豆炭々炬燵
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Public あかね噺
 

【からあか】その鮮烈な色が目を焼き心を焦がす【から朱】

あかね噺 三明亭からし×阿良川朱音
3年間音信不通になっていたあかねに再会したら大概からしも彼女に対しての感情煮詰まっていたという話。双方恋愛感情はない。

 気晴らしがてら適当に街をぶらついていれば、たまたま同じく待ち合わせも何もしていない相手に出くわしてしまったと云えばそれまで。ただ一言文句を言っていいのなら八百万の神々は趣味のよい暇つぶしをご所望らしく随分とお戯れが過ぎる。
 夕暮れの面影を残す双眸の紫苑が目当ての者を見つけるやお天道様を受け止めより一層輝く。何食わぬ顔で踵を返しつかつか歩くのに合わせ後方から賑やかな声が徐々に距離を詰め追ってくる。
 ついぞ逃走を諦めたからしがその場にピタリ立ち止まると案の定と言うべきか、背中に然程強くない衝撃と共に「からぶほっ。」可愛げのない鳴き声を背中越しに聞いたのだった。

 「ほら、からし早く早く」

 隠す気なんぞ更々ない苦虫を嚙み潰したよう顔で見下ろしたところで、無遠慮に腕を引っ張り笑顔で喫茶店に入店するあかねを止める術を残念ながら持ち合わせていない。あかねといいひかるといい強引に物事を進める女性のペースに半ば適応し始めている嘆かわしい己自身に吐くからしの嘆息の尾は長く中々途切れない。
 伝統芸能に位置する落語家の行動範囲は存外被りやすい。当たり前と言えば当たり前の事だが、いつぞやのあかねにばったり出くわした後、ひかるの写真集を押し付けた日に比べれば幾分かマシだろう。

 「ここの鉄板ナポリタンとコロッケバーガー気になっててさ~。だけど一人じゃ食べきれる自信なくってえ~」
 「そこに運悪く通りかかった俺がシェア目的に拉致られたと」
 「大正解!」
 「……

 店員に案内されたボックス席に着くなり無駄にご機嫌でテンションの高いあかねが鼻歌まじりに年季の入った手書きのメニュー表をめくっていく。頭を掻きながらからしは彼女の向かい側に腰を下ろし、目だけで店内をぐるり見渡した。
 ステンドグラス風の窓から差し込む色彩豊かな淡い光の帯が店内を優しく照らし、座り心地は勿論触り心地の良いソファ席は落ち着いたモスグリーンで統一され、手入れの行き届いた蓄音機のラッパ水仙から実にムーディな曲が流れている。
 そう云えば入店する際、趣あるドアから奏でられたドアベル音色もまたノスタルジー溢れるものだったなと、からしは独り言ちる。

 「んじゃ私は鉄板ナポリタン頼むから、からしはコロッケバーガーね」
 「なに勝手に決めてんだ。つかメニュー俺にも見せろや」

 全くもって聞き捨てならない言い分。反射的にあかねをねめつけ店員を呼ぶべく掲げていた彼女の手を下ろさせた。「油断もあったもんじゃねえ」そうぶつくさ文句を垂れるからしを余所にあかねは「あっ、このパフェとプリンアラモード美味しそうじゃない? こっちもシェアしよーよー」と宣う始末。
 落ち着きのないあかねの額を強めに人差し指で小突き注文を決める時間を確保したからしはようやく視線をメニュー表に落とした。
 数ヶ月とはいえ先に落語の世界に入った先輩であり、そもそも5歳年上相手にこの砕けた態度。あかねからすればほぼ同期感覚だとしてもからしにとって生意気な後輩風情に変わりやしない。
 だが、可楽杯決勝戦で圧倒的な力の差を見せつけられた上、未だ強い彼女から燦然と輝く白星を奪っていない事実が日に日に色濃く脳内で焦げ付いた。決して空虚な人生だったわけではない、ただ産まれてこの方ここまで何かに執着した事も無ければ渇望した事のない情動の火がからしの心の中に灯っただけの事。
 メニュー越しにあかねを盗み見る。窓から差し込む光を水の入ったグラスで受け止めクルクル回しては万華鏡のようにテーブルの上で虹を躍らせ、大人しくからしが選び終わるのを待っていた。
 伏せた瞼に掛かる睫毛の影は長く、色の掛かった陽光が微かに見える紫苑を柔く照らす。夕焼けと夜の境界が溶けた瞳に映り追いかけている相手はいつだって落語家に入る覚悟を決めさせたあの男ただ一人。

 「(はっ、俺なんざ眼中にないってか)」

 俄かに立ち込めるからしにとってらしく・・・ない感情をフッと吹き飛ばすと、此方に向くあかねの気配につられ視線を上げれば飼い主の”よし”を待ち侘びる犬よろしく目をキラキラさせからしの様子を窺っている。
 その腑抜けた姿に小さく噴き出したからしは、今か今かとそわそわ上半身を揺らしているあかねの前にメニュー表を広げ頼む品をひとつひとつ指差していった。

 「お前は鉄板ナポリタンで、俺はコロッケバーガーな。飲み物は?」
 「メロンソーダ! それからデ「デザートはお前一人で食え」」

 被せて言った途端上がるあかねの抗議の声をわざとらしく聞こえない振りをからしは心底楽しげに笑い続けた。



 程なくして注文の品が次々運ばれてテーブルが賑やかになっていく。
 とくに鉄板ナポリタンが音を立て運ばれたときは、あかねの目がランランと輝き傍から見ても嬉しそうな気持ちが駄々洩れだった。店員から取り皿を貰いあかねが手際よくナポリタンを分けていく。慣れた手付きと言うべきか普段からシェアしあっているのが想起される光景にからしの目が少しばかり見開いた。
 さてはて、立ち昇る胃袋を刺激するトマトケチャップの香りから思考をシェアすると言った手前どう分けようかとコロッケバーガーに戻したからしだったが「ナイフもらって切り分けた方が早ェわ。」考えあぐねる事もなく再び店員に声を掛ける予定が。

 「コロッケバーガーもらうね。ん~うまいっ」
 「……は?」

 からしの了承を得る前にあんぐりと口を開けコロッケバーガーを大層美味しそうに頬張るあかねに上げかけていた手が重力に引っ張られ落ちた。
 口端に付いたソースを行儀悪く舌でペロッと舐め取る仕草や追加の許可を得ず二口三口とバーガーを半分近くまで食べ進むあかねの食いっぷりはまさに落語家が大仰に食べ物を食べる素振りそのもの。腹が立つ通り越して別段減っていなかった腹が減り食欲をそそられてしまっては世話ない。
 目視で約ハーフサイズになって戻ってきたコロッケバーガーと共に綺麗に取り皿に盛られたナポリタンを差し出すあかねにからしはそれはもう大きな溜息を吐いた。

 「え!? あっ、鉄板の方が良かった?」
 「そうじゃねえ

 的外れな事を言うあかねもあかねだが、多寡だか食べさしを気に掛ける己自身にからしは右手で顔を拭った。この歳になって思春期なんざ馬鹿馬鹿しい。適当な屁理屈をこさえるなら精々衛生観念辺りが妥当なくらいで、正直からしの返答を待たずにして鉄板の方に乗っかっているナポリタンを上目遣いで食べているあかねに何を言っても無駄に軍配が上がる。
 全力疾走をしたわけでもあるまいに疲労がドッと溜まる感覚に項垂れるからしを余所にあかねはナポリタンを大層満足げにフォークで巻き口に運んで行く。

 「はやく食べないと冷めるよ?」
 「……わーってる」

 あかねに促されまずは取り皿に綺麗に盛られたナポリタンにフォークを差した。玉ねぎやピーマンを纏めて巻き取り頬張れば懐かしい酸味が口いっぱいに広がった。

 「美味ェな」
 「ねっ。鉄板に当たってたとこが焦げててそれがまた良くって~。あ、これ使う?」

 あかねが目配せした先、赤い液体が並々と入った小瓶の存在にからしは興味無さげにそっぽを向いた。

 「使わねえ」
 「へー意外、辛いの苦手? 私と一緒じゃ~ん、一緒いっしょ」
 「うっわ、マジかよ」
 「ちょ!? その言い方酷くない!!?」

 わざとらしく吐き捨てれば遺憾の意を示すあかねにからしがケタケタ笑う。
 取り皿の上にあったナポリタンをぺろりと食べ終わり、残るはあかねが齧ったコロッケバーガーの半分のみ。コロッケバーガーを先に食べたあかねは、「いいもん、パフェ食べてご機嫌になるし」と不貞腐れながらデザートのページに目を落とした。
 視線を片時も逸らさず注いでいるからしに気付く気配もなくページと睨めっこしているあかねを見つつからしは冷め始めているコロッケバーガーに齧りついた。自分が齧る前から見えている中身を咀嚼して胃に収まっていく度、名状し難い感情が再びからしの中で渦巻き始め。

 「俺、プリンアラモード」
 「ホント!? じゃあねえ、私はチョコバナナパフェ頼もっと」
 「シェアはしないけどな」

 わざと意識と視線を自分に向けさせたあかねを揶揄う事で深い水の中に沈めた。底の底、丹念に念入りに、隙を見せれば浮かび息を吹き返すそれをからしは何てことのないように沈めていった。