冬暁
2026-04-27 10:30:55
6287文字
Public 鳴保
 

夏シチュビンゴ2種(水族館,遊園地)

なんさんが書いていたビンゴに参加させてもらったやつです。遅くなってしまいましたが、参加させていただきありがとうございました!


夜の水族館はあつかった


 星空が小さく瞬き、日中に比べれば人気ひとけの少ない駅前。植えられた街路樹のその陰に探し人はいた。
 深く帽子を被って、オーバーサイズの服を着て。それでも変わらないピンと伸びた後ろ姿に苦笑する。鋭い眼差しも、しなやかな筋肉も見えないのに、纏う雰囲気はいつだって凛として美しい。
 だからほら、チラチラと視線を向けられてる。
「保科」
 誰かに手を伸ばされる前にその背中に声をかける。振り返った保科は柔らかく頬を緩めて八重歯を見せた。
「鳴海隊長。こんばんは」
「ああ」
「今日は気持ちええ夜ですねぇ。ちょっともったいない気もしてくるくらいに」
「そうか?」
 春が過ぎ、夏が近づいてきて冷え込む夜も少なくなってきた。それでも日によっては肌寒い時もあるのに、今日は昼間も汗ばむほどに気温が高かったからか、薄手の長袖でちょうどいい。もったいないかはともかく、気持ちがいい温度なのは確かだ。
「そこまで遠いわけでもないですし、歩きません?」
「バスが出てるのにか?」
「たまにはええやないですか」
「まぁ、別に良いが……
「なら行きましょ」
 いつの間に確認してたのか、軽く道路を指差した保科が歩き出す。その後を追いながら、早鐘を打つ心臓に深く息をした。
 ——ボクたちは今日、夜の水族館でデートする。
 誘ったのはボクだった。少し前に保科が話題に上げていたのが今から向かう場所だ。最近水族館に行ってへんな、なんて何のきっかけか話していたのを偶々聞いた。その場にいたわけじゃないからどういう話の流れかはわからない。
 ただ、チャンスかもしれないと思った。
「それにしてもくじで当てたんでしたっけ。なかなかの確率ですよね」
……ッ、まぁな」
「ホンマに僕で良かったんです? 鳴海隊長と出かけたい人なんて第1には多そうですけど」
「だからこそ下手に誘うわけにはいかんだろう。それより、その隊長呼びやめろ。一応プライベートなんだからな」
 保科は僅かに首を傾げると、納得したように頷いた。
「それもそうですね。鳴海さん?」
「ん」
 じわ、と熱を持った気がして顔を逸らす。ほんの少し呼び方が変わっただけなのに、新鮮で落ち着かない。自分が思うよりも浮かれているのかもしれない。
「第1の子らに怒られそうやわ。鳴海さんの休日を僕が独り占めなんて」
「ひ、ッ!? いや、ボクが休みに誰と何をしてようが文句を言われる筋合いないだろ! それに、ボクの方こそ言われそうだ」
「鳴海さんが?」
「第3にはお前を慕ってる奴が多いだろ。ボクが、……お前を独り占めしてるって」
 ごにょ、と語尾が消えていく。独り占め。独り占め? なんだその言葉選びは。
 保科も、ボクと出かけることを悪く思ってないんだろうか。いや、そうじゃなきゃそもそも出かけないよな?
 ボクの返しに保科がくすりと笑う。
「流石にそんなん言うやつ居らへんと思いますよ?」
「亜白辺りは言ってくるだろ」
「亜白隊長は、確かに物珍しさに言いそうですね」
……言ってないよな?」
「休みの予定を毎回言うわけないですか」
「それもそうか」
 もし亜白に知られれば、それはもうチクチクと言われるに違いない。あれは弟を守る姉の如く、保科に過保護なところがある。
「あ、鳴海さん。見えてきましたよ」
 水族館のロゴが大きく刻まれた建物。ガラス張りの入り口は人々が笑みを浮かべながら中へと入る姿が見える。
 チケットを通して中に入ると風通りが良く、生臭さはそう感じない。単純に埋め込みの水槽が多いのもあるだろう。
 人はまばらではあるものの、思っていたよりはいた。
「意外と人多いな……
「夜の水族館なんてなかなか行けるもんやないですから」
 保科は気の抜けたゆるい笑みを浮かべる。その横顔は期待に輝いているようにも見えた。
 館内は心地良い柔らかなBGMが流れ、最低限のライトが足元を照らす。特に順路は決まっていないらしく、入場者は好きなように水槽を眺めていた。
 仄かな蒼いライトの中で悠々と泳ぐ魚。揺れる水面。ささやかな会話の声。
 想像していたよりもずっと心地良い空間だった。
「夜の水族館なんて初めてやけど、また違ってええですね」
 細目の、僅かに見える瞳が蒼く照らされている。基地で顔を合わせるたびに揶揄い交じりに笑う姿とは違う。無防備にも見えた。防衛隊員としての保科宗四郎じゃない。そう気づくと、つい張り合いたくなる心が静かになるのがわかった。
 蒼い世界の中で銀色の鱗が反射する。眺める人間の視線をものともせず、名前も知らない魚は横切って行った。
「そうだな」
 素直に肯定すると保科が意外そうにボクを見た。
「案外悪くない」
————
 保科が薄く唇を開く。八重歯がチラリと覗いて、ボクは目を逸らした。
 触れたい。そんな感情が存在を主張し始める。
「鳴海さんも、いつもとなんかちゃいますね」
 戸惑ったような、普段よりもぎこちない声。
「いつもやったら魚が泳いでるだけだろとか言いません?」
「魚が泳いでるだけなのは事実だが、それを楽しむ場所だろ。それに」
 ぽろっ、とついこぼれ落ちそうになった言葉を飲み込む。流石にこれは言うべきじゃないだろ。というか気を抜き過ぎてないかボク!?
「それに、なんです?」
 うろうろと視線を彷徨わせる。お前といるから、なんてクサいセリフはボクの柄じゃない。そもそも付き合うどころか基本的に犬猿な相手から言われたところで気持ち悪くないか?? でもボクも出かけてるということはそれほどでもない、よな??
 さっきと同じような問答になってボクは首を振った。
「なんでもない」
「気になるやないですか」
「うるさい!」
「顔赤くないです? 何考えとったんですか」
「赤くなっとらんわ!!」
 ニヤニヤ笑う保科を置いて歩き出すも容易く追いつかれる。
「もしかして僕と一緒やから〜とかです? 鳴海さんにもそぉんな可愛いとこあったんですねぇ」
「は、ハァ!? んなわけないが!? 思いあがんなオカッパァ!!」
 反射で噛みついた後に少し後悔する。いや、こんなのいつもと変わらんやろがい。もっと大人になれ、ボク。
 思わず頭を抱えた後、チラリと保科を見る。どうせまたニヤニヤ揶揄い交じりに何か言ってくるんだろう。そう思っていたのに、そこにあったのは驚いたような顔をした保科だった。なんか、顔が赤い? ような?
 動揺して水槽へと目をやると、やっぱり顔を赤くした男が二人いた。
「え? ほんまに?」
「ッ————、ない、わけでも……ない」
 こともない、とごにょごにょ続ける。我ながらどっちつかずな答えだったが、保科はぎこちなく頷いた。多分、あれはあいつもよくわかってなさそう。
 ボクたちがもだもだとしている間に人気ひとけが薄れていく。少し先で賑わいの音が聞こえて、そういえばイベントをやるんだったかと思い出した。
 なんだかムズムズ落ち着かなくて、ガシガシと髪をかくと無防備な手を見た。
「行くぞ」
 その手を掴んで奥へと早足に進む。無骨で胼胝だらけの手だった。手汗がじわりと出そうで舌を打ちたくなる。
 水槽の灯りも最低限になったそこは隣の顔がギリギリ見えるかというくらいだった。
 つい掴んだけど手、離したほうがいいのか。というか口から先に生まれたんじゃないかって奴が全く話さないんだが。今どんな顔してるんだ。やっぱり嫌だったのか。いや、そもそも友達でも手は繋がないよな。
 くそ、本当にボクらしくない。お前のせいだ。
 ぐるぐる思考を巡らせて、そっと力を緩める。
——ッ!?!?」
 ボクが思わず隣を見ると、合わせるように奴は顔を逸らした。視線を下ろすと、緩んだはずの手がピタリとくっついてる。
 いいってこと、だよな?
 心臓がうるさくて周りの音なんて少しも入らなかった。注目の集まる水槽も他所にボクの意識は片手に集中する。
 確認するように軽く甲を撫でてみた。ピクリと震えた手は応えるようにキュッと絞まる。
 さっきまで散々言い合っていたくせに、今はどちらも黙り込んだままだった。
 楽しげな声が周りから聞こえる中、ボクらは壁を見つめたままそっと指先を絡める。
 どちらのものともわからない熱が、どうしようもなく熱くてたまらなかった。

Posted by 冬暁/薄明