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さよならまた100年後

ロナドラ。長命種の吸血鬼と、定命な人間の愉快な話。


「お前、俺のこと噛む気ねぇの?」
 夜食のオムライスを頬張りながら、明日の朝飯なに? とでも言うような気軽さで──しかしながらその無駄に整った容貌に至極真面目な表情を浮かべて──問いかけてきた若き吸血鬼退治人 ヴァンパイアハンターに、彼の同居人兼相棒兼パートナーである高等吸血鬼 ヴァンパイアロードは、小さな瞳孔を丸くして、世界一可愛い使い魔と顔を見合わせた。
 退治人ロナルドの視線を受けた吸血鬼ドラルクは、両手で支えたマグカップ越しに胡乱げな視線を青年へ向けて、
「君を同族にするつもりはないよ」
 もちろん使い魔にもね、と素気なく答えた。
 ──……なんで?
 声なき問いを紡ぎ、ふて腐れてへの字に歪められる唇。その唇が厚く柔らかく、そして熱いことを吸血鬼は知っている。
 ケチャップライスが一粒張り付いた頬が引きつり、若い青年の揺れる心情を感じ取ったドラルクは、いつもならば、
「ついにウルトラキュートなドラドラちゃんへの畏怖に目覚めたか? 私に吸血されたければ『気高き高等吸血鬼ドラルク様へ僕の血液を献上させて下さい』くらい言い給えよ! まあ五歳児ゴリラの血なんてクドくて飲めるわけないがな〜〜! 残念でした〜〜ピッピロピー!」
 と全力で揶揄ってやるのだが、対面に座っている青年の存外に傷ついているらしい表情に開きかけた唇をそっと閉じた。IQ二億のドラドラちゃんは空気が読めるので。
「そりゃ、俺は未熟だし、血だってお前好みの味じゃないかもだけどさあ……
 見るからにしょんぼりと肩を落とす五歳児ゴリラ退治人は、腑に落ちないというような様子でぶつぶつと呟きながらオムライスをスプーンで弄くり回す。
 せっかく美味しく作ったのになんてことするんだコイツ。私にも食材にも失礼だし行儀が悪いから止めてほしい。ドラルクはムッと眉を寄せた。
「ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌイ」
「アッハイ。ごめんなさい……
 汚い食べ方しないでと、世界一可愛い丸ことアルマジロのジョンが主人より先に不快感を口にした。さすが私のジョン。感謝を伝えるために小さな頭を優しく撫でると、嬉しそうにヌンと鳴く。私のジョンは世界一可愛い。
 可愛がっているジョンに至極真っ当なお叱りを受けたロナルドは、黙々とオムライスを口に運ぶ。空気が重苦しい。せっかくリクエストにお応えしてケチャップでハートまで描いてやったのになあ。
 ロナルド君。声をかけると、ちらり、叱られた幼子がお伺いをたてるような控えめな視線。
「その話、続けたいなら食後にしよう」
……おぅ」
 出会った当初よりも健康的にふっくらとした頬から米粒を取ってやると、指先が触れた箇所からじわじわと赤が広がる。不機嫌な表情を取り繕おうと失敗して珍妙なことになっていた。
 チョロルド君、君は全く以て可愛い男だね。摘んだ米粒を口に入れて、吸血鬼は苦笑した。

 ◯

「もう一度言うけれど、私は君を同族にも使い魔にもするつもりはないよ」
 食後のデザート──バニラアイスを添えたバナナとリンゴのキャラメルブレッドプディング──を平らげて一息つき、ソファでジョンを撫でながらくつろいでるロナルドに、チョコレートソースがけホイップクリームを浮かべたカフェオレを手渡しながら、ドラルクは静かに告げた。マグカップを受け取ろうと伸ばした青年の大きな手が、怯えるように動きを止める。
 その手にそっとマグを持たせて隣に座ると、「なんでだよ」と彼らしくない消え入りそうな程の小さな声。神様からの贈り物のような美しい容貌が、今にも泣き出しそうに歪められている様は酷く憐憫を誘った。
 立派な成人男性であるのだが、精神面や情緒が未成熟なところのある青年は、時折幼い少年のように感情に任せて泣き出したり暴れ出したりする。どちらにしてもドラルクは殺されるが、長命の吸血鬼にとってはその未熟さも愛しいものだった。
「なあ、なんで?」
「必要がないからさ」
 ひつようがない。唇だけで繰り返すロナルドは、酷くショックを受けた顔をしている。
「なんでそんなことゆーんだよ……
「なんでなんでと、君はナゼナゼ期の幼児か? ロナルドくんはいくつでちゅか〜? ごちゃいじゃなくてにちゃいかブェーーーー!?」
「ヌーーーー!」
「ころす〜〜〜〜!!」
「殺してから言うな暴力ゴリラ!!」
 ドラルクの顔面に拳を撃ち込んだロナルドは、辛うじて泣いてはいないがぐすぐすと鼻をすすっている。塵からナスナスと再生したドラルクは、毎回泣いてくれる最愛の使い魔をあやしながら、自身を殴り殺した青年を仰ぎ見た。
「ロナルド君」
 すぐ顔に出る素直な青年の鼻先に、赤いネイルの塗られた指先を突きつける。ロナルドの――ドラルクには見ることの叶わない――快晴の青空を閉じ込めたような美しい瞳が、指先の赤に囚われた。「何故、と君は言うが」ドラルクは言葉を続ける。
「退治人が、吸血を望む方がどうかしていると思わないか?」
……!」
 はっとしたように大きな瞳をさらに大きく見開く青年は、気まずげに細い指から視線を逸らす。
「私はね、ロナルド君。退治人の君が好きだよ」
 素直でお人好しで格好つけで不器用な、どこまでも優しい退治人。
 一人と一匹の、変化のない穏やかな生活とは比べ物にならない、賑やかでスリリングな日々をもたらし、そして夜にしか生きられないドラルクを一途に愛してくれる昼の子。
 美しい銀の髪に青空の瞳と炎のような情熱を持つ、吸血鬼を殺す為に生まれてきたような太陽の子。
「君が吸血鬼退治人でなければ、私たちは出会うことがなかったじゃないか」
 ドラルクはそう言ってにんまりと笑った。
「君と過ごす毎日は、一日と同じ日がなくて楽しいよ。君だってそうだろう?」
 こんなに可愛い私とジョンが一緒にいて、楽しくないはずがないのだ。自信満々に薄い胸を張る吸血鬼とその使い魔。
「私とジョンと君がいれば、わざわざ家族や仲間を看取るような種にならずとも、日々は変わらず楽しいものだぞ」
 ――なのに何故、吸血を望む?
 吸血鬼の問いに、若き退治人は息を詰めて、そうして静かに口を開いた。
……だって、俺、お前より先に死ぬだろ」
「? そうだね」
 ちびちびとカフェオレを飲みながら、落ち着かない様子でぽつぽつと話すロナルドは、相変わらずドラルクが見たことのない蒼天を閉じ込めたような瞳を潤ませている。
「そんなん嫌だ」
「嫌だって、君ね……
 それは、仕方のないことだろう。君は定命の子 にんげんなのだから。そう伝える前に、蒼天の瞳に水の膜を張ったロナルドが大きく口を開いた。
「俺が死んだあと、お前とジョンが生きてるのに、そこに俺がいないのが嫌だ。お前が俺以外の人間の飯作ったり世話焼くのも嫌だし、お前が……ドラ公が俺以外の人間を好きになるのはもっと嫌だ。俺は……お前とジョンに置いて生かれるのが……忘れられるのが怖いんだよ」
 そう捲したてながら、ロナルドはぼろぼろと小さな青空から雨を降らせる。極局地的な雨は彼の持つマグカップに降り注ぎ、ホイップクリームの雪山を崩していった。
 嗚呼。ドラルクは内心で感嘆する。なんて愛しい子だろう、と。
 ロナルドの言い分は、一方的な押し付けだ。まるで子どものわがままのような独占欲は――いや、子どものわがままそのものだ。癇癪を起こした子どもの、相手が折れるまで主張し続けるタチの悪さを内包している、幼い独占欲。
 けれど、それでも、不快ではなかった。ただただ愛しさだけが溢れて、「君は馬鹿だなあ」と吸血鬼は笑う。
「誇り高き竜の一族であるこの私が、そうほいほい人間を構うわけがないじゃない。君は特別だといい加減自覚したまえよ」
 おこちゃまルド君にはちょっと難しいかな? ドラルクはニヤニヤと享楽的な吸血鬼らしい邪悪な笑みを浮かべながら、健康的で柔らかな、今は雨に濡れている頬を両手で包み込む。濡れていく指先が、不思議と温かく感じた。
「君みたいに面白い人間なんてそういないのだから、君が死んでも百年くらいは忘れそうにないよ。百年あれば生まれ変われるだろうし、私は待つのも苦じゃないからね。生まれ変わったら、また私を退治しに来ればいい。そうだ! 君の気配はもう覚えているし、今度は私が探しに行ってあげるのもいいね」
 そしたらまたにっぴきで愉快に暮らせばいいじゃないか。邪悪な笑顔で無邪気に告げる吸血鬼に、退治人の青年は、雨を降らし続ける美しい蒼天の瞳をめいいっぱい見開いた。
「ドラ公、違う……違うんだ……
 緩く首を振り、幼子のように違うと繰り返す青年に、ドラルクは首を傾げる。
「もし……、もし生まれ変われたとしても、それは俺じゃない」
「? 君の魂を持っているなら、それは君だろう?」
 何が違うのだねと首を傾げる吸血鬼に、伝える術を持たない青年はほろほろと雨を降らせたままそっと長いまつ毛に縁どられた瞼を下ろす。美しい青が一度視界から消え、次に現れた時には、もう雨はやんでいた。
 マグカップを肘置きに置いたロナルドが、手袋に覆われていないドラルクの手を取る。温められた大きな手は、体温の低い吸血鬼には熱すぎるほどの熱を持っていた。
「なあ、ドラ公、ドラルク。俺は……、俺のまま、お前とジョンとずっと一緒に生きたい……それが無理なら、なあ、ドラルク」

 ――俺が死ぬとき、一緒に死んでくれ。

 ぞわり。吸血鬼の背筋に衝撃が走った。
 体中の血管が沸騰し、頬に熱が集まるのがドラルク自身にもありありと感じられた。ぞくぞくと背筋を走る電流のような衝撃に、身体が震える。
 これは、歓喜の震えだ。
「君……
 長命種の吸血鬼に、『一緒に死んでくれ』だなんて。
 なんと情熱的で熱烈な愛の告白だろう!
 ロナルドが何を恐れているのかドラルクには理解ができないが、それでも青年の真摯な言葉は吸血鬼の心を震わせ、全身を歓喜に染めた。自由を愛する享楽主義者を束縛する言葉であるにもかかわらず!
「ふふ……ふふふ、あははは!」
 突然笑い出したドラルクに目を丸くするロナルドは、揶揄われたと勘違いしたのか、泣き腫らして赤くなった目で笑い続ける吸血鬼を睨み付けた。
「なっ! 何笑ってんだよ! お、俺は本気で言ってんだぞ!?」
「わ、わかって、ふふっ、んふふふブォッ!?」
「ヌェッ!?」
「わかってねーだろぉ~~~~!」
 笑い続けるドラルクに耐えきれなくなったのか「ウェーン!」と泣きながら拳が振り上げられ殴り殺された。
「ひでぇよぉ……俺本気なのに……うえぇぇん……
……んん。さ、さすがに今のは私が悪かった。すまない。馬鹿にしたわけじゃないんだ」
 再生したドラルクは、べそべそと幼児のように泣くロナルドの髪を撫でる。ジョンの胸毛には及ばないが、ふわふわとした柔らかな髪は触れていて楽しい。
 優しく撫でられて落ち着いてきたのか、真っ赤になった目が不貞腐れたような視線をドラルクへ向けた。
「笑ってごめんね。嬉しくて、つい」
……うれしくて?」
 きょとんと首を傾げる幼い仕草が可愛い。また笑いだしてしまいそうになる口元を隠しながら、ドラルクはロナルドの赤くなってしまった目元をそっと撫でた。
「だって、君ね。吸血鬼 わたしに永久の死を望むなんて、君に執着してくれと言っているのと同義じゃないか」
「しゅうちゃ……うぇ!?」
 幼げに呆けていたロナルドの整った顔が、徐々に赤く染まっていく様を間近で見るのは気分がいい。吸血鬼は美しいものが好きなので。
 ドラルクは邪悪な笑みを浮かべながら、ロナルドの羞恥を煽るように言葉を続けた。
「そんな熱烈な告白をするほど、私のこと愛しちゃってるんだな~~~~って、嬉しくなっちゃってね」
「ウワーーーーー!」
 びょん、とセロリを投げつけられた時のように飛び上がったロナルドは、羞恥の余りに床を転げまわり始める。我を失くした退治人の奇行は見慣れたものなので、吸血鬼は彼のマグカップが倒れないようにそっと持ち上げてダイニングテーブルへ避難させるために立ち上がった。
「ロナルド君」
 聞こえていなくてもいい、というような声量で、ドラルクは愛しい昼の子を呼んだ。
「な、なんだよ……?」
 動きを止めた青年に、吸血鬼はどこか浮ついたような表情で、
「私の命は私だけのものじゃないから、約束はできないけれど」
 と片腕に抱いた使い魔に視線を向けた。ヌ、と戸惑うように主人と床に転がる退治人へ交互に視線を向けるジョンの小さな額に唇を寄せて、「けれど」とドラルクは続ける。
「私が、靴下以上に君へ執着できるように、せいぜい私を魅了してみたまえ」
 ――そうすれば、一緒に死んでやらないこともないよ。
「そうしたら一緒に生まれ変われるかもしれないし、それはそれで楽しそうだからね」
 そう言って口角を上げたドラルクの表情には、ありありと享楽の感情が浮かび上がっていた。
 床に転がったままのロナルドは、人の思考が通じない吸血鬼の楽しそうな様子に、ふと表情を引き締めて不敵に笑う。それは、獲物を狙う退治人の表情だった。
「覚悟しとけよ、吸血鬼」
「望むところだよ、退治人くん」

2021.11.28
BGM:のめりこめ、震えろ。/Tempalay

2p目は続きだけど完全に蛇足