めやぬら
2026-03-29 23:47:26
12676文字
Public
 

不在②

不定期週刊燐一
一ヶ月仕事で海外行く燐音と留守番する一彩の話、の続き。
クレビならこれくらいしそうだと思うし、燐音は分かりづらく妬いててほしい。


 初めてのテレビ通話からしばらく経ち、今日も今日とて布団に潜り込み、二十三時になるときを待っていた。今日は通話できるだろうか、できるならビデオ通話がしたい。声だけでも十分だけどやっぱり顔が見たいと思うのは、わがままかもしれないが許してほしい。
 気が早くもメッセージを打って、あとは送信の紙飛行機を飛ばすだけ。まだあと十分以上あるのにそこまで準備万端にしてしまい、待ちきれなくて色んな画面を行ったり来たり。薄暗くした部屋の中、忙しなく変わるブルーライトがシーツの白に彩度が青ざめて反射する。
 もう少しあとちょっと、と浮き足立つ心を抑えていたら、ピロン!と明るい電子音と共に、見ていた画面が突如動いた。驚いて見れば、なんと兄の方からメッセージが飛んできていた。

『今日、ビデオ通話できるか?』

「えっ?!」

『もちろんだよ!もうかけていいの?』
『今部屋?』
『僕の部屋にいるよ』
『誰かに見られてもいい部屋行ったらかけてきて』

「誰かにって……

 きょろきょろ見回した自分の部屋も片付いていると思うが、誰かに見られる前提で過ごしているわけじゃない。見られて困るものは置いていないし、今の格好だって寝巻きにしているが練習着。とはいえ、だ。だらけた姿など他人様に見せるようなものではないだろう。
 誰かに見られるようなところから通話を繋ぐのだろうか。なかなか考えづらいが、そういう懸念があるからこその促しだと察しがつく。今はその指示に従った方が良さそうだ。
 とりあえずリビングに移り、跳ねた髪やよれた服をある程度整える。背景に何かまずいものが映らないかを確認してから、見慣れた発信画面を数タップ。

「もしもし、兄さん?」
「おーご苦労さん」
——んぇ——っす」
「ちょ————

 一コール目の途中、食い気味に取られた電話口の向こうでは、兄の声に混じってなんだか賑やかな声が聞こえる。とても聞き覚えのある声たちに、兄が今だれといるのかすぐ思い至った。

「みんな居るの?どうしたの」
「あー聞こえた?いやちょっと色々あって」
「あっもう繋がってんすか〜?おとーとさん聞こえるー?」
「テメェ奪おうとすんな!」
「まあまあええやん、これまで黙ってきたことの報いやと思って」
「良くねェわ!わーったから待てって、触んな散れ!」

 ぎゃあぎゃあと騒がしい声が聞こえた後、状況が掴めないまま通話画面を見つめて待っていると、パッとついたスクリーンには気まずそうな兄を囲む三人がいて、思い思いの反応をしてみせた。
 弟さんだー!とニコニコしているニキ、どこか感嘆しているこはく。声は聞こえなかったがHiMERUもいたようで、燐音にへばりついて冷やかす二人とは違い、我関せずと一人涼やかに手を振ってくれた。

「わー弟さーん!見えてます〜?ちょりーっす!」
「これ、後ろリビングなん?広そうやんけオイ、ええとこ住んどるやん」
「なんでキレんだよそこで」
「二人とも見えてるよ、HiMERUさんも!なんだか久しぶりだね!」
「ええ、お久しぶりです」
「弟くん?!なんで真っ先にメルメルなの?!」
「一番事情を説明してくれそうだからかな。なにがあってこんな賑やかなことになっているんだい?」
「たいしたことでは……天城が長期滞在の割に元気で、数日に一度は我々の外食の誘いも断って早々に部屋へ引き上げるのが気になっただけですよ」
「なるほど」

 つまり、兄の挙動不審さに目を付けて、からかってやろうと思ったのだろう。見込んだ通り簡潔に説明してくれたHiMERUも割合乗り気なのか、珍しいくらい上機嫌に見える。ニキやこはくもニコニコというよりニヤニヤして、兄は珍しくたじたじだ。苦虫を噛み潰したように口をへの字に歪めている。

「こんな長期間居ってこないに調子ええの、絶対なんかあると思ってたんよ」
「早く帰った日の次の日は機嫌いいし、一人でなんか美味しいものでも食べてるんじゃないかって疑ってたんすけど、弟さんと電話してたんすね!いや〜納得っす!」
「チッ……三人がかりで尾けてくんなよ……
「気恥ずかしいんやろけど、隠そうとせんでもええやん、一彩はんとはわしらも知り合いやし。一彩はん、そっちは元気しとる?」
「ウム、特に大きな事件は無いね。平和そのものだよ」
「ホンマに?ラブはんから寂しがっとったって聞いたけど」
「えっ、そうなのかい?」
「連絡しあってんのが自分らだけやとは思わんことやなぁ。わしらはメッセージだけやし、そないに頻繁なわけやないけど」
「燐音くん、大体三日に一回くらい?露骨に機嫌良いんすよ〜!もうほんと、不気味なくらい!」
「おお、すごいね!僕と通話するのはちょうど三日に一度の頻度なんだ、通話じゃなくてメッセージだけのときもあるけど」
「分かりやすっ!飢えすぎやろ」
「天城……

 生温かい三対の目が兄を責めるも、本人だって居た堪れなさそうにそっぽを向いている。珍しく防戦一方の兄を見るのも新鮮で、和気藹々かまびすしく繰り広げられる自由な会話が微笑ましい。
 色とりどりに語られるのは現地の雰囲気、日本と違って驚いたことなどなど。逆にこっちであったこと言えば懐かしそうな頷きが返ってきた。夢の咲の話自体が珍しいのか、どうでもいい学食のラインナップまで話してしまったり、外国の中で出会う見慣れたお菓子のパッケージに安心した話を聞いたり、他愛も無ければ気を払いすぎることもない。
 ついつい色んな話を聞くのが楽しくなって、気付けばもう零時を越えていた。ぼんやりと光が拡散する視界、ぱちぱち瞬きを増やして涙を行き渡らせれば、画面の中の四人が少し鮮明に戻るが、しばらくすればまた少し輪郭が暈ける。ぎゅっと目を瞑って開いてを繰り返していれば、目敏く気付く人もいる。

「ところで、そちらは今何時なんですか?随分と眠そうですが」
「今?ちょっと待ってね……今は零時七分だ」
「えっ、そっちってもうそんな遅いん?」
「そりゃ眠いわけっすよ。ごめんね、そんな遅いと思ってなくって……付き合わせちゃった」
「ううん、僕も話を聞くのが楽しかったし……兄さんだけと話しても、なかなかこんなに賑やかにはならないからね。なんだか新鮮だったよ」

 申し訳なさげに眉を下げるニキ。あちらはそんなに遅い時間でもないのか、みんなまだまだ元気そうだ。

「この後は皆でご飯でも食べに行くの?それなら、もうそろそろ通話は切ろうか」
「別に何も予定ねェよ。お前らももういいだろ、解散解散!」

 通話を切る隙も与えずに彼らを追い立てる兄はブーイングを受けているも、どこ吹く風。退去を促されて不満を露わにしつつも、思い思いに一彩へ手を振りおやすみ〜と部屋の外へと出ていくこはくたち。自発的にではないあたりが随分騒々しく、賑やかだ。こちらは夜半でも、これから夜がはじまるのだし、まだまだ騒がしくなっても仕方ない。
 カメラ外の出入り口から追いやったのか、ドアの閉まる音と共に急に静かになる部屋。シックに整えられた調度品を良い部屋だと眺めてしばらく、やれやれと言った体で戻ってくる。

「追い出してしまっていいの?」
「良いんだよ、アイツら揶揄いたいだけだし。それよりお前、真っ先に声かけんのがお兄様じゃないのは、いただけねェな?」
「それは説明したじゃないか、あのときあの中ではHiMERUさんが一番簡潔に経緯を教えてくれそうだったんだよ」
「恋人を差し置いて?」
「あの場ではね。それとも、兄さんは皆にバレても良かったの」
「薄々気付いてんじゃね?それならバラしてやっても良かったなァ、こいつは俺のモンって」
「もう……そんな気、サラサラないくせに」
「フッ、分かんねェだろ」
「大体、尾けられていたっていくらでも撒けたでしょう」
「そんなン気まぐれで付き合ってやったに決まってんだろ。まさか通話させられるとは思わなかったけど。……悪かったな」
「どうして?楽しかったってさっきも言ったよ。兄さんの珍しい姿も見られたし。思いの外、皆も堪えてなさそうで安心したぐらいだ」
「なに、心配してんの?弟くんったら博愛〜」

 姦しさに辟易していたにしてもメンバーへの対応は甘く、たっぷり容赦もされていた。ならば、先ほどから言葉の端々に忍ばされた棘の向く先は、正しく僕なのだろう。

……なにかあった?僕が兄さんを怒らせてしまったかな」
「あ?なんでそう思う」
「だって、椎名さんたちには呆れていても怒っていないよね。僕に何か言いたいことがあるんじゃないの?」

 問いかければ、眼差しから棘が抜け落ちる。見えない針がポロポロと落ちたのを幻視してしまうくらい、兄にしては素直な表情。おや、と軽く驚いていると、すぐにかき消されてしまう。

……一彩ちゃんはよく見てんねェ」

 どこか感慨深そうに目端を細める兄は、まっすぐにこっちを見つめている。いつもだったらこの後に頭でも撫でられそうなぐらいの優しい声。それと共に伸ばされた腕は見切れ、何を触っているのかわからない。

「別に怒ってねぇし、言いたいこともねぇよ。もう遅いんだろ。通話切れよ」
「あっ、そ、そうだね。うむ」

 深まる時刻、もう眠らなければ明日に尾を引きかねない。端末の小さな画面の端、通話終了のボタンに指をかける。

「おやすみなさい……
「おーおやすみー」
……兄さん」
「ん?」
「明日、明日の夜は…………ごめんなさい、なんでもないよ!今日は楽しかった、皆にもよろしくね!」
「は、おい一彩?ま」

 早口でまくしたて、慌てている兄が映る画面を、強制的に無機質な通話終了画面へ切り替える。見慣れた愛想のない画面には、一〇三分の通話時間が示されていた。
 表示される数字は回を経るごとに増えていくのに、慰められる寂しさの量は反比例して減っていく。声が聞けて、顔も見られて、今日なんか向こうの騒がしさも分けてもらったのに、際限がなくなる自分に呆れてしまう。
 さっき、見切れた指の先で触れていたもの。それが僕だったら。いつものように、画面に映る僕の髪を撫で、頬に触れていたら。
 あぁ、もしそうだったのなら、遠隔で感触も伝えてくれたらいいのに。
 便利だけど、ここまで欲しいものを届けてくれるのなら、余すことなくもたらしてほしくなる。僕に触れるときの少しぬるい指先の感覚も、抱きしめた時に香る香水じゃないやわらかなにおいも、隣で眠る質量の伴う温もりも、思い出せば曖昧に霞んでしまって、本物が欲しくなってしまう。
 手のひらサイズの小さな機械には重すぎる期待をどうにか宥めすかし、胸に広がるうっすら冷たい物足りなさを、毛布に包まってやり過ごすことにした。