摩耗してどんどん忘れていく日々。そんな日々でも楽しみがある。眠っている時だ。
睡眠中は記憶を整理しやすい。彼の思い出を、少しずつ思い出そうとする。
『待っています。ここで、貴方が帰ってくるのを』
『ああ、必ず帰ってくる』
声は思い出せない。でも、そう言っていた気がする。
頑張って、彼のことを思い出す。そういえば、よく見上げていた気がする。僕より大きかったかもしれない。
…そうだ。大きな、手で、撫でられるのが、好きだった。
また一つ、思い出せた。嬉しい。
目を覚まして、忘れない内に日記に記録する。忘れても思い出せるように。人間の振りをすることを諦めた僕の、唯一の楽しみだった。
────────
自称観光客とのやり取りは、思ったより楽しかった。
最初は警戒していた。冒険者協会から討伐を依頼されたならまだいい。野盗のような奴だったら容赦するつもりはない。
だけど、どちらでもなさそうだった。嘘はついていないが、真実も話していない。
それでも、信頼できる人間であることはわかった。埋葬の依頼もできてよかった。ずっと悩んでいたことだったから。
ランプを見やると、蒼炎が僅かに灯っている。もう、種火くらいしかない。
…残された時間は、それほど残っていない。身体を動かすのも辛くなっている。
だからこそ、掃除なり、魔物討伐をしてくれるのは助かっていた。
…何が目的なんやら。この際、害がなければそれでいい。
埋葬の約束だけ守ってくれれば、それだけでいいのだ。
「フリンズー! 大物が釣れたぞー!」
「
………」
ファルカさんが来てから、夜明かしの墓は騒がしくなった。見た目どおりの明るい男だ。
腕も立つが頭も切れる。ふとした瞬間に、寂しそうな顔をする時もある。一応、元騎士、と言っていた。西風騎士、か。聞き覚えがある。
『俺は ───── 、西風騎士団 ─── で、── 騎士だ』
…そうだ。彼も、西風騎士だった。急いで日記に書かねば!
慌てた様子で地下室に向かう僕を、ファルカさんは怪訝な表情で見つめていた。
日記に、彼は西風騎士団に所属していたことを書く。ということはモンド人だったのか。
…こんな状況でなければ、モンドに行って探しにいけたのに。
せめて、お墓に行きたかった。謝りたかった。
…忘れてしまって、ごめんなさい。愛してるのに。思い出せない。
「
…フリンズ?」
「
………失礼。
……独りにさせてください」
ファルカさんに話を聞くこともできるかもしれない。でも、今は感傷に浸っていたかった。
────────
刺激、というのは重要なのだろう。夢でなくても彼の事を思い出せた。そう言う意味では、ファルカさんと触れあうのは悪くない。
なんとか落ち着いて、今夜の酒飲みに応じることにした。
釣って貰った魚で、燻製を作る。
…そういえば、彼にも燻製を作ってあげたことが、あったのかもしれない。残念ながら、思い出せないが。
用意ができたので、乾杯をする。
「月に乾杯!」
「
…なんですか、それ。
…月に乾杯」
乾杯でいいだろうに。確かにナドクライには月神がいるが。
そう言うと、ファルカさんは泣きそうな顔をしていた。尋ねてもはぐらかされる。
…流されたが、まあいいか。
燻製をファルカさんにあげると、目を輝かせて食べてくれた。
酒を飲みながら、西風騎士について聞く。西風騎士には称号があるらしい。蒲公英、火花、北風
…継承されたり、大団長が付けたりしている、ということだ。
「
……どうして、気になったん、だ
…?」
「
…彼が、西風騎士団に所属していたことを思い出したんです。おそらく、称号を授かっていました」
「
………そう、か」
そう答えると深く考え込んでいた。
「
…………フリンズは、もし、彼に、会えたら
…どうするんだ?」
「彼に、会えたら
…?」
「
………地脈で、会えるかも、しれないだろ」
彼に会えたら。考えた事もなかった。でも、確かに地脈で会えるかもしれない。
「
……会わない方が、いいかもしれません」
「
…………どうして、だ?」
「だって、僕は彼の事を覚えていませんから」
会いたい。抱き締めて愛してると伝えたい。
…でも、わからないのだ。声をかけられても、わからないなら、会わない方がいいかもしれない。この想いを抱えてるだけでも、幸せなのだから。
そう答えると、ファルカさんは黙りこくってしまった。
「
……………かれの、ほうから、
……こえを、かけられたら?」
「
…戸惑う、かもしれませんね。
…謝っても許してもらえるのでしょうか」
「
………ゆるして、もらえるさ」
ファルカさんはだいぶ酔っているようだ。その後の言葉は小声すぎて聞き取れなかった。
ファルカさんの酔いがだいぶ回ったようだったので、お開きになった。
ふらふらになりながら立ち上がろうとする姿に肩を貸す。なんとか立ち上がることはできたようだ。
「
…………ありがとう、な」
頭に大きな手が、置かれる。
大きな、手だ。
まるで、彼に、撫でられた、ような。
「
……また、あした」
そう言って去ったが、僕は何故か動けなかった。
─────────
『待っています。ここで、貴方が帰ってくるのを』
『ああ、必ず帰ってくる』
声は思い出せない。でも、そう言っていた気がする。
頑張って、彼のことを思い出す。そういえば、よく見上げていた気がする。僕より大きかったかもしれない。
大きな手で、撫でられるのが、好きで。
大きな手が、頭に置かれる。
目の前の彼が、ぶれる。
思わずしがみつくと、彼はファルカさんになっていた。
────────
「 ────っ!!!」
飛び起きる。汗が気持ち悪い。
…でも、それ以上に、
僕が、気色悪い。
着替えもせず、彼の元へ走る。彼の墓にすがりつく。
「
……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
彼に、ファルカさんに、謝る。
…僕が、楽になるため、に。
……さいてい、だ。
身体の力が入らなくなり、地面に転がる。
ランプが、カランと音を立てる。
蒼炎の種火が、消えようとしていた。
思い出せなくても、愛してる③ | Privatter+
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