daybreak1125
2026-05-23 22:55:41
6170文字
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インターネット上でしか公開できないふんわりとした遙かシリーズ内りゅうみこ評+自作書評

「インターネット上でしか公開できないふんわりとした遙かシリーズ内りゅうみこ評+自作書評」です。

※必ず「はじめに」をご覧の上、次のページに進んでください。
※2ページ目以降はびっくりするくらい遠慮なくネタバレがあります。


・龍宮について
 本作では主人公である龍神の神子が、直接異世界へ赴くのではなく、龍宮という中継地点(拠点)を挟んで異世界を旅する。

 遙かシリーズは龍神に選ばれた主人公と、龍の宝玉に選ばれた八人の男性、すなわち「八葉」が、「世界を救う役目を持った神子を守護する」という目的のもと集い、交流しながら危機に立ち向かう基本的な流れがある。

 ただし、これは立場の違う陣営から人を集わせるシステマチックな側面もあるため、物語上神子の所属するグループからキャラクターが離脱してしまうことが度々あった。

 さらに、シリーズを重ねていくに当たり「神子を守護する使命」と各キャラクターの「自ら背負う運命」が、必ずしも一致しなくなる問題点も浮かび上がって来る。

 今作は、異時空の拠点「龍宮」があることにより、各物語のどこを進んでいても、時系列的に誰かが離脱してしまう状況が発生しない。また、異世界にそれぞれの課題があったとしても、龍宮では神子に仕え、守ることが史上の命題とされる。

 これはプレイヤーとしても、「今誰がいて、誰がいないのか」の確認が不要となり、制作側としても人物の在不在による分岐や差分を作らなくて良いという利点がある。

 なお、追加キャラクターについては、シリーズ内コラボイベントである「時空の浮橋」において、佐伯昌長がシームレスに登場したことを考えると、龍宮での時系列は実際のアプリの更新状況とリンクしていると考えられる。(資料1)



 異世界の進行度とは別に、龍宮の内部で展開していく「龍宮の物語」については、初期はプレイヤーに向けた世界観説明の要素を多く含んでいたが、2026年5月時点では主人公である結川灯の内面の深掘りへシフトしており、ゲーム状況の特定地点とリンクしないように制作されていると見られる。


・源頼朝について
 りゅうみこにおける源頼朝は、八幡神の作為によって桜霞の世界へ遣わされた現代人であることが明かされる。「異世界へ飛ばされ、時間を重ねた現代人」というモチーフは「遙か3」の天青龍である有川将臣を彷彿とさせるが、源氏側に配置されることで差別化されている。(資料2)

 異世界に遣わされた頃の年齢が11歳であったことにより、史実の頼朝についての知識は朧げであることが察せられる。よって将臣のように「史実を知っているから戦を逆転出来る」と言ったチート行為は封じられ、更には主人公から「頼朝は史実では偉業を成した人だ」と励まされてしまう。このすれ違いは、頼朝の悲劇性を増すエピソードとなっている。



 その後、頼朝は灯の危機に瀕して、自分が頼朝に成り変わった別人であることを周囲に明かす。これは誠実さを超えて献身的、自己犠牲的とも言える。

 しかし彼自身が異世界人であり、「かつての自分にそうして欲しかった」と語ることにより、この献身がただ自棄になった自己犠牲ではなく、「灯を通して自分を救済する」ことにも繋がって行く。

 頼朝は辛い境遇や同情されうる事情を、一方的に灯に支えられて救われるのではなく、支えられながらも主体的に動き、解決するだけの胆力を持つ男性として描かれる。
 頼朝は「頼朝」という役割を続けることを決意すると、召し上げられていた名前を取り戻し、信頼の証として灯に打ち明ける。
 源氏の今後の隆盛を想起させるシーンを挟み、頼朝編は幕を下ろす。

 上記エピソード通り、頼朝は真面目で誠実、献身的と言うオーソドックスな天青龍の要素を持ちながらも、犠牲になり過ぎず、我を通し過ぎないバランス感覚を持っている。極めて現代的で、新しい天青龍の象徴と言える人物であることは間違いない。


上記2点を踏まえた上で、書評に移る。

・「あなたと坂を下りたくない」書評
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27718441

 記憶喪失については、お正月に各異世界の記憶を忘れるイベントがあったことから、二次創作として大きく逸脱した内容ではない。

 龍宮には詳しく説明されない要素として、「恋人/親友切り替えスイッチ」、「魂結」、「刻の渦潮」などがある。本作は特に「恋人/親友切り替えスイッチ」マークのモチーフである陰陽になぞらえ、頼朝編の恋エンド後、龍宮に帰還した灯が記憶喪失となり、再び二人が恋人になるまでの二次創作ストーリーとなっている。

 頼朝の視点に限られている内は、「頼朝→灯」という片思いの構図が展開されるが、灯の視点に移ると「記憶喪失の灯→頼朝→記憶があった頃の灯」の三角関係であり、両片思いであることが判明する。

 クライマックスの舞台となる「逢瀬の坂」については、ゲーム内では言及されないものの、歌枕として名高い「逢坂の関」(「逢う、逢わない」という言葉を持ってくるフック)と、「黄泉比良坂」(あの世とこの世の境目)のミックスであると考えられる。

 記憶を取り戻すということは即ち、忘れている己を亡くすことと同義である。
 頼朝は燃えるような恋心を持つ灯と出逢い、灯は記憶喪失の解消によってわずかな死を迎える。
 そして二人は忘れてしまうことに抗うため、恋人として次の段階へ進むと決意する。記憶喪失を巡る騒動であることから、最後は「忘れずに覚えておいて」と締めくくられた。

 なお、この話には「あなたの糸を解きたくない」というアタッチメント的な続話が存在する。
 次の段階へ進んだとしても、二人には大きな壁がある。「相手を思って一線を引いてしまう」という、誠実であるために起こるすれ違いである。
 その一線を越える手段として性愛が用いられているため、万人には推奨出来ないが、忌避感を覚えなければ続けて読むことが望まれる。


・「おとぎ話に加えて欲しい」書評
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28047059

 遙かシリーズのエンディングの定番として、「帰還」「残留」かという二つの選択肢がある。

 主人公が現代に連れていくか、主人公がその時代に残るかの二択は、あくまでバリエーションの範囲に留まっていたが、シリーズで史実の人物が描かれるようになった「遙か3」からは、キャラクターの背景や事情を鑑み、文脈として「帰還」と「残留」のどちらが相応しいか絞られることが多くなった。「遙か4」はやや特殊なためこの法則から外れる。

 後にファンディスクや続編で、選ばれなかった方のエンディングが描かれることもある。ただ初出作品では特に、立場や役職を持ったキャラクターを選んだ場合、主人公が残留する流れの方がプレイヤーとしても受け入れやすい。逆に帰還を描く場合は、キャラクターがどうやってその立場や役職から逃れるのか一工夫が必要となる。例を挙げると「遙か5」の高杉晋作は、その一工夫を描かれたストーリーとなっている。

 シリーズは基本的に「史実と良く似た異世界であって史実ではない」と言う建て付けで展開されるため、仮に帰還を選んだとしてもタイムパラドックスは発生しないものとされる。
 ただし史実のエピソードとの整合性を全く無視すると、歴史モノである重みを無くしてしまうジレンマがある。

 「遙か7」では八葉の過半数が残留を選ぶ。主人公の持つ属性も理由の一つではあるが、かなり顕著な例と言える。

 異世界トリップを主題にした作品は、かつては「行きて帰りし」がデフォルトであった。しかし近年は「帰りし」を出来なくする構造(転生、逆行)の方がメインストリームに変わっている。

 遊びや娯楽は、終わる時が最も寂しい。よって帰れなくする方が、プレイヤーや読み手の心に自然と馴染み、納得しやすい文脈になることは否定出来ない。
 今後も「遙か」の帰還エンドに求められるハードルは上がっていくことが想定される。(資料3)



 りゅうみこの話に戻ると、各異世界編をクリア後、内容が更新される「今後の展望」において、帰還か残留のどちらを望んでいるか示唆される。現時点では圧倒的に「残留」の方が多い。

 頼朝はその中で「自分は残留、灯は帰還」と考えていることが明かされる。このことは彼の人物造形を複雑なものにする一因と言える。
 ただ頼朝は灯と同じく現代からやって来た人物であり、かつ現代には帰れなかった経緯があるため、その考えに至るに相応しい説得力がある。

 頼朝には源氏を再興する目的があり、それは60話時点で果たされていないため、現代への帰還を望まない。しかし、灯に対して桜霞に残って欲しいとも言わない。
 いずれ来る離別を理解しながら、灯を恋人と呼ぶ二律背反を、どのように受け止めるべきか悩むプレイヤーも多かったのではないだろうか。

 本作は桜霞の世界の頼朝編その後に焦点を当て、「帰還」か「残留」かを巡ってすれ違う頼朝と灯の二次創作ストーリーとなっている。
 桜霞の世界では同じ異邦人であることから、頼朝から見て灯は言わば後輩であり、過去の自分とも姿が重なる。灯も家人に迎え入れられ、その立場を踏まえて行動するため、他八葉と比べると二人はほぼ意見対立しない。

 相手を思って一線を引くことから踏み出し、普段は閉じ込めている本当の望みと向き合うために二人は別れ、再会した時には剣を交える。
 この対立は、帰還か残留かを決めると言うよりは、「何故その選択をするのか」の理由を問う前段階として存在している。

 頼朝は「愛しているから」帰還させたい灯は「愛しているから」残留したい。根底にある思いは同じであることを、相対してようやく二人は確かめ合うことが出来た。

 頼朝の抑圧的な思考を解放する過程で、頼朝の部下である北条宗時が、序盤と中盤の二度に渡って「灯を元の世界へ帰すのか」と問いかける。
 史実において、宗時は頼朝編中盤で描かれる「石橋山の戦い」の後に亡くなっている。頼朝編における宗時とはそもそも歴史のイフであり、架空の存在=おとぎ話であると言える。
 その彼の視点で、灯が桜霞の世界へ「帰還」するシーンを見届け、物語は幕を閉じる。

 「おとぎ話に加えて欲しい」と願うのは宗時であるが、それは頼朝と灯を見守る読み手の願いにも重なる。
 それは、どんなに小さな可能性でも、超常的であり得ない話であっても、それを手繰り寄せて幸せになって欲しいという願いである。


・二篇の総評
 この二篇に共通することとして、夜に始まり、夜明けに転換期を迎えることが挙げられる。
 その後、「あなたと坂を下りたくない」は朝を飛ばして再び夜へ向かい、「おとぎ話に加えて欲しい」は一定期間後の朝に辿り着く。
 言葉を交わし、心のうちを明かし合ったとしても、物事の解決のためには時間が必要になる。

 頼朝と灯は現在、「今後の展望」においては意見が一致していないかもしれない。
 しかし、頼朝にも離別に対する苦悩が見えること、添い寝モードでのみ伺える本音や、今後明かされるであろう灯側のストーリーなども踏まえると、時間の経過によって解決できる面は少なからずある。

 夜から朝になるように、二人に変化が訪れ、双方が納得できる未来を掴み取ることを祈らずにはいられない。(資料4)




(2026年5月26日追記)
ほんまに時間経過で解決しとるやないかーい
※この記事はこの追記以外ジューンブライド前に制作されました。


・終わりに
 りゅうみこはアプリゲームに良くある周回要素を意図して排されている。
 異世界は「普通」と「難しい」で二度しか訪れることが出来ず、周回とは少し異なるが繰り返しの要素を持つ「逢瀬の坂」「挑魔の海溝」も、一度下ってしまえば上に戻ることは出来ない。

 本作は「龍宮」、即ち浦島太郎の要素を取り入れるに当たって、「永遠に続くような穏やかさ」「いつか必ず来る終わり」の両軸を立たせることに成功している。

 異世界の物語を本編と捉える場合、龍宮でのコミュニケーションは、そのアフターストーリーもしくはファンディスク的な要素を持つ。
 これは異世界編60話以降、恋人になった八葉との間に専用の神気注入、逢引、選択肢が追加されることから、そのように設計されていることは明らかである。
 
 本作が周回を意識させない作りになっているのは、異世界での関係性が龍宮へ継承されることも理由の一つである。「めでたし」の続きは今まさにゲーム上で体験可能なものであり、今後の拡張が期待される。

 ゲームには必ず終わりがある。
 コンシューマゲームでは、ゲームの終わりはプレイヤーに常に委ねられていた。途中でやめるも良し、フルコンプを目指しても良し、クリア後強くなってもう一周するもしないも自由であった。

 ソーシャルゲームの終わりは、時としてプレイヤーの意図しないタイミングで訪れる。
 ほとんどのソーシャルゲームの「サービス開始」は、「サービス終了」とセットである。

 りゅうみこに備わった「永遠に続くような穏やかさ」と「いつか必ず来る終わり」の両方は、ソーシャルゲームを遊ぶプレイヤーにとっては逃れ得ぬ宿命であるとも言える。

 では、ソーシャルゲームにハマり、心を動かされ、二次創作をしたり読んだり、考察を重ねたことは、サービス終了によって無に帰してしまうだろうか。
 その問いに対する一つの答えとして、「あなたと坂を下りたくない」からの一節を引用し、本書評の締めとする。

 記憶を忘れれば想いも途絶えるだろうか。
 否だ。きっとその空白こそが想いを募らせる。永遠に続いて欲しいと思えばこそ。