遊音。(ゆね)
2026-04-15 21:08:06
4032文字
Public 記憶喪失
 

かりそめ。②

トガカバ(tgkb)でtgsが記憶喪失な話です。捏造設定あり。kbkがちょっと乙女です(当社比)。シリアスめです。
①はこちら→ https://privatter.me/page/69d8e4ed9cdd0

「おはよ」 
挨拶と共に頬にキスをされて、リビングに足を踏み入れたばかりのカバキは落ち着かない。
「おはようございます……
「朝ごはん用意するから顔洗ってきなよ」
カバキは頷いて洗面台へと向かう。一緒に暮らして2週間。カバキはまだまだ慣れないなと思いながら顔を洗った。
トガシは予想外にスキンシップが多かった。おはよう、いってきます、おやすみ――軽く触れるだけのキスだけど毎回される。だがまだ慣れない。
当たり前だ。カバキにとっては何もかも初めての経験。顔に出さないようにするだけで必死である。
――トガシさん本人も実はスキンシップよくする人なんかな……
周りをよく見る人ではあるけれど、それは状況を察知して自分に都合のよい方向に動くためだとカバキはみてとっている。まず人と同棲しないタイプだろうな、と思っているのでこの状況自体が信じられない。
トーストの焼ける匂いと珈琲の匂いが漂ってきた。朝食は交代でつくる。夕食は主にトガシが。意外と料理ができたのでお互いに驚いてしまった。そういうイメージがなかった。カバキが早く帰ってきた日は一緒に作ったり、外食をしたり。その代わりにカバキが洗い物や洗濯をしている。掃除はそれぞれが自分の部屋を。リビングは交代で。まだそれほど時間が経ったわけではないが、わりと不満もなく上手く回ってるような気がする。生活の相性はいいかもしれない。
リビングに戻るとテーブルには形が同じ赤と紺色のマグカップと、トーストとサラダのついたハムエッグ。
「美味しそ。ありがとうございます」
「いつも同じになっちゃってごめんね」
苦笑するトガシにカバキは微笑んで首を振った。そういえばトガシは和食を好んで居た気がするが、一緒に暮らしてからは朝食はパンがほとんどだった。食の好みもかわるのだろうか。
「牛乳いれるよね?」
問われてカバキは頷く。トガシにあわせてブラックコーヒーを飲んでいたら、渋い顔をしていたらしくトガシに笑われた。なので素直に珈琲に牛乳をいれてもらう。
一緒に朝食をとったら軽くジョギングにいく。トガシの足の回復は悪くない。まだ無理はさせられないので、この程度が限界だが。ストレッチと筋トレメニューをこなして、家に戻って着替えたらそれぞれの職場か、カバキの場合は練習場にむかう。大抵カバキの方が先に出るので見送られる形になる。
「あ、スーツ。めずらしい」
「今日は、本社にいくんです」
「そうなんだ。いいね、スーツ。ますますイケメンだね」
トガシにネクタイを整えられて、カバキは顔が熱くなるのを感じる。
「今日は、帰るの早いと思うんで。連絡しますね」
「わかった。いってらっしゃい」
トガシの顔が近寄ってきて、次に起こるアクションに身構えながら目を閉じた。唇に軽く触れる柔らかさが、すぐに去っていく。
微笑んだトガシが手をふるので、カバキは軽く頭をさげて「いってきます」と玄関を出た。
トガシの記憶はずっと戻っていない。自分が言った『恋人だ』という言葉だけを信じて一緒にいるだけでなく、触れてきてくれる。トガシは本当に信じているのだろうか。トガシは何を思ってキスしてくるのだろうか。わからないが、いま触れ合える距離にいることが、カバキは素直に嬉しい。不謹慎なことも分かっている。かりそめの関係だという事も分かっている。記憶が戻ったら、きっと元通りになる。そうしたら今までと同じ。また気持ちを隠して接するだけだ。だから、今だけは、この夢に浸っていたい。
電車に乗って座席端の手すりを持つと、スマホを取り出す。早く帰るなら外食するか、とトガシからの連絡があった。OKのスタンプを返すと、カバキはスマホを持ったまま手の甲で唇に触れる。あと何度、触れ合う機会があるだろうかと考えた。


「美味しかったね、今日の定食屋さん」
「ですね。あんなところにお店あるとは思わなかったです」
家と駅の間にある小さなお店をトガシが見つけて、夕飯を食べた帰り道。魚中心の定食が多い、トガシの好きそうなお店だった。やはり食の好みは変わらないのかもしれない、とカバキは思う。よく魚メインの和食を食べていたことを思い出した。
「ちょっと散歩して帰らない?」
「いいですね」
朝のジョギングコースをゆっくりと歩く。夜の公園はほぼ無人である。トガシが一歩先を行くのを、カバキはゆっくりとおいかけた。憧れた背中。追いかけた後ろ姿。何も変わらない。でも何か大事なものが抜けている気がしてならない。同じトガシであるはずなのに。
「夜は過ごしやすくなったね」
「ですね。もっと涼しくなるといいですね」
「カバキくんはやっとシーズンオフだね。お疲れ様。忙しいのに色々ほんとにありがとう」
大変だったよね、と一瞬顔を振り返って言われてカバキは静かに微笑んだ。たしかに遠征や競技の合間に引っ越し先を探したり、引っ越したりというのは大変だったが、それでも一緒に住んで良かったと思っている。トガシが『恋人』でいてくれる間は、カバキは一緒でいたかった。たとえそこに違和感があったとしても。嘘の罪悪感がつきまとったとしても。永遠には続かないはずだと思っている。
――トガシさんが、走らないままでいるわけがない。
きっとすぐに記憶が戻るだろうとカバキは確信していた。
早く戻ってほしいという気持ちと、もう少しこの関係を味わいたいという気持ちがせめぎ合う。
「あのさ……
前を向いたまま、トガシが戸惑った声をあげた。カバキの心に不安がよぎる。何か思い出したのだろうか。
「今日、さ。店に僕の知り合いって人がきて、僕の元カノだって女の人つれてきたんだよね」
カバキは思わず立ち止まった。心臓が早くなる。
「なんか人づてに記憶失ったの聞いたらしくて、思い出すかもって連れてきてくれたんだけどさ」
同じく立ち止まって顔だけ振返ったトガシが眉を下げて苦笑する。
「当たり前だけど、何も覚えてないし、ほんと、困ったよ」
そのまま、体を回転させてトガシはカバキに向き合う。
「カバキくんが僕の恋人だって聞いてから、自分は同性愛者だったのかなって思ってたんだけど、そうじゃなかったのかな?」
トガシが、わずかに首を傾ける。カバキは喉が渇くのを感じる。表情は、変えないでいられているだろうか。
「もし、そうだったら、どうしてカバキくんと付き合ったのかなって……
舌が渇く。どうしたらいいのか。本当のことを話したほうがいいのか。眉を少しだけ寄せたトガシは問い詰めるわけでもなく、ただ返事を待っているかのようで、何を考えているのだろうか。カバキの喉の奥にどろりとした苦さを覚える。まだ、この関係を失いたくない。
「俺が――俺が、頼み込んだんです」
トガシはわずかに唇を開き驚いた様子を見せる。
「何度も、俺が好きだって言って、迫ったから……トガシさんはやさしい人だから、そんなに言うならって、多分半分諦めて付き合ってくれたんだと思います。だから……トガシさんが俺のこと、好きで付き合ったとか、そういうのではないと思います。俺がしつこくて、めんどくさくて、だと思います」
……なんか、凄い納得した……だから、カバキくんはいつもそんな、伺うような目で僕を見るんだね」
一つ頷いたトガシが、理解したように微笑む。言われて初めて、カバキは疑うような目をしていたのかと気づく。
「あのさ、カバキくん。僕は、君が好きだよ」
カバキは目を見開いた。トガシがそんなことを自分に言うことさえ、夢想したことなどない。「好き」だなんて自分には言わないはずだ。
「信じられないかもしれないけど、君にあの日、恋人だって言われてなぜか僕はすんなり納得したし」
少し照れたように笑いながらトガシが頭を掻く。
「会うたびにカバキくんのことが頭から離れなかったし、一緒に暮らしてからは君に触れたくてしかたない。ほんとに、君が好きなんだ」
トガシはこんな風に告白する人だろうか。迷いのないトガシの視線。なつかしさを覚える。
「僕が、こんなに好きになるってことは、間違いないよ。記憶を失う前の僕も、ぜったいカバキくんのこと大好きだったと思うよ」
それはあり得ない現実。付き合ってもいなかった。告白したことさえない。なのに――なぜトガシはいま、まっすぐに想いを伝えてくるのだろうか。
やはり夢なのだろうか。これは自分が夢想した都合のいい夢じゃないのか。
――そうか、夢みたいなものだ。
カバキは納得して微笑んだ。陸上を忘れてトガシが走れなくなるなど、現実ではないのだ。つかの間の夢に違いない、とカバキは納得した。
「知らなかったです……嬉しい」
夢なら――覚めるまで夢に酔えばいい。
「僕ってそういうこと、言葉にしない人だったのかな?」
酷いね、というトガシに笑ってしまう。言葉になどしない人だろう。ましてや、他人に興味があるような人ではなかった。
やはり記憶を失くすまえのトガシとは違う。それでも、夢の中だと思えば、性格など違って当然だ。自分に都合がよいのだから。
「カバキくんをこんなに不安にさせてたなんて、許せないな。自分の事とはいえ……
トガシの手に頬を撫でられると、そのまま後頭部を掴んで引き寄せられた。トガシは蕩けるように微笑む。その顔にカバキは見惚れた。そんなトガシの優しい顔は見たことがない。
「好きだよ、カバキくん」
夢の中のようなキスは胸やけを起こしそうな甘さだった。


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次回予告「もっと新婚さんみたい」でお送りします。
ちょっとkbkが苦いのとか苦手だったらかわいいかな、と思ったのでこのシリーズのkbkは子供舌です。記憶喪失書いてて楽しいです。(*´Д`)ハァハァ 結果長くなりそうです