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おか
2026-06-17 21:39:42
5548文字
Public
クロリン
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2回約束する話
・6月のクロリン
・捏造、なんでも許せる方向け
・何か問題がありましたらご連絡ください
1
2
「クロウ、この後時間を貰ってもいいか?」
そう問われて、目を瞠って驚いたのは本当。ただ同時に、そうだろうなとやけに冷静に受け止めた自分がいたのもまた本当のことだった。
**
まさか自分の最期の夜を娯楽施設で過ごすことになろうとは思わなかった。自分の生き方に後悔はないが、女神のもとに辿り着けるような生き方をしてきたとも思っていない。明日どんな終わり方を迎えるにせよ、こんなに穏やかな時間を与えられるなど分不相応だ。それでもせっかく与えられた時間、1番話したい相手とは言葉を交わすことができた。最期まで付き合うと、そう伝えることができて未練はない。後は明日より先も生きていく者同士で未来の話をすればいい。そう思って部屋へ戻ろうとしたときだった。
後ろで見知った気配がする。最初は警戒していた気配、そして今は1番心を許してしまう気配だった。お互いの気配は眷属関係にあるからか、より色濃く分かる。後ろに立つ相手が声をかけようか迷っていることも、わずかな緊張感を纏っていることも丸わかりだ。ならば足を止めるべきではない、気付かないフリをしてしまうべきだ。そう分かっているのに、
「クロウ」
その声で、そう呼ばれてしまったら。無視をすることなど出来はしない。何も察していませんというような、いつもの顔で振り向く。取り繕うことに慣れた表情筋はこういうときに役に立つ。
「おうよ、どうした?」
「この後時間を貰ってもいいか?今夜は、その、クロウと一緒にいたいんだ」
予想していた通りの言葉。
「
…
お前なぁ、そういうのは女子に言えよな。声だってかけられてたろ」
なんでもない調子でわざとらしく溜息をつきながら、思ってもいないことを返す。分かっていた、リィンがクロウを想っていることも、それ故他の想いを受け取ることはしないだろうことも。それでもお互い未来を確約することはできない。クロウに限って言えば、明日どう転ぼうがリィンの隣からはいなくなる身だ。そんな状況で己が今夜一緒に過ごす相手になるべきではないと頭では理解していた。
「なんで知ってるんだ、でも断ってきたよ。俺はクロウと一緒にいたい。俺なんかに声をかけてくれた人がいるのと同じで、俺はクロウに声をかけたんだ。今日が重要な日だってことは分かっているし、嫌だったら断ってくれていいから」
ストレートな物言いに一歩下がってしまいそうになり、足に力を込める。クロウがその想いに応えられないことなんて分かっているはずなのに。学生時代から変わらず、そうやってリィンはクロウの引いた線を簡単に越えてくる。それを嬉しいと思ってしまうのだからどうしようもないのだが。
「しょうがねぇな、お前の甘ったれを受け止めるのは俺の役目だからな」
「あぁ、ありがとう」
そう言って少し眉を下げて笑う顔を愛しいと感じる。応えることができないだけで、リィンのことは特別に想っている。人に甘えることが苦手なリィンに甘えられることも、役目なんて義務感じゃない、特権だと優越感すら感じている。クロウがいなくなった後、リィンは誰かに寄りかかることができるのだろうか。そんな相手ができればいいとも思うし、そんな光景は見たくないとも思う。どうせ見ることも隣にいることもできないくせに、とことん無責任な奴だと自嘲する。頭に手を置きその柔らかな癖っ毛を撫でたい衝動に駆られたが、意図的に手を動かすことはしなかった。
連れられたのはリィンの泊まる部屋だった。入ってすぐに声をかけられる。「今夜は隣で寝て欲しい」と話すリィンの顔は、照れるでもなくただ本当に申し訳なさそうだった。明日以降俺がいなくなることを考えれば、今夜のことはリィンの傷になるだろうことは明確で。だがリィンだって明日以降が保証されている訳ではない。なら、今夜隣にいることで安心できるなら、明日の力になることができるのならいいのではないかと自分に言い訳をして、できる限り優しい声で「いいぜ」と答えた。そしてまた、少し照れくさそうに困ったように笑うのだ。
お互いに交代で、シャワーを浴びた。ぽつりぽつりと会話をしながら限られた時間を過ごす。時折リィンが何かを口にしようとし、しかし音にはならず消えていく。それに気付かない振りをしながら会話を続ける。このまま時間が止まればいいなんて、我ながら似合わないことを考える。しかし現実はそうも行かず、明日に備えて身体を休めるべきだ。それこそ、不死者であるクロウと違うリィンは。そろそろ休むかと声をかけると、自分から言い出したくせに多少は照れがあるのか、ベッドの前で立ち尽くしているリィンを見やり、先にベッドに入って手招く。少し置いて嬉しそうに腕の中に入ってきた温もりを大切に抱きしめる。胸元にある顔は向き合っていて見えないが、背中に回された腕に離さないというように力が込められる。しばらくの間そうしていたが、中々寝息が聞こえる気配がない。明日のためにも、そこそこで休むべきだろうと考え口を開こうとしたところで、リィンの口が動き、今度は消えず音になって空気を震わせる。
「クロウ」
あれだけ躊躇っていた割には緊張感も何もない、いつも通りの声色だった。クロウもいつも通りに答える。
「なんだ?」
「寝る前に、最後に一つだけ聞いてくれるか?」
あぁ、結局言葉にすることを選ぶのか。クロウはもうこの想いは向こうに持っていくしかないし、そのつもりだった。リィンもそのつもりなのだとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。クロウがこの先隣に居られないことも、応えることができないことも全て分かった上で言葉にするというのなら、後は受け止めるだけだ。
「いいぜ、言ってみな」
意識して安心させるように努めて伝える。受け止めるつもりがあるのだと、声色で知らせるために。
静かな室内に、息を吸う音がやけにはっきり聞こえる。一拍。
「ーー好きだ。好きなんだ、クロウ。ずっと前から、これからも」
かすかに声が震えている。これからも、など。クロウにこれからなどないのに、俺が居なくなった後もその想いを抱えて生きていくのか。いや、クロウが一度死んだと思っていたときもその想いは変わらなかったのだから、きっとずっと持ち続けて生きていくのだろう。
「あぁ、知ってる」
俺も好きだと、そう答えることはできない。かと言って、自分の気持ちに嘘をついて突き放すこともできない。我ながらずるい奴だ。リィンだってこちらの気持ちにはおそらく気付いているのだから、嘘をついたところで意味はないが。
それでも、俺もそうだと言葉にできない代わりに、必ず最期まで隣にいるという誓いを込めて、強く、強く抱きしめる。
リィンに回された腕にも力がこもる。どれくらいそうしていただろうか。リィンの体温がゆっくりと伝わり、そうしていつしか、世界で1番大切な人の隣で意識が落ちる。
この会話を、この腕の中の温もりを、最期に思い出すのだろう。煉獄に堕ちるとしても、これを持っていけるのなら、俺は。
**
好きになったと自覚したのはいつだったかなど、明確には思い出せない。でもふと目で追ってしまうようになったのは、出会って間もない頃だったと思う。
困ったように笑う奴だなと思った。困っている奴がいれば放っておけなくて、空いている時間があればいつでも誰かの為に動き回っていた。別に愛想笑いというわけでもないだろうに、少し眉尻を下げて困ったように、照れくさそうに笑う顔が印象的で。思い返せば、他人には言えないことを抱え込みながらも、それでも凛と立って前へ進もうと一生懸命だったのだろう。
いつしか、なんのしがらみもなく心から笑った顔が見てみたいと、それを自分に向けて見せてくれたらと考えてしまった時点で、きっと。
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