受け取って、考え続けて、自分のものにしたのはあなたですから」
「
……………………
」
「でも、安心できる場所がある、安全が担保されている、ということは、思っている以上に心身に影響します。待っている人がいる。それって、誰かに必要とされているってことですから。ファイノンさんがここまで恢復できたのは、その言葉が支えになっていたからでもあると思います」
「
……
やっぱり、依存してるような気がする」
「違いますよ。ファイノンさんはその方の言葉を支えにしつつも、自分で立ち上がったじゃないですか。それは、紛れもなくあなたの力です」
仕事に復帰しよう決意したのは、それから一か月後のことだった。
*
空は午後の光に変わっていた。雲が少し高くなっている。四千フィートほどか。視程は良好。風は北から微弱。今日は飛べる空だ、と思った。
今日は飛べる、と思った。自分が。
その時、モーディスに連絡をしてもいいかもしれない、と思った。待っている。その気になったら連絡をしろ。そう言っていたから。電話をしても出るかはわからない。そもそもモーディスが今どこにいるのかもわからない。それでも、連絡をしたいと思った。
畑仕事の手伝いを終えた後、宿に向かい、おかみさんに言って、電話を借りた。
モーディスが村を去って半年近くが経っていた。本当に待ってくれているのかはわからない。正直に思った。だけど、約束を違える男じゃないだろうとも感じていた。
数コールの後、「ファイノンか?」と低く、眠たそうな声が聞こえた。
すぐに答えるべきなのに、懐かしく低い声が僕の名前を呼んだことに動揺して、三秒も沈黙してしまう。
『
……
余計なことを考えているのだろう。それとも、お前が誰かに脅されているのなら壁でもどこでも一度ノックしろ』
「なんだよそれ、映画やドラマじゃないんだから
……
」
挨拶もなしに、思わす突っ込んでしまっていた。
『ふん、ようやく連絡する気になったようだな』
あくびが聞こえる。
「
…………
もしかしてそっち真夜中だったりする?」
『いや、早朝だ。四時半。起きるには早すぎるが、寝た直後よりはいい。それで、なんだ』
モーディスの態度は、半年のブランクを感じさせない。まるで古くからの知り合いかのような気安さだった。その反応に安心するのと同時に、今更緊張する。
「その
……
待ってるって話、まだ有効か聞きたくて」
電話の向こうで、ふん、とモーディスが鼻を鳴らしたような気がした。
『当然だ。まだ俺の休暇は一年はある。オクヘイマに戻るのか?』
「いや、すぐにじゃない。まだ色々会社と医者と相談中だけど、試してもいいって。だからまだ君にすぐには会いにいけないし、連絡も頻繁にできないけど、取り急ぎ報告とお礼が言いたかった」
『礼?』
「うん。エリュシオンで言ってくれたこと、あれ、すごく助かったって医者に話しててわかったんだ。君が待ってるって言ってくれたから、前向きになれたし、早くよくなりたいと思えるようになった。今でも毎日君の歌を聞いてるんだ。起き上がりたくない日も、聞いてるとなんか不安とかそういうの消えてくれてさ」
『
……………………………………………………
』
少し長い沈黙だった。モーディスの言葉を待つ間、心臓がどきどきして、顔が熱くなっていた。返事が早く知りたいのに、同時に少しだけ怖い。
『
……
そうか』
静かな一言だった。だけど、その一言にモーディスの感情の全部がつまっているような気がした。
『ファイノン。もう一度言う。
……
俺は休暇の間、お前を待つ。次に連絡をするのは、こちらに戻って来た日にしろ』
「わかった、なるべく早く連絡するよ。モーディス、その
…………
」
別れる時も口にしなかった言葉を、ここで言ってもいいのか悩んだ。せめてビデオ通話にすべきだったかもしれない。顔を見た方がいい気がした。だけど、そうするには宿で端末を借りるなりなんなり、もうひと手間が必要だった。不便だ。とても現代とは思えない。
モーディスは僕を急かさず、言葉を待っているようだった。だけど小さく、またあくびをするのが聞こえた。
「起こしちゃってごめん、もう切るよ。話せて嬉しかった、」
『ちゃんと口にしてから切れ』
「
……
なにを?」
『俺に先に言わせるつもりか?』
「
……
言ってもいいのかわからなくてさ。正直言って、釣り合ってないよなとは、やっぱりまだ考えてる」
『くだらん。
……
さっさと俺のところに来い。その時まで言葉も待ってやる。寝る』
ため息と共に、通話が切れる。言い訳をもっとさせてくれ、と思ったが、もう遅かった。相変わらず変なところそっけないんだよな、愛されてるのかわからなくなる、と甘えたことを思ったけれど、悪い気分ではなかった。心臓は早く打っていたが、妙な緊張もない。早く会いに行きたい。その準備が着々と進んでいる。そんな風に感じていた。
宿を出て、空を見る。
新しい麦が風に揺れていて、ゆっくりと夕方の色に変わっていく。
雲の高さを、もう一度読んだ。
四千フィート、視程は良好、風は微弱。
今日は、飛べる空だった。
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