サブさぶれ
2026-06-07 21:51:13
12896文字
Public 原作完結前に書いた話
 

完結前に書いたものまとめ③

完結前に書いたものまとめ③
DLC番外編配信前に書いた作品のまとめです。(2023年12月~1月)
完結前に書いたので設定等が実際の物語と大きく異なっております。
「こんな時期もあったんだな」と、古い記録を見るような、おおらかな目で見ていただければ幸いです。


来年の話をして鬼に笑われた話


 ホリデー直前のエントランスロビーは、帰省する生徒でごった返していた。次々に更新されていく人の顔を眺めながら、アオイはあと一時間ほどで故郷に帰るはずの人を待っていた。
 違う、違う、この人も違う。黒い髪が通り過ぎる度にハッと立ち上がり、しなしなと座りなおすのを、もう三十分以上続けていた。苛つき始めた心を抑えながら諦めきれずにエレベーターの入り口を睨んでいると、ブリッジの方向から明るい声が飛んできた。

「あ、アオイ! よかった、見つけられたぁー……

 独特な響きをした穏やかな声に振り向く。アオイが会いたくてたまらなかった片思いの相手、スグリが手を振りながらアオイの方へと駆け寄ってくる。ホッとしたように力の抜けた笑顔を見た瞬間、イライラしていた気持ちは海のかなたへ吹っ飛んでいった。

「スグリ! うそ、探してくれてたの? ゼイユのスマホロトムで電話してくれればよかったのに」
「俺の力で見つけたかったから……。へへ、出発前になんとか会えてよかった」

 後頭部を掻きながら、スグリは少しだけ頬を赤らめた。

(自分の力で見つけたかったのはどうして?)

 あらぬ期待に胸が高鳴る。こんな些細なことでも好きの気持ちが強くなるのだから、恋の力って本当にすごい。ドキドキして赤くなる頬がバレないよう、アオイは少し顔を逸らしながら、わざとぶっきらぼうな声を出した。

「そ、なんだ。何かあった?」
「うん。聞きたいことさあんだけど」
「なぁに?」

 アオイの頭はまだ、スグリがわざわざ探してくれたという事実でふわふわしていた。どんなにバトルが強くて、誰より図鑑のページを埋めていても、アオイはまだまだ十五歳の女の子なのだ。友達として再出発してから毎日「好き」の上限を更新してくる相手に、極上の笑顔で「俺の力で見つけたかった」なんて言われたら、心に風船がついたように舞い上がってしまっても仕方がない。
 アオイは少しでも可愛いと思われるよう、小首をかしげ、少し上目遣いでニコニコ笑うスグリを見つめた。スグリは一瞬目を大きく見開いたが、すぐに自分の靴のつま先辺りに視線を下げてしまった。

「アオイん家の住所、教えてほしいんだ。俺、スマホロトム持ってないから代わりに年賀状送りたくて」
「ネンガジョ?」
「あ、外国にはないのか。えっと、去年はお世話になりました、今年もよろしくーっとか書いて送る……。メッセージカード?」
「メッセージカード?! え、え、私にくれるの?!」

 予想外の申し出に、アオイの心はさらに高く舞い上がる。スグリの丸い頬がより深い赤に染まった。

「うん。と、友達だから、どうしても送りたくて……。よかったら、だけど……
「いいよ! もちろん、いいに決まってる! わは、すごい、楽しみー!」

 嬉しさを隠しきれなくなったアオイは、その場でピョンピョン飛び跳ね大声ではしゃいだ。周りの人の視線を感じたが、大好きな人に抱きつかない理性は保っていたので許してほしい。

「よかった! んだば送るな! 頑張って書くから、変でも笑わないでな」

 スグリから住所が書かれたメモを手渡される。鉛筆で何度か書き直した跡が残ったそれを大事にリュックにしまうと、アオイもノートの切れ端に自宅の住所を書いて渡した。スグリは渡したメモを一文字ずつ確かめるようにじっと見つめて、丁寧に折りたたんでボディバッグの一番奥に入れていた。
 程なくして現れたゼイユともホリデー前の最後の挨拶をし、千切れるくらいいっぱい手を振って姉弟を見送った。数ヶ月ぶりの離ればなれに胸がズキンとしたが、アオイにはメッセージカードの交換という希望がある。
 さて、何を書こう。何を喜んでくれるだろう。新たな楽しみに胸を膨らませ、アオイは荷物を取りに寮の部屋へと戻った。

*

 パルデアの家に帰ってきて早三日。年が明けるまであと四日。アオイは未だにスグリに出すメッセージカードを書けずにいた。まっさらなカードを前にうんうん唸るアオイを見かねたママが、眉間に皺を寄せてため息を吐いた。

「いい加減出さないと間に合わなくなるよ。遠い所に送るんでしょ?」
「分かってるー」

 覗き込まれたのが何となく恥ずかしくて、上半身全部を使って何も書かれていないカードを隠した。学校でいっぱい頑張ったからと頼み込んで買ってもらった、彼の手持ちポケモンが数匹入ったシールフレークの詰め合わせや、深い青紫色のインクとガラスペン、メッセージカードのデザイン集等々を机中に広げられるだけ散らばして、丸三日も何ひとつ進んでいないのだから呆れられても仕方がない。それでもママは何も言わず、熱々のカフェモカを机の端に置いて一階へ戻っていった。甘くてちょっぴり苦い味は、今のアオイの気持ちにぴったりだった。

「何書けばいいんだろ。伝えたいこと多すぎて迷っちゃう」

 最初はオーガポンの絵を描こうとしたが、傷つける結果になるのではと思い、念のため止めた。「もう吹っ切れた」と言っていたが、下手な事はしない方がいいだろう。そもそも絵心がないから絵を描く作戦自体悪手だった。
 デザイン集をパラパラめくり、何となく目についたページに付箋を張り付ける。二匹のカジッチュがてっぺんに描かれ、周りをリボンで囲っているデザインなどちょうどいいのでは、と思ったが「二匹のカジッチュ」なんてあからさますぎるだろうか。アオイの思考は完全にドツボにハマっていた。

「もう『好き』とか書いちゃう? それじゃメッセージカードじゃなくてラブレターになっちゃうよね……。早く会いたいって書いたら引かれちゃうかな。友達でも会いたいって思うのは普通だから大丈夫? バトルの話が一番無難だけど、もうちょっと何か可愛い話して『可愛い』って思われたいし。でも、可愛いって何?! あああー、もう、どうしようー!」
「ぽに?」

 絵を描こうとした時に出したオーガポンが、少し背伸びをして机の上とアオイを交互に見た。何となくだが、まだ悩んでるの、と聞かれてるように見えた。

「スグリ、どんなカードだったら喜んでくれると思う?」
「ぽに、ぽにおー!」

 オーガポンはなぜかアオイの方を差して飛び跳ねた。きっとアオイと遊びたいのだろう。両手で頭のあたりをわしゃわしゃ撫で回して「後でね」と告げ、アオイは再び机に向き直った。

「はあ……。スグリ、今何してるかな」

 休憩と称してスマホロトムをいじる。カメラロールをさかのぼっていると、スグリと撮った写真や、ブルレクの課題ついでにこっそり取ったスグリの横顔の写真が次々と出てきた。授業中によく見る、顎を下げて考え事をしてる顔は特によく撮れたと思う。シャッターの音に気付いて「消して」と照れた顔も、最高にかっこよくて可愛くてステキだった。

(好きって時は、どんな顔するんだろう)

 美味しいサンドウィッチを食べた時でも、バトルに勝った時でも、手持ちポケモンにじゃれつかれた時でもない、今のアオイと似たような、恋をした時の顔がスグリにもきっとあるはずだ。レジェンド級に最高なことが決まっている顔を、誰より近くで見る権利が欲しい。そのためにも、アオイはこの恋のバトルに何が何でも勝たなくてはならなかった。

「来年は絶対告白して、絶対絶対恋人になる。それで、もっと色んなことする! スグリのいろんな顔見て、いっぱいお話して、いっぱい笑ってもらうの! 来年の目標!」
「ぽにぽにぽに」
「えー? オーガポン、何で笑ったの?」

 大声で来年の抱負を言うアオイを見て、オーガポンは顔を隠して笑っていた。
 結局、仲直り記念にゼイユが撮ってくれたスグリとのツーショット写真をママにプリントしてもらい、シールと余っていたリボンでデコレーションしたカードをポストに投函した。メッセージは『来年もたくさんバトルしようね!』しか書けなかった。

*

 一月一日。スグリから届いた年賀状は、雪景色を背景に彼のカミツオロチとカイリューがかっこいいポーズを取っている写真が全面にプリントされているものだった。カイリューのお腹の縞模様にあわせて、黒のボールペンで手書きのメッセージが書いてあった。

『あけましておめでとうございます。色々あって迷惑いっぱいかけてごめんって思うけど、俺としてはアオイと会えたからいい一年だったと思ってます。年明けて学園でまた会えるの、ちょっと不思議な気分だけど、すごく楽しみです。今年もよろしくお願いします。
追伸 辰年だからドラゴンポケモンの写真にしました。オオタチとかメガヤンマとかガオガエンたちも写真撮られたがってちょっと大変だった』

 小さくて、ちょっと雑で、でも一文字一文字丁寧に書いてくれたのが伝わるスグリの字をじっくり堪能し、胸に抱き締める。
 『アオイと会えたからいい一年だった』だなんて!『また会える』のを『すごく楽しみ』だなんて!!
 寒い冬が一気に春になった。朝からずっと同じ動きを何度も繰り返してるせいで、ママから「いい加減ご飯食べなさい」と怒られたが、今日一日何も食べなくても幸せでお腹いっぱいだ。
 一年の初めにこんなに素敵なものをもらったのだから、絶対いい一年になる。してみせる!アオイの心にやる気と決意が満ち満ちた。
 絶対両思いになって恋人になる、と決意を込めて、カイリューのお腹の部分にキスをすると、横にいたオーガポンはまた「ぽにに」と笑った。

◇side S

「はあ……

 メッセージカードに大きくプリントされた、彼女の顔を見る。可愛くてキレイで、太陽にも星にも思える眩しい笑顔。勇気を出して年賀状交換を申し出てよかったと、スグリは片思いの相手・アオイから届いたカードを抱きしめた。
 カジッチュとニョロモ、ポリゴン、ノズパスのシールとピンクのリボンが貼られて、ラメとパール入りのキラキラしたペンで『来年もたくさんバトルしようね!』と書かれているカードは、彼女がいかに可愛くてセンスがあって、友達のことをよく見ている女の子であるかを如実に表していた。

(友達。よくてライバル、としか見られてねぇよな……、俺)

 胸がギュッと苦しくなる。どこへ行っても人気で、誰と話していても常に笑顔の花を咲かせる彼女に振り向いてほしい。特別だと思われたい。何もない自分なんて眼中にないとは分かっていても、アオイのことだけはどうしても諦めきれなかった。
 もう一度年賀状を見る。ちょっとだけ丸っこい字が可愛すぎてたまらない。シールは綿あめみたいな甘い匂いがした。笑顔は……、何度見ても世界で一番可愛くて、テレビで見た『美しさコンテスト』一位のポケモンより遥かにキレイで、目を焼かれる錯覚を覚える程だ。会っていないのに恋心が秒速で募っていく。彼女の横に映る、下手くそに笑う自分を無視して、スグリは大好きな人の笑顔をうっとりと見つめた。

「はあ……。なしてこったらめんこいんだべ」
「さっさと告白しちゃえばいいでしょ。ほんっと、女々しいわね」

 突然自分の世界に割り込んできた不躾な声に振り向くと、部屋の入り口に姉のゼイユがもたれかかっていた。

「ね、ねーちゃん! 部屋さ入っときノックしてって、いっつも言ってっきゃ!」
「はぁあ?! 人がせっかく夕飯呼びにきたってのに! ばーちゃーん! スグ、すき焼きいらねってー!」
「バカ! いる! すき焼き食べる!」

 慌てて年賀状を置いたせいで、貼ってあったリボンがペリ、と剥がれ落ちた。リボンの内側に鉛筆で『好きです』と書かれていたとスグリが知ったのは、この二ヶ月後。両思いになってからの話だった。