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同棲する話

狐の同僚くん×白髪水木くん
続きます。最終更新24.6.8


 事務仕事を終えると外回りを口実に出勤札を直帰に変え、水木と連れ立って会社を出る。
 今ではもう懐かしい話になったが、例の村から生還し記憶と共に色彩や仕事への熱意まで失ってしまった水木を営業部は持て余した。
 腑抜けはいらぬと一時は閑職へ移動の噂も聞こえたのだが「水木君以外との取引は控える」と言うそこそこ大きな取引先が何件も存在したため、お偉い方は大いに慌てたそうな。結局元々の貢献も鑑みて己の補佐という形で営業部に名を残すこととなった水木は――直後に赤子を拾ったこともあり――給金の良い花形部署に籍があるおかげで生活面の苦労は少なかった――とは後の当人の弁である。
 熱意はなくとも元々の話術や人当たりの良さが健在だったのは不幸中の幸いだったろう。女性だけでなく何故か年輩のおじさん受けがいいんだよなこいつ。子ども受けもいいし、無敵か?
 本日入っていた挨拶回りも、社長が水木を大層お気に召している取引先だった為なかなか話が終わらなかった――先方はこちらに先の戦争で亡くした息子を重ねている節があるため無下にもできない。そういう御仁は結構多い――のだが、取引先を辞した時間は定時よりも随分早く、少し得した気分になる。
 黄昏時にはまだ早く、青空に紫色が混ざりはじめる空の下、雑談代わりに会社や自分たちの今後について話し合いながらのんびりと帰路についた。
「最近ますます追放運動が盛んになっているな」
「ああ、また黄色い血による肝炎の記事を読んだよ」
 ――この会社もそろそろ年貢の納め時かねエ。
 そう言ってぷかりと煙草をふかす水木は遠い目をしていた。
「辞め時を誤ると共倒れになりかねんよなア」
「マ、実入りは悪くないがしがみついてまで居座る場所でもないしな」
 何が何でも出世してやると言わんばかりに働いていた頃の水木からは考えられない言葉だったが、営業部の元稼ぎ頭で現在でも取引先での顔が広い彼ならばどこでもやっていけるだろう。
 自分も人の世で生き辛くなれば狐の里へ帰る手もある。今の己は仙狐であるが、更なる修行を積んで空狐を目指しても良いかもしれないなアというように、わざわざ沈みゆく船にしがみつかなくともどうとでもなるだろうと楽観視していた。
 まア、水木と共に過ごしたい気持ちが強いので、里に帰るのはもう少し先だろう。水木の了承さえ得れば里に連れ帰ってもいい。我々狐は一途なのである。
「あ、商店街寄っていいか」
 世知辛い話から一変して、水木が思い出したように言うので頷き、少し遠回りになるが商店街へ足を運ぶ。肉屋の前で立ち止まった水木は、店番の女将に「トンカツを二切れ下さい」と注文した。
「あいよ。あら、水木さんじゃない、今日は随分と早いのね」
 サボりかい? と顔見知りらしき女将が揶揄うように笑う。水木もくすくすと笑い返して、
「実はね、そうなんです。会社には内緒にして下さいね」
 そう言って悪戯っ子のように片目を瞑り、唇の前に人差し指を立てた。
 歳のわりに風変わりな白髪と言えど銀幕俳優のような男前の茶目っ気溢れた態度に、女将は「あら」と照れたように頬に手を当て機嫌よく笑った。
「うふふ、悪い男だねエ。そんじゃ、悪い男たちに引っかかった女は貢いじゃおうかしら」
「え? わっ、いいんですか?」
 注文した商品の袋の他に小さな紙袋が二つ手渡され、水木がどこか嬉しそうに女将に尋ねる。いいのよところころ笑った女将は「実はね」と小声で水木に耳打ちした。
「今日はあんまり客入りが良くなくてね、余らせたくないからもらってちょうだいな」
 他のお客さんには内緒よと水木と己に向かって人差し指を唇に当てる女将に、ふたりして神妙に頷いた。
「幾らだ? 半分出すよ」
「いいよ。オキャクサマなんだから気にするな」
「じゃあ次は俺が出すよ」
 そのようなやり取りをしつつ、女将に礼と暇を告げて肉屋を後にする。水木から受け取った小さな紙袋には大きなコロッケがひとつ入っていた。揚げ物特有の芳ばしい匂いに空腹を刺激され、口内に唾液が溢れる。
「せっかくだし冷める前に食っちまおうぜ」
「美味そうだな。買い食いなんて何時ぶりだろう。いや、買ってはいないが」
「確かに買ってはいないな」
 違いないと笑い合いながら貢がれたコロッケを頬張る。揚げ油の染みたざくざくとした衣の香ばしさに、こま切れ肉の油と芋と玉ねぎの甘みが口内に広がって、嗚呼幸福と書いてコロッケと読むのだなアなどとしょうもないことを考えた。確かにこれを余らせるのはもったいないナ。
「あ~……酒が飲みたい」
「わはは! もう少しだから耐えろよ」
「うぉっ!」
 大口を開けて笑う水木に背を叩かれて、思いのほか強い力にたたらを踏んだ。衝撃でコロッケを落とすところだったじゃないか。文句を言ってやろうと顔を上げると、水木はすでに食べ終えたあとらしく紙袋を小さく折りたたんでいる。
 口元には柔らかな笑みが浮かんでいて、その楽し気な様子に何も言えなくなり開きかけた口を閉じた。