無窓居室
2026-04-20 03:35:41
6018文字
Public Pixv投稿企画
 

夢(Pixv執筆応援プロジェクト4月)

前編捏造。若くして病死した👹の母親の話とか出てきます。
ある種の死にネタなのでなんでも許せる方のみご覧ください。



 天界の最も高いところにある執務室では、今日も二人の天使が業務に勤しんでいた。並の天使とは比べ物にならない手際で仕事を片付けていくBを見て、いずれ自分が完全に神を襲名しAの名を脱した暁には、このBが新たな〝A〟になるのだろうと現在のAは考える。確実な未来のはずなのにどこか現実味のない想像だった。

「見てみ、あの娘。良かったな。お前の昔の友達とも仲良さそうや」
 
 本来なら休憩の時間。惑星の動きと各世界の事象の連動を確認していたBから水晶盤を奪い取ってAは言った。何故そんなことをしたのか、理論派のAにしては珍しく整合性のある理由を導けない。ただ単にBを出し抜いてやりたかっただけかもしれない。
 無理やりに映し出した水晶盤の面の人物を、しかしBは一瞥しただけで目を逸らしてしまった。

「それがどうしました?」

 そっけない返答は、未練を断ち切るための強がりでも、ましてやAに対する反抗でもない。同格の天使同士で本心を誤魔化すことは不可能だ。人間界と魔界の者達が〝悪魔ブラック〟を忘れたように、天界の者達がBの堕天をもはや思い出さないように、Bの中からも堕天によって獲得したものは無かったことになったのだ。喜びも、快楽も、悪意も、幸福も、そして愛も。
 ただ一羽の白鳩に姿を変えた使い魔が、鏡玉レンズに似た一つ目をきらめかせて寄り添っている。彼ももうかつて自分が何者だったかを知らないだろう。覚えていない夢のように。
 
「問題なさそうですね」

 何に対してかBが呟く。何であれ問題のあるはずがない。Bが関わっている限り。つまらなさそうなAが盤を離す間に、Bは次の仕事に取り掛かっていた。書類を捲る音が執務室に響く。仮面をつけない片顔にさえ、僅かな憂いも、煩わずらいもない。
 Aは神よりもさらに完璧なものの姿をそこに見た。一切の瑕を免れた完全な天使を、ついにAは己の片腕として手に入れた。そして──そして、何事もない。

 執務室のある建物は人払いが済んで静まり返っている。何ら秘密の会話が交わされていなくても、二人には護衛も手伝いも必要がないから人を置かないのだ。
 いつしかAは自分がBを見つめる視線に、かつてBが盤の中へ注いでいた目つきが乗り移っていることに気づいた。あの赤毛の鬼の娘の運命に未来を見出そうとする眼差しと、今のBに何らかの感情の揺らぎがありはしないかと探す自分の試みの、何と似ていることか。そしてAはやはり、自分がそうしている論理的な理由に至れない。愚かな熱情をはらむ悪魔の姿を、どうしてももう一度見たいなどと感じる訳も。

 かつてBを堕天せしめたものに蝕まれて、次は己が天から落ちることになるのではないかと半ば本気で考える。
 やがて正午の鐘が鳴り、Aはあり得ない夢想を終わらせた。
 ──やはり、何事もない。


 2024/05/14