カメラのメモリが、いっぱいになった。シャッターを押してもエラーのビープ音が鳴る。びー。びー。それを10回繰り返した時に、丹恒に諦めろとたしなめられて、私は現実を受け入れることになった。
つまり、なのに託されたカメラが、置物になったのだと。
そう、受け入れたとて、まあ……、納得がいくはずもなく。
「………」
オンパロスにメモリからデータを抜き出すための設備はないし、もとより偵察の予定だったのだ、替えのメモリの持ち合わせもない。なのに託されたカメラは、もう使い道のない文鎮になってしまったわけだ――プライベートルトロのハンモックの上で、カメラの中の画像を見返しながら、私は気怠げにため息をつく。
映るのは、私と丹恒が巡ったオンパロスの観光名所の数々。どれもこれも渾身の画像だ、消すなんてとんでもない。
でも、そうだとするなら、これから訪れる場所もこれから見せたかった風景も、もう、なのには見せられないんだ、と思うと――自然、心が沈んだ。海より深い。
まだ、撮りきれてない写真が山ほどあるのに。そうひとりごちて――予想よりも、彼女にいつか、この旅路を報告することを楽しみにしていた自分に気がついた。
どうやら私は、なのに飢えている。
「………なの、元気にしてるかな……」
別れる直前、自室でつらそうに微笑む彼女が、最後に見た姿だ。この星に来てから随分な時間が経ったと思う。もう、復調してるかな。私と丹恒がいないから、随分退屈させてしまってるかもしれない。
いつものように、もう! アンタ達おそい! と頬をふくらませて怒るなのの事を考えて、ほんの少しだけ口元が緩む。
――帰らないといけない。私と丹恒で、彼女の所に。列車に――我が家に。
隣、すでに寝入った丹恒の寝息が静かに聞こえる中、私もディスプレイから目を離し、緩やかに目を閉じる。目の端から溢れるものは、気にしないことにした。
「………」
縋るように、夢の中だけでも君に会えたらいいと、そっと彼女の残滓が残るカメラを抱きしめながら。
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「――はい! 星、アンタにプレゼント! 大事にしてよ?」
「うわどでかい折り紙の小鳥ィ……!」
「……アンタって小鳥のこと呼ぶときだけなんで急に高音になるの?」
「いや、礼儀かなって……」
ずむ、と手渡された折り紙の小鳥のビッグぬいぐるみは、両手で抱えても尚余る。重かったあ、と伸びをするなのは、見た目の華奢さに反して案外力持ちだ。
オンパロスから帰還して、暫く経った後。ピノコニーに用がある、と口にしたなのが持って帰って来たのは、とんでもなく大きいお土産だった。
でん、と構えるこのデカさのぬいぐるみなら、私のだだっ広い部屋でも十分な存在感を放つだろう。早速、三月MK2、と名付けた小鳥の額をバムバム叩きながら、私はつい首を傾げた。
「でもさ。なんか、あんたのこういう贈り物珍しいね。安かったの?」
「もー失礼! うちだってプレゼントくらいするよ! まあ、安かったことは否定しないけど……」
もにょ……と口を滑らせたのが真実らしかった。
「在庫処分……」
「買い物上手って言ってよ!」
肩を怒らせるなの。とはいえ、うっかりのおかげで、購入に至った経緯は分かったけれど――肝心の動機が分からないままだ。
「だとしても、何で急に? 私、ぬいぐるみ好きとか、なのに言ったっけ」
「言われてないけど……ほら、アンタって、抱き枕とか好きなんじゃないの?」
「………?」
心当たりのない言説だ。小鳥を抱きしめ直しながらまたたく私に、なのもまた、意外そうな顔で指を立てて、
「ほら、オンパロスのルトロで寝る時、時々カメラをギューってしてたでしょ。結構力強かったからびっくりしたもん」
「――――――」
反射的に、黙り込む。何の話だ、と、問いかけずとも、何の話か、分かる――分かる、けど。その可能性に至っていなかったことに、今さらながら、背筋を冷や汗が流れる。
「……星? どうしたの、変な顔して」
突然黙り込んだ私が不自然だったんだろう。キョトンとしたなのが、私の顔を小鳥越しにのぞき込む。
「いや、その。………意識、あったんだ?」
「え? あるに決まってるじゃん。てか、あんたたちがカメラ使ってる時は基本ずーーっと起きてたもん!」
そっか、そうか。そりゃそうか。なのはカメラの中でずっと私たちのことを見ていた。それはシャッターを切る瞬間にとどまらず、カメラを扱っているときならば例外ではなくて、だから、つまり、私が、なのの事を思って、一人、淋しくなっていた時も――
「……ねえ、さっきからどうしたの? なんか顔赤くない?」
「いや、……」
ぎゅ、と、小鳥を抱きしめて顔を埋める。
「……なのの」
「ん?」
「なののえっち……」
「……、……なんで?」
心底意味がわからないという顔のなのが、パチパチとまばたきをしながら、小鳥越しに私を見る。私はもう、彼女の目を見れないまま俯くしかない。
「だって、……私の寝込みを襲うなんて」
「え?
――ちょっと、それ一緒に寝てたこと⁉ 待って、何もしてないというか何もできなかったんだけど! てかそもそもアンタのせいで不可抗力だし!」
「そうやって直ぐに言い訳して。お母さん悲しいよ」
「誰がお母さん⁉ そもそも言い訳の余地がないでしょ! 全部事実だよ!」
もう! と頬を膨らませたなのは、ため息をつくと。
――ふと思い立ったように、じ、と、私のことを見つめてくる。
「………」
「………」
ぐるり、回り込まれそうになるのでそちらを向く。と、また回り込まれそうになるのでそちらを向いて、ぐるぐる二周ほどして、なのが足を止める。
「……もしかしてだけどさ」
「……」
「照れてるの? アンタ」
「――別にそんなことないよ。何も気にしてないし、私はただぬいぐるみの抱き心地を」
「ごまかす時早口になるよね」
黙る。せい、と名前を呼ばれて、私はしぶしぶと口を開く。
「……だって、泣いてたの、バレたの恥ずいし……」
「え? 泣いてたの?」
「………え?」
「だってレンズから見えるのアンタの服だけだったから、顔とか見えてないもん」
「…………」
「え、泣いてたの? ウチに会えなくてさみしくて? ねえねえ」
「………………………」
「ねえねえねえねえ〜、せ〜」
――やけっぱちでぬいぐるみを投げつけたって、暫く、なののニヤニヤ笑いは収まらないままだった。
ああもう、なんと居心地の悪い我が家なことか!
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