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同棲する話

狐の同僚くん×白髪水木くん
続きます。最終更新24.6.8


(何度見ても壮観だな……
 数か月ぶりに訪れた水木家を仰ぎ見る。
 何の変哲もない二階建ての一軒家で、最後に見た際――水木の御母堂の葬儀以来――と外観の変化は特にない。まア、水木家の敷地をまるごと包み込むように、幽霊族による練りに練られたとんでもねェ執着を感じる湿度の高い結界も変わりなくそこにあるのだが、それは元々のものなので変化はない――平凡な一軒家に施すには過ぎたる術ではあるのだが――ないったらない。
 ないのだが、どこか……どこかおかしかった。
「何か、賑やかじゃないか?」
「賑やか?」
 玄関先に立つ水木が不思議そうにこちらを見るので言葉に詰まる。なにがと言われると説明に困るのだが、あえて言うとすれば気配――または空気や雰囲気だろうか。
 とかく家から漂う気配が、独身男性が一人暮らしをしている家のそれではなかった。もちろん、幽霊族の結界を抜きにしたうえでの話だ。
(例えるならば、子どものいる家のそれに近いか?)
 そう、子ども。それも、まだランドセルの重さを知らない幼い子どもだ。
 親の言うことを訊かずに走り回る足音や、元気な笑い声や泣き声は一切聞こえない。だのに、水木の家はうんと愛されている幼い子がいる家独特の、柔らかく楽し気で賑やかな気配を纏っていた。
 まるで幽霊族の父子がいた頃のままの、優しい気配。
(本当に、あの親子はいないのか?)
 曖昧な表情で黙り込んでしまった己に不思議そうな顔をしながら、水木が玄関扉を開く。引き戸がガラリと音を立てた途端、室内の空気がさわりと動いた――やはり、何かいる。
「みず……
「ただいまー」
 思わず引き留めようと出した手は、水木の暢気な声によって封じられた。
 御母堂が鬼籍に入り、幽霊族の父子がいない今、水木には「ただいま」を言う相手はいないはずだ。誰もいなくとも家に声をかける人間はいるが、水木の声は明らかに家に居る誰か・・――ナニカ・・・かもしれない――に向けたものだった。
 だからこそ、己が警告するまでもなく、水木は家に居る何某なにがしかを認知しているのだろうことが察せられた。
「入らないのか?」
 こちらを振り返り、扉を開け放ち待っている水木の気配は――再三いうが幽霊族の気配をこれでもかというほどに纏ってはいるが――至って普通・・で健康的だ。それだけでも家に居る何某かは悪いものではないのが分かる。
 そも、敷地を護る幽霊族の結界が水木にとっての悪いものを寄せ付けないように練られている為、家に居る何某かは水木が自主的に受け入れた存在なのだろう。
 己のいらぬ警戒心で家主を待たせるわけにはいかないと、促されるままにしばらくぶりの水木家へ足を踏み入れる。
……お邪魔します」
「はい。いらっしゃい」
 人間の家に招かれるのはどうにもくすぐったい。
 海外の妖には招かれざる家には入れない種がいるらしいが、日本妖怪である己は一部の神域を除き人間の領域など招待がなくとも簡単に入ることができる。だが人間の意思によって招かれると、家自身が己を受け入れる気配へと変わるため無断で入るよりも格段に居心地が良いのだ。無論己は人間界で暮らす良識のある狐なので、他所様の領域に無断で侵入などしないが。
 家主の水木が戸を閉めると、さわさわと動いていた何某かの気配が一層強くなった。

 ――みずき。かえってきた?
 ――かえってきた。かも?
 ――おかえり?
 ――みずき。おかえり?

 ケサケサ、パサパサと落ち着きのない気配と、幼子のような拙い声――実際は声が聞こえたわけではないから声なき声――が聞こえて目を凝らす。
 白い光のようななにかが無数に浮いており思わず人魂かとぎょっとしたが、それ・・は人魂などではなく、綿毛のようなふわふわした毛玉に小さな目玉がついていた。
「ケサランパサラン、か?」
 非常に珍しいが、比較的新しく生まれた妖――というにはいささか懐疑的な存在ではある――の名を上げると、水木が納得したように頷いている。
「そうかなと思ってたけど、やっぱりそうか?」
「俺も詳しいわけじゃないが、そうだと思う」
「母さんの遺品を整理していたらな、化粧箱から出てきたんだよ」
 近づいてくる毛玉たちをつついて「ただいま」と構っている水木が、ことの経緯を説明してくれた。
「ああ、お袋さんのおしろいを食ってた?」
「どうもそうらしい。気づいた時には箱いっぱいにすし詰めでな……可哀想だから出してやったら、あちこちに散らばって収拾がつかなくなった」
 ――あとなんか増えている気がするんだよなア。
 不思議そうに呟く水木が毛玉を纏わりつかせながら上着を脱ぐと、ワアと毛玉たちが声なき歓声を上げた。

 ――みずき。おかえり。おかえり。
 ――もうおそといかない?
 ――みずき。あそぼ。
 ――みずき。あそんで。

 ぽわぽわふよふよ。水木の周囲に集まり身体にくっついていく毛玉たち。
 どうやら上着を脱ぐ仕草は彼らにとって水木の帰宅を確信させられる動作らしい。帰宅した父に纏わりつく幼子のようなそれに、屋外で感じた気配は彼らのものだったと察する。
 ぽよんと群れからはじき出された毛玉がこちらへと飛んできたので思わず受け止めると、水木の瞳によく似た薄水色の小さな双眸がきょとりと己を凝視した。同時に何体かの毛玉もこちらへやってくる。

 ――きつね。きつね。
 ――おそば?
 ――ちがうよ。おそば。ちがうよ。
 ――こんこんだよ。
 ――こんこん。あそぶ?
 ――こんこん、あそぼ。

 招かれたとはいえ侵入者である己に対しても随分と懐っこい毛玉が、ふよふよ漂いながら身体にくっついてくる。よくよく観察すると、水木や己の身体についた微かな穢れを祓っているようだった。
(コリャ随分と、変質しているなア……
 毛玉たちの特徴は仲間内で聞いた『幸運をもたらす毛玉、あるいは綿毛』のそれであるが、聞いたところによると本来の毛玉たちは『個』としての意識や自我のない存在らしい。妖怪というより植物精に近いものだと解釈していたが、水木家のこれ・・はどうにも様子がおかしい。
 自我があるかは不明だが、少なくとも水木や己を個として認識し、甘えるほどの意識――少なくとも人間の幼児並みの知能はあるのだ。そも、この妖に浄化の力などないはずで。
(幽霊族の気によるものか、水木の気によるものか――またはその両方の影響を受けているか……
 哭倉村から生還した水木の気は本来の彼自身が持っていたものからは随分と変質し、良く言えば人間妖怪問わず相手から魅力的に見える気、悪く言えば相手を惑わす気という厄介なものに変わってしまった。耐性のない弱い妖怪や人間にはひとたまりもなく、例えて言うなら猫に木天蓼またたびというやつである。
 幽霊族が躍起になって水木やその家に結界を張り巡らせるのもようく理解わかる。
 今の水木は木天蓼垂れ流しの自覚がないのだから、そりゃもうガチガチに護らなけりゃならないだろう。
……だからといって人の番にツバつけられて黙っているのは妖狐の名が廃るってなモンで、落とし前は付けさせてもらったが)
 話が逸れたが、変質した水木の気と幽霊族の『水木にとっての悪いもの』を祓う術に影響を受けて、毛玉たちも変質した可能性がある。それが良いか悪いかはともかく――水木にとっては良い変化ではあるが――この存在が一度ひとたび外に漏れでもしたら大変なことになるのは目に見えていた。
 持ち主に幸運をもたらし、穢れさえ払う小さな妖が無数に住まう家など――
(長者屋敷じゃねえか……
 長者屋敷と表現したが、水木家に富が溢れていないのは、おそらく毛玉たちの持つ幸運の力が水木を護るために使われている為だろう。
 幽霊族の力や仙孤の術だけでも過剰であるのだが、気や体質――幽霊族の血の影響か身体も多少・・丈夫になっているのだ――が変質したとは言っても水木の『魂』はただの・・・人間である。
 忌まわしい村で悍ましい穢れを身の内に大量に摂取し弱ってしまった水木の魂は、少しの穢れや悪意で傷が付きかねない。少しの傷ですぐにその命を散らしてしまうかもしれないのだ。過剰防衛でも足りないくらいだった。
 水木が村へ赴く以前のままであったなら、おそらく働かずとも一生遊んで暮らせるほどの富が舞い込んできているはずで。そのような存在が邪な妖怪や人間に露呈すれば、水木は確実に狙われる。
 身体は幽霊族と仙孤が護っている為、毛玉たちは水木の魂を護っているのだろう。
 何も知らないというような無邪気さでじゃれついてくる毛玉を、お手玉のようにぽんぽんと投げてやれば、きゃらきゃらと声なき声がはしゃいだ歓声を上げる。その無邪気な姿からは魂の守護などという大層な任務を担っているようには見えなかった。
「遊ぶのはあとで。水木はこんこんと大事なおはなしがあるからな」
「こんこん言うなや」
 居間に移動しながら「あそんで」とじゃれつく毛玉をあしらう水木に(遊んではやるんだ……)と思いつつ後を追う。本人は無自覚なのだろうか、話し方が完全に幽霊族の子どもが赤子だったころのそれに戻っていた。
 間取りの構造上居間は最奥にあるので、途中の部屋――特に風呂や便所の不浄の場――の術の状態を密かに確認する。水木家を出てからどれほどの時間が経っているかは不明だが、幽霊族の護りの結界は想像以上にガチガチで、正直引くほどだった。堅牢すぎていっそ要塞の域に達している。戦国時代でもこれほどの術で守られた城はなかったと思うンだよなあ。

 ――おはなし。えほん?
 ――えほん。すき。
 ――えほん。よんで。
 ――こんこん。えほん。よむ?

 おはなし、と聞いて絵本だと勘違いした毛玉たちが色めき立つ。その様子から、普段から絵本の読み聞かせをしてやっているらしいことが伺えて、うっかり微笑ましくなってしまった。
 同時に、出て行った養い子の変わりにしているのではと病んだ考えに至り、少し心配してしまう。水木の健全な様子から、そんなことはないだろうとは思うのだが、如何せん魂が不安定なままなので過保護気味になってしまうのだ。幽霊族のことを言えた義理ではないナ。
「こんこんは絵本読まないなあ」
「あとで読んでやれよ、こんこん」
 ぽわぽわとくっついてくる毛玉たちに答えると、水木がくつくつと笑って揶揄ってくるので、その形の良い丸い頭を小突いてやった。
 台所を経由して――ついでに冷蔵庫から麦茶を取り出しながら――居間へ移動した水木に、座るように勧められたので一言断り腰を落ち着ける。
 幼子の成長によって高さが変わっている柱の傷、奮発したと自慢していたテレビの側面や襖に貼られたシール、テレビ台の棚の中に収められた年季の入った絵本たちに、クレヨンらしき壁や卓袱台の落書き。
 久しぶりに来た水木家の今をぐるりと見渡し、何も変わっていないことに安堵する。同時に、かけがえのない思い出が詰まったこの家に、ひとり残されている水木の心中を慮ってしまった。
「さて。それじゃあ水木」
 ――話してもらおうか。
 絵本目当てに棚に集まっている毛玉たちを尻目に、暢気に麦茶をぐい飲みしている水木に向き直った。

最終更新 24.06.08

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