無窓居室
2026-04-20 03:35:41
6018文字
Public Pixv投稿企画
 

夢(Pixv執筆応援プロジェクト4月)

前編捏造。若くして病死した👹の母親の話とか出てきます。
ある種の死にネタなのでなんでも許せる方のみご覧ください。


 天界の首都の中心部では、雲を礎いしずえにした白亜の建造物が巨大な剣のように天を貫いている。その最上階の執務室で、現在の天界の神──大天使Aと、元大天使B──今や魔界の王である悪魔ブラックは、大理石のテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。
 天界と魔界に初めての平和条約が結ばれて以来、二人のトップは定期的に会談を重ねている。Aが魔界に赴くのを好まないため、もっぱら非公式にブラックを自分の元へ呼びつける形になっているが、堅苦しいことを嫌うブラックにとってはむしろ都合が良い。互いに少しも思いやり合うことなく思惑が一致する。二人は生まれも育ちも違う双子のようだった。

「そっちはどうなん、何か困っとる事ないか?」

 今やAはブラックに、直接的に天界へ戻って自分の片腕になれなどとは言わない。時たまこうして探りを入れるように、自分や天界の力があれば出来る事もあると仄めかすだけだ。柔和なやり方だけに裏の分かりやすいやり取りは、むしろ以前より率直になったと言えるかもしれない。
 謝絶し飽きたブラックが反応せずにいるので、Aは深いため息を吐いた。壮麗なステンドグラスから差す光が二人の横顔へ複雑な陰影を落とす。

「惜しいなぁ」

 テーブルの上には大人の肩幅ほどの四方の水晶の盤が置かれている。資格のある者が覗けば天界・魔界・人間界の、あらゆる事象を映し出すことができる天界の宝具だ。静かな水面を思わせるその表面に、今は赤い髪の少女が映っている。長い髪の隙間から覗く角と尖った耳、快活そうに笑う口元に見える牙。少女の外見は鬼の特徴を備えていたが、水晶盤の示す位置は人間界を指していた。

「天界に来れば〝名前付き〟はまず間違いない実力やろ。物腰は荒いけどあの魂の清らかさなら人間界におっても列福くらいには値するかも知れん」
「信仰心が必要では?」
「そんなもん後からどうとでもなる。聖人伝なんか事実である必要あらへんねん」

 こともなげな返答にブラックが気配を変える。平然とテーブルの上に肘をつくふりをして身を乗り出した。

「アカネさんに余計な真似をしたら許しませんよ」
「ようやく〝対話〟する気になってくれたようやな。さすがの魔王様も、自分のオンナに粉かけられたら黙っておられんちゅう訳や」
「アカネさんだけじゃありません。オレちゃんの撮影仲間、視聴者の皆さん、全てです」

 ブラックの口が凶々しく裂ける。天使Bだった頃と何ら変わらなく見えた顔つきが悪魔らしい陰惨さを露わにしていく。
 Aはその様子を満足気に眺めてから、いかにも慈悲深い庇護者の物腰で口を開いた。ブラックとは逆に、その柔らかな声と表情はAの本性を巧みに覆い隠していくのだった。
 
「喧嘩を売るわけやあらへんよ。ワイは本気で惜しんでるんや。……ええ娘やのに可哀想に」

 ブラックは素直に水晶盤へ目を落とした。盤の縁は地上に存在しない組成の白金で、精密な彫刻に覆われている。それはまだ世界が天界と魔界に分かれる前の時代の文明の文字であり、映し出す映像に合わせて微かに瞬く文字列を解読できれば、ある程度の未来を予測することができた。この場合はアカネの身に将来起こるであろうことが。
 ただしそれは高位の天使にとっても難しい──天界の最高実力者であるAと、かつての次席であったブラックの他には。

「なぜ今、それをオレちゃんに?」

 敵意の失せない視線はしかし、もうAに注意を払っていなかった。すっかり盤に意識を注いでいるらしいブラックに向けてAは寛大に微笑む。

「ワイはこの世に起こる全ての不幸を我がことのように思う。あの娘の未来を変えてあげへんか?」
「無理です。悪魔に運命を左右する力はありません。たとえ魔王と言えども、人の生き死にに関わる事など」

 酷薄に言ってから、再びブラックはAを見た。Aは慈しみ深く頷く。

「悪魔では無理でも、神ならどうやろか?それも、その座に就く資格のある者二人が力を合わせれば……

 執務室の周囲は人払いが済んでいる。果てしなく続く紺碧の空と、遙か眼下に横たわる雲海の他に、二人の会話に耳をそばだてる者は無かった。