MN*B
2026-04-27 23:37:20
4652文字
Public 二次創作
 

餘 ―アマリ―

「化楽―バケガク―」から少しだけ余った部分です

 最悪だ。再就職の為の面接帰りに面倒事と遭遇する羽目になるなんて。

 駅前でひと悶着が起きている。その脇を通らなければ構内に入れない、そんな状況だった。
 いや、脇を通るだけなら皆やっていることだ。今まさに、そそくさと通っていく人の姿がある。
 だが俺には、そうするべきではない理由が存在する。

 見覚えのある青年が絡まれているのだ。俺が再就職する羽目になったことに関して、間接的な原因となった人物である。そして、少なからず交流がある相手だ。
 ……とはいえ、一対一で一方的に怒鳴られているだけの状態のようだから大した問題ではないだろう。俺が介入する必要性は感じない。

 騒ぎを遠巻きに眺めながら、俺はどうしたものかと髪をかき上げて……あ、目が合った。
 渦中の彼はこちらに向けてほんの少しだけ目を細め、すぐにその目線を相対している相手に戻す。

 ここで迷うような人間性を発揮しなきゃ良かったか。迷ったほうが〝らしい〟からそうするようにしているが、あの男に関しては止めておいたほうがいいかもしれないな。今度からそうするか。
 特定の誰かだけを異様に毛嫌いするのも人間味が出るだろうし、少なくとも、あの男は人からそうされるだけの人間性をしている。不自然にはならない。

 ただし、今回はそうもいかないようだ。
 面倒だな。……俺はそう感じながらも、鞄の持ち手を握り締めながら、騒ぎに近づいていった。


「こんなッ、人で遊ぶような薄情な奴を庇う必要ある!?」

 うん。全部もっともで何も言い返せないな。別にコイツを庇っているワケではないが、そう見えてしまっても仕方ないこともあり、俺は特に反論もしなかった。

 怒りの余波が仲介に入った俺にも飛んできている。それを一通り聞いた感想として、そうとしか思えなかった。
 しかも、こちらが宥めるような言葉を一言三言言ったところで相手に通じやしない。何をやったらここまで人を怒らせたままにできるんだ、この男は。

 俺の斜め前、怒鳴っている人物の向かい側にいる青年を盗み見る。
 彼、烏兜カラスド ハジメは、表情こそまともぶっているが、その目は興味深そうな色を湛えて、俺と本来はコイツに絡んでいたはずの人を眺めていた。

 俺の逸れた思考と視線を咎めるように「あのさ聞いてる?」と、見知らぬ相手から刺々しく促され、俺は視線をその人へ向け直す羽目になる。
 それは是非、俺じゃないほうに言ってほしいところだ。

「あなた、騙されてるよ。あなたもコイツに誑かされてるんだ。外面だけはいいけど、中身はロクでもない男だよ」

 否定できないな。こうして厄介事に関わる羽目になってると。

 俺は厄介事その1と2を交互に見やって、何も言えないみたいに口を微妙に開けてから困り眉を作る。仲介に失敗した哀れな人間を装った。
 俺がそうやった甲斐があったのか、それとも時間経過でなのか。その人は冷静さを取り戻したようで、終いには居心地が悪そうになる。

「コイツに人の心なんてない。人とも呼べないような奴といるの、やめたほうがいいですよ」

 最後にそんな言葉を言い捨てると、その人は俺達に背中を向けて去って行った。
 それを俺が黙ったまま見送っていれば、俺の斜め横に居る奴が残念がる声で喋り出す。

「あーあ。どうして邪魔したんですか。せっかくオハナシしていたのに」
「お前が俺にそうさせたんだよ」
「アラ、見事な責任転嫁。アタシはそうして欲しいなんて言ってませんよ」

 やっぱり鞄を振り抜いておけば良かったと、俺は若干悔いた。穏便に事を収めようとするのはフラストレーションが溜まる。
 俺が視線を横に向ければ、いつも通りに見える男がいた。彼は話した内容の割に、にこやかに、そこに佇んでいる。

「そうだな。さっきの人の言葉で言えばだが……お前、俺で遊ぼうとしただろ。無視して行っても面白い、割って入りに来ても面白い、別の行動を取っても面白い……ってな。そういう顔してたぞ」
「エー? そんなのアナタの思い込みじゃないですか」
「ああ、事実かどうかはどうだっていい。俺からすればそうだった。それだけで俺が動くには十分なんだよ」

 ヒトは主観で生きている。俺もそうしているだけだ。
 俺は視線を戻し、去って行った後ろ姿を探してみるも……このやり取りの間で見失ってしまったようだ。

「何より、お前のせいで周りから奇異の目で見られる相手が可哀想だ」
「あー! それも責任転嫁ですからね! 絡んできたのはアチラからなのに」

 話す言葉の割に、これまた嬉しそうに喋る男だ。
 俺は周囲をそれとなく確認しつつ、だがやはり堅実な方法を取ることにする。
 俺が顎で行く方向を示してから歩き出せば、物分かりの良い男は何を言わずともついてきた。

「時間を潰すぞ」
「お茶のお誘いですか」
「そうだが違う」
「んフ、分かってますよ。アタシも駅のホームから落とされたくはないですからね」
「お前を殺しかねない精神状態の人が哀れだからな」
「アレッ、アタシは?」
「身の振り方を改めろ。いつか取り返しがつかないことになるぞ」
「それはアナタの実体験?」
「ハッ。俺は取り返しがついてるからお前の前に居るんだ」
「とか言って、強がりなんじゃないの~」
……やっぱり電車に乗るか。帰りは遅くなるが構わないよな」
「イヤでーす。サ、オゴってくださいよ」
「あーハイハイ。恵んでやればいいんだろ」
「って言っても、アタシのほうが稼いでる自信ありますけどネ!」
「金じゃねぇ、慈悲をだよ」
「アハハ、手厳し~!!」

 そもそも失業中の人間と比べるのが間違いだろう。しかも、その口火を切ったのもコイツだ。
 そんな彼と顔すら合わせずに歩きながら話したが、ここで俺は視線を軽く横に向ける。作り物めいた笑顔が目に入り、溜息が出た。
 それから、嫌々ながら口を開く。

「言っておくがな。俺も人間だから、知人に肩入れする主義なんだ。お前が知り合いじゃなかったら遠巻きにしてスルーするのが安牌だ」
「ええ。今回はアナタのスタンスとポリシーに則っただけでしょうから」
「俺はお前に誑かされてるわけじゃない」
「ああ、はい」
「お前が人間じゃなかったら、誘いに乗るのも誘うのだって以ての外だ」

 そんなムキにならなくても、と言いたげだった目が、はたと何かに気がついたとばかりに見開かれる。

……アナタ、励ましてるんですか? 私を? 庇うだけでなく?」
「はあ゙?」

 なんでそうなるんだと、思わず口の端が歪んだ。
 彼は俺の表情を覗き見て、「ウッワ。アタナのそんな嫌悪丸出しの顔ハジメテ見ました」と、引いてるのか喜んでるのか、それらが綯い交ぜになったみたいな感想をこぼした。
 俺も表情はそのままに、コイツが勘違いしないように念押しをしておく。

「俺が、人間に、誑かされるのが好きなんだ。お前がどうだとかじゃない」

 自意識過剰やめろ。ここに居るのがお前じゃなくても俺はそうしたんだから、今ここに居るのがお前であることに意味を見出すな。
 俺はそう言い切って、歩く速度を上げる。それとは逆に何故か彼は足を止めたらしく、俺の視界からその姿が消えた。
 俺が構わず歩き続けると、背後から大笑いする声が響く。

「アッハッハッ!! とんだ性癖の大暴露ですね〜!!」

 アイツ、往来でとんでもないことを口走っている。それも大声で盛大に。
 目立ちたくもなかったので特に否定せず、無関係のヒトの如く、俺はさっさと先を行く。しかし、後ろから面倒な男がすぐに追いかけてきた。

「変なトコ気にしますね、アナタって! 他からすれば大した違いありませんよ」
「大違いだ」
「まあ、私達の感覚で言えば、明確な差です」

 先程までとは明らかに違い、彼は足取り軽く俺の横に並んでくる。

「私は以前、あらゆる許容は無関心と同じだと言われたことがあります。アナタもそのクチですね。アハッ、面白い」
「どちらも干渉しないという点で似通っているからな」

 全てを許すということは、反応しないに等しい。
 その態度はまるで気にも留めていないかのようにも受け取られる。心が動くこともなく、精神になんら影響がないのだと、相手からはそう見えるのだろう。
 受け入れている時点で無関心とは程遠いのに、大した反応がなければ、ないのと同じ扱いらしい。

「心外ですよねェ。アタシはこんなにも興味津々なのに」
「興味があることと関心が向けられているかは別って話だろ」
「アラ、アナタって言葉遊びが御上手」
「言葉選びが上手いって言え」
「ええ、全く。その通りですね」

 ちょっとの差で印象というモノは姿を変える。それなら、少しでも良く見せていたほうが世の中うまく回って、面倒がない。
 それが実体とは別の姿になったとしても、そうやってヒトは生活しているものだ。ヒトは誰しも他者に見せたい姿に化けているのだから。