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同棲する話

狐の同僚くん×白髪水木くん
続きます。最終更新24.6.8

「どぉしたモンかねェ」
「なにが?」
「うおっ!?」
 やる気なくぺらぺらと捲っていた冊子を閉じて放り出し、深く重たい溜息を吐くと、背後から突然白色が視界に入ってきた。電気の光を反射して眩しい程煌めく白に驚いて背を仰け反らせると、少し長めの白髪から覗く薄水色の瞳がにやりと細められた。
 悪戯が成功して喜ぶクソガキのようなソイツのまるい額にデコピンをくらわせる。ギャッと可愛げのない悲鳴を上げたソイツ――水木は、額をさすりながら先程己が手放した冊子を手に取り小首を傾げた。
「住宅情報誌……? 引っ越すのか?」
「まァな。取り壊すンだと」
 部屋を借りている集合住宅が老朽化の為取り壊されることとなり、急きょ引っ越し先を探している旨を伝えると、水木は「ああ」と納得したように頷いた。
「かなり古かったものなア」
 ――壁も薄いし、な。
 内緒話をするように耳元で囁く甘く低い声。夜を思い起こすその声は官能的で、思わず耳を押さえた。まるで童貞のような反応を返してしまった己に舌打ちをすれば、くつくつと満足そうに笑った水木は「それで?」と手にした冊子をぱさりと扇いだ。
「いい部屋は見つかったかよ」
「いや、全然ダメだわ」
 貴重な休み時間を使って掲載情報を取捨選択したが、どうにもピンとくる物件がない。まアまだ時間の猶予はあるが、如何せんやる気がないので集中できず閉じたり開いたりを繰り返す無駄な時間を過ごしていた。
 そう話すと、興味なさそうに冊子を捲っていた水木は「ふーん」とこれまた興味なさそうに相槌を打つ。
 仮にも恋仲にある相手が困っているというのになんて冷たい奴だとじっとり睨んでしまうが、冊子を机に放り投げて自分の椅子に座った水木は、机上の書類を手にしながら「ならさ」とこちらを見ずに提案した。
ウチに来るか?」
 何気なく発せられた提案が想定外で即座に反応できなかった。
 無反応を不審に感じたのか微かにこちらに顔を向けた水木は、何の感情も含まれていないニヒルな笑みを浮かべて「今俺ひとりだからさ、部屋空いてンだよ」そう言って、また書類に視線を落とした。
「え? 鬼太郎くんと親父さんはどうしたんだ?」
 水木は幽霊族の父子を養っていたはずだ。何度か会ったことのある、ふくふくとした柔らかい頬が可愛らしい幼子と、目玉だけの父親を思い出す。
 目玉の父親は水木に紹介される前に己の正体に気づき、水木の失った――水木本人さえ知らない――記憶の話をしてくれた。哭倉村での壮絶な経験を聴き絶句する己に「無理に思い出させることはしたくないから水木には黙っていてくれ」と懇願するその姿は、心から水木を案じているように見えた。
 息子の鬼太郎は、赤子のわりに大人しい子という印象だったが、お土産に渡したでんでん太鼓をいたく気に入ってくれたようで、にこにこと笑って遊んでいた。妖怪の中でも上位種にあたる幽霊族だが、子どもは相応に幼く可愛らしかった。
 最後に会ったのは水木の御母堂の葬儀を手伝った際だったか。ランドセルを背負う年頃まで成長した幼子は水木の手を握りしめて、大きな四白眼いっぱいに涙を溜めながらも泣くまいと耐えていた健気な姿が記憶にある。
「言ってなかったっけ。出てったよ」
「はぁ!?」
 あれは何か月前だったかと回顧していると、水木ののほほんとした声から放たれた爆弾に思わず椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がってしまった。
「おい、落ち着けよ」
「わ、悪い……
 休憩時間の為部署内は閑散としているが、残っていた数人の視線が突き刺さる。軽く頭を下げて謝意を示し、水木にこそこそと問いかけた。
「出て行ったって、どういうことだよ?」
 幽霊族と人間という種族の違いはあれど、父子と水木の間には計り知れない絆があるように見えたし、何より水木には彼らの気配がべったりと付着していた。『この人間は幽霊族のお気に入りだぞ』と言わんばかりの濃密な気配は、そんじょそこらの低級妖怪ならば裸足で逃げ出すし、水木に対して悪い気を持つ人間にさえ効果があるように練られていた最強の結界だ。
 自分は名があるわけではないがそこそこ修行を積んだ狐であるので、幽霊族による我が物顔の気配に対しても『この人間はウチの番ですけど? 後から来てでしゃばらんといてもらえます?』と己の気をつけ返して喧嘩を売ったりなどもしたが、まア武力だと普通に負けるので穏便に和解できてなによりだった。
 そこまで執着している水木の元を離れるなど、こいつらの間に一体何があったんだ?
 妖怪と人間の共存を間近で見ていたはずが、いつの間にかとんでもないことになっていたらしい。こちらの困惑をくみ取った水木が、少しだけ気まずげに視線を逸らす。
「ここではちょっと……帰りにウチ寄れよ」
「あ、ああ……
 ――そのまま泊まってっていいぜ。
 殊勝な態度は一瞬で消え去り、ニヤリと笑いながら言う水木に頷き返しながら「情報量が多い!」と内心で頭を抱える。
 二重の意味でもやもやとした気持ちを抱えながら午後を乗り切らねばならないこちらの気持ちにもなってほしいと、涼しい顔で書類を捌いている男前をじっとりと睨んだ。