jerry-fish
2025-10-26 00:28:23
8338文字
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わたしとあなたの恋のたまご

モグ真木(にょた)「蓋をして、深くしまって(https://privatter.me/page/69c4c8ddd5952)」の続き
梗→←詩魚でもある

「まーぎさーん!」
 元気な声に振り向けば、そこには詩魚がぶんぶんと手を振りながら走ってきた。
「こんにちは、詩魚ちゃん。学校終わったところ?」
「こんにちは! そうです! 先輩はお仕事があるって先に帰っちゃいました!」
「そっか。残念だったね」
「真木さんも学校終わりですか? 暇ですか?」
 詩魚の言葉に、真木も頷く。
「うん。暇だけど」
「そうなんですね! じゃあ私とお茶しませんか! この間可愛いカフェを教えてもらったんです!」
 キラキラした目の詩魚に「たまにはいいか。うん、行こうか」と真木も小さく微笑んだ。二人並んで詩魚が教えてもらったというカフェに向かう。きれいで落ち着いたおしゃれなカフェだ。自分ひとりなら入らないだろうなと思う。
「お姉ちゃんがここのケーキが美味しかったって言ってたんです! どれにしようかなー、悩むなー!」
 楽しそうな詩魚にかわいいなと目を細める。
「うーん、決めたっ! チョコとショートケーキとフルーツタルトにします! 真木さんは決まりましたか?」
「えーっと、どうしようかな。あ、アップルパイあるんだ。これにしようかな」
 頭の上のマギー君がたしたしと頭を叩いている。マギー君もこれが食べたいらしい。
「いいですね!」
 注文しようとテーブルの上を見る。呼び鈴もなければ、注文用のQRコードもない。あるのはオシャレな意匠のベルだけだ。もしかしてこれで呼ぶのかと真木が触るのに躊躇していると、ベルに気づいた詩魚はためらいなくそれを鳴らした。チリンチリンと涼し気な音が響く。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
 黒いワンピースに白いシンプルなエプロンの店員が注文を取りに来た。
「はい! チョコケーキとショートケーキとフルーツタルト、あとはミルクティーをお願いします!」
「私はコーヒーとアップルパイを」
「かしこまりました」
 店員が去ると、詩魚は楽しみだなとウキウキと横に揺れている。それが犬みたいでちょっとかわいいななんて真木は思った。
「真木さんりんご好きなんですか?」
「うん。割と好きかな。最近はマギーくんも食べたがるから、尚更ね」
「そうなんですね。私もりんご好きです! アップルパイに、タルトタタンに、リンゴ飴もいいなー!」
「詩魚ちゃんは食べ物全般が好きなんだよね」
「はい! なんでも美味しいです! 美味しいものは嬉しくて幸せです!」
 単純明快な詩魚の言葉に、真木はこんな妹が欲しかったと思ってしまう。なにせ弟はアレだからと脳内に出てきたチャラい弟に少し眉を寄せた。
「最近先輩のお家にいくといろいろと美味しいものを食べさせてくれるんですよ! 杏子さんはお料理上手なので先輩も先輩のお父さんも幸せだと思います!」
 幸せなのは間違いないだろうが、全てがご飯基準な詩魚に真木は困ったように笑って誤魔化す。
「真木さんは杏子さんのご飯食べたことありますか?」
「うん。この間ご馳走してもらったよ」
「良かった! 真木さんにも美味しいものいっぱい食べてほしいです」
 にこにこの詩魚に真木は目を丸くする。
「美味しいものを食べるのは幸せです! 私は周りの人みんなが幸せだと嬉しい!」
「詩魚ちゃんはいい子だね」
「そうですか? 真木さんにそう言ってもらえると嬉しいです!」
 わーいと喜ぶ詩魚に、真木は目を細める。こんなイノセントな妹が欲しかった。
「真木さんは好きな食べ物ありますか?」
「えぇ、なんだろう。最近りんごは好きだけど、あとは……うーん」
「じゃあじゃあ、最近美味しかったものは?」
「うーん、あんまり外に食べに行かないからなぁ」
 真木が困ったように言えば違いますようと詩魚は首を横に振った。
「ええと、うーんと、真木さんが幸せだなって思ったこと! そう、これが聞きたいんです!」
 一生懸命悩んだ詩魚がはじき出した答えがこれだった。なるほど、食と幸せが関連づいている詩魚にとってはそうなるのかと真木は納得する。
「そういうことか。うーん、美味しかったわけじゃないけど、この間モグラに差し入れ持っていったときに少し分けてもらったんだけど、それが変な味でさ。モグラとこの企画通したやつ寝てないんじゃないかって話したのは楽しかったな」
「ああ、そういうのいいですね。美味しいものも美味しくないものも、二人で食べれば楽しくなるってことですよね!」
「そう言われるとなんか恥ずかしいな」
 お待たせしましたと注文したものが運ばれてくる。
「わー! おいそうですね!」
「そうだね」
 頭の上からぴいと歓喜の声が聞こえてくる。
「いただきまーす!」
 幸せそうに美味しいと喜びながら食べる詩魚に、真木は杏子さんも食べさせがいがあるだろうなと思う。アップルパイを一口分フォークで切れば、ほんのりと湯気が立つ。
「わ、美味しい」
 サクサクのパイに、かすかにシナモンが香る酸味と甘味のバランスの良いりんごフィリング。少しずつ口に運ぶと、マギーくんからの感情が流れ込んできて幸せだななんて思う。

 モグラにも食べさせてやりたいな。
 甘い物とかめったに食べないだろうし、喜んでくれるかな。

 頭の上でマギーくんがあぐあぐと嬉しそうに咀嚼するのを感じながら、そんな事を考えた。
「やっぱりお姉ちゃんのおすすめはハズレがないです! 先輩も連れてきてあげたいなー」
「きっと梗史郎も喜ぶよ」
 幸せそうに表情を緩める詩魚に、真木は微笑ましく思う。
「美味しいものって誰かに教えてくなりますよね! 真木さんは誰かに食べさせてあげたいなーって思いました?」
「うーん、モグラかな。モグラってさ、あんまり甘いものとか食べられないだろ? だから、こういうの食べさせたら喜ぶかなって。八重ちゃんにも教えたいな。こういうの好きそうだし」
 目を細める真木の口元は、小さく笑っている。その表情が幸せそうで、詩魚はぱっと表情を輝かせた。
「真木さんはモグラさんが好きなんですね! 私は最近先輩のことが気になります!」
……ん?」
 詩魚の言葉に真木は首を傾げた。
「恋バナしましょう! 恋バナ!」
「いや、あの、待って詩魚ちゃん。私別にそんなんじゃ」
「あれ? そうなんですか? ごめんなさい、てっきりそうなのかなって思っちゃって」
 しゅんとした様子の詩魚に、大丈夫だよと声を掛ける。
「えーっと、好きではあるよ。友達として。でも恋愛じゃないんだ。だから恋バナするなら聞くだけでもいいかな?」
「じゃあ、相談してもいいですか?」
 私で良ければと返せば、詩魚ちゃんは楽しそうに話し始める。
「最近、美味しいもの食べると先輩に教えたくなるんです! 一緒に食べたいなーとか、先輩も好きかなーって」
「うん」
「お姉ちゃんにはそれは恋だよって言われたんですけど、恋ってもっとこうドキドキーってして胸がギューってするものだと思ってるんですよぉ! そうなると、あれ、これって恋なのかなってなっちゃって」
「ああ、なるほどね」
 首を傾げる詩魚に真木も頷く。
「友達に聞くと恋ってドキドキするものだって言うんですよ」
「うーん、恋かぁ。詩魚ちゃんのお姉さんはなにか言ってた?」
「お姉ちゃんは『美味しいものを食べさせたいのが愛、一緒に食べたいなら恋よ』って言ってました!」
「さすが犬飼家」
 詩魚ちゃんにわかりやすく例えたのだろうなと思う。
「私は先輩に美味しいもの食べてほしいし、できれば一緒に食べたいなって思うんです。でもそうなると、愛なのか恋なのかわかんなくなっちゃって」
「うーん、恋愛って恋と愛って書くし、両方なんじゃないかな」
「真木さんは恋ってなんだと思いますか?」
「えぇ、私から一番遠いものを聞くじゃん……
 真木は困って眉を下げる。恋ってなんだ。
「恋、恋かぁ」
 普段考えもしないものについて、真木は頭を悩ませる。
 恋とはどんなものかしら。これは確かフィガロの結婚だったよな。嬉しかったり苦しかったり、安寧とは程遠いとかなんとか。でも、これじゃない気がする。
……嬉しいことがあったときに共有したくなったり、悲しいこと苦しいことがなくなったらいいなって思ったり、その人のことを日常のふとした瞬間に考えてしまうこと、かな」
 結局、真木が思いついたのはそんなありきたりな言葉だった。
「詩魚ちゃんの、美味しいものを一緒に食べたい、食べてほしいっていうのは嬉しいことの共有だよね」
「きょーゆー」
「ええと、嬉しいことを伝えたいっていうか、一緒に嬉しく感じたいっていうか」
「なるほど、そうですね!」
 詩魚にわかりやすく噛み砕いて言えば、そのとおりだと詩魚は頷く。
「あとは、梗史郎はお祓いの仕事があるけど、それで怪我をしてほしくないなとか」
「思いますねー。一緒に行ければ私が守ってあげるのにって思います」
「なんでもない、なんにもないときに『今何してるかな?』って考えたりはする?」
「うーん、常にお腹空いててなんにもないときがないのでわかりません!」
「ああ、うん。そっか」
「でも先輩は今日何食べたかなーとかは思います」
「詩魚ちゃんらしいね」
 可愛らいい返事に思わず笑みがこぼれる。
「私は恋については門外漢もいいところなんだけど、詩魚ちゃんのそれは恋のたまごかもしれないね」
「恋のたまご」
 真木の言葉を、詩魚も繰り返す。
「うん。そもそも梗史郎が気になるっていう気持ちが恋になるかもしれない気持ちのたまごだと思うんだ。それが育って恋になるのか、育たずに消えちゃうのかはわからないけど」
「たまご。たまごかぁ」
 詩魚は恋のたまごと口の中で唱える。それはとてもしっくり来た。
「うん、これは真木さんの言うように恋のたまごだと思います! すごく、なんかこう、いい感じです!」
 スッキリしたらお腹が空いてきましたと詩魚は再びメニューを開く。今度はサンドイッチを頼んでいた。時刻は夕方に差し掛かろうとしている。窓からオレンジ色の光りが指してテーブルと、真木と詩魚を照らしている。
「ねえ真木さん」
「ん?」
「恋のたまごが育てば、恋になるんですよね?」
「私はそう思うよ」
「じゃあ、恋が育つと何になるんですか?」
「それは、やっぱり」
 真木はもう冷めてしまったコーヒーに口をつけた。心地よい苦みとともに小っ恥ずかしい気持ちを飲み込む。

「愛だと思うよ」