望月 鏡翠
2026-03-29 00:00:34
6383文字
Public 庭師は何を口遊む 霊山班
 

儀式的ニトロ 事件背景


⚫︎黒幕の計画が全てうまくいっていた場合のこの事件
【息子の死が受け入れられないカルト教団員が起こしたテロ事件】として扱われるはずだった。

ショッピングモールで爆破事件が発生する。
防犯カメラの映像と現場の状況から、片貝の所持していたキャリーケースの中身が、碧斗の遺体及びに爆弾であったと断定される。
息子が自殺し精神的に不安定な様子で譫妄や幻覚などの症状を発症していたことが、精神科医や同僚の口から語られ、証拠のノートなども提出される。
片貝の家を調べると爆弾の材料と、怪しげな製薬会社とのつながりを示す証拠がでてくる。
製薬会社を調べると、過去に不審な集団自殺を起こしたカルトと繋がりがあったことがわかる。
そして、関係者に他にも爆弾を作って自殺した人間が存在していたことが明らかになり、今回の事件との類似性が出てくる。
息子の死を受け入れられず自死を決意した片貝は、カルトから指導を受けて、爆弾を作成。
息子の死体を抹消し、人生に幕を引くべく恐るべき犯行に及んだのである。
――という推理が展開されることを期待していた。

 片貝にニトログリセリンを扱うことができるのか、というような細部の粗はあるものの疑わしきものが他にない状況なら「そう考えるのが自然」として細かい矛盾は無視されて捜査は終了する。過去に魔術に関わる事件と、その警察側の対応を見たことがある小野にはわかっていたのだ。

 片貝が所持している方のニトログリセリンに起爆装置が付いていないのは、彼女が予期しないタイミングでうっかり起爆する可能性が大いにあったことと、いくら頭が悪いといっても電子部品などがついた明らかに何かの装置の構造をしたものが家に突然おいてあったら、流石に周囲に相談したり通報したりする恐れがあったため。事前に彼女が周囲に助けを求めてしまうと、この計画は破綻してしまう。
 単なる瓶に入った液体は、外見として怪しいは怪しいが、それそのものでいきなり「これは爆弾に違いない!」とはならない。不審ではあるが、息子からの荷物だと信じ込ませられるギリギリのラインと想定していた。(片貝の行動は、ある程度は小野が直接コントロールできるつもりでもいた)
 爆発元が片貝のスーツケースだと思わせるために、用意していた爆弾とは別に内部にニトロの成分を検出させたかったため、キャリーケースの中にも本物が仕込まれていた。キャリーが大型なのはそこに死体を隠して持ち歩いていたということにするためである。
 碧斗が腐乱する前にスマホにアクセスできたため、キャリーケースなどは彼のアカウント(未成年なので決済情報などは片貝のものになっており彼女が購入したことにできる)を使って購入していた。
 誰も歩き回っている人間が死体などとは思わない。ゾンビは爆弾を持ち込みつつ、死体をこっそり移動させるのに良い手段だったはずだった。
 この策の欠点は、小野に「普通の人は腐乱しかけた死体の臭気に耐えられないし、動き回る死体は悍ましいものとして映る」という極々当たり前で一般的な認識がかけていたことだ。
 生まれたときからゾンビが身近に存在し、死者に囲まれて生活していた女は元々狂っており、そんな当たり前の感性ですら持ち合わせていたなかったのだ。


 事件の発端は、六十年前。
 馬喰厨子集団自殺事件は、バグ・シャースの信奉者が行った招来の儀式を、徒 慶一とその仲間たちが阻止したものである。
 かの神の信奉者はカルトのような集団を作らないため、これはあくまで個人の魔術師によって行われた単発的な事件である。
 馬喰厨子はバグ・シャースの訛り+光を嫌う神のために用意された箱=厨子の意。

 現場に残された既に死んでいた犠牲者とは、歩き回る屍と変えられたゾンビであり、建物の天井が落ちているのは光に弱いかの神の行動を封じるため、事態に対処した人々が咄嗟の機転を聞かせた結果である。
 バグ・シャースは、魔導書「水神クタアト」の記述をもとに退けられた。

 しかしこの一件で、徒 慶一は恐るべき異郷の神と対面したことにより完全に正気を失ってしまった。
 彼は自分が見た死ぬことがない(死しても活動を続けることができる)に執着し、それを叶えるため怪しげな研究にのめり込んでいった。
 事件があった建物は彼にとって、神との対面を果たしたいわば聖地である。
 ここを強い希望で買い取り、実験施設とした。
 なお、馬喰厨子集団自殺事件に徒 慶一たちの名前は出てこない。彼らはあくまで通りすがりに、あるいは巻き込まれて事件に介入し、解決した後はひっそりと日常の世界に戻っていった探索者のような存在だからだ。
 そのため関連性を疑われることなく、土地を買い取ることができた。
 しかし自分たちの非合法かつ被人道的な研究が警察に露見しそうになったため、証拠隠滅を図るため事故に見せかけて爆死した。
 証拠を消すためというよりは、生前に研究を完成させられなかった彼は死後に不完全なゾンビとなって生き返ることを過剰に恐れていた(妄執に取り憑かれていた)からである。

 その息子である徒 真彦もまた父の意志を継ぐ異常者だった。
 徒父子は二代かけて、ゾンビ創造の呪文とそのアレンジを編み出した(新クトゥルフP238-239)。

 彼らの娘である小野は、父親たちのような狂信者ではなかった。
 彼女の関心はもっと俗物的なもので、非常識な科学の力を使って自分の罪を誤魔化し、より効率よく金を稼ぐことに注がれた。
 慶一が生きていた頃に家が警察に目をつけられたため、徒が培った呪文と魔術の技術を逃すために養子に出され(一旦施設を経由している)たため苗字が変わっている。
 彼女にとってこれは悪趣味なゲームであり、医者である彼女は収入面に不安があるわけではないので、罪から逃れることの方に注力している。