不破
2026-04-19 21:27:03
5165文字
Public 空戦
 

#28




 寂れた立体駐車場に落下したらしい。身体は少し痛むが、投げ飛ばされたために衝撃はそこまで大きくなかったようだ。気を失っていたのは少しの間だろう。身体を起こしたニオは足早に階下へ向かう。 

「フュゼ……!」

 嫌なイメージが過ぎる。あんな男でも自分が預かる部下だ。その部下が、ましてや自分を助けて命を落とすなど、許せるわけがない。急激に押し寄せてくる恐怖と不安に焦燥感を煽られ、足よりも先に出ようとする気持ちが前へ前へと身体を運ぶ。何度か転びそうになりながら、息を切らして走る。あの傭兵達が降りてくるよりも先に、なんとしても彼と合流しなければ。
 立体駐車場を出て角を左に曲がったところで、倒れているフュゼの姿が見え、その名を叫びながら駆け寄った。仰向けに倒れている彼のもとに滑り込むようにして膝を落とし、その身体を助け起こそうと手を伸ばしたところで彼の惨状が見て取れた。身体の数カ所に弾丸を受けており、出血は夥しいものだった。

「フュゼ、フュゼ……!」

 彼の名を呼びながら、その上体を抱き起こす。
 作戦は失敗だ。仮にそうでなかったとしても、この傷のフュゼを放置出来るわけがない。明らかに重症、すぐに離脱して医者に見せなければ。

「こちらカノープス1……!」

「おっと、2人揃っててくれるとは。手間が省けて助かるぜ」

 と、通信を開いて座標を告げようとした時、背後から声が響いた。男の声。振り返り、声の主に鋭い目を向ける。と、そこにはフュゼがウィルと呼んだ男が、マグナムをこちらへ向けて立っていた。

「貴方……!」

 咄嗟にそれ以上の言葉が出てこなかった。
 倒れている自分の部下と旧知の男、そのヘーゼルの冷たい目がこちらを見ている。その目を睨み返しながら、倒れているフュゼを抱き寄せた。

「おいおい、やめとけよ。お嬢さん。惚れてるわけでもあるまいし、そんな野郎庇ってもなんの得もねえだろう?」

 馬鹿にしたような調子で言う男だが、声色とは違い、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらこちらに銃口を向けている。まるで信じられないほど愚かな行為を咎めるような表情だ。

「お生憎、彼は私の部下よ。上官が部下を見捨てるはずないでしょう?」

 血を流して動かないフュゼを抱きしめたまま、ニオは強がるように言う。状況は最悪と言っていい。強敵と重症の部下、急いで離脱しなければならないが、こちらに向けられた銃口がそれを許さないであろうことは考えるまでもない。隙を伺うしかない。

「あぁ? マジかよ。そいつがどんな外道かも知らねえだろうに」

「貴方……!」

 男を睨みながら、懐の銃に手を伸ばそうとするも、銃声とともに足元の地面が撃ち抜かれた。

「迂闊な真似するんじゃねえよ。出来の悪い弟でも殺すのは気が引けるんだ。手間はかけたくない」

「弟……? どういうこと……?」

「知る必要あるかよ? これから死ぬってのに……

 と、思わず返した問いに男が問い返し、続けようとした時だった。男に通信が入ったらしく、彼が「あ?」と視線を逸らしながら顔を顰めた。

「ああ? 引き上げる? こっちは今いいとこなんだぜ? ようやっと標的を殺そうってのによ」

 苛立った調子で言う男の言葉に、アザレア色の目を細める。

「作戦時間なんか関係あるかよ。引き金を2回引けば終いなんだ。数秒と掛からねえ」

 吐き捨てるように言う男が引き金に掛けた人差し指に力を込めようとしていることがその言葉からわかり、フュゼを抱きしめている腕により力が籠もる。と、その時だった。抱きしめている彼が微かに唸った。

……痛えんだよ」

 その声に驚く間もなく銃声が響き、男の銃が弾かれて宙を舞う。抱きしめていたフュゼが瞬く間に放った銃が自分のものだと気がついたニオは呆気に取られるが、危機的状況を脱したことには安堵する。

「っ……!? てめえ……!」

 宙を待った銃を振り返りながらも、男が毒づく。しかし、その声は男の通信の向こう側にも聞こえたようで、男が続けて姿の見えない何者かへ向けて怒鳴る。

「くそったれが、飛んだしぶとさだぜ! ああ、わかってる! 引き上げりゃいいんだろ!」

 言いながら手を上げて後退り、自分の銃を慎重に拾い上げてホルスターに収めた男が踵を返してから、吐き捨てるように言い残した。

「命拾いだなフュゼ。女に感謝するこった。てめえの女神様だぜ?」

 男の言葉に、フュゼが小さく舌を打つ。それを耳にしながら、ニオは小さく溢した。

「なんなのよ……