幼い頃から、不思議な感覚に陥ることは度々あった。
あの頃はなんと表現すればいいのかわからなかったが、今ならわかる。既視感だ。
それがわかったのは、再び神の瞳を授かった時だった。触れた瞬間、記憶が一気に流れ込んで、気を失った。
夢では、過去の追体験をした。
モンドで西風騎士団大団長になり、厄災の未来を見てしまい、遠征に赴き、ナドクライで最愛に出会えたこと。
キリル。酒が好きで、気が合って、気がつけば想いを馳せていた。キリルも同じ想いを抱いている事がわかり、天に昇るような幸せだった。
一度、モンドに帰還することになり、帰ってきたら指輪を買おうと約束していた。
だけど、俺はアビスの襲撃をくらい、重傷を負い、そのまま死んでしまった。
…死ぬ前に、俺の神の瞳をフリンズに渡してくれ、そうアルベドに頼んだ。そこまでしか覚えていない。
どうやら、それも300年ほど前の出来事だった。
歴史書を読んで記憶との照合をすると、俺が死んだ後はジンが意思を継いで大団長となり、モンドを守ってくれていた。
モンドは今でも自由と平和を謳歌している。
…よかった。
偶然か必然か、今生も“ファルカ”という名が与えられ、西風騎士団に所属していた。
前世では西風騎士団の大団長としてモンドを守っていた。今は俺がいなくても、モンドは大丈夫だ。その足で西風騎士団を脱退する手続きをしてきた。
────────
夜明かしの墓で、愛しき人が見送りに来てくれた。
『待っています。ここで、貴方が帰ってくるのを』
『ああ、必ず帰ってくる』
触れるだけのキスをする。続きは帰ってきてからだな、そう言うと、フリンズは愛しそうに微笑んでいた。
目を開けると、見慣れぬ天井だ。床はぐらぐらと揺れている。
…そういえば、航海の最中だった。モンドからナドクライ行きの船に乗れたんだった。
…懐かしい夢だ。あれが、最期の別れになってしまった。
フリンズはフェイだ。長寿だから、今もまだ、待ってくれているかもしれない。
…いや、待っているかもわからない。もしかしたら、新しい恋をしているかもしれない。
…すごく嫌だが、約束を守らなかったのは俺だ。その時は諦めて身を引こう。
そんな事を考えていると、あっという間にナドクライに到着した。
300年も経てば、変わらない方がおかしい。ナシャタウンという名前は残っていたが、町並みは見知らぬものだった。
パハ島にある夜明かしの墓について調べると、近寄らない方がいいと警告された。
あそこには変わり者のフェイがいる。近寄れば魂を取られるぞ。
そんな話がナシャタウンには伝わっていたようだ。
なんでも、野盗が襲いかかった時に派手にやりあったようで、住民からは恐れられているようだ。
人は未知に恐怖を抱くから仕方がないとして、違和感を覚える。フェイとして知られていても、平然と夜明かしの墓にいると思われるフリンズ。あんなに人の振りをすることに必死だったのに。
…まあ、300年も経てば、考えが変わったのかもしれない。
パハ島に向かうと、夜明かしの墓の中心にあった灯台がない。300年前には古びていたから、撤去したのだろうか。近づくと、灯台は朽ちて倒れていた。撤去もままならないのだろう。
朽ちた灯台の近くに、誰かいる。
前世を思い出してから、忘れもしない、愛しき恋人の姿だ。
フリンズは俺の姿を視界に入れると、驚いたように瞬きをした。
「
…これはこれは、何もない所にお客様とは、珍しい
…。どうかされましたか?」
「
………え?」
「見ての通り、この辺りは墓しかありません。ああ、申し遅れました。僕はキリル・チュードミロヴィッチ・フリンズです。フリンズとお呼びください。しがない墓守をしております」
まるで、初対面の人と話すように、何気ない素振りで言われる。何が起こっているのかわからなかった。
「
…………おれは、ファルカ。
…かんこうで、きた」
「そうでしたか。何もありませんが、ごゆっくり観光なさってください」
前世と同じ名前を名乗った。前世で初めて会った時のように、観光に来た、そう伝えたが、フリンズは何も反応を示さなかった。
────────
何が起きているんだろうか。フリンズは、俺の事を忘れたのだろうか。
あれから、何かと用事をつけて夜明かしの墓に通うようになった。フリンズに不信感を抱かれたかもしれないが、とにかく繋がりたくて必死だった。
フリンズの仕事を手伝うようにした。墓の掃除、魔物の討伐、釣りをして食料探し
…そんな日々を過ごしているようだ。
ある朝、フリンズが見当たらなくて探していると、古ぼけた墓の前で祈っていた。
…普段は祈らないのに、何故?
「フリンズ、ここにいたのか!」
「
…ああ、ファルカさんでした」
「まあな、今日はいい酒が手に入ったから、一緒にどうだ?」
「
…………いいですよ」
よく二人で酒を飲んでいたから、反応があるかと思ったら何もない。酔わせて聞き出したい所だが、俺の方が先に潰れるだろう。
フリンズは少し考え込んでいた。俺の方に向き合う。
…その姿は、あの頃と何一つ変わっていない。
「ファルカさん、貴方の目的はなんですか?」
「
…目的?」
「流石に観光ではないでしょう? 一度だけならまだしも、何度もここに訪れる理由はない。予想になりますが、冒険者協会から僕の調査を依頼されたのでは?」
「
………」
違う。フリンズに何があったのか知りたい。それだけだ。でも、話しても信じて貰えないだろう。
「
…フリンズの事を、知りたい、からだな」
「
………調査ではなくて?」
「依頼された訳ではない。俺が、フリンズを知りたい。それだけだ」
言葉は少し違うが、意味は似ている。でも本心でもある。
真っ直ぐフリンズを見据えて答えると、フリンズもこちらをじっと見つめていた。しばらく見つめあっていたが、ため息を吐かれた。
「
…どうやら、嘘ではなさそうですね。今度から何かと用事をつけなくてもいいですよ」
…流石に、怪しまれていたのか。ちょっと気まずい。話題を変えるか。
「そういえば、この墓石、熱心に祈っていたな。誰が眠っているんだ?」
「
………誰も眠っていません」
「え?」
「本物のお墓は彼の故郷にあります。ただ、僕が心のよすがとして作っただけです」
「
……その、どういう関係だったんだ?」
舌が乾いている。聞くのが怖い。でも、聞かなければならない。
「
………僕がフェイであることはご存知ですね?」
「
…ああ」
「かつて、僕に恋人がいました。でも、帰郷して、そのまま亡くなってしまいました」
それは、俺の事では、ないだろうか。
忘れてなかったのだ。恨まれてなかったのだ。なのに、俺を見つめる瞳には、熱がない。
「
……その、
……こい、びと
…は
………どんな、人
……だったん、だ?」
なんで、フリンズは、俺の事を気付いてくれないんだ?
「覚えてません」
「
………え?」
「長く生きすぎたせいで、忘れてしまいました。声も、顔も、名前も。
…この墓石に名前を掘っていたのですが、野盗が墓を荒らした時に消えてしまって、存在しか覚えていないんです」
頑張って人間の振りをしていたのに、本気で怒ってしまってバレてしまいました。
そう言うフリンズの声が遠い。
…ほんとうに、忘れられていたのだ。名前すら、思い出せないくらいに。
どれだけの時を待っててくれていたのだろうか。今でも祈ってくれるくらいに、俺の事を想っていてくれたのに。
「ファルカさん、お願いがあります」
「
………なん、
…だ?」
「僕はもうすぐ死にます。長く生きてきましたが、ようやく寿命が訪れそうです」
「彼の隣に、僕を埋葬してもらえないでしょうか。
…声も、顔も、名前も、思い出せなくても、愛しているんです。彼の隣で眠りたい」
「
……………っ」
「もちろん、報酬はお支払いします。物好きな貴方くらいしか、頼めません」
「
……………………わかった」
絞り出すように、声を出す。
これは、約束を守れなかった、罰なのだろうか。
隣にいる、そう叫びたい。でも、今言っても、信じて貰えないだろう。
墓石を見つめる瞳には、かつて俺に向けられていた熱が込められていた。
思い出せなくても、愛してる② | Privatter+
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