サブさぶれ
2026-05-31 15:21:50
11362文字
Public パロディ
 

【パロディ】惑溺空間

人間スグリ×人魚アオイ 人魚パロです。
【注意書き】
・ほの暗いです。やや不穏気味(でも両想いです!)
・性器表現があります。交尾はしてない。
・嘔吐に似た表現があります。
・スグリが可哀想。最終的にはラブラブです。
・メリバ寄り。人によってはバッドかも。ご不快になったら申し訳ございません。

原稿の息抜きに書いたので私の性癖にしか対応していない。文章の書き方もかなり癖があると思います。読みにくくってごめんね。
種族間の文化の違い、認識の違いが好きです。とても好き。ダンジョン飯の水馬回とかめっちゃ好き。

※数十年後のねーちゃん視点も書き足しました。


※惑溺空間から数十年後、ゼイユ視点

 遠い昔、私には弟がいた。
 何をするにもドン臭くて、意気地なしで。なのに誰よりも頑固で甘ったれで……優しい子だった。
 四十年前、突然行方不明になったあの子。

 ぼうぼうと吹く風のうるさい十一月の朝。いつものように、学校に行きたがらないあの子を叩き起こそうとして部屋に入った瞬間、私は違和感を覚えた。
 ベッドの中に誰もいないと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 いつ頃だったか忘れたけど、あの子はある時を境に、夜中勝手に出歩くようになっていった。学校が嫌すぎて不良グループに入ったのかと思ったけれど、見た目が派手になったり素行が悪くなることはなかった。
 ただ——何かに取り憑かれたような、虚ろな表情をするようになった。亡霊のような恐ろしい貌。なのに眼だけは爛々としていて。
 心配した祖父母が病院に連れて行こうとしたけれど、本人は「何でもない。元気だから」と断り続けた。埒が明かないからぶん殴ってでも連れて行こうとしたのに、弟は怖がるでも怒るでもなく、冷えた色で「そういうの、本当にやめてよ」とだけ言い放った。

 あの時、大喧嘩してでもあの子を病院に連れて行けばよかった。どうせ思春期でしょ、なんて言わずにちゃんと抱えてる悩みを聞いてあげればよかった。

 いなくなった弟を探そうと、地元の警察も大人たちもみんな必死になってくれた。

「山も川もさらって、そんでも見つからねっとなると」「まさか■■岬じゃ」「そういやちょっと前に黒い髪の子供が浜に走ってくの見たぞ」

 大人たちが一斉に青ざめた。■■岬といえば、地元では誰も近寄りたがらない禁足地だ。
 確かにあの子は昔っからそういう、ちょっと怖いものとか悪いものに興味を持つタイプだったけど、でもあそこに行くなんて。
 そこまで考えて、ふと思った。何であの岬って禁足地なんだろうと。
 私はすぐ隣でお守りを手に弟の無事を祈っていた祖母に耳打ちで訊ねた。

「あそこって、そんなに悪いところなの?」
……あそこは、」

 祖母は震える手をそっと開き、手の中のお守りを見つめた。弟が使っていたスクールバッグにつけていた『ぶじかえる』と書かれたお守り。

「あそこは、人魚が出るって伝承がある場所なの」

 突然始まったファンタジックな話に拍子抜けしてしまう。何よ、人魚だなんて。そんなのいるはずないのに。
 鼻で嗤いそうになった私を、祖母の黒い目がじっと捕らえた。

「人魚に出会った人間はたちまち魅了され、人魚と共に生きることを願うようになる。そうやって誘い込まれた人間を、人魚は……攫って、食べてしまう。私たちがまだ若かった頃の首長さんが禁足地にするまでは年に何人もあそこで行方不明になってたの。……立入禁止にした今だって。何年かにいっぺん、よそから来た人が行方不明になってる。そういう場所なのよ」
「それ、人魚とかのオカルトじゃなくて、単に自殺なんじゃ」

 自分で言って、凍り付いた。自殺。その言葉はそのまま、弟にも当てはまった。
 まさか。そんな。あの子はそこまで思い詰めていなかったはず。——本当に? あたしが何も聞かなかっただけで、スグリは深く傷ついて絶望していたんじゃ

「ユキノシタさん! これ、見てくれ!」

 家中に暗い雰囲気が漂うなか、捜索隊のおじさんが駆けこんできた。私たちは顔を上げた。強張ったまま、吉報であることを祈った。
 おじさんは、ひどくあおざめていた。

「これ、岬の洞窟の中で見つけたんだ……。もしかして」

 差し出されたのは黄色いヘアバンドだった。昔、まだ母さんが元気だった時、私たちに買ってくれたお揃いのヘアバンド。
 まもなくして弟の捜索は打ち切られた。諦めきれずに一人で探そうとした私を祖父母は泣きながら制止した。お前までいなくなるな、と言って。
 そんなこと言ったのに、結局じーちゃんもばーちゃんも心労が祟って、弟がいなくなってから数年後に他界してしまった。
 祖母の見送りも終えた二十歳の私は、これ以上悲しい気持ちを募らせないようにと、友人を頼って町を出た。



 あれから四十年。たまに墓参りに来るだけでろくに帰っていなかったこの町に、私は戻ってきた。
 結婚して、子供ができて、孫までできて……。月並みだけどそれなりに満足のいく人生を送れた。心残りがあるとしたら……

「スグ」

 行方不明になったスグリにもう一度会いたい。たった一目でいい。身体を蝕む病が進行する前に、もう一度だけ、あの子に会いたい。
 町を離れた後、寂しさを慰めるように私は各地に伝わる人魚伝説を読み漁った。この町と似たような伝承はいくらでも見つかった。どんなに離れた場所だろうが、入り組んだ複雑な形をした岬には人を攫う人魚が出没すると書かれていた。攫った後の顛末は私たちの町と同じ。海に引きずり込まれて食べられてしまう、と。
 でも、一つだけ違う伝承があった。
 かなり古めかしいその文献曰く、
『人魚はしばしば人間相手に恋をする。恋をした人魚は人間に魅惑の術を使い、海へ誘い出す。そして自身の鱗を用い、人間を同種族へ作り変えてしまう』のだと。
 ご丁寧に図説までついていた。何であんたはそんなこと知ってんのよ、とも思ったけれど、一縷の望みを見出すには充分だった。

 ——もし、これが本当なら。スグリは人魚になって今も生きているかもしれない。


 十一月の冷たい夜。浜辺から、あの子が消えた海を眺める。
 本当は船を出してもらいたかったが、どう見ても釣り客でもない私が不審だったようで断られてしまった。
 あちこちガタのきてる身体じゃ、岩肌を登って岬の中にある洞窟へ行くのも難しい。

「スグリー!」

 返事はない。波の音ばかり響いている。——当たり前か。おとぎ話でもないのに、人間が人魚になるなんてありえない。
 分かりきっていたのにどうして涙が止まらないのだろう。嗚咽が漏れる。胸が苦しい。立っていることさえ辛くて、思わずその場に膝をついてしまう。
 波が近い。押し寄せてはまた引いて、誘うように揺らいでいる。
 なぜか、脳裏にあの子の笑った顔が浮かんだ。

「スグ。あたし、すっかり年取ったでしょ。みんなからばーちゃんそっくりって、よく言われんのよ。あんたも生きてたらじーちゃんみたいになってたのかしらね。優しい旦那と結婚して、三人の子供に恵まれて、ついこの前に孫が生まれたばっかなのよ。それから、母さんと同じ病気になったみたい。家族は治療頑張ろうって励ましてくれてるけど、あたしは正直このままでもいいかなって思ってんだ。ねえ、あんたならどうする? あたしに生きててほしい? それとも……もう、こっち来ていいよって言ってくれる?」

 口の中が渇く。懸命につばを飲み込もうとするがうまくいかない。海は凪いでいる。波の音はひたすら静かで、何も帰ってこない。
 寂しさはやがて虚しさへ変貌していった。
 帰ろう。家に戻って、夫に「自分の運命を受け入れる」と話そう。
 のろのろと立ち上がり、膝の砂を軽く払う。海へ背を向け、来たときよりも数倍重くなった身体を引きずって歩く。ゆっくり歩いて宿に戻ろうとした、そのときだった。

「ねーちゃん?」

 背後から懐かしい声がした。

「スグリ!」

 慌てて振り返ったが、後ろには真っ暗な海しかなかった。
 しかし、そこには確かに、少し大きめの波紋が残されていた。