翌日、なんとか夜明かしの墓に戻って、ボーンクラフトをしながら精神を落ち着かせる。
何を考えているんだ。あんな男に堕ちる訳がない!
第一、あの男の格好悪い所は
………。格好、悪い、所
…は
………?
………格好悪い所、あるか?
西風騎士団大団長に相応しいリーダシップに、大剣二刀流という常識破れなのに素晴らしい剣術。大剣を片手で軽々振り回せる鍛えられた身体。
唯一の欠点は“おっさん臭い言動”、だろうか。でも年相応だし、なんなら僕の方が遥かに年上だし
…。そして、ライトキーパーでは彼のような“おっさん臭い言動”をする者も多い。僕にとっては親しみのあるような言動なのだ。だからこそ、欠点には感じない。
ボーンクラフトをする手が止まる。欠点、欠点
…、何か一つくらいは
………!
………そうだ、僕に堕ちないのが欠点ではないか!!
やっと見つけた欠点に、気分が高揚し、ボーンクラフトをする手が進む。
つまり、鈍感! だからこそ、今も独身だったのではないか?
ああ、よかった! 欠点のない完璧な男と勘違いするところだった!
ウキウキとボーンクラフトを進める。うん、我ながら面白い形になった。
…よく見たら、顔のように見えるな。誰の顔だ?
…ファルカさんの、顔?
ドクンッ! と心臓が高鳴る。
…無意識に、ファルカさんの顔を、作っていたのか、僕は。
……それこそ、ファルカさんに恋をしているようで。
違う! ファルカさんにアピールしているのは僕に堕ちないからであって、僕が堕ちてどうする!
普段なら写真を撮ってから片付けるのだが、写真を撮らずに片付けた。
────────
うん、きっと僕は冷静じゃない。こういう時は気を取り直して、他の人を堕とそう。
最近はファルカさんを堕とす事に集中していたが、上手く行かないなら他の人を堕とすに限る。
そういえば、最近フラグシップに酒癖が悪すぎて出禁になりそうな男がいた。小心者のようで、見た目で人を判断しているようだった。ファルカさんのような見た目でわかるような強者がいる時は大人しく、見た目的に弱者しかいない時は色んな人に難癖つけて絡むのだ。女性にはセクハラもするし、男にはコンプレックスになりそうな所を指摘し、弄っている。丁度よいターゲットだ。
フラグシップに向かうと、ターゲットがいた。店内を見ると、ターゲットの苦手とするタイプはおらず、難癖をつけていた。難癖をつけていた相手に逃げられ、僕と視線が合う。
「
…なんだあんた。男だけど美人だな。一杯奢るから飲まないか?」
「喜んで」
釣れた。笑顔で答えたら、ターゲットの目線が変わった。僕を手に入れたい、そんな欲情した視線に背筋がぞくぞくする。これだから辞められない。
得意の話術でターゲットを褒めちぎり、気分をよくさせる。酒も進むと、ターゲットの手が僕のお尻に触れた。
「いいケツしてんな」
「
………っ!」
別にセクハラされたのは初めてではない。そこまで僕に堕ちていたことの証拠として受け取っていた。なのに、今は嫌悪感で一杯だ。気がつけば、ターゲットの手を捻っていた。
「あだだだだっ!」
「
…失礼。つい、反射的に」
「なんだてめぇ! 喧嘩売ってんのか?!」
店内が騒がしくなってしまった。
…とりあえず、堕ちる姿も見れたし、終わりにしてもいいかもしれない。店の外に連れ込めば、適当に痛め付けて終わりでもいいだろう。
「
…では、お詫びとして「フリンズー!」
「
……あ゛? なんだよ、俺はこいつと話を
………っ!!」
「俺もせっかくだから混ぜてくれ! ああ、まだ名乗ってなかったな。俺はファルカ! モンドの西風騎士団大団長だ」
お詫びとして、外で遊びませんか? と誘おうとしたら、ファルカさんに乱入された。間に割り込むように、大きな身体に遮られる。ドクンッ! と心臓が動く。
「
…ちっ!!」
男は小銭をテーブルに叩き付けて苛立ちながら出ていった。
店内では拍手が巻き起こっており、デミアンさんからもお礼の言葉を告げられていた。何事もなかったかのように、僕の隣に座り、デミアンさんにお酒を頼んでいた。
注文を終えたファルカさんは、僕と視線が合う。
「
……フリンズ、大丈夫だったか?」
「
………ええ」
心配そうに見つめる瞳に、ドクンッ! と心臓が高鳴る。顔に熱が集まっていく。何を照れているのだ僕は。ターゲットには逃げられてしまったので、ファルカさんを堕とす方に切り替えた方がよいだろう。ここは、お礼を告げてファルカさんからの印象を、よくするべきだ。
「
……その、
…ありがとう、ございます」
いつも通りに子供でなければ堕ちる微笑みも、上手く出来ず、声もどもってしまった。堕とすためには完璧な振る舞いが必要なのに、こんな所で失敗してしまうなんて
…!
…落ち着かないと。とりあえず、ツマミでも食べるか。
ツマミを取るための手を伸ばすと、ファルカさんの手とぶつかる。
「
………っ!」
「あ、悪いな」
「
……い、いえっ」
ビクッと身体が過剰に震えて、手を引っ込める。心臓がバクバクとうるさい。触れた所が熱い。
…違う! 僕は恋をしていない! ただ、ファルカさんを堕としたいだけなんだ!
落ち着くためにお酒を飲み干した。
──────────
なんとか落ち着き、ファルカさんと雑談をしながら会話を楽しむ。本調子ではないようなので、堕とすのは一旦止めた。
「そういや、さっきの男
…、フリンズを口説いていたよな」
「
……そう、でしたでしょうか?」
確かに口説かれていたが、あの嫌悪感を思い出してしまい、心臓が嫌な音をたてた。
「ああいう男は好みだったりするのか?」
「いいえ。ああいう酒癖の悪すぎる相手はご遠慮願いたいです」
「ふーん。ならどんなのが好みなんだ?」
…これ、冷静に考えたら、チャンスではないか?
“貴方のような方が好みです”、そう答えれば、ファルカさんは僕に堕ちるかもしれない。
「
……あなたの、
……ような
…」
「俺?」
「
………いえ、なんでもありません」
“貴方のような方が好みです”。それだけを口に出すだけだ。なのに、口に出せなかった。嘘なら、息をするようについてきたのに、なんで言えないんだ。
「
……そういうファルカさんこそ、好み
…いや、好きな方はいらっしゃらないのですか?」
「んー、いないなぁ」
「
………そうなんですか?」
「じゃなきゃ、この年で独身を謳歌したりしないさ。フリンズは好きな人はいるのか?」
好きな、人。
ファルカさんをじっと見つめてしまう。ファルカさんは僕の視線に気がつき、こっちを向いた。
「
…俺が、どうかしたか?」
「
………っ!! な、なんでもないです!」
バクッ、バクッ! と心臓がうるさい。これではファルカさんに恋をしていると勘違いされてしまうではないか!
「で、いるのか? 好きな人」
「いないです!」
「ふーん、そういうもんか」
思わず大声で返答してしまった
…。ファルカさんは気にせずお酒を飲む。違う。恋をしているわけではない。ファルカさんが僕に堕ちないから堕としたいだけだ。それだけなんだ。
なのに、終始落ち着かず、飲み会はお開きになった。
今日は散々だった。ターゲットを堕とすのは失敗するし、ファルカさんも堕とせないし。調子はおかしいし
…。
フラグシップの前で、ファルカさんは太陽のように笑った。
「じゃあなフリンズ、また飲もうな!」
夜のライトに照らされて、太陽のような笑顔が、光輝いているようだった。
心臓がバクンッ! と音をたてる。石化したように、動けない。
まともに挨拶も出来ず、ファルカさんはそのまま去った。
姿が見えなくなり、僕はノロノロと歩き出す。路地裏に入った所で座り込んだ。
あの太陽のような笑顔を見て、自覚してしまった。
僕は、ファルカさんに堕ちてしまった。
顔が熱い。心臓がうるさい。でも、あの笑顔を向けられたら、恋に堕ちてしまったことに気づいた。
あの笑顔をずっと見ていたい。隣にいたい。抱き締めてほしい。そんな想いが溢れだしてくる。
自制ができない。
…これが、恋か。
……ファルカさん、好きな人はいないって言ってたな。なら、僕にもチャンスはあるかもしれない。
…でも、鈍感なんだよなぁ。静かな路地裏でため息が響いた。
────────
…この様子だと、あと少しだろうか。
フリンズの、恋をしたような眼差しを思い出す。あまりにも可愛らしすぎて口に噛みつきたくなるのを必死に耐えた。
あと少し、もう少しだ。もう少し我慢すれば、フリンズは堕ちてくれる。
早く堕ちてくれ。腹が減って仕方がないんだ。堕ちてくれるまで、口を開けて待っているから。
犬歯が疼く。白い肌に噛みつけるのは、もう少し先だ。
大団長が僕に堕ちない!③ | Privatter+
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