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鋼鉄のねぎ(あいあんりーく)
2026-06-17 21:31:36
9101文字
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『結月空戦記』寄稿分再録(一部)
PTYさん主催の上記合同誌に、「紺屋暝元」名義で寄稿していたものを一部再録したものです。
1
2
3
メンテナンス中
「麻酔、抜けてきましたか?」
トバリの牙城ことメンテナンス室は、手術室のすぐ隣にあり、簡単な休息が可能な寝台が備え付けられている。主に使用するのは、生体ベースのユニットたちだ。
今、そのベッドに寝そべっているセイカもまた、アンドロイドではなかった。人間の女性を素体に、部位的に改造が施された彼女は、むしろサイボーグと定義される存在である。
ゆかりに気遣われるように話しかけられた彼女は、やや口元の甘い口調で返事をした。
「
……
はい、あと数分で、完全に抜けそうです」
「そうは言っても、麻酔が抜けてからしばらくは安静にしておいてもらうぞ」
取り外されたゆかりの腕のカバーを持ち上げながら、トバリが割って入った。
「いくら回復促進剤を摂取していようと、中枢神経はそれほど手を加えられていないんだ。無理をするとそこから祟るぞ」
「わかっていますよ、トバリさん」
「ならいい」
穏やかなセイカの声音に、トバリはふっとため息をつく。その吐息はするどかったが、同時に安堵の色が滲んでいた。
ゆかりは取り外された右腕を矯めつ眇めつ、手持無沙汰ぎみに首をかしげる。
「生体ベースだと、全パーツを分解して組み戻すような全身メンテナンスができないですよね。それってなんだか不便そうです」
「確かに、怪我や動作不良が起きた時の整備は、ゆかりやあかりのような完全機械型に比べると非常に面倒だな」
瞬く間に分解されたゆかりの右腕。それをパーツごとに丁寧に作業机に並べるトバリは、ゆかりの発言を肯定する。
セイカもまた口を開く。
「そうですね。でも、ご存じでしょうが、もちろんデメリットばかりではないですよ」
ゆかりは頷いた。
「そうですね。マキちゃんもそうですが、うちの組織のサイボーグのみんなは強くて、戦術運用時の柔軟性も高いです」
「そこまで言われると照れちゃいますね。でも、ここ数年のヒト模倣型AIの進歩は目まぐるしいですし、そのうちゆかりさんたちに追い越されちゃいそうです」
セイカはそう言って笑いながら、ゆっくりと身体を起こす。背中から腰にかけて埋め込まれている、旧式の筋力補助装置が小さくブンと鳴った。掛けられていた生成りの布をよけると、精緻に組み合わされた機械仕掛けの肩があらわになる。首元と胸部には包帯が巻かれ、人口皮膚と生来の皮膚がそれらの間を埋めていた。
「トバリさん、もう麻酔も抜けましたから、私はそろそろ
……
」
「ああ
……
そういえば今日だったか。毎月のことだが、あそこもまだ安全な場所ではない。くれぐれも気をつけるんだぞ」
トバリは、お前の服はそこだ、とベッド近くの洗濯籠を指す。
セイカが着替えはじめるのを横目に、ゆかりも声をかけた。
「遠征に出ているイタコさんたちから、いくつか預かっています。直接渡したそうにしていましたけど、セイカさんはオペ中だったので。共有ラウンジから持って行ってくださいね」
ゆかりの言葉に、セイカは破顔する。アンドロイドよりも繊細な表情筋は、くしゃりとした優しげな印象を抱かせる。
すっかり機械らしい部位は服に覆われていた。よく観察したとしても、彼女がサイボーグであるとはわからないだろう。
「わかりました。イタコさんにはまたお礼をしないとですね。」
強化スーツを着込んだセイカは向き直る。トバリは腕の整備をする手を止めない。その様子を見て、ゆかりはすっと立ち上がった。右腕を取り外していることでわずかに崩れたバランスを、バランサー機能が補正する。
「翅の起動ですね?背中を向けてください」
「はい、お願いします」
背を向け、セイカは目を閉じる。彼女の背中に、ゆかりの左手が翳された。
フォン。静音機構独特の音が響く。ゆかりは左腕を下げ、二歩ほど退いた。
コートに覆われていた背中に、翅が現れていく。淡く、青く光を放つ。ほんのコンマ数秒の揺らぎの後、循環は安定した。
近くで見れば、それはただ青く灯る、三対の透明な板に過ぎない。しかしその大きさはセイカの小柄な体には収まるはずもないものだった。どこか神々しく、しかし無機質で、半透明な輝き。
「京町セイカ、いってきます」
「ええ、無事の帰投をお待ちしています」
セイカは小さく手を振ると、ごく静かな歩みで部屋を出ていった。
トバリはそれを一瞥し、そして再び頭を作業台へと沈ませる。微細なねじを、擬似神経が通う指先であやつるドライバーがひとつひとつ取り外しては、マニュアルと一厘たりとも違わぬ動きで点検する。あるものは戻し、あるものは道具棚の下部からそっくり同じものを手に取って置換する。
必要な音のみが、部屋に響いていた。
*
セイカの足取りは軽い。アスファルトの剥がれた道を、さくさくと音を立てて歩む。
知己に花を献じた帰り道。
荒れた路地から大通りに出ると、こども達の声も聞こえるようになる。
セイカは優しげな目もとをにこりと微笑ませ、歩みを進めた。そのうち郊外へと景色が変わり、荒廃した家屋や田畑が視界を占めていく。
ひとつ息をして、セイカは駆け出した。無音のはばたき。浮遊する。目印などなく、しかしどの道路よりもしがらみがない道のりで、本質的には帰路でなく往路であった。
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