Isa
2026-05-13 20:22:46
5156文字
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しかたのないやつ!

昔と今のガスリゼがお話してるだけ

「違う、お前には関係……
「ないわけないだろ!」
 気付くと俺はリゼットの胸ぐらを掴んでいた。自分の余裕のなさの方にこそ怒りが募ったが、その先を言わせるわけにはいかなかった。
 こいつはいつもそうだ。すぐ俺を蚊帳の外に置いて、自分一人の問題だと言い張る。その理由が俺にはなんとなくわかったが、それでも許せないものは許せなかった。
「どうしてそうやって、すぐ一人になろうとするんだよ! そんなに俺は頼りないか!?」
 リゼットは困惑していた。俺の言っていることがわからない、と表情に書いてある。そうだ、リゼットは、そんな風には思っていない。自分一人の問題だ、というのが、リゼットの中では正しい理屈だから、俺の怒りも寂しさも、少しも理解ができないのだ。
 俺は無性に悲しくなって手を離した。二人して力なくその場に座り込んで、しばらく言葉もなかった。どうしたらリゼットに伝わるのだろう。俺はアニエスだけじゃなく、お前のことも大事なんだって。リゼットに協力するためだけにこの道を選んだわけでもないって。
……お前の問題は、俺たちの問題だ。お前だけのことで、俺には関係ないなんて、そんなの嫌だ」
「嫌とかじゃないだろ。ただの事実で……
「それは、お前がそう思ってるだけだ!」
 リゼットは目を逸らして気まずそうにした。
 俺たちはずっと、逃げ場のない檻の中に、たった二人でいる。帝国を逃げ出した。アニエスを奪った全てを憎んだ。復讐してやろうと思った。辿り着いた先にあったのは、同じくらい光の届かない、暗い穴の底のような真実だった。
 帝国の裏切り者。それは使い捨てるには便利な駒だった。何かあったら、やっぱりあいつらはスパイだったと言って殺してしまえば終わりだ。
 俺たちは互いの首に手をかけている。だから、リゼットは早く俺をどこかに逃がしたいのだ。
 もう、アニエスのためだとか、復讐だとか、そんなことを果たす気力だってない。だって、俺たちは何に対して、誰に対して憎しみの刃を向ければいいのか、正直言ってわからなくなっているからだ。
 俺たちはもう既に、誰かの恨みを買っているし、十分すぎるほど憎まれているだろう。かつて俺たちがそうだったように、大切な人を理不尽に奪われた誰かに。
 アニエスのために手にした銃を、もう一人の幼馴染に向けて、かつて自分が憎んだ誰かと同じことをしている。それを拒めば、相手が倒れてしまうから、俺たちはこの鎖を外すことがどうしてもできないでいる。
 だからリゼットは、俺だけでも、もう巻き込みたくないと思ってくれているのだ。二人で始めたことだっていうのも忘れて。俺にはそれが悔しくて寂しくて仕方がなかった。
 俺は違う。俺は、リゼットとは違う。
……俺は元々悪人だ。父さんに……言われたからって、言っても。それは、俺がやったことへの言い訳にはならない。俺は自分の罪を認めるのが怖くて、ずっと隠れてたんだ。でもお前たちはそんな俺を助けてくれた」
 村の誰にも、世界の誰にも気付かれてはいけないと思って生きてきた。父親からの精神や肉体への暴力に耐えながら、その命令に逆らえない日々。彼から何も言われなくたって、生きている限り腹は減る。空腹で動けなくなると、もっと酷いことが待っている。だからそうなる前に動かなければならなかった。
 薄汚い罪人の自分ごと、父親さえもいなくなってしまえばいいと思っているはずなのに、いつもそれを実行に移せない自分が弱くて嫌いだった。こんな能力なら、ない方が良かった。自分なんていない方が良かった──そんな日々に、柔らかく射し込んだ光こそ、リゼットとアニエスだったのだ。
 二人はこちらの事情を深く聞かず、彼女らにできる範囲の手助けをしてくれた。昔の俺の心を満たしたのは、二人のあたたかい笑顔だった。
「俺は、お前たちがいなかったら、今ここにはいないんだよ。俺に生きてていいって言ってくれたお前が生きてちゃダメなんて、そんなわけない。お前は俺にできなかったことをやってる。戦争だからって言い訳しないで、自分のやったことに責任を感じ続けてる。だから、お前が生きてちゃいけないってことにはならないんだよ」
 その時からずっと、俺の中には決意がある。ひとりだけ生き残ればいいなんて思わない。俺に生きてていいと思わせてくれた二人の気持ちが何よりも嬉しかったから、俺は、俺だけでも、リゼットだけでもなくて、二人で生きていたい。
「俺たちは確かに誰かに恨まれてるんだろうな。でも、じゃあ、それを償うために、俺たちは死ななきゃいけないのか? それしか手段ってないのか? ……俺はそう思わない。俺は、二人で生きて、お前と一緒に、これまでのことと、これからのことを、どっちも考えたい」
「駄目だ、ガスパル。私たちは……
「リゼット、俺たちは二人で生き残るんだ。連邦がとか、帝国がとか、そういうのどうでもいい。俺が絶対になんとかする」
「絶対に、なんて言葉は嫌いだ。無理に決まってる」
「違う。決めつけてるのはお前だ、リゼット」
 今度こそ力加減に気を付けて、リゼットの肩を掴んだ。一瞬顔を上げたリゼットは、俺の顔を見て、でもすぐに視線を落とした。
「お前が、自分に生きてていいって思えないなら、俺がいる。お前がそう思えるようになるまで、ずっと一緒にいる。お前を死なせたりするもんか。……帝国と連邦って距離はあるけど、それでも俺は、お前から離れたりしないから」
……なんだ、それ」
 リゼットの表情はあまり変わらなかった。嬉しそうには見えない。俺を否定もしない。きっと、俺が何を言いたいのか、やっぱりよくわからないのだ。
「お前、なんにもわかってねえよ……
 俺は泣きそうになって、でもリゼットにかっこ悪いところを見せたくなくて、ぐっと奥歯を噛み締めた。
 どんなに時間がかかってもいい。お前がわかってくれるまで、俺は絶対に諦めない。わかってくれないことが悲しくても、俺は絶望したりしなかった。
 リゼットもアニエスも、昔の俺が理不尽な衝動や感情をぶつけても、辛抱強く接してくれていた。
 俺も、お前のことを諦めたくない。どうしようもないことなんて、この世界にはきっとないんだから。