サブさぶれ
2026-06-07 21:51:13
12896文字
Public 原作完結前に書いた話
 

完結前に書いたものまとめ③

完結前に書いたものまとめ③
DLC番外編配信前に書いた作品のまとめです。(2023年12月~1月)
完結前に書いたので設定等が実際の物語と大きく異なっております。
「こんな時期もあったんだな」と、古い記録を見るような、おおらかな目で見ていただければ幸いです。


君の眼に映る世界を


 バスの窓から見える景色は、様々な種類の緑で彩られている。最初に来た時は、異国情緒あふれる風景と会ったことのないポケモンたちに心を踊らせていたが、今は張り詰めた気分のせいか、あまり楽しめていない。少し離れた席に座るおばあさんたちの明るいおしゃべりが車内に響く。ゆったり、のんびりした朗らかな音。懐かしい、と思うのは、この独特なイントネーションで話す人を追いかけてきたからなのかもしれない。
 コンクリートで舗装された、バス一台しか走っていない静かな道の先。アオイは、休学したスグリに会うため、キタカミを訪れていた。


 エリアゼロでの探索が終わり、スグリとアオイがゼロからの友達になった朝。スグリはその日のうちにリーグ部員全員の前でこれまでの横暴の謝罪と退部の意思を示した。突然の話に部内はざわついたが、退部を引き留める者はいなかった。かのように思われた。

「逃げんなよ」

 カキツバタの龍が唸るような低い声に、ざわついていた部室が一瞬で静まり返る。

「カキツバタ! そんな言い方」
「逃げんな。スグリ。そいで、もっかいゼロから勝ち上がってこい。今度は楽しく、な!」

 腹の底が読めない、しかし面倒見のいい兄貴分の顔で、カキツバタは歯を見せてスグリに笑いかけた。ほとんど大人の大きさの手をスグリに差し出し、「ほれほれ」と茶化しながら顎で握手しようと促す。スグリがハッと息を呑んだ。目を大きく開いてカキツバタを見上げ、恐る恐る手を伸ばす。そして、返事をするよりも先に、糸が切れたように倒れこんだ。
 大慌てで保健室に担ぎ込まれたスグリに下された診断は、過度の疲労と栄養失調、睡眠不足。涙の跡が残る頬には肉がなく、肌の色もゴーストポケモンに憑りつかれていたかのように血色が悪い。無理やりひっつめられていた髪の毛は傷んで枝毛ばかりで、右手の親指は噛み癖のせいで爪がボロボロで歪な形をしていた。校医からこのまま学校生活を続けるのは無理だと判断され、姉・ゼイユの「実家の、山の空気の方がきっと落ち着くから」の一声で入院措置ではなく実家療養が決定した。
 こうしてスグリは、アオイとろくに話すこともなく休学期間に入ってしまった。瘦せ細った弟を実家まで送り届けたゼイユは、そのまま新しいテラスタイプ「ステラ」の研究発表をするブライア先生の助手として、パルデアに向かった。
 一緒に過ごしたいと思っていた人たちを一気に失ったアオイの、少し寂しい留学生活が再開した。


 スグリが休学してから二週間。学園での生活もだいぶ落ち着いてきた。ホームルームで使っている一年四組の一席が、留学開始以降一度も使われていないのが大いに不満だったが、それ以外は何の問題もない。リーグ部も落ち着きを取り戻した、どころか、アオイが呼ぶ特別講師のおかげでより活気に満ち溢れていた。アオイが来てから以前よりも学園内が賑やかになったと誰かから賞賛されるほどだった。

(でも、私は)

 エントランスロビーの手前、渡り廊下の丸窓から海を見る。この学園内で唯一「自然」を感じられる場所。静やかな波の音と、空を泳ぐキャモメの鳴き声が耳に届く。どの窓から覗けば、会いたい人がいる国に気持ちを向けられるだろう。きっと隣にいたら、彼は「こっちだよ」と柔らかな笑顔で教えてくれるに違いない。

(会いたい。どうしても、スグリに会いたい)

 気が付いたら、アオイはキタカミ行きの飛行機に乗り込んでいた。


 田園と山々ばかりだった景色が茶色い岩山に変わっていく。あの村に唯一繋がるタマンチュラの糸のような細い一本道を、バスがゆっくり登っていく。会ったら真っ先に何と言おうか。飛行機に乗っている時からずっと考えているのに、未だに考えがまとまらない。どうしよう、と足をもじもじさせていると、運転手さんがしゃがれ声でアナウンスをし始めた。

『まもなく、終点。スイリョクタウン。スイリョクタウン。本日はご乗車いただき、誠にありがとうございました』

 顔を上げた途端、岩山がパッと開けた。鬼が山に見下ろされながら、バスがゆっくりと集落に近付いていく。林間学校の思い出が脳裏を素早く駆けていき、懐かしさで鼻の頭がツンと痛んだ。感傷に浸る間もなく、前に座っていたおばあさんたちから「若い人から先に降りて」と乞われたので、LPでサッと支払いを済ませてバスを降りた。

(本当に来ちゃった)

 比較的最近設置されたであろうバスステーションを目の前にして、ようやく自分が彼の町に来てしまったのだと実感できた。早鐘する心臓を落ち着かせるため、深い緑の香りを胸いっぱいに吸い込む。それから、飛行機の中からずっと握りしめていたお見舞いのプレゼントを再度胸元で抱き締めた。行こう、と決心を改めて固め、アオイはキタカミ街道に足を向けた。
 若い稲穂を揺らす風が水田の泥の匂いを運んでくる。田んぼの中で作業する老人を尻目に、ウパーが昼寝をしている。アブリーやヤンヤンマが思い思いに飛び、のどかな風景をさらに引き立てていた。緩やかな坂道を登り続ける。バスを降りた時から足が重いような、浮ついているような妙な感覚が続いていた。

(スグリ。もうちょっとで会える。スグリ……

 目的地は村の一番奥にあった。立派な門に守られ、色とりどりの小さな花と、以前スグリが「藤の花っつうんだよ」と教えてくれた紫の綺麗な花の木、小さな池のある素敵なお庭のおうちだったのを覚えている。この中にアオイの会いたい人がいる。前見た時にはあったトラックが今日は見えなかった。ゆっくり、着実に近づいていく。柔らかい風合いの黄色の壁の家が見えてきた。

(スグリ、いるかな……

 勝手にいるものだと思ってここまで来たが、頼みの綱のゼイユがいない以上、確かめようがなかった。トラックがなかったから、もしかしたら誰もいないかもしれない。待っていれば帰ってくるかもしれないが、何時になるのか分かったものじゃない。ここまで何時間も止まらなかった足が、凍り付いたように動かなくなった。すると、突然右の方から声をかけられた。

「あら。もしかして、アオイさん? ゼイユちゃんとスグリちゃんのお友達の」

 振り返ると、そこにいたのはスグリとゼイユの祖母だった。時々ここまで野菜を取りに行かされる、とスグリが愚痴をこぼしていた畑で農作業をしていたようだ。

「は、はい! アオイです! こんにちは!」
「あらあら。こんにちは。お元気そうで何よりだわ。今日はどうしたの?」

 かぶっていた帽子を脱ぎながら、のんびりとスグリの祖母がお辞儀をする。半年以上ぶりに、しかも突然訪問したというのに、スグリの祖母はにこやかにアオイを受け入れてくれた。スグリの祖母の柔和な対応に、緊張で固まっていた心が少し解けた。

「あの。スグリ……、いますか?」

 ドキドキする胸を押さえて尋ねる。何と返されるだろう。まだ体調が悪いからと会うのを断られるだろうか。それとも家に戻って呼び出してくれるだろうか。もし、あのすりガラスの引き戸からスグリが出てきたら……。などと考えていたが、戻ってきた答えは意外なものだった。

「スグリちゃんに会いに来たの? ごめんなさいね。あの子、今シンオウに行ってていないのよ」
「え、シンオウに?」
「近くの町からフェリーで行けるんですよ。一通り周ってくるって言ってたから、帰ってくるのは大体一ヶ月後かしら。せっかく帰ってきたんだから、ゆっくりしていけばいいのにねえ」
「いっかげつ……

 予想外の答えにアオイは耳を疑った。だが、おばあさんが嘘をついているとも思えなかった。畑の脇にいたニョロボンがスグリの祖母の手に水を吐き出して、泥を綺麗に洗い流している。収穫した野菜にも水をかけると、ざるを軽々と持ち上げ家の方へとのしのし歩いて行った。あまりのショックに口をぽかんとさせたままのアオイに、心配そうな声がかけられた。

「何かお急ぎだった?」
「あ、いえ……。元気かなって思っただけだから……

 学校にもいない。キタカミまで来ても会えない。それならばと会いに来ても一ヶ月以上もアオイの届かない場所にいるなんて。あからさまに落ち込んだアオイを見たスグリの祖母は、少し考えてから、ポンと手を叩いた。

「そうだ。あの子にもスマホロトム買ってあげたのよ。本当は前から欲しかったみたいだけど、言い出せなかったんですって。ふふ、あの子、いつの間にか我儘言えるようになったみたい。今の時間だったらすぐ出るでしょうし、うちからでよかったら電話してみる?」
「いいんですか!?」

 素敵な提案にアオイの顔は一瞬でテラスタルした。そんなアオイを見て、スグリの祖母はにっこりと微笑んで頷いてくれた。スグリにそっくりな、優しい笑顔だった。
 スグリの家に上がるのは二度目だ。最初に来た時「ここで靴脱ぐんだよ」と教えてもらったのを覚えている。文化の違いに驚いたアオイに「おれは逆。未だに寮の部屋さ入る時、靴脱ぎそうになる」と照れ臭そうに言った笑顔が忘れられない。
 シックで古い木の色をした廊下は、一歩進むたびにギシ、ギシと重く軋んだ。スグリの家の電話はそんな廊下の途中にあった。
 スグリの祖母が電話のディスプレイを不慣れそうな手つきで操作していく。知らない人の名前が沢山続いた後、ゼイユの名前が表示され、その次にスグリの名前と番号が表れた。名前を見ただけで、心臓がドキッと強く跳ねた。電話の操作でいっぱいいっぱいなスグリの祖母は、アオイの心境に気付かぬまま、何の前触れもなく発信ボタンを押した。
 ロトロトロト、ロトロトロト……ロトロトロト、ロトロトロト……
 このまま出ないんじゃないか、と思った矢先、発信音が突然切れ、ざらついたノイズ音が聞こえてきた。

『もしもし、ばーちゃん? なした?』
「あ、……

 スグリの声だ。そう思ったのと同時に、スグリの祖母の左手に飛びつくように身体を寄せてしまった。彼女はそれにも動じなかった。

「スグリちゃん。今どの辺りさいた? どこも怪我してない? ご飯ちゃんと食べてる?」
『昨日も電話したばっかだべ。今ソノオタウンさいたよ。花畑がわや綺麗でな、いっぱい写真撮ったから後で見せんな。んめご飯わや出てくるし、シンオウ楽しい。一人で旅すんの、ちょっとおっかなかったけど、来てよかったじゃ』

 明るく弾む声が受話器から聞こえてくる。たったそれだけなのに、目頭がじんわりと熱くなった。

「そう。それはよかったねえ。ああ、そう。それでね、スグリちゃん。お友達のアオイさんがね、スグリちゃんに会いに来てくれたんですって。今電話変わるわね」
『え、アオイ!? 嘘だべ!? え?』

 電話の向こうで狼狽える孫を無視して、スグリの祖母はアオイに受話器を手渡した。恭しく受け取り、深呼吸してから受話器を顔にくっつけた。

「も、もしもし、スグリ……? アオイ、だけど……

 自分の声がおかしいくらいに震えている。パルデアリーグの面接のときだってこんなに緊張しなかった。

『え? 本当の本当にアオイ? なしてアオイが俺ん家の電話に? え、え!?』
「ちょ、ちょっとパルデアリーグから頼まれて、キタカミに用事あったから、ついでに顔見に来ただけ」
『そ、そうなんだ。アオイも大変なんだな……

 思いっきり嘘をついてしまったが、「どうしても君に会いたくて、授業サボってきちゃいました」と正直に言っても心配をかけるだけだろう。これは必要な嘘、方便なんだ、とアオイは自分を正当化した。嘘がバレない内に話題を変えなくちゃ、とアオイは別の話を切り出した。

「今シンオウなんだってね」

 受話器はグルグルのコードに繋がれている。電話台には姉弟の内どちらがやったのか、色褪せたピカチュウのシールが貼られていた。いつもの声で話したつもりだったが、実際に出た声は少し低くて細く、寂しさをまるで隠せていなかった。

『うん。もっと、自分の力で色々見てみたいなって思って……。ちょうどフェリー安かったし、それで』

 隣に立っていたスグリの祖母が、ギシギシと廊下を鳴らしながら光の漏れる玄関の方へ歩いていく。そのまま長靴を履き直して出て行ってしまった。暗い廊下に一人取り残される。

「声、元気そうで良かった」
『うん。……急に学校休むことになって、心配かけてごめん』

 スグリの低く、トーンダウンした声がぼそぼそと謝った。重苦しい沈黙が流れる。
 責めたいわけでも、暗い気持ちにさせたかったわけでもなかった。どうしてうまくいかないんだろう、と自分を責めたくなったが、このままでは終われない。アオイは頭の中で自分を励ましてから、必死で会話の糸口を探し、やがて今の彼について聞けばいいんだと思い当たった。

「ところでさ、シンオウってどんなポケモンいた? 何か捕まえたりした?」

 先ほど、スグリが彼の祖母に話していたのと同じようなトーンで、明るい声を出す。アオイの能天気な声につられたのか、スグリの声も先ほどの声色に戻っていった。

『いっぱい捕まえたよ! スボミーって草と毒タイプのポケモンがいて、進化するとシンオウチャンピオンも使ってるロズレイドって奴になるんだって! あと最初に寄ったミオシティに鉱山の島みたいなのがあって、そこに野生のハガネールがいっぱいいて、わやビビった! 何とか捕まえたけど、顔が厳つくてかっけーんだ』
「え、すごーい! 私、ハガネールって本物見たことないんだ! 今度見せて!」
『いいよ! あとな、でっけー木にミツ塗ると虫ポケモンとか寄ってくるって教えてもらって、今待ってる所なんだ。カミツオロチの匂いでも寄ってこねえかなって思ったけど、そしたら』

 穏やかで温かい、少し高めの男の子の声を鼓膜に染み込ませようと、耳に神経を集中させる。
 スグリの始まったばかりの冒険譚は、驚きとワクワクでいっぱいの宝石箱みたいだった。初めて見たポケモンたちの話から、ミオシティの図書館で読んだ本の内容。ポケモンセンター内に宿泊スペースがあり、トレーナーであれば誰でも無料で泊まれる上に美味しいご飯が出てくる事。シンオウの米はキタカミのものに負けないくらい美味しかった事。自分より幼い男の子も旅をしていた事。その子とコトブキシティまで一緒に行き、ポケモンを交換して別れた事。今はソノオタウンにいるが、ハクタイシティに着き次第ジムチャレンジに臨みたいと考えている事。
 いつの間にか家の中に戻っていたスグリの祖母がどこかから椅子を持ってきてくれた。そういえば、ずっと立ちっぱなしだった。意識した途端にふくらはぎの痛みが遅れてやってきた。
 椅子を引いたガタンッという音が向こう側にも届いたのだろう。風力発電所の話の途中で、スグリが息をのんだ気配が聞こえた。

『ごめん! 俺ばっか話しちゃって』
「スグリの話、すっごく楽しいから全然! いいなあ、シンオウ。私も行ってみたい」

 できるのならば、今すぐにでも船に飛び乗って、ダッシュでお花畑が綺麗だというソノオタウンに向かいたい。
 アオイのひたむきな恋心を知らないスグリが、少し間延びした声で返事をする。

『学校あると、長い休みとかじゃないと行けないもんな。遠いと飛行機代かかるし。パルデアはどこ近いんだっけ』
「カロスかなぁ。でも私、おばあちゃん家がガラルにあるから、ガラルには結構行きやすいんだ」
『ガラルも行ってみてぇな。ガラルリーグ、一回は生で観たい』
「すごく楽しいし興奮するから絶対観た方がいいよ! そうだ、今度一緒に行こうよ! おばあちゃん家なら泊まれるしさ!」

 話の流れでつい誘ってしまったが、突然すぎただろうか。不安に思うよりも先に、スグリが反応した。

『いいの? わぁー、楽しみ……! アオイ、ガラルリーグだと誰好き? 俺は最近出ないけどネズとかわやかっこよくて好き。アオイと行くとき、ネズの試合見れるといいなぁ』

 長時間話していたせいか、スグリの声は少しかすれていた。子供と大人の狭間にいる人の声だ、と胸がキュンとときめいた。アオイも好きな選手を答えようとしたが、受話器の向こうから聞こえたビリビリしたノイズ音がそれを阻止した。

『あ、何かロトム怒ってる。電話長かったからかな……
「え……

 ロトムが入っている家電にしばしば起きる現象だ。性格もそれぞれ違うのだが、スグリのスマホロトムは長時間電話が嫌いな、スマホロトムにしては珍しい個体だったようだ。

『えっと、電話ありがとな。久々にアオイと話せてわや楽しかった! それじゃ、また学校であ』
「待って!」

 通話を終わらせようとしたスグリを鋭く遮る。明るい声を聴いてしまった以上、あと一か月もただ待っているだけでは気が済まなくなってしまった。大きく息を吸い込んで、胸に勇気を溜める。ゆっくり息を吐き出し、気持ちを落ち着かせてから口を開いた。

「スグリの番号、私のスマホにも登録していい? シンオウの話、もっと聞きたいから……

 半分本当で、半分嘘だった。シンオウの話は確かに聞きたかったが、それ以上にスグリの声をずっと聞いていたかった。スグリはまた、何も知らない純粋な声で返事をした。

『あ、そっか。登録してもらえばアオイと直接電話できんのか。えっと、番号の出し方……、あ! ロトム、まだダ』

 ビギィーッとけたたましい電子音が鳴り響いた後、スグリの声はぷつんと切れてしまった。

「切れちゃった」

 静かになった受話器を持ちながら、中途半端で締まらないまま終わるのはいっそ、自分達らしいのかもしれないとアオイは少し面白く感じた。とにかく、スグリは元気だった。自分の足で、目で、世界を拡げようと思えるほどに回復していた。それだけで、アオイは十分幸せになれた。


「はい。これがスグリちゃんの番号よ」
「ありがとうございます!」

 スグリの祖母から、細い字で書かれたスグリの電話番号のメモを受け取る。これでいつでもスグリの声が聞ける、と喜んでいると、優しげな目でじっと見つめられている事に気がついた。

「生まれてからずっと見てきたけど、あんなに楽しそうにおしゃべりしてるスグリちゃんの声、初めて聞いたわ」

 アオイの顔を見ているはずだが、どこか遠くを見ているようにも思えた。時々自分の母が見せてくる、一人の子供をまっすぐに愛している大人の眼差しだとアオイは何となく思った。アオイと目が合うと、皺だらけの目元が細められた。

「これからも、スグリちゃんと仲良くしてあげてね」
「はい! もちろん!」

 アオイは胸を張って自信満々に答えた。できるなら「なかよし」以上になりたいという想いは、まだ秘密にしておくことにした。


 スグリの祖母は「お腹すくでしょうから」とおにぎりを持たせてくれた。スグリの好きな「ばーちゃんお手製おかかおにぎり」と自家製梅干しが入っているらしい。また一つ、スグリのことを知ることができたと、アオイの心は温かくなった。農作業から戻ってきたスグリの祖父にも見送られながら、アオイはスイリョクタウンを後にした。

「早く会いたいな」

 持ってきたお見舞いを鞄にしまい、来た道を歩いて戻る。空はすっかり黄昏色に染まっていた。同じ国にいるスグリもきっと、同じ色の空を見上げているだろう。きっとまた、近いうちに。今度は隣で色々なものを見られることを期待して、アオイは帰りのバスに乗り込んだ。