jerry-fish
2025-10-19 16:29:30
5459文字
Public
 

蓋をして、深くしまって

モグ
モグ真木(にょた)
「優しくて誠実で、嘘つきな(https://privatter.me/page/69c4c8ddd28ec)」の続き。

 無機質なアラームがスマホから響く。ベッドの中からもそもそと手を伸ばした真木は、目当てのものを見つけると手慣れた様子で止めた。
「っぁー、眠……
 ぐっと伸びをしてベッドサイドの眼鏡をかける。結局昨日はうまく寝付けなかった。考えすぎてしまうのは自分の悪い癖だと真木は思う。
「なんであんなこと言っちゃったかなぁ私は」
 ガシガシと頭を掻きながらため息をつく。一晩も経てば思考も落ち着く。言ってしまったものは仕方ないけど、あれでモグラに引かれたらいやだなと思う。
「いくら友達同士でも異性に言う言葉じゃないよな、好きだなんて。ましてや、単位やお金の次に目標に付き合うのが大事なんて重すぎる。うん、気を付けよう」
「ぴぃ」
「おはようマギー君。よく寝られた?」
「ぴぎ」
「そっか、それは良かった」
 触れないマギー君の頭あたりを撫でてやれば、満足そうに眼を細める。
「さて、朝ごはん食べようか。昨日約束したし、林檎にしよう」
 ぱぁっと効果音が出そうなほど目を輝かせたマギー君に自然と顔がほころんだ。真木はベッドから降りて冷蔵庫から林檎を取り出す。つやつやの林檎は、いつも買うものよりもきっと一つも二つもランクが上のものだろう。
「見て、綺麗な林檎だね。今度杏子さんにお礼しに行こうね」
「ぴ!」
 林檎を見せるとさらに林檎が食べたくなってくる。さすがに丸かじりする気はないので、軽く水で洗って八等分に切る。マギー君は皮付きが好きなので皮は剥かない。眠気を飛ばすためにカフェオレも淹れた。
「いただきます」
 手を合わせて林檎をかじればさわやかな甘みと程よい酸味が口いっぱいに広がる。目の前のマギー君もあぐあぐと口を動かして嬉しそうな顔をしていた。
「おいしい? よかったね」
「きゅぅ」
「はいはい、今食べるから」
 もっとと言わんばかりのおねだりに、真木は笑いながら林檎を口に運ぶ。あぐあぐと口を動かすマギー君の動画を取って八重ちゃんに送れば元気な返信が来た。
『おはよう! 可愛いマギー君をありがとう!! これで今日も一日頑張れるよ!! こんなかわいいマギー君が見られるなんて今日は一日ラッキーディに違いないよ!! お礼に林檎渡してもいい? 私も目の前でマギー君が林檎食べるところが見たい!! お願いします!!』
 ありがとうとお願いしますのスタンプが送られてくる。真木は八重ちゃんは今日もレッサーガチ勢だなぁと笑いながら、余裕がある時にお願いするねと返した。
 林檎を食べ終えたら、身支度を整える。今日は一限と三限だけで、珍しくバイトもお休みだ。のんびり読書もいいけどと考えたところで昨夜のモグラの様子が浮かぶ。両手で顔を覆ったモグラは、あの時何を思ったんだろう。
「謝るなら、早いほうがいいよなぁ……
 顔は会わせずらいが、そうも言ってられない。顔を全く合わせずに協力する方法もなくはないが、それは周りの人に頼りすぎてよろしくない。日頃のお礼とお詫びもかねて、長期保存のきく缶詰でも持って行ってやろうかと思考を巡らせる。
「サバ味噌とか、イワシの缶詰がいいよな。そのまま食べられるし」
 真木はリュックの中身を確認しながらそう決めて、マギー君を呼ぶ。
「マギー君おいで。そろそろ出かけるよ」
「ぴぎ」
 マギー君はわしわしと服をよじ登って定位置に着いた。
「じゃあ、今日もよろしくね、マギー君」
「ぴ!」
 いつものスニーカーを履くと、真木は家を出た。

「いる?」
「おう、いるぜ! よく来たなぁ真木! 上がってけよ、今日はずいぶん早いな」
 ひょこりと顔をのぞかせた見慣れた顔に、モグラは表情を明るくした。時刻は14時で、真木がいつも来る時間よりもだいぶ早い。
「今日は午前中だけだったから。お邪魔します」
 真木が上がり框に腰を掛けると、マギーくんは真木から飛び降りてお気に入りの二階に上がっていってしまった。いい隠れ家でもあるのかもしれない。靴を揃えてからモグラの居住スペースむかい、いつもの丸椅子に座った真木は「これ昨日のお詫び」と言って買ってきた缶詰の入った袋をモグラに渡した。
「お詫び? なんかあったか?」
「あのあと考えたんだけどさ、やっぱり友達とはいえ一応は異性であるお前に好きとかいうのは違うよなって。ほら、メンヘラヤンデレに好かれた泥の煮込みみたいな経験多いのに、私なんかにまで友情とはいえ好きとか言われたら嫌だろうなって。それに、重いだろ。目標に付き合うのが大事なんて言われたら」
 そのお詫びに缶詰買ってきた、日持ちするからちょうどいいだろと真木はなんてことないように言った。
「真木……どうもお前は考えすぎていかんな。いや、思考が機敏なのは真木のいいとこだ。そこは誇ってくれ。けどよぉ、おっさん別に嫌な顔したわけじゃねえんだよ。お前にどう映ったかは知らんが、正直言えば嬉しかったよ俺ぁ。滅多に言われることねえからさ」
 モグラは苦い顔でわしわしと頭を掻いている。それから真剣な顔で真木を見つめた。
「俺はな、真木、お前に好かれるのは嬉しい。そりゃもうめちゃくちゃ嬉しい。親愛だの友愛だのの情をもって接してもらうなんざなかなかねえからな。だからな、それに罪悪感を持ってほしくねえのよ。んでお前、一回はちょっとここ来るのやめようかなとか思っただろ? そういうの本当に勘弁してほしい。おっさんはな、真木と話すのが好きなんだよ」
「お前ほんとに鋭いな。わかってるよ、協力するって言ったしちゃんと来るから。けどまぁ、重いって思われてないなら良かった」
 それはそれとしてこれは気持ちだから受け取れと、真木はモグラに袋を押し付けた。モグラはありがたいけどよと言いながら苦い顔で袋を受け取る。
「真木、俺に対してはなんか頑固じゃねえか? 八重ちゃんとか森くん、梗ちゃん詩魚ちゃん相手ならこんなことしないだろ」
「そんなことはないと思うけど。昨日は梗史郎におにぎり押し付けたし。でも、モグラってなんか放っておけないんだよなぁ、こんなおっさんなのに」
「真木ちゃんよ、それは暗に俺が頼りないって言ってないか?」
「頼りないと思ったことはないな、むしろ私は頼りすぎじゃね? って思ってる。でもなんか、うーん、なんだろう」
 真木は視線を巡らせながら少し考えて「ああ、そうか」と呟いた。
「わかった。セルフネグレクトだ」
「せるふねぐれくと?」
 真木の言葉に、モグラは首を傾げる。
「そう。セルフネグレクトっていうのは自分の世話を放棄すること。モグラは私たちの誰かが来ると強制的にテンションを上げるだろ? その反動で一人のときは0になるって浮雲さんも言ってた。その時に、自分自身を蔑ろにしそうなんだ。私はそれが嫌なんだよ、たぶん」
 だから手軽に食べられそうなものは無理にでも渡したくなるんだと頷いた。
「それに、前に万引き捕まえてくれたときに『廃棄品が出たらくれ』って言われてるのもあるな。なるべく灯を使わせたくないという私の考えもある。だから食料だけはどうしても受け取らせたいんだ」
 真木は自分の言葉に頷きながら、そういうことだからとモグラに言う。
「真木ちゃんよぉ、おっさんヒモになりてえわけじゃねえんだけど」
「私だってヒモ養いたくねえわ」
 渋い顔をするモグラに真木もバッサリと返す。
「だから、早く灯を集めて帰ろうな」
「なるほど、そこに行き着くわけか」
「そうそう。それにさ、もしモグラが早くあの世に帰れたら私も恋愛とかしてみようかなってなるかもよ」
 お前昨日気にしてただろとわざと明るくいえば、モグラは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「な、なんだよ。無理なのは百も承知だけど、もしかしたら奇特な趣味の人がいないとも限らないだろ」
「それは、うん、真木は嫁の貰い手は多いと思う。引く手数多なはずだ。いないわけがねえ。けど」
 真木はけどに続く言葉を待つが、続く言葉がなかなか出てこない。
「けど、なんだよ」
「あー、うー、うん。そう、そうだよな。優しくて頼りになる旦那と、可愛い子供に囲まれて穏やかに幸せに生きる真木を俺がこの目で見たいってのはあるんだよ」
 真木の催促に、モグラはうんうん唸りながら答えた。
「お前がこの世にいる限りそれは無理だから諦めろ。そもそもあんまり真面目に探すつもりはない。言っただろ、独身喪女でいいって」
「それは嫌だ。俺ぁ真木の白無垢かウェディングドレスが見たい」
「無茶言うなよ」
 今度は真木が苦い顔をする番だった。きれいなドレスや美しい白無垢を着た自分、そしてその隣に並ぶ誰かなんて想像できない。
「まぎ太くんがが幸せになるのを見なきゃ、モグえもんはあの世に帰れねぇよ」
「うるせえよモグえもん。まぎ太くんは結婚するつもりはない。今どき結婚だけが幸せじゃないだろ。できるかもわからない未来の家族を探して尽くすよりも、今いる友達の役に立ちたい。それが私の幸せだ」
 それだけは否定しないでくれと真木が芯の強い目で見つめれば、モグラは苦しそうな顔をして一つため息を付いた。
「わかった。おっさんの負けだ。そうだよな、結婚雑誌だって『結婚しなくても幸せに生きられる時代』なんて書いてあったもんなぁ。そりゃそういう考えにもなる。もう言わねえよ」
「うん、わかってくれてありがとう」
 真木もホッとしたように表情を緩めた。

 せっかく蓋をしたのだ。一晩かけて。
 恋なんかじゃないと、開かないように蓋をした。心の奥の、一番深いところに閉じ込めた。
 明日も隣りにいられるように。
 モグラに迷惑をかけないように。
 優しいモグラが、変に同情しないように。

 ――これは、恋じゃない。