昔から自分の美的感覚は優れており、身を整えるのが好きだった。そうしていくうちに、周りはどんどん自分に堕ちていった。いつしか、人を堕とすのに快感を覚えていった。
そのために、身だしなみはもちろん、話術と仕草も磨いていった。女性はもちろん、男性も僕に堕ちるようになっていた。
悪い趣味なのは自覚している。だが、バレなければよい。稀に、堕ちすぎて僕を手に入れようとするやからもいた。そういう時は魂を蒼炎で燃やし、僕に関する記憶を焼却すれば解決だ。僕に堕ちる前に元どおりとなり、何事もなかったかのように日常を過ごしていく。
眠りから目覚めてからも止められなかった。素晴らしい美徳を掲げているライトキーパーには手を出さず、がらの悪い一部の連中で遊んでいた。
だが、長年生きてきて、初めて堕ちない人が現れた。
西風騎士団大団長のファルカ。そこまで堕とすつもりはなかったが、あまりにも僕に靡く様子がない。長年、数多くの人を堕ちてきたプライドが、闘争心に火をつけた。
…絶対に堕としてみせる!
そう決意して、待ち合わせ場所のフラグシップの扉を開く。
「お、フリンズ!」
「こんばんは、ファルカさん。良い夜ですね」
「おう、確かに酒を飲むには最高の夜だな!」
子供でなければ墜ちる微笑みも、軽く躱されてしまう。
…落ち着け。まだただの挨拶だ。チャンスはやってくる
…!
一旦、何事もないように、普段の態度で話し合いながら、ハイペースで酒を飲む。
「フリンズ、今日はやたらとハイペースで飲むなあ」
「
…そう、でしょうか? 貴方と飲むお酒が美味しすぎるかもしれません」
「わかるなあ。デミアンの酒は旨いからな!」
…内心、舌打ちをする。デミアンさんのお酒が美味しいのは事実だが、ファルカさんと飲むからこそ美味しい事をアピールしたのに、この男
…!
まあいい。本命はこっちだ。
ふらふらになりながらも、外装を脱ぎ、シャツのボタンを外す。
「
……ふぅ、暑くなってきました」
色気を混ぜた吐息に、首の露出。
普段着込んでいて露出のない僕が首をちら見せする。これに堕ちなかった人はいない
…!
「だいぶまわってるな。チェイサーいるか?」
「
………いえ、お水は嫌いなので」
「ならジュースだな! デミアン、フリンズにジュースを!」
躱された、だと
…?!
あまりの衝撃に、ポーカーフェイスが崩れそうになった。
こうなったら、こうするしか、ない!
ジュースを飲みながら、手袋を外す。
「フリンズが手袋を外すなんて珍しいな」
「
……ええ、ちょっと手汗をかいてしまって」
「そんなに酔ったのか? なら、もうお開きにするか!」
僕の美しい手を、スルーだと
…?!
槍を振るう手とは思われないくらい、手入れをかかさず保ってきた、自慢の手だ。なのに、スルーしたぞこの男!
この男、不能なのか? 老若男女、誰一人として堕ちなかったことはないのに!!
ここまで僕を本気にさせるとは、恐ろしい男だ。なら最終手段を見せてやる!
ふらりとバランスを崩し、ファルカさんにもたれ掛かる。涙目になりながら、上目遣いで見上げる。
「
……だいぶ、よってきました。へやをとっているので、はこんでいただけないでしょうか?」
滑舌もあえて呂律が回らないようにする。正直に言って、捨て身の策だ。だが、僕にはいざというときの蒼炎がある
…!
「おう、任せておけ!」
罠に気付かず、ファルカさんは平然と了承した。見てなさい。必ず墜としてやりますから
…!
──────────
部屋に入ってすぐに、扉に寄りかかる。これでファルカさんに逃げ道はない。そして、僕はいざというときはすぐに逃げられる。
「フリンズ、動けるか?」
「
………ふぁるか、さん。
……あつい」
見せつけるように、シャツのボタンを全て外す。
…視線が、釘付けになっているのがわかるが、顔色一つ変えていない。なら、こうだ! ベルトを外し、スラックスを脱ごうとしたところで、視界が回った。
「そういう時は寝るに限るぞ!」
身体を持ち上げられていた。肩に、荷物を担ぐように。
…こいつ!! 僕を雑に扱うなんて
…!!
ベッドに下ろされる。ファルカさんは離れようとしていたので、服を引っ張った。
これで、僕を押し倒したような構図になるはず
…! これなら、ファルカさんも
…。
「
……フリンズ?」
ファルカさんが、僕を見下ろしている。純粋に、僕を心配するような、そんな表情で。トクン、と何かが鳴った。
「大丈夫か?」
大きな手が、頬に触れる。ドクンッ、と音が大きくなる。まるで、世界が静止したかのような、そんな感覚が
…。
「だ、大丈夫ですっ!」
思わず顔を横に向ける。するとファルカさんは離れたので、布団を被った。
「
…本当に、大丈夫か?」
「
……大丈夫、です」
「おう、ならゆっくり休めよ!」
そういって、ファルカさんは扉に手を掛ける。ガバッと身体を起こして、声を掛ける。
「
……あの、運んでいただき、ありがとうございました」
…お礼を言うのは、マナーだ。ファルカさんは豪快に笑って、また飲もうな! と言っていた。
パタン、と扉が閉まり、静寂が訪れる。身体の力が抜け、バタリ、とベッドに倒れこんだ。
…どうしたんだ、僕。押し倒された時、絶好のチャンスだったじゃないか。なんで、退いたんだ?
そういえば、あの音がしてからおかしくなった。あの音は一体何なんだ?
意識を集中する。ドクン、ドクンと音が聞こえる。
…これは、僕の心臓の音? なんで、こんなに鼓動が早いんだ...?
心臓がうるさいなんて、恋に堕ちた人のようだな。
………恋?
いや、何を考えているんだ!!
恋に堕ちるのは僕じゃない! ファルカさんだ! 堕とす前に堕ちてどうする!
一人、静かな部屋の中、布団の中で静かに暴れまわった。
─────────
押し倒した時のフリンズ、あれはついに来たかもな。
夜風に吹かれながら、先程の出来事を思い耽る。
お前の目論みはわかっている。俺を堕ちて欲しいんだろ?
…俺は、とっくに堕ちている。だけど、一人堕ちるのも、癪じゃないか。
一緒に堕ちような、フリンズ。
まだ、牙を剥く時ではない。もっと、深みに堕ちてくれ。俺と同じくらいに。
フリンズが堕ちるその時まで、白い肌に食らいつくのは、我慢する。白い肌を思い出し、溢れでそうになる唾液を飲み込んだ。
大団長が僕に堕ちない!➁ | Privatter+
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