保科
2026-05-18 19:47:33
10273文字
Public その他
 

じごくめぐり、りんねたどり

月見ヤチヨと戌亥とこが仲良かったら嬉しいですよねという、狂った与太です

『おや、珍しいお客さんやね』
―――あぇ」
その言葉に。
ふと我に返った私は、この場が、いつも暮らしているムラとは違うことに気づく。
違う――空気が。重く、淀んだ、鉄錆と澱が混ざるような重苦しい空気が。
違う――景色が。草一つない荒れ地に、おどろおどろしい枯れ木の影、赤く染まった空。
違う――音が。悲鳴。絶叫、慟哭、懇願、助けて、許して――『お客さん?大丈夫?』
――あ、え、わたし、は、」
呼びかけに顔を上げて、――大きな大きな三首の獣が、じ、と、私を見下げている。ぎらぎらと輝く色違いの瞳が、まるで宝石のようで、口元から漏れ出る吐息の獣臭が、死を直感させた。
―――――――――
喉元まで出かけた悲鳴を、口元を押さえて飲み込む――喉元、のど、……喉がある?手がある。体がある、待って、何で、何が、
『ん?んん――なんやあんた、変なの』
ぐるる、と、まるで揃わない三つ分の獣の唸りがかぐやの思考を消し飛ばす。――あ、駄目だ、死ぬ。ひとくち。
「か、」
危機的状況絶体絶命混乱の極致で絞り出た命乞いは、なんかもう、それはそれは、しっちゃかめっちゃかだった。
「かぐや、まだ、いろはに、あえてないので、お、お、おいしくな、ない、ないです」
――アッハー。……え、何の話?」
瞬きの最中。いつの間にか巨体はかき消え、代わりに目の前に立っていた獣人の少女は、そうしてさも不思議そうに首を傾げるものだから。
目まぐるしく変わる状況にまるで思考が追いつかず、もうなんか、はぇ、みたいな、貧相な相槌しか出なかった。


解説。
ここは所謂『地獄』なのだと、目の前の、近隣の集落でも見かけるような格好の――その色違いの瞳と、ツクヨミのアバターのような耳と尻尾を生やした異質な少女は話してくれた。
地獄。まだ彩葉のもとにいた頃に、文献で読んだことがある。生前罪を為し、死した人が向かう場所。正直、この概念が実在するというのは非常に興味深いけれど、一点重要な問題がある。
――え、つまり私、死んだの!?」
「まあそやろね、心当たりあるん?」
「あー……あるわー。なんか家作ろーぜって穴掘ってて……大分高いところからウミウシの体、滑ってダイブした……
「ウミウシ?」
あんさんウミウシなの?と、尻尾を揺らし首を傾げる彼女の疑問ももっともで、私は珍しく、この場においては『かぐや』としての形を取り戻していた。髪色こそ昔のままくすんでいるものの念願の人型である、が、しかし、どうにも思念体としての形を引きずっているだけで、肉体を取り戻しているわけではないと直感する。もと光る竹の中で自我の形状を定義していたときと変わらない――つまり、何ら解決には至っていない。
「ま〜諸事情ありまして、現世でウミウシ、やらせてもらってまっせ」
なんか照れますね、へへ、とへこへこ頭を下げる私を、珍妙なものを見る目で見下した――いや絶対初見で見下したよ!――女の子は、まあええわ、と息を吐いた。
「お察しの通り、こちらはケルベロス、やらせてもろてます――今のこの姿は、対人用の仮姿やね。会話、楽やから。
ちなみにケルベロスは、ご存知?」
「あ、うん。名前くらいだけど。あれだよね、地獄にいるってモンスター?がおーっつって」
――ま、そやね」
配信で得た知識をもってそう口にすると、もの言いたげに細まった目は、何かを探るようだ。
「ウミウシはんが来られはった場所で、よくその情報をご存じでらっしゃるね?」
―――
あやべ。未来のことは原則秘密、異常空間でうっかりマイルールが緩んでしまっていた。そろそろ目をそらす私をケルベロスさんは暫くじーっと見つめていたものの、ま、えーけど、と呆気なく話題を打ち切った。いいんだ。
「死者にも異者にも、門番は深入りはせんのよ」
「イシャ」
「あんさんのこと」
2色の瞳が、私をすげなく見やる。
「ウミウシはん、『ここ』の人じゃあないやろ」
……やー、わかるもんすか」
「わからいでか。逆に何で人の流れに乗っ取ってここにおるのか不安なくらいよ――ま、だからこそ、わたしの門のところにまず流れ着いたんやろうけど」
ぴ、と、ケルベロスさんは指を一本立てる。
「というわけで。あんさんには選択肢があります」
「選択肢」
繰り返す。この非常識な場において、非常識な私に与えられるもの。多少居住まいを正し、足をそろえる。
「ひとつ。この門をくぐり、地獄へ向かうこと。そして罪を灌ぎ、新たな生を迎えること」
こん、と、少女が真後ろの岩を何気なくたたく。それはよく見れば、今世話になっているムラの子供が積み上げたみたいな岩のアーチを大きくしたような異様な作りで、くぐった先の向こう側は、ここからでもわかるほど、なんともおぞましい気配に満ちている。
けれど。それに怖気づくより、何より、引っかかったのは。
――新しい、生。
――それはだめ!」
ば、と少女の肩を掴む。それは、それだけはだめだ。私は会わなきゃいけない。彩葉にまた会うまで、まだ、そんな、リセットは――
「はいはい、話は最後まで聞きい」
ぐい、と、何度強請ろうとまるで揺らがなかったケルベロスさんの力で私は呆気なく引き剥がされる。必死さのあまり、は、は、と、私の荒がった息をどこか面白そうに眺めながら、その指が二本に増える。
「ふたつ。
引き返すこと――なんせ、この世界では異者はお呼びでないもので、あんさんには特別にその権利があります。
さて――どないする?」
「帰る!」
「せやろな」
ふ、とはにかんだ少女が指を鳴らすと、真後ろにぼんやりとした輪っかのねじれが現れる。
仄かな輝きはこのおどろおどろしい空間とは明らかに場違いで、確かに生き返れそうだなあ、という予感があった。
「そこをくぐれば現世やから。とっとと帰り」
「〜〜〜〜っ、マジ助かる!ありがと!ケルベロスさん!」
……はいはい、お礼はいらんよウミウシはん。単に仕事やし――二度と来おへんようにな」
思わず、両の手を取ってシェイクハンズ。何とも言えない顔をしながらも振り払われなかったケルベロスさんに、勿論!と返事をして、私は颯爽と駆け出した――そうして、土の中、仮死状態だったウミウシはなんとか息を吹き返し、おぼろに残る記憶が、いわゆる走馬灯、ってやつなのかなぁとぼんやり考えた。確かこれが、紀元前5000年頃の話。



で、次が紀元前3000年頃の話だ。いや失敬失敬うっかり。
『くーるーなー言うたやろアホンダラ!』
「あーッごめんなさいごめんなさい!うっかり!うっかりちょっとこう!刺さっちゃって……?ごめん今回も蘇り、よろ!」
『死因をライトなトークの入りにすな!』
三首のイヌの顔で、ずびしずびし代わり代わりに頭を突かれて、私はごめんなさぁい!と呻くしかなかった。いやもう慎重に生きていたはずなのだけど、それはそれとして時代は巡り、争いや諍いは止まらず、奔走するウミウシの私にもかくして限界はあった。果てに流れ矢でいられた。ああここで終わりか終われないな、と目を開けばそこは地獄だった。いやはや、死んじゃったぜ――てかやっぱこれ走馬灯じゃなかったんか、と認識を改める。
不毛な会話を続けて数分。
――とゆーか。ウミウシはん、あんた、もう何千年も生きとらん?飽きひんの?」
気が済んだのか。ヒトガタになってくれたケルベロスさんが、ベトベトの私のシャツの首根っこを掴んで立ち上がらせる。もう少し早くやめてほしかったけど、己のやらかしについては弁明のしようもなく、私はしとしとの髪の毛をゆびでくるくるいじり回す。
「うぇ、私からすればそれ私のセリフだけどねー。ケルベロスって長生きなの?」
「んや、その問いは意味がない。わたしらには生きる、という概念がないんよ。お役御免を閻魔様から貰うまで、そも、ケルベロスに寿命はあらへんよ」
―――
与えられた役目を終えるまで終わりはなく、役目に終わりはない。あんま他人事と思えんな、という顔をした所、なんで親近感ありそうなん?と逆に問われた。
ので、私は簡単に自分のことを説明した。まあ、イジンさんとやらで人じゃないことはとうにバレてるし、良いかな、と思った。悪い人――悪ベロスじゃなさそうだし?
……はーん。月人、ねえ」
ほん、と考え込むケルベロスさんは、何かしらが腑に落ちたようだったが、いぶかしむように眉間にしわを寄せている。ま、月由来月育ちですと言われ、はいそうですかと信じられる豪胆な人はそういない――生まれからを知るどこぞのボロアパートの女子高生くらいか。
……と思いきや、目の前のケルベロスさんもその例外だったらしく。
「で、それがなんであんな現世でウミウシなぞしとるん?」
飲み込みの早さに内心驚きつつも、私はちょっと照れ交じりに返す。
「ま〜そこに行き着くよねぇ?
いや、端的に言えば事故なんだけどさ。本来――もっと先の未来で人間に擬態できるはずが、いろいろうっかりして、大分昔でウミウシになっちった感じ的な?」
「なんやそれ。うっかりにも限度があるやろ」
左様で。たははー、と照れ笑いを浮かべるほかない私に、「それで?」と、ケルベロスさんは問いを重ねる。
「その未来を目指す理由は、前に言ってた『いろは』っちゅーやつ?」
―――
不意に聞こえた、たいせつななまえに、背筋が凍る。くちにしたっけか。メモリーをフル稼働させる、――いや、確かに一瞬、命乞いのさなかに口にしたけれど。
……うげ。よく覚えてんね。神経衰弱とか得意?」
「しん……?なんやそれ。退屈なんよ、たまたま覚えとっただけ――わたしは別に、何もせんから。やから、そう怖い顔せんで」
――む」
そんな顔をしたつもりはなかったのだけど。ぐに、と顔をもみほぐせば、くつくつ、楽しそうにケルベロスさんが笑う。
「大事なんね」
「うん。全部、私の。――大事な人」
照れるようなことは一つもなかった。頷くと、そか、と、淡白に返したケルベロスさんは、またゲートをするりと開いてくれる。
「で?その人に会うためにどんだけ生きるん」
「今3000年。後5000年」
「はー、そらアホみたいな数字。そしたら――とっとと生き返らなあかんなぁ」
「まそゆことそゆこと〜。聞いてくれてありがと。ね、ケルベロスさん」
「何?」
ゲートにはいる直前、私はくるりと振り向いて。
「次はケルベロスさんの大事なことさ、教えてよ。なんか私ばっかでズルいじゃん?」
――そんなもんないわ。二度と来るな言うとるのよドアホ」
ピースサインごと足袋で蹴っ飛ばされた。酷くね。
かくして私は仮死状態から再び蘇る――この一連が私の信仰を高め、以降のウミウシ生活において重要な役割を担うことになるのはまた別の話であり。


そして、この輪廻は続く。


紀元前100年頃。
――ぅあっちゃー、ごみーんケルベロス、手土産忘れたわ」
『あんなぁ、手土産持って死にに来るようなアホは即門の向こうで地獄に落としとるわウミウシが』
長いスパンでの邂逅にも関わらず、いつからか敬称も遠慮もなくなった私達の関係を示すように、ずむり、ケルベロスの肉球が私の抱きつこうとした顔面を押しつぶす――酷い。親愛の意を示すこともままならない。
「今度は何したん」
「んーとね、……油でおぼれた」
………………
ものすごい残念なものを見る目で見られた――既に、獣じゃないいつもの女の子の姿だ。正直、あのでっかい犬でももう怖くないからどっちでもいいのだけど、この姿のケルベロスも可愛いから、私からは何も言わない。
いやまあ確かに、ウミウシが溺れるって何事っつ〜話よね。私もビビった、ぬるっとツルッと滑った。備蓄用のツボだから、カラッと揚がってないだけ蘇生が早いのは助かる。
額を抑えたケルベロスが、あんな、と言いにくそうに口を開く。
……もう少しな?命に対して……いやまあ、地獄担当のわたしが言うた所で何なんつ〜話やけど……
「いや分かってる!気をつけてる!
だってこれまでもさ、私が無条件で帰れてるってケルベロスの温情でしょ?」
――そやね」
ちょっと意外そうに、気づいとったん、と、言われ、まあね、と私は頷いた。だって、彼女しか門番がいないはずないだろう――何度か交わした会話の中で、彼女に家族がいることは分かっている。この仕事が専任でないことも。
二度ならともかく三度四度と、重ねる度の出会いは、運がいいとするには、余りにも偶然が整いすぎていた。彼女は絶対この場にいて、私を出迎えて送り返してくれる。
「もしかしなくてもさぁ、――ケルベロスがずっとここにいるの、私のせい?」
問いかけに、ピクリ、彼女のまるこい耳が震える。
………
………
暫くの沈黙の後。深いため息をつかれる。
――あんさんが」
「ん?」
「目当ての人と、出会って。現世に戻らんでよくなるまではここにおるよ。どーせ、することあらへんし」
――。ね、ね、ケルベロス、私のこと結構好きだよね?」
「は。嫌いや嫌い。好きに言っとれ」
「あは、好きぃ〜〜〜」
「うるっさ……
興味でも好奇心でも憐憫でも、動機が何だったとしても。彼女が、私のためになぜか生を繋いでいてくれることを漸く知って、私はどうしようもなく嬉しくなった。ぱた、と、その背で一度揺れる尻尾で十分。ただでさえ朽ちかけたような8000年の最中、向けられる好意には喜びもひとしおだ――擦り寄れば鬱陶しいとばかりに突き飛ばされる。ああそうか、そっか。ちょっとだけ、素直じゃない時の彩葉に似てるのかも、このケルベロス――参考にしようとした朧な記憶に、ふと動きが止まって、へたり、尻もちをつく。
ケルベロスの視線が、身じろぎをしない私を、戸惑い気味に見下ろす。
……ウミウシはん?」
「あ、あー、ううん、なんでもない」
なんでもない。――人の生は短い。この輪廻は、あまりにも長い。今さらのように、思い出す。
「ケルベロスは、さ」
「何」
「沢山、人、見送ってるんだよね」
――ま、そうではあるなぁ」
「嫌になったりしない?辛かったりとかない?」
思えば、これほどに踏み込んだ質問をしたのは初めてだった。ケルベロスは少し驚いた様子だったけれど、適当な岩場に腰掛けると、さてなあ、と呟いた。
……前も言ったけど。わたしは、基本、深入りはせんのよ。だから何とも思わん、まあ巡るんやなぁって」
「えー、嘘っぽ〜い」
「貴女がそういう色眼鏡で見とるからやろ、泣く子も黙るケルベロスよ、わたし」
「でも、かわいい女の子が困ってたら無条件で助けてくれる優しいケルベロスだよ?」
―――
チッ、と舌打ちされたのは態度が悪すぎるので聞かなかったことにする。素直じゃないベクトルは、彩葉とはやっぱり全然違う。そんな風に、少しだけ彼女を知れたことが嬉しくて、でもすぐに送り返されて。


続く、続く、続く、続いて――


――西暦、2000年も遠くない頃。
――もう来なくて、よくなりそうだよ」
目を開いた瞬間飛び出した私の言葉に、仰向けの私を覗き込むケルベロスは6つの目をぱちぱちと瞬いた――7000年超えの付き合いともなれば、もうその姿を恐れる理由もなくて、私はやっぱり愛嬌があるなあ、と場違いに思う。ふかふかの毛並み、撫でさせてって言ったら撫でさせてくれたんだろうか。ついぞ、恐れ多くてできなかったお願いを、私は密かに思い描く。
『今日も今日とて死んどいて何言っとるん?何回目よ』
「二桁目前?うーん、今回は感電死かな?絶縁体って大切だよね、よくよく私は思い知ったのでした」
「はー。この期に及んで新メニューとはバラエティ豊かでらっしゃって」
本当に、我ながら驚きだ。なんか、処刑という処刑全てを体験しては、その度にこうして、ケルベロスに会ってきた気がする。まあ、今回は、ちょっとだけ――会えればいいなと思ってたと言ったら、きっと怒るだろうから言わない。
よいしょ、と起き上がって。振り向けば女の子の姿になっていた彼女に、微笑みかける。
「いろいろ目処が立ってね、ウミウシ卒業と相成りそうなのです――かわりに肉体と、紐づく死も卒業って感じ?」
「そりゃまた、……おめでとさん?」
何とも言えない顔は、まあ、そりゃそうだろう、私の説明ときたら要領を得ていない。ネット空間の月人との親和性やらを語って聞かせたとて、ケルベロスには単なる寝物語だろう。だから、要点だけ伝える。
「死を超越する、人から逸脱する、月人としての生に戻る。
だからもう、ここには来ない――来れない。
もし来ることがあれば、それはこの門をくぐる時。
だから、貴女ももう、私のことなんか気にしなくていいんだよ、ケルベロス。本当にありがとうね、今まで。何の恩も返せず、ごめんなさい」
――さよか。ま、地獄なんて来ないに越したことはあらへんし。てか、元からウミウシはんのことなぞ知ったこっちゃなかったし?恩とかしらんなぁ?」
「えー、つれないなあ。私のためじゃなかったの?」
「お生憎様、事実無根です〜。うるさいのが来おへんくなってせいせいします〜」
はよ帰り、しっし、と手を振るケルベロスは、最後までずーっとつれなかったけれど。――でも、退屈と退廃と絢爛と栄華を極めた、はちゃめちゃな八千年で、とびきりの、煌めきの一つは彼女だったから。
その姿を目に焼き付けるように、私はぼんやりと眺める。昔は簡素だった服も、外の時代に合わせて様々に移り変わっていた。いま着ている着物はとても可愛らしくて、前々回からまだ着替えていないのは私の褒めのおかげかも?なんて自惚れもあったりする。
なんて、そうやってぐるぐると渦巻く私の感傷は知らないとばかりに、ケルベロスは手慣れた様子でゲートを作る。別れを惜しむこともない、――ま、その方がらしいかも。少しさみしく思いながら、今回もくぐろうとして。そうかあ、という呟きに、足を止めて、目を向ける。
ちらとこちらを見やる色違いの瞳が、僅かに細まって、
「大切なもの、探してみるのも、ありかもしれんね」
――結局ついぞ教えてもらえなかったそれ。でも、そうしたら、私が結論を知る機会は来ないじゃんか――まあいいや、それも一興と、私はピースする。
「ん、いいと思う。オススメはね、人間社会は楽しいよ!――異人のウミウシが保証する!」
「なんやそれ。一番信用ならんやないの」
アハー、と独特な笑い声で一笑に付したケルベロスは、そうして、にぃ、とひときわ楽しそうに笑った。こんな嬉しそうな顔は初めてで、思わず見とれてしまう。
「8000年お疲れさん、ウミウシはん。後もう一息――上手くやりぃ」
――うん。ありがとう、ケルベロス。貴女の献身、無駄にしないから」
とん、背中を押されて――あほ、単に退屈しのぎよ、というその呟きが照れ隠しなことくらい、流石の私もお見通し、で。


とん。


――ヤチヨ?」
とん、と。彩葉に肩をたたかれ、その表示で覚醒する。
「平気?」
……あ、ごめん、ちょろーっと臨死体験してた」
「え、なんだその怖いの……
ドン引きした様子の彩葉にまあまあ、と適当に手を振ってごまかす。ツクヨミ内の、とあるプライベートルームにて。池や枯山水なんてものも設置された豪奢な空間は、相応の接待を行う際に使うエリアだ。そこに設置された席に腰掛けながら、なんというか、変なシーンの記憶ばかり思い出していた、気がする。
――そういえば、彩葉から死にまくってたことについて言及されたことないなぁ、と思う。結構なお叱り案件だと思うけど、もしかして、あの体験はウミウシの――『もと光る竹』のログには含まれてない、とか?
まあ、そんな考察をしても仕方ないか。バレたとて正味弁明のしようがない、9度すべてが紛れもなく臨死体験であることは事実だ。スリープまで50時間超えのお説教コースは勘弁である。
「ごっめんごめん、ちょーっと考え事してただけだよ。お気になさらずサラガイマテガイ?」
「大丈夫?これから打ち合わせだけど……
彩葉の頭上の獣耳が心配げに伏せられるのに、へーきへーき!と明るく返す。なにせ今日の打ち合わせは外部の人とだ。しゃかりき張り切ってまいりませんと!
そうこうしていれば――ぴ、と入室希望通知がポップする。彩葉から視線を向けられた私は、一つ頷くと、とん、とOKを押す。途端、部屋に現れる3つの人影。
――おおお!すっごい、和テイストの会議室!」
「はぁー、流石ツクヨミやなぁ。こーいうところもうちんところとは一味違うわ。やっぱスタジオ増築せんとな」
「アンジュはしゃぎ過ぎだって、いやスタジオは一旦いいじゃん――こほん。
始めまして、リゼ・ヘルエスタです。ヤチヨさん、いろPさん、今回はコラボ企画のお誘いありがとうございます。本日の打ち合わせ、よろしくお願いします」
やってきたのは、今度、私――ヤチヨといろPとのコラボ案件を打診している、外部のライバーさん三人だ。
はしゃぐ赤髪の女性をたしなめた、シルバーブルーの少女――貴人めいた雰囲気がある――がペコリと頭を下げる。私もそれに倣、おうと、して――あれ。
「あ、やべ、いらっしゃったん……!?っす、ども、アンジュ・カトリーナす」
「あー、固くならないでください……いろPです、よろしくお願いします。皆さんとこうしてお会いできて光栄です。あ、アンジュさんとは以前もお会いしましたね」
「へ、そうなの?アンジュ」
「あ、あー、まあね。いやなんか、ヤチヨちゃんがセッティングしてくれた謎の席で?……あれ、ヤチヨちゃん」
……ヤチヨ?」
おおい、と、2人から呼びかけられ、彩葉に袖を引かれ、でも私は、その、給仕服を着た獣人の女性から目を離せない。資料は事前に目を通した。立ち絵も、見た。設定として記述されているものに既視感はあれど、でも、だってまさかそんな、だって、だって!
――ケルベロス……?」
上ずった声で、その名を呼ぶ。
呼びかけに。向こうを向いていた視線を戻して。振り向くそのオッドアイの色を、浮かぶ何処かいたずらめいた笑みを、私はよくよく知っている。知っていた――もう、見ることはないと、思っていた。
「んふ。
『まいどー、にじさんじ所属つよつよケルベロスの、戌亥とこです』って、――まあ、この名乗りは初めてやね、ウミウシはん」
――そりゃ、人間社会、楽しいって保証したけどさあ!
「え、え、えええええええええ!?」
「え、ヤチヨ、戌亥さんと知り合いなの……?」
「とこちゃん、ヤチヨさんと友達?」
「ぇん。ざっくり7000年の付き合い?」
「桁おかしくない!?」「バカ仲いいじゃん!?」
「で、あんさんが『いろは』さんやね。
あー、よかったよかった」
「は、え、な、何を納得らっしゃってます……!?」
私の心の底からの絶叫を皮切りに、てんやわんやと、――7000年続く会議が踊り出す。途切れることなく。