MN*B
2026-04-27 23:37:20
4652文字
Public 二次創作
 

餘 ―アマリ―

「化楽―バケガク―」から少しだけ余った部分です



「でもねェ、私にも言い分があるんです。聞いてくださいね」

 窓沿いの席で、横並びに座った相手が話をそう切り出した。その指先では季節物のドリンクが入ったカップを揺らしている。

「改めろと言われても、アレは昔の出来事をいつまでも引きずってこられただけなんですよ。アタシに言われても困っちゃいます」

 嬉しそうにしながら言うことではない。
 彼はカップをテーブルに置くと、両肘を突き、両手の指を編んだ上に顎を乗せた。そして、横目でこちらを見てくる。

「アナタにはないんですか、こういうこと」
「あるわけないだろ」
「エー? 本当ですか~?」

 その辺をお前と同じにするな。
 俺は視線を前に移し、窓ガラスに映る自分達を見た。透けて見えるその姿の向こう側では人々が行き交っている。

「あそこまで強い執着を引き起こすような接し方をしないようにしてる」
「フーン。それは相手にとって? それともアナタが?」
「どっちもだ。喜怒哀楽、どれであっても執着に変わりない。感情を無駄に大きく波立たせないことだな」
「ヘー。ツマラナイですね」
「だろうな」

 俺はそう答えて、目線を自分の手元に落とす。カップに入ったホットコーヒー にスティックシュガーを一本分加え、マドラーで軽く混ぜてから、一口含む。
 俺が一息ついたタイミングで、隣から平坦な問いかけが投げかけられる。

「つまらなくないんですか」
「つまらないな」

 このありきたりな飲み方コーヒーのように。
 波風立てず、当たり障りなく、誰の記憶にも残らないように生きていく。自分の中にも心残りすら起こらない。毒にも薬にもならない生き方だ。

「でも、往来で絡まれることも、ホームから落ちる心配もせずに済む」
「心配性ですね~。私だって滅多にあることじゃないんですよ」
……そうだな」
「おっと、経験者?」
「自ら不幸を招く奴がいた。ソイツはよく色んな所から落ちてたよ」
「アハハ、不用心!」
「ああ、俺もそう思う。お前も気を付けることだな」
「ええ。頭の片隅にでも置いておきましょう」

 彼はそんな返事をして指を解くと、その手にカップを戻した。悠々とドリンクに口を付けたソイツは、次にその口を開く頃には忘れていそうだった。