かなざわ
2026-03-22 19:25:59
5433文字
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指輪と首輪は似ていない

お付き合いしてるけど同棲はまだのよだつか。
携帯を割と使っている純がいます。2ページ目は1ページ目の前日譚と後日談な、汐恩と純の話。

「あげる」
「えっ」
 端的な言葉で告げて、純は持っていた紙袋を司へ差し出した。
 場所は純の自宅、時は夜の九時に差し掛かろうという頃合いである。純の呼び出しに応じた司が、仕事終わりに純の部屋を訪れた、というシチュエーションだ。リビングまでやって来た司は、挨拶もそこそこに差し出された紙袋に、訳が分からないと言いたげな表情だった。
 司はぱちぱちと瞬きをして、純の顔と差し出されている紙袋を見比べている。その表情には戸惑いの色が濃く、差し出している紙袋を受け取ろうとはしてこなかった。
 警戒をしているというより、純の真意を見定めようとしているのだろう。ここで何も考えず差し出されたものに手を伸ばす性格だったなら、司に何かを渡す際に頭を悩ませることなどないのに。
 一つ舌打ちをして、司の腹辺りに紙袋をぐいと押し付ける。そのまま純が手を引いてしまえば、紙袋は重力に従い落下していくだけだ。慌てた顔をした司が咄嗟に袋の持ち手を掴み、それを見た純は一つ溜飲を下げた。
 手段はどうあれ、一先ず司に手渡すことには成功した。
「これ、中身何ですか」
「マフラー。君がしてるの、見たことなかったから」
「ええと……?」
「海外遠征も増えてるから、防寒具はあって困らないだろ」
 司の体温が高いことは知っている。それでも、フィギュアスケートが氷上の競技である以上は低温に晒され続けるのは事実だ。遠征先の国によっては、室内より室外の方が温度が低いなんてことも珍しくない。
「選手だけじゃなくて、君自身のことも考えなよ。体調崩した時に一番落ち込むのは君なんだから」
「夜鷹さん……
 おそるおそる持ち手を摘まんでいた司の手だったが、そっと紙袋を持ち直し腕の中に抱え込んだ。受け取る気になったらしい。
 体調に気を付けて、と告げる代わりに用意したマフラーは、純が付け足した言葉のおかげで突き返される憂き目にはあわずに済みそうだった。
「ありがとうございます、大事に使います」
「指輪は贈らせてくれないんだから、これくらいは身に付けて」
「あっ、う、ハイ……
 続けて釘を刺せば、感動に目を潤ませていた司の口許がひくりと引きつった。後ろめたい自覚はあるのだろう、純に向けられていた視線が逸らされ、目線が落ち着きなく泳いでいる。
 諸々あって交際関係に至った二人だが、司は未だに関係を周知するのを躊躇っているのだった。親しい人や言っておくべきだろうという人には告げてあるし、一部言われずとも察しているだろうなという人間もいる。
 そもそもが交際するまでに色々あった為に、一部界隈では純と司が交際しているのは公然の秘密状態だったりするのだが。
 それでも、司曰く「付き合って三ヶ月で指輪は早いと思います……」らしい。
「それ、使ってないなと思ったら次は首輪にするから」
「つ、使いますって言ったじゃないですか」
「大事にしまいこまれたら意味ないから、先に言っておいただけだよ」
「肝に銘じておきます……
 首輪を贈られる光景を想像したのか、司は明らかに萎びた顔になって頷いた。
 純の渡した紙袋、その中身が生命線だと知ったからか、心なしか抱えるその手に力が込められたように見えた。
「遠征先で、それ巻いてる写真撮って送って」
「そんなに信用ないんですか、俺」
「君の写真が欲しいだけだよ。恋人の写真が欲しいと思うのは、おかしい?」
「えっ……
「ああ、それなら僕だけが貰うのは不公平か。君が送ってくれたら、僕も送る」
「写真を?」
「そう」
「貴方が自撮りするんですか?」
「それくらい出来るよ」
 言うが早いか、純は自身の携帯を手に取った。インカメラを起動し、司の隣に並ぶ。
 未だに事態が飲み込めていない顔をしている司の腕を些か乱暴に引き、どん、と肩をぶつけながら密着した。掴んだ腕を下に引くと、司が僅かに膝を曲げる。意図を察したのだろう、司が顔の位置を純の横に合わせる姿勢になった。
「カメラ見て、撮るから」
「あ、はい」
 ぽかんとした表情のまま、司は純に言われた通りにカメラに視線を合わせた。
 不意を突かれると思考停止する癖は直させた方がいいな、僕相手だけにそうなら色々やりやすくなるからいいんだけど。などと、司が知れば盛大に顔を顰めそうな諸々を考えながら、撮影ボタンをタップする。
 カシャ、と音がして、撮影は呆気なく終わった。
 撮ったばかりの写真を確認する。画面の中には、無表情の純とぽかんとした顔の司が並んで写っていた。
 悪くはないが、恋人と撮る写真、と言われれば少し物足りない。足りないと感じたならどうするか。単純に、満足のいくレベルまで修正をするだけの話だ。
「ねえ、なんで笑ってないの」
「なんでって」
「もう一枚撮るよ、次は笑って。出来るよね、表情管理」
「ええ……
「早く。カメラ見て」
 再度インカメラを起動させ、構える。
 ううう、と唸りながら司が一度ぎゅっと目を伏せた。一拍置いて目を開けた司は、腹を括ったらしく笑顔になっていた。満面の笑みより少しばかり控えめな、はにかむような笑顔だった。
 司の目線がカメラのレンズを捉えたのを確認し、純は横を向いた。写真を撮るために密着していたのだから、ほんの少し体を傾けるだけで顔が近づく。
 純の唇が司の頬に触れるのと同時に、携帯をタップした。カシャ、と先程と同じ音。
「え、な、なに」
「うん、撮れたね」
 撮ったばかりの写真を確認する。画面にはカメラ目線で笑う司と、その頬にキスを送る純がしっかりと撮影されていた。
「ちょっと、今の」
「君もいるなら送るよ」
「欲しいです、ください」
「うん。……送った」
「夜鷹さん、写真で見ても睫毛長いですね……って、なんっっって写真撮ってるんですか!」
 わあああ、と喚く司は顔を赤くしたり青くしたりと忙しない。それでもその目線は送られてきた写真に釘付けなのだから、嬉しくないわけではないのだろう。
「恋人らしい写真だと思うけど」
「こっ、恋人ですけど、確かにそうなんですけどぉ……夜鷹さん、性格変わってません……?」
「どうだろうね」
 素っ気なく答えながら、まあ浮かれてはいるかもしれないな、と内心で呟いた。
 司への感情を理解した当初、まさか交際関係に至れるだなどとは思ってもいなかったのだ。それが今や、司も純を恋人と認め、そう呼ぶことに躊躇いはない。
 指輪を贈りたいと思ったのは、それが記号として分かりやすいものだからだ。
 司の隣は純のものであり、純の隣は司のものであるという、目に見えて分かる記号。誓いであり、周囲への牽制でもある。
「ねえ。この写真、壁紙に設定して」
「人に見られたらどうするんですか! しませんよ!」
……そう。いいけど。僕は壁紙にするから」
「待ってください?!」
 きゃんきゃんと吠えかかってくる司をいなしながら、純は来月になったら指輪を贈っていいか聞こうか、と考えていた。

 純が司に贈ったマフラーの話だが。
 とあるブランド品のそれは、軽い上に柔らかく、保温もしっかりしている優れものだった。
 約束通り遠征先にマフラーを持参した司は、会場前で写真を撮り、純に送った。純からの返信はベランダで煙草を咥えている写真で、司がホテルの部屋で「加減してください……」と顔を真っ赤にしながら呟いたのを、純は知らない。
 その後、司はヘッドコーチの高峰瞳や教え子の結束いのりに、マフラーの巻き方アレンジをいくつか教わり、自身でも調べて覚え。写真を撮る時は、前回とは異なる結び方で写すようになった。
 結束いのりの「名物コーチ」として知られつつあった司も、幾らかはレンズを向けられる機会がある。そうなれば目敏いファンは「いのりちゃんのコーチ、マフラーの巻き方毎回変えてるね?」と気づく。更にはどこの界隈でも存在する特定班が「このマフラー、ブランド物のお高いやつ」だと情報を流し。
 司は勿論のこと、純も想定していない形で、いつの間にか「今回の明浦路コーチ」が一部で注目されるようになっていた。
 何はともあれ、純の贈ったマフラーは無事に司の愛用品となったのだった。