鋼鉄のねぎ(あいあんりーく)
2026-06-17 21:31:36
9101文字
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『結月空戦記』寄稿分再録(一部)

PTYさん主催の上記合同誌に、「紺屋暝元」名義で寄稿していたものを一部再録したものです。



デザイナーズ・ベビー


 煙の薄い昼下がり。あかりは上機嫌で廊下を歩いていた。

「ふんふん、ふん──あれ?」

 他の機体と比べても高性能なセンサーと視界を有する彼女。その視界に、突然現れたのは白髪の青年だった。

「あ、伊織さん」

 白皙という言葉が似つかわしい、線の細い美形といった設計の機体。
 現れたというのは比喩でもなんでもなく、視界に入る瞬間まで、センサーに感知されていなかった。あくまで本拠地内での、最低限の感知機能のみを起動していたとはいえ、並大抵の機能ではない。
 弓鶴が口を開いた。落ち着いた声が響く。

「あかりちゃん。もしかして驚かせたかな」
「いいえ、大丈夫ですよー。隠形能を解いていないということは、さっき帰ったばかりですね。お疲れさまです」

 あかりはその明るく優しい声と、かわいらしい頬で微笑みながらねぎらう。小首をかしげる仕草は、相手が人間であれば惹かれない者はいなかっただろう。
 しかし、それに答えるのは、青年モデルであれど立派なアンドロイドである。

「うん、ありがとう。鳴花さんたちはいつもの部屋だよね?」
「はい!わたしも先ほど二人にお会いして任務をいただいてきた所なので、間違いありません」

 そうなんだ、弓鶴はシンプルな返事をした。生き生きとした表情が、少しだけ落ち着いたものに変わっている。

……ちょっとだけ、時間はあるかな。鳴花さんのところに行く前に、話でもどうだろう」

 一呼吸ほど躊躇ったあと、彼は言葉を出力した。その声のトーンは、目の前の少女に比べると上下が少ない。彼女の挨拶ひとつが廊下を飛びぬけていくのとは対照的に、彼の声はひそやかに、その場にこぼれて残るような音をしていた。

「もちろん。切り替わりが完全に終わるまで、まだ五分ちょうどありますし。共用スペースでも、大丈夫ですか?」
「──、うん、まあ、大丈夫かな。茜姉さんも葵姉さんも、今日は遠方任務だし」

 姉さん、と呼ばれたのは、彼の姉弟機たちの名前だ。運命共同体かのように固定のツーマンセルで前線に出る彼女たちとは異なり、弟分である彼は、他のアンドロイドやサイボーグと組んだり、単独任務に出たりすることも可能な機体である。したがって、今日のように姉たちと別行動をすることもしばしばあった。

「あれ、もしかして、お二人には聞かれたくないお話ですか?いいですよ、じゃあ、秘密にしておきましょう」

 わずかにどもった弓鶴に、彼女は優しく、同時にいたずらっぽく返す。弓鶴はその表情を見た後、そっと控えめに笑顔を作った。


 共有スペースは静かだ。
 昼下がり。任務のある機体は出払い、それ以外は休息やエネルギー補給に宛てていることが多い時間であったからだろう。
 二人は、長いソファに浅く腰掛けた。

「それで、お話はなんですか?」

身体を弓鶴の方にかたむけ、顔を覗き込みながらやや上目遣い。紲星型は、素直で懐きやすく、聞き上手とされるアンドロイドである。

「あ──いや、本当に、大したことではないのだけど。思考遊びというか、考えても詮ないことかもしれない」
「うーん、それはどうでしょう。程度はともかく、わたしたちのように感情を搭載されたアンドロイドは、そういった自問自答や思考を自律して行い、演算を繰り返して成長していくことを求められていると思いますよ」

 だからわたしは伊織さんの話も聞きたいです、これからのわたしの参考になるかもしれないので。
明るさを残しながらも落ち着いたトーンで、あかりが答える。弓鶴は眉をひそめ、複雑そうな表情を一瞬浮かべたあと、やわらかな笑みに切り替えた。

「じゃあ、聞いてもらおうかな。」

 少年期と青年期の間、変声期前後のような、未熟さと落ち着きを感じさせるその独特な声。彼はぽつりぽつりと語り始めた。

「伊織型の設計思想ってさ、知っての通り、後方からの支援がメインでしょう。隠形機能もそうだし、一番得意なのだって、極長距離からの狙撃なんだよ。スナイパーであり観察官、戦場の調整者とか、そういう役割」
「そうですね。でも、それってすごく重要な役回りですよ?」

 諭すような語調で、あかりは続ける。

「伊織さんも、よくいろんな方々と任務に行かれてるじゃないですか。マキさんなんか、一昨日のフォイル発電所近くでの戦闘で助けられたとおっしゃってましたよ」

 弓鶴は小さく頷く。その視線が言葉を探して左右に揺れたあと、それはわかってるんだけど、と続けた。

「姉機体の茜姉さんと葵姉さんたちは、同じ設計者、同じ工廠の作だけど、前線で戦うタイプの機体で。その、ジェンダーロールってわけではないけど、僕は男性型で搭載している感情傾向も男性で、」

 少し言葉を切った後、弓鶴は吹っ切れたように言った。

「うん、僕はさ、もっと前線で高威力の銃をぶっ放したり、みんなみたいにあの青い擬翅をつけて回避起動を取りながら駆け引きをしたり、同じ男性型のタカハシさんみたいにビームソードで切り結んだり、したかったなって」

 あかりはそれを聞いて、目をぱちくりとさせた。少しくちびるをとがらせて、考えこむ。

「──うーん、そうなんですね。やりたいこととやれることが違うのは、大変だと思います」

 優しく、しかし流暢に述べる。そしてその後、あかりの口から、あれ、と音がこぼれた。

「あれ、えっと、でも、伊織さんは近接を想定して設計されていませんよね?だからそれは不可能じゃないですか、じゃあ、うーん、えっと、」
「落ちついて、あかりちゃん」
「はい!落ちつきます!」

とっさに元気に答えたあと、

「ちょっと『切り替え』ますね、はい。__はい!終わりました!」
「うん、おかえり。それで、大丈夫そうかな」
「大丈夫です!」

 大きく頷く。そして、入力情報を整理するように、言葉を連ね始めた。

「──つまり、適性や設計思想に合わない気持ち?欲?みたいなのが出てきてしまってる、ってことですよね?」

 弓鶴は短く相槌をし、聞き続ける。

「わたしは、よくわかりません。他のアンドロイドの皆さんもわからない人が多いと思います。あ、イタコさんとかならわかるかもしれませんね。でも、ひとつわかることもあります」

 あかりは、自分の握りしめた両手を見つめながら、続けた。少し不安げだが、悩める純粋な少女の声。

「わたしのようなタイプは、そうした演算と任務、感情の齟齬による負担を軽減するために切り替え機能が搭載されてるんです」
「そう、だね」
「はい」
「うん」

一瞬の沈黙が落ちる。

「難しいことは考えすぎないように、わたしはゆかりさんと約束してるんです。いろいろあって、何人かの紲星型がこの組織の本部からも、支部コロニーからも失われたって聞いてます。紲星型はあんまり、感情搭載AIと相性が良い機体ではないので」
「うん」
「だから、ちょっと伊織さんがうらやましくも思います」
「──うん」

弓鶴は肯定すべきか逡巡して、結局頷いた。

「でも、わたしたちは、多分、いつかなれると思います。なりたい形のわたしたちに。そうだと嬉しいな、って思ってます」
「そうだね。ううん、うまく言えないけど、そうなるといいなと、僕も思うよ」
「はい!」

 返事をするあかりの声は、明るさを取り戻しつつあった。
 微笑む彼女を横目に見つつ、弓鶴は思考する。
アンドロイドは、用途を満たすように設計されて生み出される。一部の機体は、一定の感情をどこからか搭載される。
 感情は、デザインされた僕たちに、どうして与えられたのだろうか。
 感情は、僕たちをどこへ運んでいくのだろうか。