かべこ
2026-04-29 00:12:57
11920文字
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春が降りそそぐ

※いこさんお誕生日記念にかいたはなし
※付き合って10年以上経ってるいこみず
※いこみずワンライに投稿したお題「アクセサリー」が元の話になってますので、1Pめはその話です。本編は2Pから。
※ボーダー就職ifです。全体的に設定がしっかりしてません。大丈夫な方向けです。
※年齢も30代中盤ぐらいを想定してます
※捏造トリオン攻撃あります



その日は風の強い日だった。


遠征を終え、およそ1年と2か月ぶりに住み慣れた場所、故郷と言ってもいいのだろうか。俺が帰るべき場所に帰ってきたという思いがした。
1年と2ヶ月という期間は果たして長いのだろうかと考える。世の中には職種にもよるだろうけど単身赴任で5年、8年。下手したらそれ以上帰れない人もいると聞く。
そんなに長い間帰らないなんて俺には考えられへんなと思ったが、生まれ故郷を出て、親元を離れ、もう15年以上経っている事を思うと俺も似たようなもんやったわ、と考え直す。

今、長い間ここを離れられるかと心の内で想像してみるがどうしてもその選択肢を選ぶことはできなさそうだった。そもそも1年2ヶ月でこうなのだから。
とにかく、こちらに戻ってきてからは漠然と早く帰りたいという思いが胸に渦巻いていた。早く、あの部屋に、そこにいる水上に会いたかった。最後に会話した時のことを思い出す。
冬の朝の空気と、薬指に光る指輪、春になったらまた会いましょうとさみしげに言った顔を思い出す。
思えば三門に来てからほぼほぼずっと一緒にいたのだ。こんなに会えないなんてことはなかったからか、脳が、体中の細胞が足りないと騒いでいるようだった。同じ世界ですぐ近くにいるのだと思ったら、ますます早く会いたいと思った。

近界からの帰還後、しばらく検査のため入院をしていた。
せっかくこっちに帰ってきたのにまっすぐ帰れずでもどかしかったのだが、それも今日で終わりで晴れて解放された。ボーダー付属の病院を出るときはまだ昼前だったため本部に寄っていけば水上に少しだけでも早く会えるんじゃないかと思い、顔を出すことにした。


「あ、休み?」

そのまま水上が所属する課に向かうと、ちょうど見知った顔がいたので呼び止めて水上がいるかどうか聞いたらそう返された。
先に水上に直接連絡を取ればよかったのだが、遠征中に預けておいた個人のスマホも先程返却されたばかりだったせいもあり、設定やらなんやらの確認さえも煩わしく感じて直接来てしまった。けれど、気持ちが急ぎすぎていたようだ。

聞くとどうやら大きな案件が終わったあと、少し体調を崩したためと休みの申請があったとのことだった。
そう聞くといてもたってもいられず相手に礼を言い立ち去ろうとした。その際に「生駒さんも、無理しないでゆっくり休んで下さいね」と声をかけられたので、おおきにと返しておいた。


その後すぐに本部を出て、近くのドラッグストアでスポドリとゼリー飲料を買って帰路につく。
天気は昨日までずっと雨が続いていたが、今日はうって変わって雲一つない晴天だった。目に入る青空の薄ぼんやりした色に、冬から春になったんやなと季節の移り変わりを感じた。強い風がびゅぅと強く吹き付け、遅咲きの桜の花びらが瑞々しい緑の葉の間からひらひらと降ってきた。

(体調悪うしとるんか)

春になると花粉症やら温度変化やら気圧やらで毎年うっすら体調を悪くしている姿を思い浮かべる。自分はそこまで季節の変わり目に敏感ではないので辛さはよくわからないが、しんどそうにしているのを気の毒に思いつつそれを気にかけることぐらいしかできない。本人は風物詩みたいなもんですわ、と言うもののやはりいつもよりしゅんとしている姿を見ると自分の中で労ってやりたいという気持ちが爆発する。
そうして殊更世話を焼くのだが、本人からは感謝されつつもあんまり甘やかしたらあかんですよ、と言われる。何年経ってもだ。けれどこればっかりは仕方ない。
一度、大事な人を甘やかして何があかんのと聞いてみたところ、俺の言い方が真剣だったのを受けてかそれまでの軽い言い方を引っ込めて水上は答えた。

甘やかされて、依存して、あんたなしでは生きられなくなるのが怖いんですわ。

こちらと目を合わせずに窓の外を見ながら答えたため、水上がどんな顔をしていたかまではわからなかった。そういう水上の言葉を聞いても、それの何があかんのかやはりわからなかったが、そうか、とだけ返した。

その時もちょうど、季節は春だった気がした。


そんなことを考えながら、1年前の記憶の中とあまり変わっていない道を通って家に着いた。
玄関のドアを開けるとしん、と静まり返っていた。いないのかとも思ったが玄関には1足分の靴やサンダルが転がっていたので、休んでいるのかもと思い静かに部屋に上がった。帰り道でも既に懐かしさに心が震えていたのだが、こうして自宅に足を踏み入れて部屋の空気を感じるとそれだけでもやっと帰ってきたという気持ちになった。
荷物を持ったままリビングに入ると、会いたかった人物は、ソファに横になり静かに寝息を立てていた。

荷物をその場にそっと起き、ソファに近づき膝をついて静かにその顔を眺める。記憶の中の寝顔より、ずっとくたびれているように感じた。
ソファの目の前のローテーブルには、食事をした後のカップ麺の容器と半分ほど水が入ったコップ、なんらかの薬が入っていたであろう包装が置いてあった。どうやら食事をしたあと、そのままソファで眠ってしまったようだ。
体調は大丈夫だろうか、調子が良くないようなら自室の布団で休んだ方がよいとは思うが、よく眠っている顔を見るともう少し寝かせてやりたい気もした。


窓の外からは柔らかな日差しが差し込み部屋を暖めており、鳥のさえずりが遠くに聞こえる。しかし風が強いようで時折強く風がうねる音も聞こえた。
そんな春めいた部屋の中で眠る水上の姿をみていると心のどこかで渇いていた部分が、急激に潤っていくように感じた。春の暖かい雨が、冬を越えた草花に降り注ぐ景色が心に浮かぶ。帰ってきたんや、そう改めて実感すると少し泣きそうになった。

ふと、横になっている水上の腹の上で重ねられた手が目に入る。その左手の薬指に細い指輪が輝いているのを愛おしく思った。
あの日、別れる前にその指輪に小さく唇を落としたのだが、我ながらそんなことする顔やないやん、とその後遠征艇の中で居た堪れなくなり身悶えたことを覚えている。今思い出しても身悶えしそうだ。
手にそっと触れてみると温かい。記憶の中で触れた手はひんやりと冷たかったのでその温もりにホッとする。指輪が光る指から、骨張った手の甲まで堪能するように指を滑らしてみる。このスラリとした手も好きなのだ。

「ん……

しつこく手を撫でていたせいだろうか水上が身じろぎをする。起こしてもうたと手を引こうとしたが、逆に手首を掴まれた。

「イコ、さん……?」

寝起きではあるが、それよりも驚きの方が大きかったのだろう。水上は俺の手首を掴み目を見開いたまま固まっている。水上の手にぎゅうっと力が入る。

「起こしてもうたな、ただいま」
「な、んで……え?」

確かに連絡もなしに急に帰ってきたので驚くのも仕方ないと感じた。やはり多少面倒でも先に連絡しておくべきだったか。

「これ……夢か?」

俺から目線を外した水上はひとりごとのようにポツリと呟いた。

「夢ちゃうよ」
………都合良すぎる」
「夢やなくても都合が良すぎることやってあるやろ」
「やっぱ夢や」
「えぇ……

寝起きの顔で言い切られてしまい、どうしようと考えた瞬間、手を強く引かれ横になってる水上の胸へ倒れ込んだところを強く抱き締められた。水上の匂いがふわりと鼻腔に広がった。

「敏志」
「夢でもええ」
「夢ちゃうて」
「会いたかった」
……

痛いぐらいに抱きとめられる。行き場のない手をそのままもぞもぞと探りながらの水上の背に回し、同じくらいの力で抱きしめた。

「もう、会えへん、おもた……

俺の肩口に顎を乗せていたので表情はわからなかったが、その湿った呟きから、水上に強いてた負担の事を思った。

「すまん。心配かけた」
……はやく、帰ってきてください……
「おん。すまん、すまんかったなぁ」
「もう、夢でもええ……
……なぁ。とりあえず寝てたとこ起こしてもうてごめんな。けど、えーと……夢やないで。ほんまもんのイコさんやで」

体を離してまっすぐに顔を見つめる。水上は眠たげな目を丸く見開いていた。目が合うと困ったように眉を寄せた。

「俺も、ずっと会いたかった。……ただいま」

そう告げると、水上は顔を歪ませて何か言おうとするが言葉にならないようで息を吸ったり吐いたりしていた。
その表情は泣きたいようで、泣けないような。そんな表情だった。俺はそれ以上何も言えなかった。なので、水上を再び抱き寄せた。改めて水上の存在を腕の中に感じることができて、俺の方も鼻の奥がツンと痛んで、泣いてしまいそうだった。



「やっぱり俺がやりますよ。座ってて下さい」
「ええよ、おまえ体調良くないんやろ。休んどき」
「いやせやけど、安静にしてなくて大丈夫なんですか」
「大丈夫だから退院させてもらえたんやろ。元気なもんやで。心配してくれてありがとうな」
「そんなんするに決まってるやないですか……

家に帰ってきて水上の顔をみて安心したのか、昼になっていたこともあり腹が減ってきた。その上しばらく食べれなかったせいか無性にカレーが食べたくなり、とりあえずレトルトのカレーと米をキッチンで温めている。
冷蔵庫でカチコチに冷凍されている米をみて、ストック作っててえらいやんと声をかけると、いつの米かわかりませんから使うのやめて下さいと返ってきてずっこけそうになる。そんなわけでカレーだけでなく米もレトルトになった。これはどちらも消費期限内だった。

「おまえのことやって心配やわ。なんかめちゃくちゃな生活しとったんちゃうか?」
………そう、ですね。あんま褒められた生活ではないです」

ちらりと水上を見やれば、片手で首筋に手をあててソファに座っていた。昔からの癖でよく見かけるポーズだった。

人は不安や緊張している時や、本音を隠したい時に首筋を触ったりすることがあると誰かからか聞いたことがある。その事を聞いて真っ先に思い浮かんだのが水上だ。だから水上に確かめてみたのだが、どうでしょうねぇと首筋を撫でつつ、そう思わせたいためのブラフかもしれませんよと言った。
口に出したことと違う動きを意図的にできるような男である。自分だったらと考えただけで頭がこんがらがるような事でも何食わぬ顔してできるだろう。けれど、今は行動通りの心情であるのだろうなとなんとなく察せられた。

ただのカンやけど外れたことはない。おまえが思っている以上に俺もおまえのこと見とるからな。

そう思いつつも、いま水上の中で様々な感情が渦巻いていると思うと早く安心させてやりたかった。

電子レンジがチンと鳴り、カレーを取り出す。この電子レンジも、カレーを乗せてる皿も、スプーンも。何一つ変わっていない。記憶通りのものだ。
カレーを乗せたトレーを持ち、もう片方の手に2リットルのスポドリを持ってそれらを水上が座っているソファの前のローテーブルに置く。そして自分はソファではなくローテーブルの前に腰を下ろした。

「ソファ、座ってくださいよ」
「いや、おまえの顔見て話しせなあかんと思うて」
……話なら先にカレー食べてからでええですよ」
「そうか? まぁそうか。飯食いながらする話でもないか」
………
「ナスも欲しいところやけどそれはまた今度やな」

正午を過ぎ、南を向いた窓からより多くの日差しが差し込む。そんな当たり前の光景さえも眩しくて目を細める。

「遠征したとこ、曇ってた日ばっかだったやん?太陽の光浴びるとなんか安心するわ」
「ええ。なかなかしんどいとこだったみたいですね。霧が凄くて調査が難航するから行くなら1年が限界とも聞きました」
「せやな」
「あんたが呼ばれるくらい物騒なところとも」
「まぁ骨が折れたわ」
……カレー、どうですか?」
「ウマくないわけないやろ。感動するわ」
「なんでもウマいって言いますやん」

ゆっくり食べてください、と言いつつ張り詰めた表情だった水上の口角が少し上がっていた。


───

俺は、先の遠征でトリオン攻撃を受け、そのまま2年ほどトリオン体のまま眠り続けていたらしい。その間の記憶は全くないし、なんならつい先日まで遠征していたような気分だった。
不利な状況での撤退戦で、みな疲弊している状況だった。そんな中で殿を請け負い、迫りくるものをひたすら斬りまくっていた矢先、不意を突かれた若手が敵からの攻撃をまともに喰らいそうなところを思わず庇ってその攻撃を受けた。その場ではなんともなかったものの、遠征艇に戻ったところでぱったりと記憶は途切れていた。
3日ぐらい眠っていたものかと思ったが、予想よりもずっと長いものだった。それを知り、真っ先に頭に浮かんだのは水上のことだったが、ずらりと並んだ関係者の前でそれを聞くのも憚られて、無難に遠征がどうなったかを聞いた。遠征自体は俺以外の件に関してはとっくに無事終わったらしい。
それからは機密事項扱いということで、外部との連絡をとることもままならず一生分の検査ではないかと思うぐらい様々な検査を受け、漸くお墨付きをもらい今日やっと解放された。
個人的には眠っている期間よりも、検査していた2週間の方がやたらと長く感じた。意識がなかったので当たり前ではあるのだが。
面会すらもままならなかった。上層部の嵐山が経過観察を兼ねて会いにきてくれたので、その時にやっと水上がどうしているかを聞けた。嵐山は、退院したらなるべく早く会いに行ってやってくれ、と言った。そして、顔や態度にこそは出さないが、ずいぶんと憔悴している、とも告げられた。それはあかんなぁと思わずこめかみを押さえた。

「でも、生駒が帰ってきたならもう安心だな。水上にも変なのが寄ってこないで済むだろう」
「え、ちょお待って、変なのってなに?水上にちょっかい出すオトコおるんか?」
「男も女も両方いるな! まぁ水上が生駒に一途なのは分かりきったことだから、安心して会いに行ってほしい。……目が覚めて本当によかった」
……心配かけた。ほんまありがとうな、嵐山」
「ああ。俺もホッとしたよ」

そう言うと嵐山はいくつになっても変わらない爽やかな笑顔を見せて病室を出て行った。それから退院の連絡が来たのは、3日後のことだった。

───


「うーん、遠征出てから3年も経ってるなんて信じられへんわ」
「まぁそうでしょうね」
「変わったことあったか?」
「言うてそんな変わらないですよ」
「ほんま?」
「ええ」

そういう水上自身は、俺よりもだいぶくたびれてるような気がしてきて心配になる。町の風景だとかボーダー組織の内部事情とか、そんな変化よりも今一番気がかりなのは目の前の水上のことだった。カレーを食べ終えて俺は立ち上がりソファに座る水上の隣にぽすんっと腰を下ろした。

「おまえは」
「せやから、何も変わってないですよ」
「俺よりおまえの方が病院行った方がええんちゃうん?」
「なんすか、嫌味ですか」
「ちゃう、ちゃう、ちゃう!本気で心配しとるんや」
……わかってますよ」
……
「俺、ぜんぜんあかんわ。あんたがおらんだけで、全然、生きていけへんわ」

そういって水上は窓の外に視線を向けた。いつぞやの春と同じように、表情は見えない角度で。
俺はそんな水上の手を握ったけれど、水上はこちらを向くことはしなかった。

そんなことはない。
たとえ俺がいなくなってもおまえは生きていってほしいし、そうであるべきや。

そう言えたら、よかったのかもしれない。
今回は運が良かっただけで、もしかしたらこう言うことが今後あるかもしれない。いつか死が分かつことも。自分が思ってもいないタイミングで、水上だけを残していくことも、残されることも。それでも。

「そうやな。それでええ」
「?」
「俺も、俺のいない世界で、おまえが生きていくと思うと気が狂いそうや」

漸く水上がこちらを向いた。驚いた顔をしていた。

「ええよ。俺なしじゃ生きられんようになってや」
「そんなん、もう……ずっと前からそうですわ」
「俺、絶対おまえのこと離さへんからな。死んでもずっと。なんならおまえのこと、どこにだって連れて行きたいぐらいや」
……そんなら、俺は、達人さんの望みを全力で叶えます。それが、俺の生きる意味です………だから、そんな泣かんといて下さい」

水上の両手が頬に伸びてきて、親指で目尻を拭った。拭っても拭っても涙が止まらなくて、水上は苦笑いを浮かべた。その苦笑いと、涙を拭う手つきがあまりにも優しくて、もしかしたらそれらを永久に失うかと思ったらますます涙が溢れてきた。そのことを思うと、悲しくて寂しくて嗚咽さえ漏れてきた。そうしていると水上に手を引かれて抱きしめられたので、それよりも強い力で抱きしめ返したら、う゛っ、と声を上げて水上は呻いた。その声に思わず笑ってしまった。

「馬鹿力は変わってなくて安心しました」
「おまえは、びっくりするぐらい薄くなっとる。前は絶対にもうちょっと厚みあった」
「変わってないと思いますけどね」
「いや、おまえがわからんでも俺はわかるで」
「まぁあんたおるなら大丈夫です」
「ほんま……苦労かけたな。待っててくれて、おおきに」
「ええ。……俺、今後はどんな手ぇ使ってもあんたのこと離しませんから…………安心してください」
「おん、頼もしいな」
「俺はあんたの参謀ですからね。俺が傍にいる時のあんたが一番厄介だってこと知らしめてやりますよ」
「それ、ええな。おまえの期待に応えられるよう俺も精進せんとな」

そう言うと、水上はまた俺にぎゅっとしがみついてきた。もふもふの赤茶の髪をかき混ぜるようにして頭を撫でてやる。

ふと、水上の肩越しにベランダが目に入った。何の変哲もない窓の外には、鮮やかな青空と柔らかく差し込む陽射しが見える。あぁ、春やなと思った。

静かで、あたたかくて安らげるこの部屋で二人して身を寄せ合う。きっと、お互いこのひとときを守るために生きている。そしてこれからもそう生きていく。何があっても俺が帰るべき場所はここしかないと、腕の中の大切な存在を感じるために、今度はそっと抱きしめた。