河童の皿箱
2026-05-28 22:17:57
3326文字
Public 遊戯王:短め(2026年)
 

景色

インヴォーカーがP.U.N.K.に保護されるだけ

 横たわる山のような巨体を、男は溜息をついて眺めていた。数えきれもせぬ、夥しいほどの古傷。今日日見ないような原始的で巨大な剣、常日頃から振るっていたのだろうと思えるほどの体つき。ほのかに鼻をつくのは、身の手入れができていないからこその悪臭と、そして、血の臭い。極めつけには、額に刻み込まれた深い深い、十字の傷。身なりだのなんだのを含めて、ここらの人間ではないことは明らか。とはいえ、路上にぶっ倒れているその男を放っておけるほど、見守る男――浮世絵師も薄情ではなかった。なにより、連れの能楽師がずっと気にかけては、稽古してはまた様子を見に来る始末。ここに運び込んだはいいものの、顔つきが、体つきが、粗野な男なのだろうという予想ばかりしてしまって、妙な不安はぬぐい切れない。
 眠る男のこめかみに指を当て、絵師は意識を集中させる。普段はあまりこういうことをしないが、万が一に備えてだ。夢路の深く、深くへと潜り込んでいく。しかし、広がるのは暗闇ばかり。どこを向いても、なにひとつありやしない。絵師は諦めて手を放す。どうしようもなければ、逃げるしかないが
 ふ、と。眠る男の瞼が動いた。絵師は姿勢を直し、じっと顔を見る。ほどなくして、男の青い目が絵師を向いた。どうにも呆けたような目は、あちら、こちらと見渡しては「またか」、と呟き、項垂れる男に、絵師は腹を決めて声をかけた。
 「よう」。その声に、男はまた目を向けた。「すまない、驚いただろう」。男は絵師が何かを口にするよりも前に、口を開いた。「名乗りたいところだが、名乗る名がない。どこから来たのかと尋ねられても、それも答えられない。……何も覚えていないんだ」、と。絵師は首を傾げた。「記憶喪失ってぇことか?」、絵師が尋ねれば、男は頷く。「あちこちをぶらついてきた。戦乱の城、甘い菓子のような国、だの、なんだの。そうだな、そういうところから来た。だが、俺はもっとその前があるはずだ。だがそれを、思い出せないんだ」、と。
 なるほど。絵師はひとまず、男が暴れる様子がないことに安堵した。しかしながら、新たなそれも解決が極めて難しそうな問題が湧いて出て来てしまった。けれども、まあまずは。「腹、どうだ。減ってるか?」。絵師が尋ねれば、男は俯き、しばらくしてから、また顔を上げた。「腹は減っている。だが金がない。体で払えればとは、思う」。男の要求に、けれど絵師は笑って頷いた。「それなら、先に風呂入って来てくれよ。あ、シャンプーとかソープは使ってくれていいしさ。その間に、なんか食えるもん用意しとくぜ。それに、やってもらいたい仕事もある。ひとまずは、それでどうだ?」。男は絵師の提案に頷き、「なら、決まりだな」、と。
 絵師は男を風呂場に案内して、踵を返す。曲がり角には、琴を携えた雅楽師が立っていた。「ひとまずは、大丈夫そうじゃの」。ふうと大きく息を吐きだす雅楽師に、絵師は笑った。「なんだ、そういう準備もしててくれたのか」、と。「そりゃあ当り前じゃろ。これでも、精いっぱいのつもりだったんじゃ」、なんて。琴をようやく降ろしては、「さぁて、飯じゃな。とびきり旨いのを用意してやろう」と、張り切って厨房へと向かっていった。
 つくづく。つくづく。仲間に、友に、恵まれたと。絵師は先ゆく背を追いかけては、その通りがかり。奥の人形師の部屋の前に積みあがった大量のパーツに、苦笑をこぼした。