鹿
2026-04-04 22:27:51
10292文字
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通りすがり/6年、あるいは160年

ボイラー室横より愛をこめてW~二回目~開催おめでとうございます!
展示品の2026年CBC新選組礼装に絡めたお話です。モブ視点で組をみてる感じのお話です。
そして後半からはほとんど全く関係ない、そんな設定は一切どこにも存在しない、捏造の組のわちゃわちゃ与太話が展開されます。
一応土斎でスペースとってるのに土斎要素が少なすぎます…………書いている人間が土斎者なので滲んではいますが、土斎を期待して読むと薄いです…………すみません…………

 この街は今日も今日とて変わり映えがない。いや、この言い方は不正確だろう。正しくは……何が変わっていたとしても、それを気にする人間がいない、というところか。
 例えば自分には、毎日見ているこの職場の壁紙が破れたのが、いつのことだったか思い出せなかった。ここで働き始めたころには破れていなかったはずで、ならばいつかどこかのタイミングで変化があったはずなのだが、気がつかなかったのか忘れてしまったのか。
 この雑居ビルの裏にあるゴミ捨て場のことだってそうだ。生ごみの日でなくともうっすら腐臭が漂っている気がするその場所には現在、一体どこのテナントが出したものなのか、塗装の剥げた等身大の仏像が捨てられている。粗大ゴミ規定を守っていないため回収されないままのあれも、初めて見た時にはインパクトがあったはずなのに、いつあそこに出現したのだかもうわからなくなっていた。
 どうしてこうも何もかもを見逃しているのだろう。日々の生活だけで全ての気力を使い果たしてしまっている。毎日こうして職場に行き、金を得るためでさえなくただ惰性のように働き、そうする間にどんどん季節が巡っていくが、その変化を捉えられない。薄手のコートがそろそろ必要なくなるか、と思った時に限って風の冷たさがぶり返してくる。そんな日が、今年いったい何日続いているか、何年同じことを繰り返しているかわからない。ただ、こういう気候の時は、体の節々が軋むような感覚があって、思わず身を捩りたくなる。

「そこのお前! 何をしている! 次妙な動きをしたら命はないぞ!」
 鼻先に突き付けられた黒鉄の塊を眺めながら考える。怒鳴り散らす男がほんの少し指先に力を籠めれば自分の命は容易に終わるわけだが、果たしてその変化はこの街に暮らす人々にとってどれほどの変化をもたらすものだろうかと。そしてその思考は、「きっと何も変わらない」という結論ですぐに止まってしまう。この街ではこういう強盗事件が起こることも、事件に巻き込まれて犠牲者が出ることもそう珍しいことではない。とうとううちのようなさして羽振りの良くない銀行にまで来たのかという呆れに近い感情があった。今一緒に人質をやっている支店長や同僚たちも、自分と似たようなものなのだろう、皆顔に絶望や諦めの色はあっても、驚きや戸惑いは見えてこなかった。
「いいか! 我々は単なる強盗ではない! 終末を前にしてもなお持てるものが搾取し欺瞞を垂れ流す歪な世を正すための」
 犯人グループはこの店舗内にいるだけでも一〇数人、外で警戒している者もいるのだろうし、そこそこ規模は大きいのではないだろうか。彼らなりの理屈があってこの犯行に及んでいるらしいが、我々人質としては縛り上げられ彼らが警察と交渉する材料にされるだけなので、普通の強盗となんら変わりはない。誰がどんな理由で事件を起こしたところで、このクソッタレな時代、クソッタレな街ではよくあること、気に留めるほどのことではない。自分は犯罪行為をしたいと思ったことはないが、それは別に道徳心や遵法精神によるものではないのだろう。ただひたすらに、無力感と倦怠感で体が重く、いつも通り過ごすだけで精一杯だからだ。
「お前たちは人質であると同時に目撃者だ、この世の中が動くその始まりの日が今日なのだ」
 本当にそうだとしても、自分は生きながらえたら今日を他のろくでもない日々の中に埋没させて忘れていくのだろう。自分以外の人質たちも、この事件を報道や通り掛けに見かけた人々もきっとそうだ。そうとも知らずに叫んでいる彼らが、少し哀れだった。
 
 
――犯人に問う。人質は無事か?』
 突然、朗々とした声が白けた空気を貫くように響き渡る。こんな事件現場より、毎日綺麗に床を拭いた道場などで聞くのがふさわしい声だったので、警察が来たのだと理解するのに時間がかかった。
「ようやく交渉の用意ができたらしいな! 今のところは全員怪我ひとつない……だがこの先は貴様らの態度次第だぞ!」
 比べてみると、犯人たちの声は上ずって落ち着きが無いように思える。犯罪というのはやはり、ある程度盛り上がった気分にならないとできないものなのだろうか。
『そうか、何よりだ。それでは単刀直入に言おう。今すぐ全員武器を捨てて投降せよ』
 浮ついた熱狂に一切揺らぐことのないその声は、ただ粛々と、当然の事実を告げるようにそう言った。自分達の要求を何一つ聞き入れないその態度に、犯人たちの興奮はいや増したらしい。
「残念だ! 人質を殺さねば、奴等には我々の本気が伝わらないらしい!」
 素人なのでよくわからないが、犯人にこんな風に言わせてしまっては交渉としては駄目なのではないだろうか。
 
『重ねて犯人に告ぐ。武器を捨て投降せよ、これは交渉ではない――最後通告だ』
  交渉ではなかったらしい。なら良いのだろうか。犯人のうち一人が一番若く力の弱そうな女性の同僚に銃を向けているのだが――
 事態の把握に緊張感が追い付いていない。だから銃を突き付けていた犯人が、突如腕を下げ倒れこむのはわかっても、それを見て驚くことが出来なかった。

「お怪我はありませんか?」
 崩れ落ちる犯人の影から小柄な人影が現れる。その影から涼しい声を向けられた同僚は、ただ呆けた顔で頷いた。彼女も目の前の出来事を処理するので手一杯で、感情が湧く暇もないのだろう。人影は黒い服とプロテクター、警察の中でもいわゆる機動隊に属する人間であるようだった。肌も髪も色素が薄く、黒衣との対比でいっそう透き通るような印象の――美しい、少年のように見えた気がした。だがその顔を見とめるより素早く、影は視界から姿を消した。
「なっ……こいついったいどこから……があ!?」
 また一人犯人が、どのようにしてかはわからないまま床に倒れる。仲間を襲う見えない影の存在に戸惑い、犯人たちは浮足立っていた。
「落ち着け! 互いに背後をカバーしろ! 外で待機してるやつらがすぐに駆け付ける、まずは人質を逃がすな、足は撃って構わん――
 リーダー格であろう犯人がそんなことを言った直後に銃声がしたものだから、同僚の誰かが撃たれたのかと一瞬思ってしまった。
 だが続けて聞こえてきたのは見知った人間の痛みに呻く声ではなく、見知った職場の窓が破られ砕け散る音であった。

「御用改めだっ! テメエら、歯向かうってんなら容赦しねえぞ!」
 獣が咆哮するような声だった。割れた窓から飛び込んできたのは先ほどの影よりかなり上背のある男。細身ながらに鍛えられた体躯に黒いシャツとベストを纏い、黒い銃を携えて犯人たちを睨みつける。髪は服よりもさらに黒く艶やかで、通った鼻筋とまつ毛の長い切れ長の目の、整った顔立ちだが、表情の険しさと猛々しさが美しさを上回っている印象だった。
「御用改め……クソッ、『新選組』か!」
 そう吐き捨てて、新選組と呼ばれているらしい男に銃を向けた犯人は、しかし弾を放つことなく銃を取り落とし膝をつく。男の迷いの無い射撃に、動揺した犯人の反応速度では対応できるはずもなかった。そして犯人の身体が地に伏せた時、男は既に次の標的の制圧のため駆け出している。それでも先の影のように姿を捉えられぬわけではないと、周囲の犯人たちは銃を構え引き金を引く。だが銃口を向けられたところで男の突進が止まることはない。むしろ身を低く沈みこませ、疾駆する獣のように加速して一人の犯人の懐に潜り込み、腕を下から上へと振りぬいた。顎を殴られ脳を揺らされた犯人の胸倉を男が掴み、そのまま片手で別の犯人の方に放り投げ、諸共壁に激突させた。直後別方向から撃たれた弾は男の顔を掠めたが、振り返った顔にはむしろ位置を教えてくれて好都合だとでも言いたげな凶悪な笑みが浮かんでいる。思わずか細い声を上げた犯人は瞬時に間を詰められ、銃床を顔面に叩き込まれた。
 一方で男に構わず人質を捉えようとする犯人もいたが、そちらも一人また一人と倒れていく。最初に侵入していた目にも止まらぬ影の仕業であろう。その間に縛られた同僚たちはいつの間にやら這いずって壁際まで退避している。この調子なら、よほどのことがない限り、もうじき犯人たちは全滅するだろう――

「動くんじゃねえっ! こいつの頭ブチ抜かれてえかぁっ!?」
 そう、例えば機動隊員の戦いに見惚れて、逃げ遅れるばかりか気付かず犯人の方に寄っていくような、間抜けな人質でもいない限りは。
 後頭部に感じる金属はいつでも自分の頭を粉々にできるものだと理解していても、意識はつい美しいものの方に引き寄せられる。武器をすべて捨てろ、両手を頭の後ろで組めという犯人の要求に、長身の男は存外あっさりと、少年のような影はそんな男を見てしぶしぶといった表情で従う。
「は、は……! て、手こずらせやがって…………なあっ!」
 男に膝をつかせた犯人は、仲間を次々倒された怒りをぶつけるように、男の腹に蹴りを入れた。二度、三度と蹴られた男はほんの数秒、背を丸めて痛みを堪えるようにも見えたが――再び顔を上げた時、そこに浮かんでいたのは、帰ってきた家族を玄関先で迎えるような、穏やかな笑みだった。
「なんだ、その目は……調子に乗ってんじゃね」
「いやいや、テメエだろ、調子に乗ってんのは」

 犯人の声にかぶせるように発せられた第三の声は、おちょくるような軽い響きの中に、どこまでも暗く冷たい、殺意と呼ぶべき感情が漏れ出していた。
 声の出どころは、背後から銃を突きつける犯人のさらに後ろ。だが犯人は振り向くことはせず、人質の頭にさらに銃を押し付ける。
「こいつを撃たれたくなきゃなあっ! テメエも武器捨てて跪け!」
 興奮のあまり声をひっくり返らせる犯人に、第三の声はどこまでも冷ややかだった。
「撃てよ」
 なんということだろう。第三の男は最初の二人の仲間の機動隊員だと思っていたのだが、あっさり見捨てられてしまった。しかし自分が死ぬことに関しては自業自得といえばその通りであるため、ぐうの音も出ない。
「な、めやがってえええええええっ!!」
 犯人の絶叫に合わせてぎゅっと目をつぶるが、予想していた衝撃はない。どころか、銃声も聞こえない。代わりにカチカチというどこか気の抜けた金属音と、背後に困惑の気配を感じる。
「腹いせなんて馬鹿な真似してっからだ。細工されてんのに気づかねえとか」
 そうだったのか、と思わず振り向いた先にいた、第三の男。藍鼠色の短髪、顔立ちとしては二枚目と言えるが、それ以上に目の下に浮いた隈と左右非対称に歪めた表情から滲む剣呑さが目立っている。そして一見まるで力を入れていないかのように見えるほど、自然に振り上げられた長い脚が、犯人の顔面を過たず蹴りぬいた。
…………そちらさん、ご無事で?」
 藍鼠色の男は、犯人が壁に激突し気を失うのを冷めた目で見送った後、まるでそれまでの冷たさなど感じさせない、飄々とした声音で人質に笑いかけてみせた。解放された間抜けな人質は、ただこくこくと頷くばかりである。

「もー! 斎藤さん、遅いですよ!」
 小柄な影は、人質に声をかけた時とは打って変わって高く明るい声になっていた。
「僕が遅いんじゃなくて沖田ちゃんたちが打ち合わせより一〇〇秒は速いのよ、こっちは人質の脱出経路確保するからって言ったでしょ~」
 斎藤という名前であるらしい藍鼠色の男の言う通り、自分以外の人質はいつの間にかもうこのフロアにはいなかった。本当に、どこまでも間抜けなことである。沖田と呼ばれた凛々しい少年のような影が、女性であることにも今さら気がついた。
「それで? 土方の副長におかれましては、まーた無駄に傷を負われたようですけど?」
 皮肉気に片頬だけ吊り上げる斎藤に対し、土方と呼ばれた男はあっけらかんとしたものだった。
「人質優先だっつったのは手前だろ」
「言いましたけどねえ! 自分の身を守った上でって言わなきゃわかりませんかねえ!」
「どうせお前がすぐ助けに来るってわかってたんだ、待ってた方が速え」
「あんたそういうのっ……ごまかそうとして言ってんじゃねえのがさあっ……!」
 冷たい目をしている時も、軽薄な笑みを浮かべている時も、油断ならない雰囲気を漂わせた男が、ごにょごにょと言葉にならない何かを口の中で転がしている。一方で、苛烈という言葉が人の形になったような男が、有能な部下が口ごもっている様を、暖かな目で見つめている。
 どうにも不思議で、思わず目を引かれる人々であったのだが、この街はいつまでもそれを眺めていることを良しとしてはくれないのだった。
 
……歳、総司、一。皆よくやってくれた。あとは後方部隊に任せて……と、言いたいところなんだが……
 無線の向こうで喋っているのが、突入前に最後通告を出したあの声の主であることに、少し間をおいて気がついた。それほどにあの毅然とした通告とはかけ離れた、とにかく申し訳なさでいっぱいの気配がこちらにまで伝わってくる声だった。
「近藤さん、何度も言ってるが、あんたは俺たちの大将だ。言いたいことは堂々と言ってもらわにゃ、そっちの方が困るんだよ」
 土方の言葉に、近藤が無線の向こうで一つ息を吸い、なんともひどい現実を告げた。
『G-ON地区にて、違法魔術髄液使用者の暴徒が大量発生している! 第二班は暴徒の鎮圧と市民の避難に手一杯で、このままでは薬を流している黒幕を取り逃がす可能性がある――第一班、至急現場へ急行せよ!』
 そう、これがこの街だ。ひとつ事件が解決したと思っても、またすぐろくでもないことが起きる。それが日常と化した、明るい夜明けが来る日の見えない時代。文字通り世も末だ。
――了解した。お前ら、準備はできてるか! 新選組、出るぞ……!」
「はいはーい、まったく人使い荒いんだから。ま、いつものことですけどね」
「もー! 帰ったらおやつのお団子増量してもらいますから!」
 それでも彼らの瞳から光が失われることはない。どうして、そんなにもひどい世の中で、それほど力強く立ち続けていられるのだろう。
――――あの!」
 思わず引き留めるような声を出してしまったが、それでどうしようというのか。彼らはすぐにでもここから去るというのに。
「あ、あ、ぁりがとう、ございましたっ…………!」
 結局、ようやく絞り出せた言葉はそれだけだった。
「礼なんざ言われる筋合いはねえな」
「僕ら、お仕事なんでね」
 振り向いてくれた二人の返事はそっけないもので、すぐさま背を向けて走り去ってしまった。
 それでも、どうしてか自分の胸に清々しい熱があることに気がついた。
 この世の中に、あれほど揺らがぬ瞳で前を見つめ、戦い続ける人々がいるのであれば、自分は明日も生きていける気がした。
 
 この、世紀末暗黒都市KYOTOで――――